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第八話 セミテリオに警察官 その四


(然様。今更乍らに後悔しておりましてのっ。この機会を逃してなるものか。マサ、一緒に来ないかのっ。拷問道具が無いというのも確認したいものですのっ)

(拷問好きっすか。怖ぇ)

(いやいや、私は拷問は好きではなかったのっ。それに、これの、マサの兄が拷問は止めるよう尽力いたしてましたしのっ)

(でも、なかなか難しかったそうですわ。だんなさ〜、女子に警察は怖い所です。それにお仕事の場を見せていただくのは申し訳なく存じます)

(いや〜、私も一人では旅したことないですのっ。マサの方が慣れておる。拷問は無い、言葉遣いは丁寧ということですしのっ、マサ、一緒に行ってくれぬかのっ)

(お一人でいらっしゃいませ。わたくしはこちらに絵都と残りますわ)

(あら、お母上、私も少しばかり、見せていただきとうございます。お父上のお仕事、知らないことばかりでしたもの)

(であろうのっ。絵都にはあまり語りたい話しではなかったですしのっ)

(ほらごらんなさい。何で絵都には語れず、わたくしならよろしゅうございますか)

(いや、そりゃ、その、何かのっ、マサはもう酸いも甘いも苦楽も分かる大人であったゆえ)

「♪たけや〜さおだけ〜、たけや〜さおだけ〜♪ 古い物干竿をお引き取りいたします」

(まぁ、何でしょう)

(ああ、あれは、物干様の竹、竹と言っても本物ではなく、ステンレス、え〜と錆びない金属でできた棒を売り歩いて、いや、トラック、あの車で運んで売っているんですよ。戦前にもありませんでしたか)

(あっ、はい、竹竿売りはおりましたのよ。それは分かるんですが、でも、女の方はいらっしゃらなかったので)

(もう少し近くに来れば、たぶん運転しているのは男の人ですよ)

(まぁ、殿方が女形みたいな声音で売り歩くのですか)

(お婆ちゃん、あれは、録音で廻してるだけっす)

(録音...... 廻す......)

(そういう機械があるんですよ。僕も先日夢さんにお共させていただいた折りに、ご隠居さんから電車の中ででしたっけ、ご説明受けました。電車もね、女性の声でした)

(俺、あの声ってか、竿竹売りっての懐かしいっす。けど、ここセミテリオっしょ。死人が買うわけないっすよ)

(武蔵、このセミテリオは広いからね。この中を突っ切った方が近道なんだろう。まぁ、それにしても、セミテリオの中を通る時くらいは、機械を止めればよさそうなものだが)

(セミテリオは、静かな場所ですものね。花が咲き、小鳥が歌い)

(小鳥ですか。カテリーヌさま、こちらに来るのは、たまに鳩や雀、ほとんど烏ばかりですわ。花は、四季それぞれ楽しめますが)

(それに、静かじゃないっしょ。俺っていうか、最近は俺のお爺ちゃんも結構話すっしょ。前は黙ってたっしょ。じゃなくたって、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、ロバートおじさんやお兄ちゃんや。カテリーヌおばさんや、あっ、ユリおばさんがいないから静かっすか。あっ、ご隠居さんや夢お婆ちゃんも今はいないっすね。それに、絵都お婆ちゃんみたいに他所からお客さんってのも、ほら、あっちにはぶつぶつ小言ばっかりの人もいるし)

(武蔵、失礼ですよ)

(だって、爺ちゃん、ホントっしょ。俺、死んだら何もない世界に行くんだって思ってたっす。全然違うっすよ。調子狂っちゃう)

(お母上、なんだか引っ張られております。私をつかんでください)

(えっ、あら、何でしょう。あらっ、だんなさ〜、一緒に絵都をつかんでいただきとうございます)

(おっ、何かのっ、おっ、これは何ですかのっ、おっ......)

(母上、父上......)

(絵都や......)

(あれっ)

(あらっ)

(消えちゃったっすか)

(絵都さんが警察を見たいとおっしゃってらしたからでしょうか)

(でも、引っ張られるっておっしゃってました。あちらの世の方から引っ張られたのでしょうか)

(何に引っ張られてらしたのでしょう。あちらの警察官に引っ張られたのでしょうか)

(あっちの世に行っちゃったりして)

(そうでしょうか。そういうこともあるのでしょうか)

(よくは分からないのですが、無口な方や、この世界をお認めにならない方は、石のようになられたり、空気になられるようですよ)

(あっちの世界って、ここ来る前の世界のことっすか。それとも、こっちの世界の後にまだどっかの世界ってのがあるっすか)

(よくは分からないのですが。ほら、あちらの世にいた時にはこちらの世がわからなかったのと同様、こちらの世にいると、次の世があるのか否か)

(けど、お爺ちゃんもお婆ちゃんもおしゃべりっすよ。それに絵都お婆ちゃんだって、前、随分長くしゃべってなかったっすか)

(でしたわね)

(お爺ちゃん、もとい、彦衛門殿、いや、いらっしゃらないようですから、言い直す必要はなかったのですが、折角、あちらの警察官に乗って警察署をご見学に行かれるよい機会でしたが、残念でしょうね)

(あっ、あのワンボックスカー、あそこに停まる)

(警察の車のようですね)

(なるほど)

(あっ、降りてきた人、制服着ていないけど、警察官っすか)

(何か見てるっす。あっ、運び出すみたい)

(なるほど、今の武蔵君の発言、あらためて考えてみますと、日本語は時制では簡単ですな。過去と現在と未来のみ。完了形は不要。いや、意味の中に含まれるのですが、形として別のものにはなっていない)

(えええっ、俺の言ったこと分析するっすかぁ。ちぇっ)

(武蔵、言葉が悪い)

(うっす)

(それもだな)

(はい)

(停まるというのは、未来でもあり現在でもある。降りてきたは現在完了形、見てる、つまり、見ているは現在、おっと、現在進行形)

(ロバートおじさん、過去形がないっす。えっ、違うっす。降りてきたは過去形っす)

(いや、日本語の場合は、降りてきたは過去形ですが、英語の場合は現在完了になりますな。で、あそこの御仁が死んだというのが日本語の過去形ですな。これも、英語だと死んだ時期によって現在完了系にもなり得るのですな)

(ややこしいっす)

(ロバートさま、武蔵さんに英語のご教授ですか)

(あはは、何なら僕も教えてあげようか)

(いいっす。いらないっす。今さら英語覚えたって、こっちの世界じゃ使えないっしょ)

(いやいや、我輩と英語で話せる)

(何でしたら、武蔵さん、わたくし、仏蘭西語をお教えいたしましょうか)

(そっちもいらないっす。そんな物の名前に男と女があるなんて、面倒っちぃ)

(武蔵、言葉に気を付けなさい)

(ほら、俺、日本語だってだめっすから)

(あの人、やっぱ死んでるっすね、あっ、これって進行形っすか)

(いや、ほう、そういう表現ですと、日本語では現在進行形のようで過去形なのですな。いやこれは面白い。しかし、英語では現在進行形で死んでいるという場合は、死んでいく途中でしてな、しいて日本語に訳せば、死につつあるとでも訳しましょうか。いや、しかし、これは日本語としては変な表現ではありませぬか)

(そうですねぇ。たしかに。しかし、僕が学んでおりました頃には、何かをしているという表現は嫌われましたね。日本語ではない、と言われましたよ。そうですねぇ、死につつあるですと、臨終と訳しては問題ですかね)

(あのぉ、あの車の中に運ばれた人は死んでるっていうか死んだから死んでるっしょ、なんか頭ぐるぐるになりそうっす。死んだばかりかもしれなくて、ロバートさんみたいにうんと前に死んだってのは過去形で、あっ、もうだめっす、もうやめっす)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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