1あざとい令嬢は変わり者
新緑の季節を迎えた王都ラメルはいよいよ夜会シーズンの到来だった。
ガレクシア国王主催の新緑祭はこの国の貴族のほとんどが参加する一年で一番のイベントと言っても言い過ぎではない。
なので新たな婚約を結んだカップルのお披露目の場として、もしくは新たに婚約者を探している貴族の令息や令嬢に絶好の機会でもあった。
~夜会の会場~
「もう、こんな夜会でなくてもいいんじゃ?」
「アンドレア。わかっているだろう?今回の相手はエークランド辺境伯。あいつはほとんどこんな場所に出て来ない。今夜の夜会できっかけを作るんだ。いいな?」
「は~い」
「こら!返事はわかりましただろ?一体いつからそんな言葉使いを覚えたんだ」
「任務で平民として過ごしたからよぉ。だからいいでしょうお父様」
「まったくお前という奴は‥いいか。まずは私がエークランド辺境伯との仲を取り持つ。その後は任せたぞ」
「はいはい」
「こら!返事は一回でいい」
「お任せください。御当主様」
「もういい。ったく‥」
少しはふざけてもいいじゃない。私だってこんな事したくないんだから!
私はアンドレア・ティートン侯爵令嬢。22歳。普通ならもう結婚して子供の1人でもいてもおかしくない年齢だが、私は婚約破棄4回と言う誰も達成したことのない記録の持ち主だった。
それと言うのもティートン侯爵家の稼業のせいでもあった。
父と一緒に国王陛下への挨拶を済ませるとすぐにあちこちから嫌味な空気が感じ取れた。
その視線の先には公爵家や伯爵家の令嬢たちがたむろっている。
”まあ、ご覧になって‥あざといと噂のティートン侯爵令嬢ですわよ”
興味津々の顔。それだけで何が言いたいのかわかるわよ。
辛辣な視線を向けて扇で口元を隠す。きっと口元は口角が歪んでいるはず。
”あの有名な婚約破棄4回記録保持者の?”
ああ、こっちはまたあの話か、だからこんな所は嫌だったのに。
”そうですわ。何でも婚約破棄の理由はあの方の浮気ですって”
”まあぁぁぁ~”
ふん。何も知らないくせに!
”そうそう、どうも1人のお相手では物足りないとか、数人を相手にしないと満足できないんですって!”
いい加減にすれば!!
”まあ!そんなはしたない”
それあなたです。
”私たち信じれませんわ。やっぱりあざとい人は違いますわぁねぇぇ~。オホホホ‥”
何よ!好きに言ってなさい!事情も知らないくせに‥
私はいつもの事だと感情を乱さないように深く息を吸い込んだ。
出来る事ならあんな話大うそだって大声で言ってみたい。
まあ、言えるわけないんだけど。
あの女たちの胸ぐらを掴み上げて見たわけでもないのに勝手なことを言うんじゃない!って怒鳴り散らしたらどんな顔をするんだろう?
ふっ、おかしい。
そんなことをひとり想像して嫌な感情を胸の奥にねじ込んだ。
まぁ、そんな事もうどうでもいいし~
どうせ結婚などするつもりもない私はティートン侯爵家の娘。稼業を放り出すわけにもいかないんだから。
ティートン侯爵家は代々この国の監察局を任されている。
監察局は父が長官を務める表向きは貴族の不正や悪事などを取り締まる機関で裏は王家直属の諜報局の役目も担っている。
そのため子供は早くから教育を受けそれぞれの特性に合った仕事を受け持つことになる。
この国には魔力を持っている人間がいるがあまり多くはない。
だから魔力があるとわかるとまずティートン侯爵家立ち合いの元での適正テストを受けるようになっている。
適正とは変に正義感の強い人間とか気弱な人間には不向きだからだ。
情報収集や隠ぺい工作。おとりになる事もあるし暗殺もやる。治癒魔法を使える人間も必要だがある部分冷酷さも必要な仕事なのだ。
何しろ王家直属の機関だから。
篩にかけて落ちた子供は学園で魔術の勉強をし教会や騎士隊や治癒師などそれぞれの道に進むことになる。
ちなみに協会では神官や聖女として働ける。もちろん平民も。
そんな訳で父は催眠術が使える。
嫡男でもある兄様のタクト・ティートンは幻影を見せる事が出来る。見かけも冷たいが内面はそれ以上に冷たい。でも、私や一族のものにはすごく優しいところもある。
次男の兄様ドノバン・ティートンは内向的な性格で人との協調性がないので薬物研究を専門にやっている。
ドノバン兄様の研究は意外にも毒の見分けが出来る薬や避妊薬から美容品と多岐にわたりティートン侯爵家を潤しているから不思議だ。
私は暗示。4回の婚約者たちにも使った。あなたは私が好きで仕方がなくなるって暗示をかけた。
そのせいで婚約を解消した時の対応がひどかった。
だって、私は好きでもないし婚約者の家族に問題があって近づいただけなんだから。
そのせいで色々傷ついたし相手の男に仕返しされた。そのほとんどが私が浮気をしたと言う嘘だった。
やる事姑息。
でも、そんなに傷ついたりはしなかった。
私はある意味いつも非日常の中で育って来たからかも。
最初はずっと嫌だった。誰だって夢見る子供でいたいと思っていた。
でも、10歳の時母が恨みを買った相手に殺された。
母が死に際に言った。
”私たちは正しいことをしているの。だから決して恥ずかしいと思わなくていいと。そして屈してはならない”と。
その時私の心に決意のようなものが生まれたのだと思う。
この仕事はティートン家に生まれた宿命。
誰かがやるしかない仕事なのだと。