3えっ、私の暗示が効かない?
警備兵呼んだお陰で父の所まで一緒について来られた。
「どうした?」
警備兵が事情を説明する。
「まったくお前という奴は‥」
「最初から分かってましたから」
「だったらどうしてもっと早く対処しない?」
「だからしたじゃありませんか!」
「警備兵まで呼んでか?」
「だって、こんな所で力を使いたくありませんでしたから」
私の力は暗示。彼が近付いて来た時にすぐに私が拒絶したと暗示にかければよかっただけの事だった。
つい気が緩んだと言うか‥颯爽と現れてあんな優しい言葉を掛けられたらいい気分だったのよ。
それに結構好みだったし。
いつだって男と言えば闘技の相手か嫌な婚約者の相手なんだから。
「まあいい。そうだアンドレア。あっちにエークランド辺境伯がいたからな。今から紹介に行くぞ。彼は女には冷酷だと噂があるがアンドレア。お前なら心配ないだろう?うまくやれよ。いいな」
「は~い。わかってますよ」
「おい、返事はわかりましたお父様だろう」
父は腕をそっと出した。私はその腕につかまり一緒に歩いてエークランド辺境伯の所に行った。
「失礼する。エークランド辺境伯とお見受けしたが?」
彼は数人の令嬢と談笑中だった。
「ああ、これはティートン侯爵ではありませんか?」
彼が私の方に顔を向けた。
「「あっ!」」ふたり同時に声が出た。
「変態!」
「失礼な!勘違いだ」
さっきの男じゃない。何よ。冷酷って聞いたけどただのスケベじゃない!
こんな男なんて楽勝。
「いいえ、勘違いではありませんわ。あなたは私の腰や太ももをさすって無理やり‥ぐすん」
私は怯えるように両手を組んで一歩後ろに下がる。
「まあ、ティートン侯爵令嬢。何があったのです!」と一緒にいた令嬢が。
「違う!誤解だ。何もない。彼女が転びそうになったのを助けただけだ。私は何もしていない。そうだろう?ティートン侯爵令嬢」
冷酷だと言われているエークランド辺境伯が慌てて否定している。その瞳はやっぱり氷のように冷たい。
うん。まさに冷酷。
でも、いつも強面の男達を見慣れている私から見ればこんなのチャンスでしかない。
ちらりと父を盗み見る。
父は頬を膨らませて笑いをこらえながら聞く。
「アンドレア?何があったんだ。きちんと説明しなさい」
「お父様。先ほど少し外の空気でもと思って席を外した時運悪く足を踏み外して、その時こちらのエークランド辺境伯が助けて下さったのです。が!」
「いや、ティートン侯爵令嬢。私にそれ以上の気持ちは微塵もなかったはずです!」
見れば数人に囲まれている。
これはこれは。
「ひどいですわ。私が嘘をついているとでも?」
「いえ、決してそんなつもりではありません。私はただ正直に話をしているだけです」
もう、この女たらっしが。あなたの噂は良く知ってるんですよ。決まった女性はいないけどパーティーで知り合いすぐに関係を持って後腐れのない女遊びの常習犯でしたかしら?
まあ、私も仕事ですしそんな事はどうでもいいですけど。
せっかくですから。
私はエークランド辺境伯に向かって声を荒げわざと近づく。
「そんな嘘をつくなんて許せません。私は‥あっ!」
そこで躓きそのままエークランド辺境伯の胸の中にダイブする。
「きゃっ!」
彼の瞳を見据え彼の耳元で囁いた「あなたは私を好きになる」と。
「大丈夫か?」
「‥あれ?‥」彼の顔をじっと見つめもう一度近づき言う。
「あなたは私を好きになる」
「何を言っている?頭は打っていないはずだが‥?」
えっ?暗示がきかない。そんなはずは‥
「あなたは私を好きになるはずじゃ?」もはや暗示というより呆れた声がだだ洩れた。
エークランド辺境伯もやっと何かおかしいと気づいたらしく私の顔を覗き込んで言った。
「もしや魅了か?」
「何の事?」私は当然とぼける。
「いや、何でもない」
彼は心配そうな表情から一気にむすっとした顔になった。
その場で尋問するかのように両肩を掴まれ私をじっと見つめる。
私は最後のダメ押しでもう一度”あなたは私を好きになるのよ”と心の中で暗示をかけてみる。
すると彼の顔が一変した。
うっとりするような表情になり私を見つめる金色の瞳に熱がこもった気がした。
やっと暗示にかかった?
「エークランド辺境伯?」私は甘い声で呼びかけてみた。