第一話:解散だ。……もう終わりにしよう
「解散だ。......もう終わりにしよう」
夜が明けきらぬ戦場跡の片隅に、疲弊した男たちの集まりがあった。
焚き火はすでに燃え尽き、空は鈍く曇っている。燃えた荷馬車の残骸と血のにおいが混ざり合い、敗戦の現実を否応なく彼らに突きつけていた。
レオン・ヴァルト――傭兵団《蒼鉄の狼》の副団長は、ひときわ高い岩の上に立っていた。血に濡れた黒髪が風に吹かれている。甲冑の下には、幾つかの古傷が赤く滲んでいた。
彼の目の前に、戦場から命からがら逃れてきた四十余名の団員たちが沈黙のまま並んでいる。
レオンは深く息を吸った。
「――《蒼鉄の狼》は、今日をもって解散する!」
その言葉が、戦場跡地に響く。
誰もすぐには声を出さなかった。皆、負けを知っていた。依頼主である侯爵が敵と通じ、団長を囮にして捨て駒にしたことも......無念を叫ぶ者もいれば、涙をこらえる者もいた。
「団長は捕まった。俺たちは、あいつに背を向けて逃げた......でもな」
レオンは一度、目を伏せてから顔を上げた。
「……団長なら、こう言うさ。『それでも、お前ら生きろ』ってな」
その一言で、張りつめていた空気が崩れた。
「……俺、田舎に帰るよ。母ちゃんまだ生きてるかも」
「他の傭兵団に顔つなぎあるし、俺はそっち行く」
「はは、酒場にでも転がり込むさ。今さら農民になれる柄でもねぇし」
それぞれがそれぞれの道を選び、立ち上がってゆく。
その中で一人だけ、動かず残った少年がいた。
メルティ――きゃしゃな身体、短く切った髪、そして澄んだ目。少年のようでいて、どこか線の細さが際立っていた。
レオンが視線を向けると、メルティは小さく口を開いた。
「レオンさんは……どうするんですか?」
「さあな、まだ考えちゃいねえ。でも、もう戦場はうんざりだ」
レオンは寂しげな笑みを浮かべながらそう答えた。
「……じゃあ、レオンさん。ぼくと一緒に行きませんか?」
「は? どこに?」
「食堂です。僕らで食堂を作るんです。ぼく、村で親が食堂やってたんです……食堂。戦争で全部なくなったけど、それを継ぐのがずっと僕の夢だったんです」
メルティの声が少し震える。どこかで飲み込んだ言葉が、胸の奥からこぼれ落ちるようだった。
「もう一度……誰かに温かいごはんを出せる場所を作りたいって。温かいごはんがあれば……きっと、人は笑ってくれると思うんです」
レオンは苦笑した。何を言い出すかと思えば――
レオンはメルティの顔をマジマジと見た。
(どういうつもりでこんな冗談みたいな戯言を......)
だがその目に、嘘はなかった。血も硝煙もない、穏やかな日々を願う、あまりにも真っ直ぐな光。
「……その“誰か”が、俺って訳かよ」
「はい!」
「ははははは」
吹き出すしかなかった。
レオン・ヴァルト。傭兵団副団長、剣の達人、百人斬りの異名。そんな自分が――食堂?
レオンは笑った。こんなに大笑いしたのはいつ以来だろう。すぐには思い出せない位、ここ数年はこんなに笑った事はないと思える。
散々笑ったあと、レオンは自分に言い聞かせるように呟いた。
「……まぁいい。剣を置く理由には、なるかもしれねぇな」
こうして、レオンとメルティは“戦場の外”へと歩き出す。目指すは、レオンの故郷――アルデンの村。
この決断が、後に幾度もの出会いと別れ、そして様々な騒動を引き寄せることになろうとは、この時のレオンは思いもしなかった。
──続く。