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第七話 セミテリオから犬にも乗って その四十一 最終回

(言われましたわ。お婆ちゃんだって見たことあるでしょ、猫会議、猫の集会や犬同士の挨拶や雀や鳩の子育てや色々って)

(猫会議って言うんですか、あれ。猫さん達が集まってるの)

(そう言われてみればなんですよね。私、ただ猫が群れてるだけだと思っていました。でも、あの光景、不思議でしょう。ほとんど声を出さないで、なんとなく円陣になっていて、で、こちらが、何してるんだろうと関心向けたとたんに四方八方に散って行きますでしょう)

(そういえば鳩首会議というのもありますね)

(猫が九州で会議するんですか)

(えっ、猫じゃなくて鳩)

(けど、今九州って)

(あぁ、あはは、九州じゃなくて鳩首。鳩の首って畫くんだよ、武蔵君。人がうなづいているのが鳩に似ているから)

(鳩も会議するっすか)

(そういえば、鳩も集まってますわね。何を話しているのかしら)

(鳩は平和のシンボルっしょ、あっ、シンボルって、何て言うか、記号でいいっすか)

(象徴ですね)

(あっ、そうっす。社会で習ったっす。天皇は象徴っての)

(そうですか。今の世では天皇は象徴なのですか。ふむ。神ではなくなった)

(で、猫も鳩も集まっているだけでろくなこと話してないでしょうね、あれは集まっているだけで群れているに過ぎない)

(と人間は思っている。案外、平和とはとか鳩の一生は、などと考えているやも知れず)

(まさか)

(いやぁ、人間は動物より偉いことになってますからね。偉い側は偉くない動物などどうでもよい)

(ご隠居さん、そんなもんですよ世の中は。人間は万物の霊長、男は女より上、日本はアジア諸国より上、天皇は神)

(虎さん、戦前はそうでしたがね、戦後色々変わったんですよ。まぁ、たしかに、いつになっても支配する側は被支配者の考えや感情を解しない。下位にばかり義務をおしつける。動物は人間に従え、女は男の言うことをきけ、下位の者は上位の者の言いなりになれ。ならばnoblesse obligeがあるべきなんですがね。実態はいつもnoblesse obligeどころかpauvresse oblige)

(ご隠居さん、noblesse obligeならば僕は感じておりますよ。pauvresseですか、これはいい)

(俺、ちんぷんかんぷんっす)

(わたくしも)

(ユリも。どういう意味ですか)

(noblesse obligeは騎士道とか武士道のような、高い立場にいるならば高くない立場の者に配慮せよというような。でもその反対で昨今では貧しい者達が政治家や公務員を支える義務があるようですからね。ですからpauvresse oblige。戦前の血税などその最たるものでしたね)

(それって、虎ちゃんが赤ちゃんや動物のことはわからないってことは正しいってことかしら)

(ユリちゃん、僕はnoblesse obligeを始終言われ続けた高校生だったんですよ)

(虎さんも、noblesse obligeを動物にも、赤子にもあてはめれば良いのですよ)

(しかし、ご隠居さん、僕には赤子が泣く理由も、動物が吠えるのも分かりませんから)

(まぁ、昔は、いや、僕も若い頃はそうでしたが、そういうのが分からないから勝手にできたのでしょうね。駱駝や象どころか奇形の人間も江戸時代には見せ物にしていたそうですし)

(野毛山だったかしら、それとも上野に書いてあったのかしら。それとも望が言ってたのかしら。動物園は、珍獣を見せることから始まったとも言われてますでしょ)

(見せ物にされるなんて、ユリだったら泣いちゃいます)

(俺、餌くれるなら、それものんびりしてられるかも、って思っちゃいけないっすか。生きてるだけでいいっしょ。あっ、でも芸なんかさせられたりして。動物も勉強させられるっすね)

(見せ物にしなくなったのは動物が賢いってことを分かるくらい人間が賢くなったのかしら)

(人間は進化してますからね)

(いえ、人間が進化したとするならば、動物も進化している筈ですね。寿命と申しましょうか、いえ、再生産の年月でいえば、人間が次世代を作るのに四半世紀だとして、ハツカネズミは二十日ならずとも数ヶ月で再生産するとなれば、世代交代が早いほど早く進化するわけで、相当早く賢くなれるやも)

(でもご隠居さん、知識の伝達方法が異なりますからね)

(はいはい、人間は前の世代までの知識の蓄積を、言葉や文字で次の世代に伝えられますからね。てっとり早い)

(それって、後で生まれるほど勉強しなきゃならないっしょ)

(うわぁ。それに、それって、ユリはたとえばユリよりえ〜と八十年くらいかしら後に生まれた望さんより、賢くないってことかしら)

(そりゃ、ユリは女学校に参りませんでした)

(ユリさん、上級学校に行かれたかどうかと賢さは別のものですわ)

(俺、どっちももないっす)

(しかし、ご隠居さん、動物が知識の伝達をしているんでしょうかねぇ。僕には信じられませんね。人間は知識の伝達をするからホモサピエンス)

(私もそう思ってましたのよ。でも、望に言われたんですよ。猫会議や犬同士の挨拶や雀やカラスの子育てって)

(それは、そう見えるだけで、人間の思い込みなんじゃないですか。猫サピエンスとか犬サピエンスとは言わないですからね)

(その錆海老みたいなのはユリわかりませんけど、なんだか、やっぱり虎ちゃんって、見えるものしか信じられないし、見ても信じられないんだわ)

(そりゃそうですよ。猫が集まってるのは見た事ありますよ。でも、あそこで、次期首相を誰にするかとか、来年の予算を決めているわけでなし、せいぜいが、あいつは生意気だからとか、あの娘はシャンだね、ぐらいなものでしょう。知識の伝達なんてことしているでしょうかね)

(なんだか、虎ちゃん、お里が知れるようなおっしゃり方)

(ははは、虎さん、人間の世も大して変わらないようにも思えますよ)

(知識と情報は別のものかしら。望に言わせると、犬は他の犬の鼻先やお尻、電信柱のおしっこの匂いを嗅いで色々とわかるそうですわ)

(あっ、あれそうなんですか。ユリ、自分もここでおしっこしようかなって、ここはご不浄なのかなって思ってるんだって)

(俺もそう思ってたっす)

(望に言わせると、あれで、別の犬が何時頃そこを通ったのか、その犬がどのくらいの大きさなのか、知っている犬なのかなどが分かるそうです。でも、望が悩んでいました。犬を外で散歩させれば、あれ、したがるでしょう。でも、ああいう所から病気が感染する可能性もあって、犬の健康かそれとも、え〜と何でしたっけ。IQではなくて、Qなんとか、生活の質とか)

(もしかしてQOL、Quality of Life、ですか。ほうっ、人間並の扱いなんですね。医療の現場でQOLが言われ出したのはごく最近なのに)

(そうそう、それです。ご隠居さんありがとうございます。で、でも犬としてはしたい行為でしょうし。あっ、そうそう、最近は外でうんちどころかおしっこもさせてはいけなくなってきているそうですよ)

(えええっ、人間だって立ち小便するではないですか。僕も幼い頃はどぶにしたり壁にしたりしてましたよ。ああ懐かしい、もうかれこれ七十年近く排泄してませんからね)

(虎ちゃんそうだったの。いやだぁ。ユリ、時々街中でそういう方見かけると、目のやりばに困ってたのに)

(虎之介さん、今では犬もだめなんです。特に都会、特に東京は厳しいみたいですよ。うんちを持ってかえるのは当たり前、おしっこした後は水で流す、そうでなければ、ほら、あちらの部屋にあったシートをおしっこしようとしたらすぐ下に入れるんです)

(なんですかそれ。水はどこから持ってくるんですか)

(洗う水を持ち歩くんですよ)

(犬にとっても住みにくい世の中なんですね)

(まぁ、視点を変えれば、犬がそれだけ人間の世の中で一緒に生きているということなんでしょうね。人間が排泄の場所をわきまえなければならないように、犬猫もということですね)

(猫もですか。たしかに、猫のうんちって臭いです。でも猫ってつながれてないから、まさか猫がどこで排泄するか追いかけていかなきゃいけないんですか)

(まさか追いかけるわけにも参りませんもの。紐でつないで散歩させたり、家から出られないようにしたり。ここもそうでしょう。家から出す時には庭でもリードつけて、ですもの。先ほども少しお話いたしましたが、神様の数が関係してくるみたいで。西洋の国々と日本では、だいぶ違うそうです。望によれば、日本はペットの飼い方が変わっているそうです。西洋流では、人間の社会で生きる以上、ペットは皆人間社会の中で支配される存在であるべきで、ですからマナーをしつけられるそうで、でも、日本では家族扱いなので甘いそうで。とはいえ、望は日本式なんですよ。人間が動物よりすぐれている、だから支配者としてひえ、ひえなんとかで順位があって)

(ヒエラルキーですね。フランス語でhierarchie、おっと、カテリーヌさんはいらっしゃらないんでしたね)

(虎之介さん、ありがとうございます。そうそう、それです。その順位、ヒエラルキーがあって、その最上位にいる人間は、知能も知識も劣って、人間に支配される従属物の動物はという考え方が根本にある西洋流とは、日本のペットのあり方は違うって。なんだか難しいでしょう。望は、ほら、私がいることを感じられるくらいでしょう。ですから動物の感情もわかるらしくて。あちらの部屋でも、人に話すように動物達と話してましたでしょう。あれなんですよ。あの子ほどではなくとも、今の日本では犬や猫や鳥にあんな調子で話しかける人が多いらしいんです。もちろんどこの国でもペットに話しかけるくらいはあるんだそうですが、相手の人格ってのかしら、そこに一線を画しているのが西洋流らしいです)

(おしっこのさせ方一つとっても、どちらが良いか望は悩むんですよ。なんだか、望の大好きだったでは、どうも野生より寿命が短いとか。健康管理がしっかりなされていても、餌がたっぷりあっても、自由が無いと早死にするそうで。おしっこの場所やおしっこの前後の行為まで人間に規制されていると早死にするんじゃないかしら、なんてね)

(おっと、すると、僕がもし今もあちらで生き続けていたら、立ち小便の場所を選ぶ自由がなくなると、早死にするってことになりますね)

(でも、でも、ユリ、お見合いして結婚してこども産んでとか、ユリの頃はみんなほとんどそう決められていたけれど、もしかしてお見合いしなくてもよくて、結婚しなくてもよくて、どんなお仕事でも選べて、ってだったら、ユリあちらの世で長生きできたのかしら)

(俺、もし学校行かなくていい、勉強しなくていい、う〜ん、長生きしたかも。けどそれって退屈じゃないっすか)

(なるほどね。僕は坊主になる筈が医者になって、まぁ、それなりに気楽に生きてきましたねぇ。妻は決められていましたが。う〜ん、だから僕は長生きしたのでしょうかね)

「愛ちゃん、ちょっと上行くわ」

「あっ、あなたの洗濯物、持って上がってね。ついでにこっちのも、中に入れておいて」

「わかった」

「あっ、ニャァとミャァも上に連れて行くわ。台所じゃなきゃいいでしょ。ニャアとミャァ連れて来るから、その間にブランとマックにお茶葉あげといて」

「うん。ここ通る時には抱いていってよ」

(あっ、みなさま、望があちらから戻ってきて、お二階に上がる時にもう一度ここを通りますから、一緒にお二階に参りませんか)

(ユリ、行きたいです。カテリーヌさまも、あっ、いらっしゃらないんでした。残念です)

(俺、やめとくっす。なんか、婆ちゃんと母ちゃんと姉ちゃん以外の女の人の部屋って、なんか、見ちゃいけない感じするっす)

(僕もです)

(僕は愛さんといれば煙草の煙のお相伴にあずかれますから、こちらで)

(じゃぁユリさん、ご準備なさって。そうそう、上に行けば望の雑誌が何かあるかもしれませんし。お着替えなさって。あっ、それに、ぬいぐるみもありますわ)

「ブラン、マック、ほら、おすわり」

(まぁ尻尾振ってうれしそう)

(いいなぁ。俺も手から食べさせたいっす)

(ほらほらユリちゃん、望さんが戻って来た)

(まぁ、望さん猫を二匹抱いて。どうやってお洗濯もの持つのかしら。かわりにユリが持てればいいのに)

(さぁ、はい)

(おやおや、マック君とブラン君もついて行くんですね)

(犬もエレベーターに乗り慣れているようで)

(静かですねぇ、昼下がり)

(おしゃべりユリちゃんがいないと静かかな)

(まぁ、虎之介さん、そんなことおっしゃって)

(学校なら、給食と掃除の後、一番眠い五時間目っす)

(マサさん流に言えば、カラスも鳴いていない、というところでしょうか)


第七話 終わり


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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