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第八話 セミテリオに警察官 その七


(あのぉ、あの青年と弟や妹がどうしているかは、僕も知らないのですが、ただ、自動車の中でちらっと耳にしたのですが、たぶん、両親ともに、裁判が終われば出られるとか言ってましたよ)

(まぁ、泥棒しても監獄に行かないのですか)

(初犯だから執行猶予が付くので、社会に戻れるらしいです。僕も一応法科を目指しておりましたから関心はあったのですが、いかんせん他人に乗せて貰っている身、書物をめくれるわけでなし、自動車内の会話からの推測でしかないのですが、誰かがぼやいていましたよ。ても、あれだけ書類を作っても、今日もこうやって裏付け取っても、外に出られるんだからなぁ、で、こちとらの仕事をまた増やしてくれるわけだなんてね。そうしたら、いやぁ、まぁこれが仕事だから、まぁ、今回で懲りて再犯しなければそれでよし、再犯したらまた捕まえればいいわけで、累犯になるかならないかは本人次第とか、ですから、たぶん、今頃はもうご両親共にあそこに戻っているのかもしれませんね)

(そういえば、あの亀歩き青年、最近見かけませんわね。他所に移られたのでしょうか)

(なるほどね。この辺りじゃ生活費も高いですからね。それにご近所の手前、引っ越しした方が楽でしょう)

(たいへんですのね。悪い事はしてはいけませんわね。お子様がいらしたらなおのこと)

(まぁ、たぶん、子供が三人もいるから、盗みを働いたってのもあるのでしょうがね)

(三人もって、三人は多いのですか)

(私の頃は三人は普通でしたが、最近は一人っ子、多くて二人ですよ。病気で死ぬ事も減りましたしね、こどもが多いとたいへんですよ。貧乏人の子沢山という言葉もありますし)

(そういえば、以前、そういうこと、ご隠居さんでしたかしら、おっしゃってましたわね)

(然様。ご隠居さんの所は一人っ子で何世代か続いてらして、で今度は三つ子がお生まれになるとかおっしゃってましたな。もう生まれてるのでしたかな)

(俺、それ、聞いたっすか)

(さぁ、もしかしたら武蔵君はまだこのセミテリオには来ていなかったかもしれませんね)

(僕、続けてもよろしいでしょうか。僕としては、やはり、彦衛門さんがいらっしゃる折に話した方が、一回で済むと思うのですが。それに、まぁ、僕の頃の刑法と彦衛門さんの頃の刑法は大差ない筈とは言え、明治の警察と比較いたしたくもあるのですが。おっと、彦衛門さんがこちらの世にいらしたのは何時でしょう)

(そちらの裏側に書いてあると思いますよ。どなたかご覧になられれば)

(俺、見えるっす、けど、なんかぼやけていて。明治って書いてあるっす。あと、え〜と、土の下にわかんむりにカタカナのヒ、月、またさっきの字が書いてあって日)

(武蔵、それは一と読むのだよ)

(へぇ〜。ってことは、へっ、あのお爺ちゃん、正月に死んだっすか。で、明治と年の間の数字がよく読めないっす。明治の後に四、その後の字、読めないっす、あっ、捨てる。で、その後にも何か書いてあるっす)

(おっ、すると、ぎりぎりですかね。たしか、僕の頃の刑法は明治四十年に出来上がり、翌年施行でしたから。だとすると、もしかして、彦衛門さんの頃はまだ江戸の流れにナポレオンを加味したものであったのでしょうか。いや、これはますます、彦衛門さんがいらっしゃる時にお話したいですよ)

(ナポレオンって私のお国のでしょうか)

(ナポレオンって、社会の教科書に出て来る人っしょ。江戸と関係あるっすか)

(武蔵君、そうです。で、カテリーヌさん、そうなんです。ナポレオンはカテリーヌさんのお国で法律を整えられたので、また、江戸幕府は軍隊をフランス式にするなど色々フランス流でしたからね)

(わたくしが日本に参るずいぶん前はそうだったらしいですわね。でも、わたくしの頃は、仏蘭西はもうあまり日本では流行っておりませんでしたの。まぁ、法律の世界ではそうだったのですか。なんだか嬉しいですわ)

(ということで、カテリーヌさんがうれしくお感じになられたようですし、今日はこれでお開きにいたしましょう)

(えっ、そんな、俺、刑事ドラマの予告編だけ見せられたみたいっす)

(それって、武蔵君、いいことなのではないかい)

(ちっともよくないっすよ。来週見るのを忘れないようにしようって、カレンダーに書いといて、テレビの前に座ったら誰かにチャンネル替えられちゃったり、急に明日は小テストだなんて言われて、だからって勉強なんかしなかったっすけど、なんか、ひっかかったまま見てるの落ち着かないっしょ。ひどい時にはカレンダーに書いたことも忘れたりして見れないと、すっごくつまんないっすよ。あの後どうなったんだろうとか、その次の時に見ても話しがつながらなかったりするっしょ)

(武蔵、見れないではなく、見られないが正しい)

(うっす。お爺ちゃん、言葉の問題じゃなくて、お兄ちゃんの話の続き、気になるっしょ)

(まぁ、そりゃそうだが)

(わたくしも気になりますわ。続きをお話になって)

(然様。虎之介殿、勿体ぶらないで下され)

(いやぁ、別に勿体ぶっているのではなく、もったいないと思ってしまうんですよ、彦衛門さんがいらっしゃらない時に話すってのはね。今ここにいらっしゃらないのは、彦衛門さんだけではないでしょう。マサさんも、ご隠居さんも夢さんもユリちゃんもいないから)

(聴き手不足で申し訳ないと我輩が謝るのも変なものですしな)

(あっ、お兄ちゃんって、聞いている人が少ないの嫌っすか。俺の逆。俺、本読みなんて、誰も聞いていない方がよかったっす。読み方が変だとか一本調子だとか言われたり、そんな早口で読んだって意味ないなんて言われたりするっしょ。学校でも、一人ずつ読まされると、なんかシーンとしていて恥ずかしいし。あ〜いう時に、やったら上手な奴っているっしょ。特に女子なんか声音までつけて。あ〜いう時のシーンと俺の時のシーンって違うって感じしてたっす)

(聴き手なら、ほら、大丈夫、音天さんがまたあそこに座ってぼんやりしてるから、きっと聴いてますよ)

(ああ、あの人、時々来てるっすけど、誰の親戚っすか)
(さぁ。まぁ、ここの墓地は出入り自由ですしね)

(なんで名前知ってっすか)

(前ね、あの方おっしゃってらしたの。小声でお祈りみたいに、音天と申します。みなさまのお話し聴かせてください、って)

(へぇ、俺、信じられないっす。墓地って普通嫌っしょ)

(武蔵、お爺ちゃんはそうでもなかったよ。ここに来れば、ご先祖様に会える、もしご先祖様が話しかけてきてくれたらどんなに嬉しいかと思っていた。それに、年をとるに連れて、周りがどんどんこちらの世界に入って行くので、あちらにいた時もこちらの方が知り合いが多いように思えていたしね。まぁ、武蔵くらいだと、死は遠いものなのが普通だろうが、それでも武蔵はこちらに来てしまった)

(ひっ、本当は来たくなかったっす。けど、あっ、この話はここでお終い)

(おっ、武蔵君、狡い。僕の話はお終いにするのは嫌で、自分の話はお終いにしたいのかい)

(えっ、えへへ)

(虎之介さまのお話、お伺いしたいですわ)

(然り)

(私は無理強いはしたくないのですが)

(俺は聴きたいっす。ってことは、今こっちの世界にいる五人中三人だけで多数決しても聴きたい方が多いっしょ。で、あっちの世界のあの人もいるし。ねっ、お兄ちゃん、続き気になるし)

(うん、う〜ん、それで、車に乗って警察署に着いたわけですよ。何の変哲もない四角い、いや、直方体のコンクリートの。まぁ、違うといえば、なぜか大きなアンテナが立っていて、まるでラジオ放送局の様でした。そうそう、入り口に歩哨がいましたよ。兜かぶって棒持って。久しぶりに見ましたね。戦中にはあちこち軍事施設の前で見かけましたが、昔より上背があって、服装も生地の質が良い印象でした。あっ、にこりともしないのは同じでしたよ。三人とも歩哨に挨拶もせず、歩哨は当然僕には気付かず。でも、すぐ中に入った所には、なんと女性がいました。そりゃぁ、僕が乗ったのも女性で巡査部長だったんですから、警察に女性がいても不思議ではないのですが、でもね、いかめしい歩哨のすぐ内側には女性でしょ。で、その女性には三人ともやっ、って感じの挨拶して、そのまま正面奥の階段を二階に。上がった所で、男性二人は僕の乗っていた岡崎さんに、どうもご協力ありがとうございましたと言って右に、僕の乗った岡崎さんは左に分かれました。岡崎巡査部長は、生活安全課と書いてある入り口をくぐったんです。ここで、僕は引っかかったんですね)

(へっ、お兄ちゃん、入り口に引っかかったっすか。身体がなくても引っかかるものっすか)

(魔除けのお札でも貼ってあったのですかな)

(僕は魔ですか。いえ、お札は貼ってなかったですし、身体が引っかかったというのではなくて、生活安全課という名称にですよ。つまり、その課が生活安全課なわけですよね。で、これって、皆さん、変だと感じませんか)

(俺、お兄ちゃんの言ってること、わかんないっす)

(日本語でございましょう)

(ですな。虎之介殿は何に引っかかったのですかな)

(嗚呼、お爺ちゃん、あっ、武蔵君のお爺ちゃんではなく、彦衛門さんがいらしたら、僕のこの引っかかり、分かっていただけるのかもしれません。彦衛門さんなら)

(えっ、どうして)

(だって、本当に、みなさん変だと思いませんか。生活の安全の課なんて。そもそも警察とは、治安、すなはち、陛下の統治の下、国家が治安を維持する目的があり、よって、臣民の生活を脅かす窃盗や殺人を取り締まるためのものであると僕は理解していたわけですが、いかに時代が変わろうと、臣民、いえ、庶民の生活を脅かす犯罪を取り締まることには変わりがないと思うわけで、つまり、人々の生活の安全を守るのが当然の職務であり、そこに、生活安全課という名称の課が存在するということは、あたかも警察の中に警察という課が存在するようなものであり、納得ができないのですよ。まさか刑事課が窃盗や殺人を担当し、生活安全課は井戸水が飲める水なのか検査したり、雨漏りがするような劣悪な屋根瓦職人を取り締まったり、傷んだ野菜や魚が売られていないか取り締まる課というわけでもありますまい)

(なるほど)

(うれしいですね。彦衛門お爺ちゃんがいらっしゃらなくとも、武蔵君のお爺ちゃんにご理解いただいたようで)

(いやぁ、私がなるほどと申しましたのは、井戸水や瓦や食品の方も、そういえば警察が取り締まることもあったような記憶があるからですよ)

(えっ、そうなんですか)

(水も瓦も魚や野菜も、安全かどうかを調べるのは警察ではないのですが、そこに犯罪が絡んでいる場合もあり得ますからね)

(あっ、そこで違法な場合、警察が調べる、それを調べるのが生活安全課なのでしょうか)

(どうでしょう、そこまでは僕も知りません。ただ、以前は保安課と呼んでいたのではなかったでしょうか。おや、防犯課だったかなぁ。名称が変わったという記事を目にした折に、柔らかい響きになったと感じたことを覚えていますが、あれから、かれこれ四半世紀になりますかね)

(で、岡崎巡査部長は、その、どうにも僕が納得出来ない名称の生活安全課に入って、奥の方にいたはげ頭の五十代くらいの男性に、帰ってきたことを報告して、それから給湯室でいれたお茶を持って、自分の机に行き椅子に座りました。給湯室って、ほら、最近あちらこちらの家庭で見るような小さなものではなくて、大きいドラム缶のような、そこからお湯が出るんですね。そうそう、岡崎さんの椅子の座面は一本足で支えられていて、その下が四つに分かれていて、椅子の下には車がついていて、椅子が左右にも前後にも動くんですよ。で、机も木ではなくて、あれは金属なんでしょうか。透明の柔らかそうなものが机の上に乗っていて、下にはカレンダーや電話番号一覧表が挟んでありました。あと、机の上にあったのは、あの機械ぐらいで。これもあちらこちらで見られる、例の、ほら、釦を雄とテレビジョンみたいなのが点く)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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