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さよなら、真夏のメランコリー  作者: 河野美姫
三章 夏の匂い
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三 夜空の下のファーストキス➁

   * * *



 九月の第二日曜日は、朝から晴天だった。



 前日までの三日間は雨が続き、天気が心配でたまらなかった。

 朝方まで雨はやまなかったみたいだけれど、お祭りが無事に開催されることになって心底嬉しかった。



「美波! 悪い、待った?」


「ううん、私も今来たとこだよ」



 こんなやり取りがなんだかカップルっぽいな、と感じてキュンとした。

 本当は十五分前に着いていたけれど、それは言わなくていいや……と思うくらいには今日の私は浮かれている。



「浴衣、着てきたんだな」


「う、うん……」



 頷きながら、輝先輩の反応が気になって視線を泳がせてしまう。

 紺地にひまわりの花が施された浴衣は、九月に入ってすぐに買ったもの。

 明るい黄色のひまわりが彼の金髪みたいで、一目見た瞬間に迷わず選んでいた。



「似合う」


「……本当に?」



 サラッと褒めてくれた輝先輩を見上げれば、彼が大きく頷いてみせる。



「うん。美波って、ひまわりって感じがするし」


「え? ……どこが?」



 夏らしいひまわりの花は、いつだって太陽に向かって咲いている。

 うじうじ悩んで前に進めずにいる私とは正反対に思えて、輝先輩の言葉が不思議だった。



「どこって……まぁ、なんとなく?」



 彼の答えははっきりしなかったけれど、それでもなんだか嬉しかった。

 私が輝先輩の髪色からひまわりを連想したように、彼も同じように感じてくれたのかもしれないと思うと、以心伝心みたいに思えたのだ。



 お祭りの会場は、私の家の最寄り駅から七駅。

 電車を降りると手を取られ、人混みに身を任せるように歩いていく。



 今日の輝先輩は、カジュアル系ブランドのTシャツにデニム。

 シンプルな服装だけれど、白いスニーカーとも合っている。

 人混みに紛れると、彼の髪色はひときわ目立った。



「美波、なに食べたい?」


「わたがしとたこ焼き! あと、ヨーヨーが欲しい」


「わたがしって、お腹膨れないだろ」


「いいの。こういう時しか食べる機会ないもん」


「はいはい。あとで買おうな」


「……今、子ども扱いしたでしょ」


「してないしてない」



 悪戯に笑う輝先輩につられて、小さく噴き出してしまう。

 こんな些細なやり取りが楽しくて、彼とふたりで笑顔が絶えない。



 屋台から漂う、たこやきソースの香ばしさやベビーカステラの甘さ。

 たくさんの食べ物が混ざり合ったそれは、なんだか幸せの匂いみたいだった。



 行き交う人たちやカラフルなのぼり。

 沈んでいく夕日に反して、屋台の灯りが目立つ河川敷。



 お祭りは初めてじゃないのに、ひとつひとつが新鮮で、キラキラして見える。

 輝先輩も楽しそうで、そんな彼を見て私ももっと楽しくなる。



 焼きそばの屋台に並んで、その隣で売っていたたこ焼きも買ってくれた。

 どっちも半分こして、次はフランクフルトを買った輝先輩から一口もらって。私が食べたかったふわふわの大きなわたがしも、笑い合いながら仲良く分けた。



 かき氷はいちごとブルーハワイを選んで、一口ずつ交換したりして。そのあとは、彼が黄色のヨーヨーを獲ってくれた。

 むきになった射的は、私はなにも獲れなかったけれど、輝先輩はシュールな猫のマスコットを撃ち落としていた。

 あんまり可愛くはなかったけれど、彼がくれたものだというだけで宝物になった。



 ごく普通のカップルと同じように夏の醍醐味を満喫する私たちが、心に似たような傷を抱えているなんてきっと誰も思わない。

 普通の人と同じようにお祭りを楽しめていることが、なんだか無性に嬉しかった。



「そろそろ花火始まるな」


「うん。混んできたね」



 持ってきていたシートの上で肩を並べているけれど、周囲はたくさんの人たちで溢れている。

 どこからこんなに集まってきたのか……と思うくらい。



 熱気を感じて蒸し暑い。

 だけど、人が増えるにつれて、ワクワクしていった。



 それから程なくして、ヒュー……と高い音が鳴り、夜空に大輪の花が咲いた。

 打ちあがった花火の音とともに、あちこちから歓声が上がる。



「おおー」


「わぁっ! 始まったね!」



 輝先輩と私も、満面の笑みで顔を見合わせた。



 色とりどりの花火。

 上がっては消え、また視界を彩る。

 絶えず咲くカラフルな花たちは、そのたびに藍色の空に吸い込まれていった。



 目がくらむような光の中、そっと隣を見る。

 夜空に向けら荒れた彼の視線は、ただひたすらに真っ直ぐだった。



 好き。



 思わずそう言いたくなったくらい、横顔がとても綺麗で。

 想いが込み上げてきただけなのに、なんだか涙が溢れ出してしまいそうだった。



 人々の歓声。

 耳をつんざく花火の音。



 夏風に混じった微かな火薬の匂い。

 花が咲くたびに輝先輩の顔に光が差して、私の瞳を捉えて離さない。



「美波? どうかした?」


「……ううん、綺麗だなって」


「うん、そうだな」



 微笑んだ彼が、私の右手をそっと握る。

 手のひらから伝わってきた体温すら愛おしくて、胸がきゅうっと詰まる。



 花火が上がるたびに手を離したくなくなって、このままずっと一緒にいたいと思った。



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