三 動き出した心➁
「ロッカーはふたりでひとつだから、美波は私と共用だって。一応、鍵はかけてね」
「うん、わかった」
真菜と共用なら変な気を遣う必要もなく、安心できる。
ロッカーの鍵を受け取り、テキパキと着替えた。
ビヨンドの制服は、白いシャツにブラウンの膝丈のスカート、そしてパステルオレンジと白のチェックのエプロンだ。
たとえるのなら、カントリー調のデザインという感じだった。
靴は自前のものでいいらしく、真菜のアドバイス通りローファーを持ってきた。
髪はひとつに纏める決まりなのだとか。
慣れた手つきで髪を結ぶ彼女に倣うように、私もミディアムボブの髪を後ろで一纏めにした。
学校以外の制服を着るのは初めての私は、なんだかソワソワしてしまう。
着替えてから見た鏡を前にして、気恥ずかしさでいっぱいになった。
「これで人前に出るんだよね……」
「そりゃあそうだよ。私たち、ホール担当だもん」
「変じゃない……?」
「全然! むしろ似合ってるよ! 輝先輩に見せてあげたいくらい!」
「なっ……! なんでそこに輝先輩が出てくるの!?」
真菜はわざとらしく「えへっ」と笑うと、私の手を引いて更衣室を出た。
「菜々緒さん、着替えましたー」
「じゃあ、とりあえず今日は私が説明するね。あ、その前に自己紹介か」
菜々緒さんの指示で、真菜は仕事をするためにホールへと行った。
私は、菜々緒さんに促されてホールやキッチンを回っていく。
その間に色々な説明を受けながら、持ち場にいるスタッフたちに挨拶をしていった。
持参したメモには、あっという間に書き込みが増えた。
「とにかくお客様への対応が最優先ね。料理は少しでも早く運ぶことと、注文は必ず繰り返して。あと、メニューについて質問されることが多いから、メニューに関することはできるだけ早く覚えてね」
「は、はい……!」
「うちは勤務時間が七時間を超えると賄いが出るから、順番に食べてみるといいよ。そうすればメニューのことも覚えやすいし。百聞は一見に如かずってね!」
ビヨンドでは、八百円までのメニューなら賄いとして食べられるらしい。
それ以上の金額のものでも、バイト代から差し引いてもらうという条件下でなら好きなメニューを注文できるのだとか。
日替わりランチがちょうど八百円らしく、だいたいのスタッフはそれを選ぶことも教えてくれた。
ファミレスもたまにしか行くことがなかった私からすれば、とても魅力的に思える。
ひとつ楽しみができたことで、やる気が増していった。
「テーブルは早く片付けて、しっかり拭いて消毒ね」
「はい」
「混んでる時間帯だと片付けまで手が回らなかったりするけど、テーブルが片付かないとお客様を通せないから注意してね」
頷いて、メモを取って、スタッフに挨拶をして……。目まぐるしく時間は過ぎていき、気づけば一時間が経っていた。
「今日はとりあえず全体の流れと雰囲気を覚えて。レジは何回かバイトに入ってもらってから覚えてもらうから、まずは注文の取り方と料理の運び方ね」
菜々緒さんは、最後に全体の流れをもう一度説明してくれた。
「ここまででなにか質問はある?」
「えっと……」
メモを見返してみたけれど、質問が浮かんでこない。
「なんて訊かれても、まだわからないよね」
私が戸惑っていると、彼女がすかさずフォローを入れてくれた。
「一応、できるだけ近くで見てるし、いつでも声をかけてね。私や真菜ちゃんが近くにいない時は、他の人に訊いてもいいし、質問とかは遠慮なくするといいよ」
「はい。ありがとうございます」
優しく丁寧に指導してもらえそうなことに、ひとまず安堵する。
まだ不安と緊張は消えないけれど、ここでなら頑張れそうだと思った。
「よし、まずは片付けからやってみようか」
「はい」
菜々緒さんとともに、お客様がいなくなったテーブルを片付けに行く。
もたもたしてしまう私に反して、彼女はとても手際がよかった。
「私も最初は失敗したり手際よくできなかったりしたけど、すぐに慣れるよ」
だけど、菜々緒さんは私のそんな姿を見ても微笑んでくれた。
彼女以外のスタッフもみんな優しくて、初日だというのに居心地は悪くなかった。
真菜と一緒だということもあって、三時間もすれば緊張感が少しずつ解れ始め、人生初のバイトはどうにか乗り切ることができた。




