第四話 セミテリオのこども達 その八
(ユリちゃん、なんかおじいちゃんとおばあちゃんの話、とっても横道入りしているよね。で、小学校のお話は)
(あっ、そうでした、卵じゃなくて、鶏小屋と兎小屋のことでした。鶏も兎も、生活科用みたいでした。体育の後の授業でちらっとそういうお話していました)
(その学科で調理をして食べるわけだの)
(生活科とはなんぞや。我が輩、左様な学科名を耳にしたことはござりませぬ。哲学数学天文学科学化学物理学地学生物学経済学政治学文学史学人類学歯学薬学医学他にも色々ござろうが、生活科とははてさてこれまた何のことやら)
(読み書き算盤、修身読書作文習字算術体操、国史地理唱歌武道図画工作裁縫、農業工業商業水産業軍事教練外国語、どれでもないのかい)
(家政ってございませんでしたかしら)
(家政、家の政、つまり炊事掃除洗濯倹約信心の道かのっ、やはり鶏も兎も食用だのっ)
(そうそう、マサさま、それみたいな、あら、でも違うかしら、食べるためじゃなくて、観察のためみたいです。あと、世話もかしら。でも世話は、世話係のこども達だけみたいでしたし。一寸待ってください、まだ三時間目の体育のお話ですわ。え〜と、でも、もういいかしら。後、あっ、カテリーヌさま、あのね、幼稚園と同じで、鉄棒がありました。あと自動車の車輪の外側の、ちょっと軟らかくて黒い、何と言うんでしたっけ)
(ユリちゃん、タイヤのことだろ。僕が聞いたところでは、足袋屋の石橋さんという人が作ったそうな。名前を逆にして橋ブリッヂに石ストンを付けてブリッヂストンという会社を作ったそうだ)
(虎ちゃんありがとう、そのタイヤが半分埋まってたくさん並んでいて、その上を休み時間になると、こども達がとんだり歩いたりしてました)
(ほうっ、タイヤのセミテリオ、生き埋めかのっ、タイヤの霊園でこどもが遊ぶ)
(だんなさ〜、タイヤにも生命があるのでしょうか)
(カテリーヌさま、幼稚園でもユリが名前を思い出せなかった丸太のはありませんでした)
(ユリちゃん、どんなもの)
(虎ちゃんたぶん知ってるわ。長い丸太の両端を太い縄で結わいて、上から吊るしてあるの。みんなでまたがって、木の長さの方向に前後に揺らしてっての)
(ああ、遊動円木だね。うん、あれは面白い)
(あっ、そうです。虎ちゃんありがとう。幼稚園で見かけなかった時から名前を思い出せなくて気になってたんです。ユリは幼い時には遊ばしてもらえたけれど、お着物だと女の子はまたげないし、横座りすると危ないから、大きくなってからは男の子がうらやましかったんです)
(とめておいて上を歩くってのもやったっけ。急に揺らされて落ちちゃったりしてね。へぇ、小学校になかったの。あれ、どこに行ってもあったと思うけれど)
(はい、ありませんでした。鉄棒はたぁくさん、高さの違うのが並んでました。ぶらんこもなかったです)
(私は鶏と兎にこだわっておるのだが、食べるためではなく観察のためとは何と贅沢な)
(彦衛門さま、マサさま、カテリーヌさま、ロバートさま、虎ちゃん、みなさま最近のご旅行で、鶏や兎をご覧になりましたかしら。この辺りではご覧になれませんでしょ。小学校のこども達は、学校でしか見られないようでしたわ。後は動物園ぐらいなのかしら)
(まぁ、それでは今のあちらの世界の方々は兎も鶏もお召し上がりにならなくなったのでしょうか)
(いえ、そんなことないと思います。カテリーヌさん、覚えてらっしゃるでしょ、ほら、あそこの商店街でお肉屋さんに寄りましたでしょ。あの時、牛肉、豚肉、鶏肉売ってましたもの)
(ほうっ、すると、江戸、否、東京ではないどこかで牛も豚も鶏も飼っているんだのっ)
(そうみたいです。産地が書いてありました。豚肉はね、薩摩の黒豚が一番高い値段が付いていました。一番安いのは亜米利加だったかしら)
(彦衛門殿には喜ばしいことですな。我が輩はちと納得行きませぬ。何故、我が祖国亜米利加よりも近い薩摩の肉の方が高いのでござろうか)
(豚肉だけじゃないんです。牛肉もどこだったかしら飛騨や兵庫のが高くて亜米利加のは安かったです。鶏肉は宮崎のが高くて伯刺西爾のが安かったです)
(伯刺西爾...こちらに来る前から武人殿が渡りたがっておるところだのっ)
(だんなさ〜、兄は、死ぬ前に一目と申しておりましたのに、かないませんでしたから)
(あっ、そういえば、伯刺西爾のお子様も、小学校の上の学年にいるみたいです。え〜と、カタリナちゃんが話してました。日本語じゃない言葉でした。色の黒い女の子と色の白い男の子で、でも姉と弟なんですって)
(ほうっ、そのどちらかに巧く乗れれば、武人殿も伯刺西爾に渡れるやもしれぬのっ)
(我が輩の記憶に間違いなければ、先の大戦で亜米利加は日本に勝ったのだが、その亜米利加の肉が日本の肉より安いとは、いかがなものか)
(左様でございますわね。楊貴妃が茘枝や桃を取り寄せたから唐は亡びたのでしたわね。それくらいに大変だということでございましょ。日本も亡びてしまうのかしら。亜米利加や伯刺西爾から牛や豚や鶏を黒船に乗せてくると、途中の餌や水もかかりますわね。大変ですわね)
(安いと売れる、薄利多売、少ないものは高く売れるからじゃないのかなぁ)
(仏蘭西の葡萄酒や香水は、日本にはあの頃少なかったですから、少し運んでくると高く売れたそうです、夫が申しておりました)
(つまり、薩摩の黒豚は少ないから高くなる、ということかの、そういえば、私の頃、あちらには豚はたくさんいたが、江戸には少なかったのっ。江戸人は肉を好まなかったのかのっ)
(豚や牛や鶏がたくさん乗った船って、なんだかにぎやかで臭そうです。伯刺西爾って、地球の反対側のお国でしょ。日本から一番遠い国ですよね。卵を積めば、日本に着く頃には食べごろの若鶏になってるのかしら。あらっ、ユリったら、自分で話を逸らしてしまってます。もう...)
(ユリちゃん、時代が違うから、もしかしたら、飛行機に乗ってくるのかもしれないよ。飛行機だと卵を積んだんじゃ間に合わないね)
(うわっ、飛行機に乗るんですか。ユリ、乗ったことないのに。牛や豚や鶏が飛行機に乗るんですか。鶏は飛べないのに、空を飛ぶんですか。虎ちゃん、からかわないでよ)
(僕、中学の時に飛んだんだ。人間で飛べないけどね)
(ほう、屋根から飛ぼうとして落ちたとか)
(いえ、浦和高等学校の航空部にいた従兄に、乗せてもらったことが一度だけあるんです。戦闘機じゃなくて、グライダーってやつ。ふんわりふわぁって感じで、気持ち良かったですよ。ユリちゃん、パチンコ知ってるだろう。ゴムで石を飛ばすの)
(知ってます。でも、ユリは女の子ですから、そんな乱暴なことしたことありませんっ)
(パチンコの石になって飛ぶんだ)
(石なんかになりたくないですっ。もう、話を元に戻しますっ。それで、その生活科です。きれいな教科書にね、地球の絵があって、その中の日本があって、そこまでは教科書に書いてあるんです。そこから先は、こども達が自分で書くんです。教科書にですよぉ。地球の絵のまわりに、同じ学校にいるお友達はどこから来たのかな、って書いてあって、そこに、名前や国の名前も書くようになってるんです。ジミニちゃんやカタリナちゃんも書いてありましたし、何年生のだれだれっていくつも書いてありました。それから、日本の中の東京都、東京との中の桜山区、桜山区の中の自分たちの学校のまわりを調べようって。今までにお店や動物は調べてあって、先週の宿題がお花や木を調べてくるってので、それの発表でした。その時にね、発表したのを先生が黒板に書かれて、みんなは自分の前の紙に書いて行きました。どこに何があったかって。その地図を見てユリね、帰りたくなってしまったんです。だって地図の右端に霊園、セミテリオって書いてあるんですよ。こんなに近くにいるのに、カテリーヌさんと離れてしまって、寂しくなってきて、ぼんやりしていたんです。授業受けているわけじゃないでしょ。ユリはぼんやりしてたって廊下に立たされたり居残りさせられませんし。班別に発表していって、びわちゃんの班の発表になって、びわちゃんが話始めたからユリも引き戻されたんですけれど、あのままぼんやりしていたら、もしかしたらここに戻れたのかなぁなんて、一人で気落ちしていたんです。で、びわちゃんが、びわちゃんとカタリナちゃんとジミニちゃんと彩香ちゃんで見つけたお花や木の名前を発表したんです。桜や柏や桐や欅や梅や松や、菫や蒲公英や紫陽花や薔薇や百合やたちあおい、露草、もう他の班の発表で出て来たものばかりでしたから、そろそろ終わるのかな、って思ってたら、どんどん続くんです。むくげ、カーネーション、後はユリも名前覚えきれないお花がいくつか続いて、それから向日葵...ここでね、学級の中がざわめいたんです。向日葵って夏の花なのに、あるわけないよぉ、とかね。で、先生が静かにしろっ、って。それでびわちゃんが続けたんです。ブーなんとかとか、テンなんとか、とか、あっ、覚えているのは胡蝶蘭...ユリの知らないお花の名前が黒板にたくさん並びました。そしたら先生が、どこで見つけたのかな、って。で、彩香ちゃんが、私のお家です。池田先生のお顔が一瞬ゆがんで、学級の何人かがずる〜い、家たってお庭じゃなくてお店でしょ、花屋さんだもん、花がたくさんあるに決まってるよぉ、って言い出して、びわちゃんに乗っているユリ、なんだか自分が責められているみたいな気分でした。先生が苦笑なさって、たしかにお店には花がいっぱいあるけれど、う〜ん、先生の宿題の出し方が悪かったかな。ごめんなさい。なんで先生が謝るのか不思議でした。え〜と、どれがお店にだけあった花かな、って先生がお尋ねになって、黒板に書いた花の名前の上に何本か線を引かれました。生活科はね、午後にももう一時間あったんです。自分達の地図を完成させようってことで。こういう授業でしたけれど、生活科って家政とも違いますよね)
(生物学かなぁ。でもお店も書き込んだんだろ)
(お店はもう書き込んでありました。あと動物も。だから、烏や鳩や雀や燕や、燕はどこに巣があるか、ってのも。あっ、校庭の兎と鶏もね。それから、どこに犬がいるとか猫がいるとか、ってのも。あと、蟻とか蛞蝓、蝸牛、蜘蛛とか、蠅や蚊、蜚蠊も毛虫も蝶々も、あっ、蝙蝠が、霊園の辺りにたくさん書いてありました)
(そんなのどこにでもいるだろう)
(はい、でも、見つけた場所ですから、それに、ユリが書いたわけじゃないです)
(そういえば、仏蘭西でも蝙蝠はお墓や教会の辺りによくいましたわ)
(そりゃそうですな。鶏以外は飛んでいますからな。おっと、また余計な口をはさみました。ユリさんが怖い顔してます)
(生活科二時間の間がお昼で、お当番さんが白い服着てから、どこかから、なんて言うのかしら。台に車輪がついているの)
(荷車かな)
(いえ、あんな大きくないんですけれど、二段になっていて、食器や牛乳やお食事が乗っていて、それをお教室の前まで運んでから、車輪を動かないようにして、お当番さんじゃないこども達は列になって、順番にお盆を持って、お当番さんにご飯やお汁やおかずをよそってもらって、牛乳もコップに注いでもらって、席に戻って、みんなでいただきます、って。ご飯はね、真っ白だったの。おかわりしてもいいみたいでした。それから小さい入れ物に入った納豆と、キャベツともやしと豚肉の炒めたみたいなの。あっ、いやだなぁ、あの豚肉は飛行機に乗ってきた豚さんなのか、それとも船に乗ってきたのかって、気になってしまいます。え〜と、あと、寒天で固めたみたいな蜜柑もありました。あっ、お箸とコップはお家から持ってきてました。ですから大きさも色もまちまちでした。お食事中は前の黒板の上から音楽やお話が聞こえました。ラデオみたいでした。お食事が終わると、お当番さんは牛乳の入っていたこのくらいの紙の箱、全部で八つぐらいあったんですけれど、水道で洗って窓際にさかさまにして、前の日の乾かしてあったのを鋏で切り開いて、一緒に車のついた台で運んで行きました。それからお休み時間なんですけれど、みんな歯を磨いていました)
(歯を磨く、懐かしいですわ)
(然様、あちらの世界でこその習慣ですのっ。こちらでは、食べない飲まない出さない磨かない。便利というか味気ない、もちろん味もわからない、けれど匂いは分かるからのっ)
(彦衛門さまがお口を挟んだこの機会を逃さず、わたくしも一つ質問させてくださいな。牛乳の入っていたその入れ物、紙なんでございましょ。牛乳を入れて、漏れないものなのでしょうか。それと、洗うまではわかるのですが、どうして一日干して、そのあと切るのでしょうか)
(えこって言ってました。鋏を使うでしょ。ですから先生が横にいらして、その時にこどもの一人が家でもお母さんがこれやってるけど、どうしていつもこれやるの、って質問していて、先生が、えこだからって)
(えことはなんのことでしょう)
(英語ですと、こだま、やまびこみたいなものですな。箱を切るとやまびこ、これはありえませんな。えこのみぃ、経済ですかな。しかしわかりませんな、何故、牛乳の箱を洗って乾かして切り開くと経済なのか。切らないでそのまま使えばそれこそ経済。おっと、我が輩がこちらの世界に参る前にえころじぃという学問が始まったのだが、あれは生物と環境の関係がというもので、牛乳は牛が作り、その牛乳のいれものは人間が作り、いや、えことはたしか希臘で家という意味だが)
(またまた家政学かのっ)
(牛乳の箱を洗って干して切り開いて、何かに使うのでしょうかねぇ。お酒やお醤油の瓶でしたらわたくしも洗って、ご用聞きの酒屋さんに返すと、次の代金から僅かばかりお安くなってましたが)
(瓶ではこども達には危ないですわ。あっ、でも、あのお昼ご飯のお皿ね、陶器なんですよ。でも、割れませんでした。こども達がぶつかっちゃって、持っていたお盆を落として、中身はこぼれたんですけれど、お盆もお皿もコップも割れませんでした。床が軟らかいからかしら。陶器なのに割れないなんて)
(わたくし、まだ気になることがあるのですが、ユリさん、もう少しいいかしら)
(マサさま、どうぞご遠慮なさらず。もう、ユリ、慣れてきました。みなさまとっても知りたがり屋さんばかりなんですものね。ユリもそうですけれど、だからわたくしたち長生き、あらっ、生きているわけではないですけれど、こちらの世界に留まれているのですもの)
(あのぉ、ごはんは真っ白で、おかわりが構わなくて、それで学級に三十人ぐらいでしたっけ。それってお米もたいへんですわね。今の日本って大層豊かになったんですわね。校庭で兎や鶏を飼っていても食べなくて。それに、蜜柑ですか。初夏に蜜柑とは贅沢ですわね。それで、気になりましたのは、ご飯と蜜柑と牛乳という組み合わせです。ご飯と牛乳も、ご飯と蜜柑も合わないと思うのはわたくしだけでしょうか)
(ご飯と牛乳というのは、我が輩は馴染みがありますな。牛乳でご飯をゆでるという料理もありましてな)
(わたくしも存じておりますわ。え〜と日本語でなんでしたか、あっ、肉桂です、とお砂糖をちょっぴりかけて頂くと美味しゅうございます。仏蘭西ではお食事の後に珈琲と頂きましたわ)
(ほうっ)
(牛乳は滋養に満ちてと言われて、飲むように言われて、でもあの匂いが苦手で、わたくしなど鼻をつまんで頂きましたわ)
(蜜柑の方は、ユリも牛乳と一緒なんて信じられませんでした。だって、蜜柑を頂いてから牛乳を飲むと、気持ち悪くなりますでしょ。あっ、でも、寒天寄せみたいなので、蜜柑そのものではなくて)
(納豆を昼に、というのも僕には不思議な気がする。納豆って朝ご飯だろ)
(虎ちゃん、世の中もいろいろ、時代も違うし。あちらの世界の頃のユリでしたら、バンカラなんて汚い格好、ユリには耐えられませんでしたし)
(これは、そのぉ、あの頃の僕たちのお洒落というよりも、あのねぇ、銭湯代がもったいない。それに、寮だと男ばかりだからほころびても縫ってくれる優しい女性はいないし、新しい着物や袴、制服を親に作ってもらったり買ってもらうのは気が引けるし、新しいのを着ると目立つし。おっと、誤解を招いているかな。僕、実際に高等学校に行っていた頃には、もうバンカラはほとんど無かった。ゲートル巻いて軍服に似たのを着ていたよ。ただね、僕の僕に対する理想というかあるべき姿がバンカラなんで、それでこういう格好をしている訳)
(服がほつれていたら繕ってさしあげるべし、女は殿方の世話をすべし、それを喜びとすべし、なんてね。お裁縫も母から習いましたし。でも、どうして女はそうしなきゃいけないの)
(う〜ん、みんながそうするから、だからそうすべきだって思うから、そうしないと仲間外れにされるから、嫁に行けないから)
(ユリはね、お見合いの前にこちらに来てしまいましたけれど、結婚してもそういうことをしなきゃならない、とは思ってませんでした。だって、たぶん、女中が一緒に嫁ぎ先に来る筈でした)
(ってことは、ユリちゃんは、女中がそういうことをするべきだ、って思ってたんだろう)
(だって、女中は住む場所があって、食事もあって、でしょ)
(それはユリちゃんがそういうものだって思ってるからだろう。結婚すれば旦那の稼ぎで生きていける女房なわけだし)
(でも、それって、女が稼げないから、馬鹿だから、ってこと、ってのも変でしょ)
(そういう風に世の中ができている、いたからだろ。女は子を産んで育てて、男は子育てする女も養う。でも、僕はそうは思っていなかったよ。女に働く場所がない以上、男が養う。連れ添う以上、優しく大切に、って思ってた。見合いすらしなかったってユリちゃんは言うけれど、僕は懸想すらほとんどすることなく肺を病んだしね。高等学校生たるもの、女子は大切にすべし、だったけどなぁ)
(おごじょはもしかしたら殿方より賢いのかもしれませんわ。賢いおごじょに困った殿方がおごじょには教育を受けさせなかった、のかもなどとわたくしは思います。どちらにいたしましても、そういう殿方を育てるおごじょには教育が必要だとわたくしは思いましたから、娘の悦も孫娘もみな女学校を卒業させました)
(う〜ん。やっぱりユリ、わからなくなっちゃいました。でも、いつも思うんです。どうして、こうしなければいけない、そう決まっている、だってみんながそうしてる、考えても無駄だ、ってなっちゃうんでしょう)
(人生、何がどうなるか、分からぬものです。我が輩も少年の頃には日本に来るとは思ってもおりませんでしたしな、ましてや日本で殺されるとは)
(そうだの、私も薩摩からはるばる江戸に出てくるとはな)
(私も巴里郊外でどなたかと結婚してこどもを産んで育てて教会の墓地に眠ると思っておりました。英吉利人と出会って結婚して日本に来て、異国のセミテリオに三十路で入るとは、思ってもおりませんでした)
(ユリちゃん、一つだけ分かってることがあるよ。こちらの世で長生きしているのは、こうでなければいけない、とは思わない霊たちさ。変って行く世の中を見て、面白がっている僕たちさ。驚くこともあるけれど、いや、驚く事ばかりだけれど、だからいけない、そんなじゃいけない、間違っている、とは思わない僕たちさ。あるがままを受け入れる、受け入れて嘆かない僕たちだよ。だって、あるがままを受け入れられないで嘆いてばかりだと、何もできないのに嘆いていると、消耗してしまうからね)
(たしかにそうですわね。こちらからあちらの世界に文句を申しましても、聞こえるわけもなし、なにもどうにもできませんものね)
(いや、そんなこともないみたい、かもしれないんだ。時々、すごい気力で、自分はここにいるんだ、って主張する者もいるだろう。音をたてたり、あちらの世界の物を動かしたり。それに、ほら、この前ここに来た女の子、え〜と琴音ちゃんだっけ、僕たちに気づいていたし)
(幼い子は気づくこと多いみたいですわね。たぶん、ありのままを受け入れるからでしょうか)
(そうですわね。霊なんていやしない、そんなのは気のせいだと思って、そう言われて、だんだんありのまま、あるがままが見えなくなるのかもしれませんわね)
*
続く
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お楽しみ頂けましたなら幸いです。
次話は9月8日にアップいたします。




