2あなたの考え見え見えですけど
私は父と一緒にエークランド辺境伯を探したが、まだ会場に来ていないらしい。
「今夜の夜会に遅れるとは信じれん!」
「最近北の辺境は国境付近でメルリア国と諍いがあったと聞いていますからそのせいでは?」
「ああ、そうだったな。だが当主が遅れるなど!」
「まあ、お父様。あまり怒るとまた倒れますよ」
父は半年ほど前に心臓発作で倒れた。発見が早く命に別状はなかったがそろそろ身体には気を付けて欲しい。
「またそうやって病人扱いするのか?私はピンピンしている。心配するな」
「ええ、わかってます。私ちょっと‥」
「人に酔ったか?」
「少し外の空気を吸って来ます」
「ああ、行って来なさい。但し逃げるなよアンドレア」
「そんなのわかってます」
私は暗示が使えるせいか人の考えが何となく読み取れると言うかその兆しが分かると言うのか。
とにかくあざとい考えが何となくわかってしまう。はっきりとした考えまで読み取れることもあるがほとんどは何となく感じる程度。
だからこんな人の多いところだといくつもの悪意で頭が痛くなるのだ。
まあ、読み取れる感情も確実ではないし誤魔化しなどでわからないことも多くあるのだけど。
だからいつもこんな力、厄介でしかないと思う。
父は苦笑いを浮かべて私を見送るとすぐにノーマン・シュバック公爵を見つけて近づいて行った。
彼はこの国の宰相をしている。だが、第2王子のハロルドを立太子させようと画策しているらしいと噂のある人物だ。
ハロルド第2王子の母ウラリアがノーマンの妹だからだ。
実は、国王のアーノルド陛下はこのところ身体の調子が思わしくない。第一王子のオルソン王太子が後継ぎとして決まってはいるが少し気弱な性格のせいか次期国王は荷が重いのではないかという噂も流れている。
事情を知っている私たちはきっとノーマンが流しているのだろうと思えるが何も知らない貴族たちは少し浮足立ってもいる。
こんな時に多くのお金をばらまけば中立な貴族はノーマン側に引き込まれるかもしれない。
そして次期国王がハロルドになればノーマンが王家の実権を握れるのは確実だろう。
なのでそんなノーマンの資金集めに今回接触するエークランド辺境伯も絡んでいるのではと思われていて私と婚約を結んで密偵を潜り込ませる予定なのだ。
どうして婚約するかって?
だってそうすれば堂々と相手の懐に入れるから。侍女や護衛騎士も連れてまるっと邸宅に入れる。
一度味を占めるとしつこいのが我が家のやり方なのかもしれない。
私は庭に出て少し散歩をし始めた。
あちこちに灯りが灯されていて王宮の中庭には見ごろの花が色とりどりに咲き誇っているのがよくわかる。
深呼吸すると薔薇のいい香りが脳をリラックスさせてくれて私は思わず力を抜いた。
遠くのベンチにはカップルの姿も見えた。なにやらキスをしているらしい。
こんなところで見せつけないでよ!
ちょっと気分を害して足元をよく見ていなかった。
「きゃっ!」
ほんの少し段差があったらしく躓いた。
身体のバランスが崩れて転びそうになる。もぉ!これだからヒールの高い靴は!!
「危ない!」
いきなり人が現れて私を支えてくれた。
おかげで転ばずに済んだ。
「ありがとうございます」
「いや、それより大丈夫か?」
「はい、多分」
私は慌てていた。こんな失態を父や兄が知ったら何と言われるか。
(はっ!躓いた?ティートン家のものが?)そんな嘲笑が聞こえる気がした。
パッと顔を上げた。
お相手はよく見ると男性でかなり筋がっしりした体型に思えた。
髪は漆黒で後ろで束ねてある。走ったのか前髪辺りが乱れていて瞳は金色。あっ、でもギラギラした感じではなくどちらかというとこちらを伺っているような感じ。
顔立ちは整っていて見ると少し強面な顔だがかなりの美形だ。
「あ、あの、大丈夫です‥いっ!」
少し脚をひねった?
私はゆっくり脚首を回す。ううん、これなら大丈夫そう。
「いや、そうは見えない。あそこのベンチに座って様子を見た方がいい。さあ、遠慮しないで」
「いえ、えっ?あっ‥」
いきなり抱き上げられ運ばれる。
力強い腕が軽々と私の身体を持ち上げベンチまで運ばれるとそっと下ろされた。
すぐに男性は目の前でしゃがみ込んで私の脚首を触った。
一瞬戸惑うが少し様子を見ることにする。
「脚は痛くはないか?」
見上げる顔は優しい。
うん?でも何だか瞳の奥に邪な考えが見え隠れする。
「はい、大丈夫です。あの、ほんとにもう平気ですから」
「いや、後になって痛みが出る事もあるんだ。どれ」
男性はそう言うが早いか私のドレスの裾から手を差し入れる。
すぅっと素肌を指先がさすると男性がすぐ横に滑るように腰かけた。
かなり手慣れていらっしゃる。はっ。ああ、そういう事。わざと誘ってるって思った訳?
「こっちは?」
腰に手を当てられ つぅっと背中をなぞられる。
分かっていても背筋にビリっと電気が流れたようになって私はきゅっと肩をすぼめると男性の顔が耳に近づいた。
乱れた髪の毛が頬に触れて「ここは暗いな。どうだ?休憩室に行って確かめた方がいいだろう」ふわりと温かい生息が耳朶にかかる。
その間も彼の手は私の腰から太もも辺りを撫ぜさすっている。
私はその手を払いのけると「結構です!」と言って勢いよく立ち上がった。
彼は全く動じずふっと顔を見上げて色男っぷりをアピールしてる?
「恥ずかしがらなくてもいい。その年なら初めてでもないんだろう?さあ‥」
はぁ?人を馬鹿にして!!
「この人ちかんです!誰か来て!!」
私は大声を張り上げると同時に彼の手を掴んでひねり上げた。
「うわぁ、いてててて‥悪かった。どうやら俺の勘違いだったらしいな」
声を聞きつけた警備兵が走って来た。
男性は茂みに走って逃げて行った。
もちろん私は無事だった。
ったく。甘く見るんじゃないわよ!