第二話:この村でもう一度
――アルデン村。レオンの故郷。かつては山間の小道を通る旅人が立ち寄る、小さくも穏やかな宿場が立ち並ぶ集落だった。
だが今、その面影は残っていない。
崩れかけた石塀、枯れ果てた畑、戸板のはずれた家々。雪こそ積もっていないが、冬の風があまりにも冷たく吹き抜けていた。
「......人の気配がねえな」
レオン・ヴァルトは肩に荷を背負いながら、そうぼそりと呟いた。その隣で、短髪の小柄な“少年”――メルティが、じっと村の風景を見つめていた。
「ここも戦に巻き込まれたんでしょうか......」
「ここが直接戦場になったって話は聞いてねえが、『より安全な場所に』と、村を捨てて逃げて行ったのかもしれねえな」
二人は村はずれにある、レオンの生家に向かった。そこは、軒が傾いた古い家。蔦が壁を這い、扉は斜めに落ちかけている。
レオンは、かすかなため息をつきながら扉を開いた。風が土埃を巻き上げる。だが、屋根は残っていた。炉も崩れていない。『生きる』には、十分すぎる。
「......ここが、レオンさんの家なんですね」
「ま、廃屋だけどな。少なくとも、雨はしのげる」
「食堂にできます、きっと。掃除なら得意ですから」
メルティの声には、はっきりとした自信があるように見えた。だが、その“笑顔”は、どこか無理をしているようにも思える。
――それもそのはずだ。
メルティは、レオンがかつて救った村の生き残りだった。戦火で村が焼かれ、家族も失ったメルティは、まだ幼い子どもだった。
このままでは危険が及ぶと、傭兵団の後方支援部隊に加わえたのは、ほかならぬレオンであった。それ以来、メルティは、傭兵団で主に炊事や荷運びを行いながら、ひたむきに生きてきた。
「無理してねえか」
レオンは、そう問いかけた。メルティは、わずかに伏し目がちになりながら、それでも口を開いた。
「......してないと言うと嘘になるかも。でも、それでもいいんです。戦場じゃなくて、ちゃんと“日常”の中で、生きてみたい。ぼく、もう誰かに剣を向けるの、見たくないんです」
その一言に、レオンは目を細めた。
「......そうか」
あのとき、瓦礫の中で震えていた幼子が、ここまで言えるようになった。そのことが、レオンには何よりも嬉しかった。
「......じゃあ、まずは掃除だな。次に屋根の修理。それから......看板か」
「はい。僕、名前も考えてきました!」
「おい、気が早えな」
笑い合いながらも、ふたりの足元には確かに“始まり”の土があった。かつての戦場では失われたものばかりだったが、ここには、何かが生まれようとしていた。
そして、この村で再び出会う者たち――
かつての団員、商人、流れ者、そして敵だった者までもが、やがてこの食堂を訪れることになる。
その事を、レオンはまだ知らない。
──続く。