二 予定のない日の過ごし方④
「予定のない日の過ごし方って、わからないものなんだね……」
今までは、ずっと泳いでいた。
明けても暮れても水の中にいるような生活。
インターハイを控えたこの時期は、特に練習に熱が入っていた。
だから、過ごし方がわからないなんてことはなかった。
朝起きて、部活やスイミングスクールに行って。帰宅後はほんの少しだけ夏休みの課題をこなして、まるで泥のように眠る。
毎日毎日、そんな日々の繰り返し。
夏休みなんて、あっという間に過ぎていった。
だけど、来週から始まる夏休みの予定は、今のところ空白だらけ。
いったいどんな風に過ごせばいいのかと思うと、途方に暮れるような気持ちにさせられた。
「夏休みも練習漬けで、練習が嫌になることもあったのに……。もうできないと思うと寂しくてたまらない。何回も逃げ出したくなったのに、変だよね……」
眉を下げる私に、輝先輩が首を振った。
「そんなことない。俺も同じだったよ」
「本当に?」
縋るような気持ちになると、彼は大きく頷いた。
「うん……。練習漬けだった日々は逃げ出したいと思ったことが何度もあったのに、試合どころか練習すらできなくなると、空いた時間をどう過ごしていいのかわからなくて気持ちのやり場がなかった……」
「そっか……。こういう気持ち、いつかはなくなるのかな……」
ぽつりと呟いてみたけれど、輝先輩は困ったように笑うだけ。
だけど、なにも答えてもらえなくても嫌じゃなかった。
彼もまだ苦しみの中にいるんだ、と思わせてくれたから。
それがほんの少しだけ安心できた。
「夏休みなんて来なくていいのかも……」
いつだって待ち遠しかった夏休みを、生まれて初めて楽しみだと思えない。
真菜と遊ぶ約束をしていても、心はずっと鈍色のまま。
彼女と会えない空白の日が怖くて、夏休みが始まることに不安すら抱いている。
「じゃあ、俺と遊ぶ?」
そんな私にかけられたのは、予想もしていなかった言葉だった。
「え?」
「夏休みって、今までは練習漬けだっただろ?」
「うん……」
「だから、今までできなかったことをふたりでやるんだ」
「で、でも……」
「俺は美波と遊びたい。夏休みも会いたいよ」
ストレートな言葉が、私の心を優しくくすぐる。
「まぁ、バイトとか受験勉強があるから、ずっとってわけにはいかないけど」
苦笑を零す輝先輩を前に、断り文句なんて思い浮かばなかった。
「……なにするの?」
「買い食いとか、食べ歩きとか?」
「食べるばっかりだね」
「遊園地でも水族館でもいいし、海に行くのもいいな。でも、遊んでばっかりなのはやばいから、たまには一緒に課題でもするか」
誘い文句は、特別なものじゃない。
それでも、私にとっては特別に思えた。
「うん」
「あ、あとは祭りとか花火大会だな」
「いいね、夏って感じ」
ここから程近い場所で開催されるお祭りも花火大会も、行ったことがなかった。
中学まではスイミングスクールの合宿の時期と被っていたし、高校に入ってからはインターハイ前でコーチの許可が下りなかった。
今思えば厳しいルールだったけれど、当時はそれが当たり前だった。
部員の中にはこっそり遊びに行っていた子がいるのも知っている。
だけど、私はその気の緩みがけがや事故に繋がらないかと不安で、どうしてもルールを破れなかった。
家から聞こえる花火の音に物寂しくなっても、インターハイ優勝という目標だけを心の支えにして、なにもかも我慢してきた。
「俺、去年と一昨年は祭りも花火も行かなかったんだよな」
「私も」
夏にも共通点があったことに、どちらからともなく笑ってしまう。
予定のない日の過ごし方がわからなかった。
空白だらけの夏休みが来るのが怖かった。
それなのに、今は少しだけ楽しみに思える私がいた。




