5一体どういうつもりなんだ?(ロベルト)
こんなに感情が揺さぶられたのは久しぶりかも知れない。
ククッ。庭で誘った女がティートン侯爵家の令嬢だったとは。
俺もそろそろやきが回ったか。
侯爵自ら挨拶をしに来た。
まあ、侯爵に会うのは久しぶりだし今年初めての夜会だからあまり驚きはなかったが。
それにしても令嬢が何かあったとばかりに言い始めて俺は困った。
まあ、あんなところでつまずけば誘っていると思われても仕方がないだろう?
案外行けそうだったし欲を吐き出したくなるのは男の性だ。
それに久しぶりの王都で欲を吐き出すつもりもあったからな。
そしたら今度は暗示のような力が。
お前を好きになれだって?
無理だってそれ俺には効かないから。
悪いな。俺、前妻の呪いで女にはときめかないんだ。
まじ、あいつには油断したんだ。まさかあの女が俺の呪いを掛けたなんて、生まれながら闇魔法に耐性があるらしい俺なのに。
あいつは直にかけたわけではなく離れたところで呪いを掛けたらしいのだ。
まったくだ!
政略結婚でレーラ・ベルンハルド子爵令嬢と結婚したのはもう7年も前の事だった。
父に言われて無理やり結婚。
俺は父とメイドの間に出来た婚外子だって言うのに。
俺なんか後釜にしなくたって兄のダグを後継者にすればいいだろうと思うが、兄のダグは1歳年上。学園に通う頃から問題ばかり起こし詐欺で訴えられたり違法薬物所持で捕まったりして後継者から外された。
俺は特に好きな女もいなかったが適当に遊んでいる方が気楽だった。
ほんとに仕方なく結婚した。
レーラは最初こそ初々しい新妻を演じていたと思うがあざとさが垣間見えて俺の心が動くことはなかった。
だってそうだろう。俺はメイドとの間に出来た婚外子。母は俺を妊娠して仕事をやめて秘かに俺を産んだ。
父は生まれた子が男だと分かると少しばかりの養育費を支払ったらしいが生活は苦しかったと記憶する。
だが、母は優しかった。
母が13歳の時なくなると仕方なくだろうが辺境伯家に引き取られた。
予想通り義理母や兄から虐げられた。
その頃から人の悪意を肌で感じるようになった。
学園でも婚外子として疎まれ女も俺を見下した。
そんな俺の顔つきは当たり前にすこぶる悪く人を見る視線は冷ややかだと分かっている。
たまに近づいて来る女からは嫌な感情を感じたしだから女にはあまりいい感情はなかった。
でも一方ではそんな風に思われていることも辛かった。
学園を卒業すると騎士隊に入りそこで娼館と言うものを知った。欲を吐き出す快感を知った俺はしばらく娼館に通い詰めたもんだ。
夜会に参加するようになって声を掛けて来る女たちからあざとい感情を感じ取れた。
おかげで俺はそんな邪な気持ちに辟易し、いつしか感情は冷めてしまった。
そして周りからは冷酷な男と言われるように。
その頃から俺には魅了や暗示に耐性があると思うようになった。
どうりで冷ややかな気持ちになるわけだろう。
だからレーラにも最初から冷めた感情しかなかった。
そして半年もすると本性を現した。
俺が後継者となり両親が別邸に移ると辺境騎士隊の奴らを引っ張りこんだ。
そしてレーラが妊娠。俺はあいつが他の奴とやっていると気づいてから閨を共にしていなかった。
だから俺の子供じゃないとすぐに分かった。それで離縁しようとしたがレーラがみんなに追い出したら可哀想だと思わせた。
すごい演技力だ。
でも、赤ん坊が生まれてすぐに俺の子供ではないとわかった。
何しろレーラの護衛だった騎士隊員の男のそっくりだったから。
俺はおかしくて笑い転げた。
その日のうちに離縁をしてその騎士隊員の住まいに送り届けてやったさ。
1ケ月後レーラと赤ん坊と男は辺境領からいなくなったと聞いた。
ああ、でも、一緒ではなかったらしい。
まあ、そんな事はどうでもいいがその後で俺はどんな色っぽい女を見てもときめかなくなった。
それまでもそんなに女に魅力を感じる方ではなかったが、時にはうん?いい女だと欲を掻き立てる女もいたんだ。
最初はレーラの事がショックだったのか?とも思ったがさすがに半年以上もそんな事が続いて王都ラメルに出て夜会に出るとやはりおかしいと思った。
どんなに美しい女性にも心はときめかなかった。そんな事は今までなかった。
そして噂を聞く。
レーラと付き合っていた男が全く女にときめきを感じなくなった。それで色々調べてもらった。
その結果、呪いを掛けられている事がわかった。男はレーラを問い詰めてレーラがそれを認めたらしい。
男は教会に言ったが効果はなかったらしい。
それであいつ後悔するわよって言ったのか?
とんでもない奴と結婚したと後悔した。俺は教会にも相談に言った。
「諦めた方がいい。きっとそのうち神が解決して下さいますよ」と言われた。
神官も気楽なもんだ。
まあ、今さらどうする事も出来ないと諦めているし女という生き物には期待もしていない。
だったらティートン侯爵令嬢の戯れに付き合うのもいいかと思っただけだったが、侯爵からあんなことを言われるとは思ってもいなかった。
まあ、王都にはしばらく滞在するし暇つぶしにはちょうどいい。
早速あのご令嬢。確かアンドレアって言ったよな。
いい名前だ。それにあの魅惑的な瞳。結構好きなんだ。それにきれいだ。胸大きかったよな。腰もキュッと締まってた。
おっと、思わず涎が。
それにあの性格。もちろん冷たくあしらわれる方の時だ。あざとく言い寄られるのは好きじゃない。
まあ、相手が相手だしそんな事は出来ないだろうが暇つぶしくらいにはいいかもな。
俺は夜会の帰りに早速ティートン侯爵令嬢に声をかけた。もちろん父親もその場にいた。
「ティートン侯爵令嬢。その‥アンドレアと呼んでもいいだろうか?」
一瞬間があった。
何よこいつって顔だった。あれ?俺の事好きだって言ったよな?でも、そんなの嘘だってわかってるから。
俺はわざと眉を寄せた。
するとアンドレアがハッとした顔で「えっ、ええ、もちろん。私はロベルト様とお呼びしても?」と返して来た。
グフッ、おかしい。ぐっと笑いをこらえてまじな顔をする。
「もちろんだ。それでアンドレア。明日デートのお誘いをしてもいいかな?」
「明日は‥」
あれ?顔赤くなった。もしかしてほんとに俺を?
「アンドレアいいじゃないか。せっかくエークランド辺境伯が誘って下さったんだ。恥ずかしがらなくていいぞ」
ティートン侯爵ナイスなフォロー。
「そうですね。ありがとうございますロベルト様。ぜひご一緒に」
「では、明日11時に屋敷に迎えに行きます。一緒に昼食をしてその後散策でも」
「はい、お待ちしております」
俺はアンドレアのシルクの手袋をはめた手を取り手の甲に軽く口づけを落とす。
彼女はキュッと腕を縮こませて潤んだ瞳で俺を見た。
な、なんだ?胸が痛い。
いや、気のせいに決まっている。
俺は女にはときめかないんだから。
そうだ!アンドレアは暗示の力を持っているに違いない。だったら騙されてるのは俺の方だ。
でも、俺にはそんなもの効かないからな!