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夢魔の館

よく知っている場所 ~シーク~

作者: るびん

 一体何がこの結果を生み出したのだろう?

 憎しみ? 欲望? 悦楽?

 いくら考えても分からない。

 しかし、自分はこのままでは道を失くしたまま。

 それを見つけないことには。

 だけど、見つけてどうする?

 何も出来ない。

 何もする気は無い。


 ――何をしても、それは帰らぬのだから。


 永遠の輪廻のような思索の果て、気付くと見覚えの無い館の前にいた。

 あまりに不気味で、あまりに闇に埋もれていて。

 けれど、足がいざなわれているかのように自分の意思とは裏腹に歩を刻み続ける。


「……あの、どなたかいらっしゃいませんか?」


 少女は普段活発な物言いなのだが、どうしてか少し控えめに尋ねた。

 すると、中から現れたのはまるで御伽噺の中で不気味な秘薬を作る魔女のような老婆。

 同じように不気味以外の形容が思いつかない音を立てて扉が開かれた。


「……はて、今日は来客の予定は無いはずでしたが?」


 老婆は不思議気に首をかしげた。

 少女は、当たり前だ――と思う。

 何故なら自分にとっては偶然訪れたに過ぎないし、アポイントを取ることなど出来るはずも無いのだから。

 いや、ここで初めて少女は気付いた。

 どうして自分はこの館に誰かいないかと尋ねたのか。

 どうして老婆は自分とこうして会話出来ているのか。

 それはありえないことなのに――


 その時、館の奥から姿を見せた少女。

 同じ女である自分から見ても羨んでしまうほどの美しさ。

 しかしどこか畏怖を覚える存在感と、今にも消えてしまいそうな儚さを同時に感じた。


「私が招いたのです。館の中へ入れてあげてください」

「お嬢様が? …………分かりました、中へどうぞ」


 老婆は少しだけ顔をしかめたが、すぐに平静を取り戻す。

 そして二人に導かれるようにしてそこだけ世界が分断されたかのような、明らかに流れる空気の異なっている館の中へと足を踏み入れた。


「ここで少し待っていてください。すぐに出かける支度をしてきます」

「はぁ…………」


 そう言って暗闇に姿を消した少女。

 しかし自分は彼女に招かれた記憶も無ければ彼女とともに出かける約束など当然無い。

 だのに。


「お嬢様も何をお考えなのか……いやはや、人間で言うところの反抗期ですかね……」


 老婆はティーカップに紅茶を注いで少女に渡すと、よく分からない言葉を残しやはり姿を消した。

 少し時間が経過し……カップの紅茶が無くなる頃、支度を終えたのか少女が姿を見せた。

 黒を基調にしたコーディネイトは落ち着いたシックなもので、とても彼女の年からは考えられないような大人っぽいものではあったが、それでも彼女が身につけるとまるで世界が彼女を祝福しているのではないかと錯覚を覚えてしまう。


「私はリリス。行きましょうか、『(たちばな) 美里(みさと)』さん」


 不思議だった。

 彼女――リリスが自分の名前を知っていても、これっぽっちも驚くことは無かったのだ。

 それどころか、それが自然の摂理のようで。


「ええ、行きましょう」


 答えは勝手に口から放たれた。

 どこへ行くのかも分からないのに。

 自然と足は彼女の行く先に従ってゆく。

 都会の喧騒を、右へ左へ。

 その間、行き交う人たちは、自分はもちろんリリスの存在にすら気付かない。

 これほど美しく妖艶で、かつ幼さの残るまなざしに惹かれぬはずは無いというのに。


 どこにでもある普通の住宅街。

 よく使った路地裏。

 見慣れた公園。

 そのどれもが自分のよく知っている場所だった。

 何故リリスはここへ自分を連れてきたのか?

 そんな疑問ばかりが頭の中を闊歩する。

 すると、彼女はそれを見透かしたように微かに微笑んで。


「あなたの願いを叶えるために、ですよ」

「!?」


 一体今の自分はどんな表情をしているのだろう。

 きっと、自身が見たこと無いほど驚いた顔。


「どうして、それを……?」

「私は、人の心の奥底に眠る闇の願いを叶える者です。それがどんな願いであろうとも」

「じゃ、じゃあ、私の願いを叶えるためにここに来たって事は……」

「ええ。この先にあなたのお捜しの人がいます」


 そう言ってリリスが指差した先を見て……いや、見ずとも分かった。

 その方向にあるのは――


「なんで……あの子の家…………?」


 橘の家の隣、そこに住む少女の名は『鷺元(さぎもと) 由姫(ゆき)』。

 橘より2つ年下のとても明るい、人を恨む事などしたことがあるのか分からないほど純粋な少女。

 彼女の住む家をリリスは指差した。


「ちょ……ちょっと! そんなはずない! だって私の捜しているのは―――」

「あなたの妹『橘 美奈(みな)』さん、彼女を殺害した人物でしょう?」

「!」


 橘の願いとは妹を殺害した人物を見つけることだった。

 2つ年の離れた可愛い妹。

 それがある日、自分が目を離した隙に何者かによって殺された。

 警察はすぐに事故として処理。

 結局、誰にどうして殺されたのかは分からないままだったのだ。

 数年前の事故によって『残されてしまった』けれど、健気で頑張り屋のいい子だった。

 なのに――


「それはおかしいわよ! だって由姫ちゃんは美奈の親友よ!? 彼女が犯人なんてありえないわ!」

「それでは、本人に聞いてみましょうか」

「?」


 聞けるわけなどない。

 そう思ったときだった。


「え!?」


 リリスの右目が真紅に染まったと思うと同時に、彼女の姿が変わった。

 それは橘がよく知っている――いや、彼女にとってはその全てであるといっても過言でない――者の姿だった。


 ピンポーン。


 呼び鈴が押される。


「はーい」


 中から顔を出したのは紛れもなく鷺元 由姫だった。

 しかしその人当たりの良いかわいらしい顔はすぐさま驚愕の表情に取って代わられる。


「み、み…………美奈!?」


 そう、リリスの姿は橘 美奈そのものになっていた。


「こんにちは、由姫ちゃん……何をそんなに驚いているの?」

「だ、誰!? こんなタチの悪いいたずらをして!」

「何を言っているの? 私は私よ」

「ば、馬鹿言わないで! 美奈は、美奈は……」

「そうね、殺されたわ。あなたに」

「!?」

「苦しかったわ、川に突き落とされて……酷いよね由姫ちゃん、私が泳げないの知ってるくせに。ねえ、お姉ちゃん?」


 突然橘に話を振ったリリス。

 その意図はよく分からないが、ほとんど無意識で頷いた。


「美里さん!? じゃ、じゃあ、あなたは本当に美奈なの?」

「ええ。よくも……………………殺してくれたわね!」


 そう地の底から湧き出るような不気味な声と共に鷺元に掴みかかるリリス。

 鷺元は泣き声とも取れる悲鳴を上げた。


「いやあっ! ごめんなさい美奈っ!」


 それは謝罪だけでなく、自らの罪をも肯定するものだった。

 心を打ち抜かれたような……そんな虚無感が橘を包んだ。

 まさか妹がもっとも心を許し、自分ももうひとりの妹のように見ていた子が――

 茫然自失していると、いつの間にか元の姿に戻っていたリリスが口を開いた。


「さあ、これで願いを叶えました。この後どうするかはあなた次第です。また次の願いがあるというのならば叶えましょう」


 そう言って一歩離れる。

 それにより橘と鷺元は面と向かい合うこととなった。

 まだ泣きじゃくったままの鷺元。

 何を話しかけたらいいのか分からない橘。

 一瞬のようで永遠にも感じられる時間が過ぎてゆく。


「うらやま……しかった、の…………」


 やっとのことで言葉を紡いだ鷺元。

 それは喉の奥から搾り出すような、今にも消え入りそうなもの。

 けれど、積もりに積もった思いだった。


「だって! 確かに両親を事故で亡くしたことで寂しいだろうけど、あなたが!美里さんがいつも傍にいたじゃない! 一人じゃなかったじゃない! いつも愛されていて! 私なんて、私なんて……」

「どういうこと? 由姫ちゃん、あなたのご両親は健在じゃないのよ」

「ええ、生きているわよ! それはもう憎らしいくらい元気よ! でも、二人共いつも喧嘩ばかりしていて! お父さんもお母さんも……ううん、あいつらは酒に酔うといつも言うの、『おまえさえ生まれてこなければさっさと別れられたのに』って! 実の親にそんなこと言われる気持ちが分かる!?」

「…………」

「あなたたちが引っ越してきたときは、境遇がちょっと似ているからすぐに仲良くなれると思ったわ。実際すぐに打ち解けて……だけど、違った! 美奈はいつだって美里さんと一緒で、家族に愛されていて! 羨ましかった…………もう何がなんだか分からないくらい羨ましかったのよ!」

「……それは違うわ」

「何が違うのよ!」


 ヒステリックに泣き叫ぶような物言いの鷺元に、諭すように橘は語りかけた。


「ねえ由姫ちゃん、美奈のお葬式を覚えてる?」

「そ、そりゃあもちろん。それがどうしたのよ?」

「喪主は誰だった?」

「え……あ!」

「そう、ほとんど会ったこともない人だったわよね? あれは遠縁のおじさんなのよ」

「ど、どうして!? どうして美里さんがやらなかったの!? そういえば納骨も……」


 すると、微かに悲しそうに。


「私には、出来なかったの。」

「え?」

「私は、とっくに死んでいるのよ」

「…………なんですって?」


 橘のその言葉を聞いたとき、鷺元は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 何故なら、今ここに橘はちゃんといるし、今までだってずっと美奈の傍にいたではないか。

 会話だって……


「私と美奈の会話、いつも噛み合ってなかったでしょう?」

「あれは……だって美奈は天然だったから」

「違うわ。美奈には私の声は聞こえていなかったのよ。もちろん、姿も見えていなかった」

「い、意味わかんない!」

「私ね、何年も前の事故でお父さんとお母さんと一緒に死んだのよ。だから引っ越してきたときも、それからもずっと美奈にとっては一人ぼっちだったの」

「そんな、わけが…………」

「……」


 まだ信じきれぬ鷺元の前で、壁に手を突き入れた橘。

 しかしその手は壁にぶつかることなく突き抜ける。


「な……っ!?」

「分かった?私は幽霊なのよ。死んじゃっても一人残された美奈が心配で、成仏できずに見守り続けていた自縛霊」

「そん、な。じゃあなんで私には声も姿も……?」

「それは、あなたの心が死んでいたからです」


 ずっと黙っていたリリスが口を開いた。

 感情の無いリズムで言葉を紡ぐ。


「心が死んでいる人間は、とても不安定な状態。いわばこの世とあの世の境にいるようなものなのです。ですから、既に亡くなられている橘さんの姿が見え、声も聞こえていたのです」

「心が死んで……そうよ、私は死んでいるようなものだった。誰にも愛されず、たった一人で…………一人? そうよ、美里さんが死んでいたなら美奈も一人だったんじゃない。なのに、なのに私、勝手に羨ましいなんて憎んで……」

「そうですね。唯一分かり合えて、心の傷を癒し合える相手の命をあなたは奪ってしまったんです」

「そんな……私、殺しちゃった。同じだった、美奈を、美奈を。殺し……殺しちゃったよぅ……」


 むせび泣く鷺元を残し、来た道を戻るリリスと橘。

 願いは叶ったというのに、橘の心は重かった。


「どうしますか?」

「どうするって……?」


 リリスの問いかけの意味は分からない。

 すると彼女は少しだけため息をついて言った。


「次の願いです。鷺元 由姫への報復を願うのならば叶えますけれど?」

「出来るわけないでしょ。確かに美奈を殺したあの子は許せないけど……」

「けど?」

「けど、あの子もやっぱりかわいそうな子なのよ。報復なんてとても出来ない」

「はあ、そういうものですか……」


 リリスには人間のこういった感情はよく分からなかった。

 代わりに橘は何かを思いついたような顔をする。


「ねえ、リリス。私の願いを叶えてくれるのよね?」

「はい」

「じゃあさ、由姫ちゃんがこれ以上不幸にならないように何とかしてくれないかな?」

「……え?」

「駄目かしら?」

「それは……それが願いだというならば、叶えると言った手前なんとかしますが。何故です?」


 リリスが尋ねるのも当然だ。

 自分の妹を殺害した人物を恨みこそすれ、不幸にならないように……など、それと完全に正反対の望みなのだから。

 しかしそんなリリスの疑問を察したのか、橘は少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべて。


「あの子も、私の妹だからね」


 その言葉はますますリリスに首を傾げさせることになったのだった。



「お疲れ様でした。久しぶりの人間界はどうでしたかな?」

「観光で行ったわけではありません……うっ、コーヒーはあまり好きではないと言いませんでしたか?」


 老婆の出したのはいつもの紅茶ではなく、少し苦味の濃いコーヒーだった。

 それに気付かずにすすったリリスが顔をしかめてそう言うと、老婆はなんとも愉快そうに笑った。


「ひひ、今回は私に何の相談も無く話を進められていましたからね……少しだけ拗ねているのですよ」

「そ、それは申し訳なかったと思っていますけれど。うぅ、苦い…………」


 それ以上口をつけることができず、やむなく立ち上がったリリス。

 よろよろと日の光の差し込まない窓際へと向かう。


「今回は一度に二つ、いや、それ以上の願いを叶えたのですかな? 珍しいですね」

「ええ、とても変わった方でして。その方の願いは一筋縄ではいかなかったものですから」


 鉢から元気よくその息吹を見せ付けている葉。

 出かける前に見たときよりも、目で見て分かるほど成長していた。

 それは、たくましく命の無限の可能性を感じさせ――何より、優しさを感じさせる。

 リリスは、そんな姿に顔をほころばせて。


「人間とは、よく分からないものですね……」


 そんな彼女の言葉に、笑顔で返したようだった。

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