9ロベルト様とデート(1)
翌日約束の時間にロベルトはタウンハウスに尋ねて来た。
「アンドレア。これを君に」
差し出されたのは赤いバラの花束。
「まあ、ありがとうございますロベルト様」
彼はにこりと微笑んで私の手を取った。
特に悪意は感じなかった。
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
使用人たちに見送られて屋敷を後にしようとしていた。
私の後ろにはボリとピチュが付いている。
迎えの馬車は豪華な金の縁取りがあり素晴らしかったし彼の服装は濃い青地の上着にベージュ色のズボン。どれも皺ひとつない仕立てのよさそうなものだ。
私はシルクベージュのスリムなワンピースドレス。
ホルターネックタイプで裾はあまり広がりのない物を選んだ。
もちろん足首は見せてヒールは高め。
だってもう、可愛いドレスが似合う年ではないってわかってる。
髪は緩めにまとめて片側にたらしていた。
彼は私を足元から頭まで見て口角を上げた。
うん?やっぱり暗示効いてるのかな?
「すごく似合ってるな。これを」
私にくれた花束から赤いバラを一本取るとそれを片側に垂らしていた耳の上あたりに差し入れた。
「あっ」
「お嬢様すごくお似合いです」メルディが先に嬉しそうにそう言った。
そこで私はロベルトを好きな設定だったと思い出す。
そうそうお芝居を‥
「ロベルト様ったら‥うれしいですぅ」
両手を組み合わせてうるうるっと瞳を見上げる。
「アンドレア、そんなまどろっこしいのいらないから。なっ、普通にしてろ」
「はっ?」
言葉を失う。
これって完全に暗示かかってないわよね。どうしよう。それに私が好き設定もなし?
どうやって彼を篭絡すればいいんだろう?
それに使命が。ノーマンの資金集め即ち。ロドミール商会との接点があるかも知れないのだ。
気を引き締めて行かなきゃ!
私がまごまごしている間に彼の手を添えられて馬車に乗り込んだ。
脳内は戸惑いの嵐の中何とか口を開く。
「あの、今日はどちらに?」
「ああ、王都は久しぶりなんだ。それで執事のウルクに人気のレストランがあると聞いて予約を取った。そうだ。アンドレア苦手なものはあるか?」
彼は全く普通に話をした。
悪気もなければ邪な気もなさそう。それって私に魅力がないって事?
気落ちするのか喜べばいいのかわからないおかしな感情のまま返事を返す。
「特に辛くなければ何でも食べます。それと甘いものが好きです」
まったくの素で応えた。何て楽なんだろう。
馬車の中では彼は私とは適度な距離を取りおかしな行動もなかった。
やっぱり私に魅力がないって事なのね。
でも、意外と嫌そうでもないしこのまま様子を見ようかしら?
焦ってもいけないとここは一歩下がって様子を見ることに。
すぐに繁華街にあるレストランに着いた。
馬車を下りるときも手を差し伸べてくれて礼儀正しくレストランに入った。
貴族の御用達みたいな落ち着いたレストランで店内も落ち着いた雰囲気で接客もていねいだ。
メニューを開けば肉料理や魚介類のコースが選べるようになっていて
彼が「コース料理はどうだ?」と気さくに聞いて来る。
何だか手慣れている。そりゃそうだろう。32歳数々の女遍歴。結婚もしていたのだから。こんなイケおじ。どうやって落とせばいいのよ!!
ひとりで脳内で突っ込みをしながらも頬笑みを浮かべ返事を返す。
「ええ、魚介コースをお願いします」
「じゃ、俺は肉にしよう。少し分け合って食べるのもいいかもな」
えっ?そんなことするのは相当親密な男女だって知ってます?
私達今日初めてデートですよね?もしかしてこの後親密になろうとか?
私はついムムムと唇をぎゅっと噛んでロベルトをじっと見た。
金色の瞳の虹彩は透明感があってその造形はほれぼれするほど美しく思わず吸い込まれそうになった。
「何か?」
ロベルトの顔が強張る。強面顔だけどそんなの見慣れてるから全然恐くもない。
「いえ、きれいな瞳だなって」
もぉ!ばか。正直に答えるなんて!!
でも、私って結構こういうタイプ好きなのかも。
年上で頼りがいがあって‥まっ、今までの相手がひどかったっていうのもあるけど。
これじゃ‥私が篭絡されてるじゃない!
はぁぁぁ~脳内ため息。
彼がクスッと笑い赤くなる。
「いきなりなんだ?お前な。俺はもう32歳にもなるおっさんだぞ。そんな年若い子が言うような事を言って‥アンドレアの方こそ‥す、すごくきれいな瞳じゃないか。ったく。おじさんをからかうんじゃない!」
「そんなつもりはないです」
その後しばらく沈黙が‥‥私もロベルトもワインをちびちび飲んで間を持たせる。
料理が運ばれてきてやっと顔を見合わせる。
「取り皿をくれないか」
店員がすぐに取り皿を持って来る。
「さあ、少し取り分けて食べよう」
あっ、その手がありましたね。私、あなたのフォークから直接口の中に頂くのかと勘違いしてました。
ほっとするといきなり食欲がわいてきた。
「はい、おいしそう」
私の頭には任務の文字は消えていた。
そんな私たちのレストランの外からボリとピチュがにやけて見ていたのは言うまでもなかった。