第一王女の最初の仕事
『姫様、今日の昼頃には王城に到着します、準備をお願いします』
まだ日も昇っていない暗い部屋、その中心に浮いている光るガラス玉から声が聞こえる。
勇者一行に潜入させてあるサユキからの連絡。
とうとうこの日がやってきた、私が生まれて以来の大仕事だ、今日の私に王国の命運がかかっていると言っても過言ではない。
しかし、不思議とあまり緊張しない。
「まだ時間もある、もう一眠りしよう」
できる限りの準備は終えた、もう実行するだけだ。
それに、眠すぎて失敗しましただなんて言ったら、処刑どころでは済まされないかもしれない。
そうなった時に王国が残っているかは、甚だ疑問だはあるがね。
私がこの役目のことを知ったのは10歳の成人式の日だっただろうか、当時は勇者との結婚することを夢見ていたっけな、何にしても今となっては口に出せないほど恥ずかしい話だ。
父様に伝えられた時は、影で能面だの非人間などと言われている私でも、驚愕の表情が隠しきれなかった。
「さま… 姫様起きてください」
「う、うーん」
もうすっかり日は昇っていた、寝る前は眠く無かったのに起きた時何故か眠い、これは本当になぜなのだろう。
城下町の方がなんだか騒がしい。
「あと少しで勇者一行が帰還するらしいですよ、頑張ってください」
「分かってるわ、今言われても準備は終わってるし、きっと大丈夫よ」
スラッとした高身長、長い赤褐色の長髪メイド、レイラは私の専属で、母の体から取り出したのもこの人らしい、口では言えないが、母にあった覚えのない自分からしてみれば本当の母親みたいだ。
私が身体を起こすと同時にレイラが私を着替えさせ始める。
一人で着替えられるというのに、意地でも自分で着替えさせてはくれない。
「謁見室にて王がお待ちです、早めに向かわれてください」
今日はやけによそよそしい、レイラの方が緊張しているのではないだろうか。
いつもどおりの巨大で華美な廊下、窓から見える城下町はお祭り騒ぎ、大路地にはマーケットが形成されている。
先月辺り、世界中に侵略戦争を仕掛けてきた魔王を討伐、それ以来毎日、城下町は毎日そんな感じだ。
「アリクレシアです、入室します」
「入れ」
背丈の倍以上はある扉(門?)が開かれ、ただっ広い部屋が現れる。
先日までただの物置部屋だったっていうのに、今はホコリ一つ無い。
無駄なほど広く、派手な装飾のある部屋の王座に父は座っていた。
「アリクレシアよ、早く座れ、まもなく勇者らがここに来る予定だ」
父の隣、豪華だが少し小さい椅子に腰掛ける、父はいつもより気が立っているようで、どこかをまっすぐ睨みつけている。
次に扉が開かれるのは、それほど時間はかからなかった。
「勇者マサヒコ、魔王討伐を終え、帰還しました!」
扉が開かれた瞬間の大声、王の御前であるというのに、マサヒコがここに来たばかりはこんな人間ではなかった、内気で、しかし礼儀正しい少年だったはずだ。
その仲間らが静止させようとしているところからして、周りは変わっていないのだろう。
なんの苦労もなく強大な力を与えられた人間、それがこの勇者だ。
「そうか、ご苦労だった褒美には好きなものをくれてやろう、それと今日は王城に泊まって行くが良い
祝賀会を開く予定なのでな」
父様はさっきとは打って変わって明るく優しそうな表情になっていた。
一般人なら先程の無礼で処刑にできただろうが、コイツラは別だ、魔物や魔王という化け物を打倒したコイツラはすでに化け物を超える化け物だ、だれも逆らうことなどできない。
もっともこの様子だと、当人らすらそのことに築いていないようだが。
「やったー! どんなごちそうが出てくるのかなー」
黒髪の非力そうな少年、マサヒコが豪快に笑う。
「ちょっと、王様の前よ」
静止しようとしている修道女のような姿の若い女性が聖女ミザリー、この国で最も力の強い聖魔法を使える、基本的に支援のみらしいが、報告にあるとおりであればこの人も随分な化け物だ。
聖女の隣にはサユキが座っている、いわゆる亜人で猫の耳や尻尾がついており極東の民族衣装を着ている。
「にしても王様、どうして王都内で姿を見られちゃだめだったんだ? あれはだいぶ骨がおれたぜ」
「何、わしはそんな命令だしておらんぞ」
「それは私が出したものです」
「アリクレシア様が、いったいなぜです?」
「すみませんね、王都は連日のお祭り騒ぎ、そのピークを迎えつつあります、そこに勇者様たちが現れますと、騒ぎが大きくなりすぎるといいますか…」
これは本当でもある、王都の民はなぜこうも祭り好きが多いのだろうか、そのおかげで経済が回っているのだから別に良いのだが、今回に限っては迷惑極まりない。
「まぁ、祝賀会まで時間もあるし、城内でゆっくりしていてくれ」
はぁ、疲れた。
見ていて思ったが、勇者のやつ、完全に調子に乗っている、自身の力に慢心しているようだ。
聖女も同様に、無礼を働く勇者を止めようとしているときも、楽しんでいるフシがあった。
借り物の力だと言うのにそんなもので調子に乗る勇者が私は嫌いだ。
この国の習わしの一つに魔王を討伐した英雄は姫と結婚し、国を継ぐというものがある、この法を遵守するのであれば私はあの勇者と結婚させられるのだろう。
しかし、この国は成立時から一つの家が支配しており、男系である。幾度となく魔王が現れたがそれだけは固く守られている。
今回もきっとそうなるだろう。
「疲れてるね、アリクレシア」
私の私室、接待に疲れてベットに倒れ込んでいたところ、上から声をかけられた。
「サユキ、いきなり声かけないでよ、びっくりするじゃない」
仰向けになると、天井にサユキが張り付いていた。
彼女と初めて合ったのは魔王が出現した年、極東の軍事大国の同盟締結時だった、攘夷運動とやらで私達に切りかかってきたのだ、まぁ馴れ初めはここまでとしよう、閑話休題。
「専用毒の準備も終わった、もし失敗しても私が守る、安心して」
サユキに頭を抱きしめられる、あったかい。
「ありがと、でも大丈夫よ」
「アリクレシアも人使いあらいよね、あんな役目を私に押し付けるなんて」
「仕方ないでしょ、あなたしかできそうにないし、あれはあなたのおはこでしょ」
久しぶりの再開、毎日のように連絡を取っていたとはいえ、やはり嬉しい。
「本当なのよね、勇者に毒が効くってのは」
「ほんと、あれは強いだけのただの人間、旅の途中、毒モンスターに苦しめられていた」
「この計画はあなたの情報を信じたうえでやってるんだからね」
もしもサユキが私を裏切っていたのなら、勇者から見た私はどれほど滑稽なのだろうか、恐ろしい。
「私はもう行く、アレクシアの所定の場所で待機しておく」
「うん、頑張ってね、サユキ」
目にも止まらぬ勢いで窓から出ていった。
初めは驚いたが、どんな高さから落下しても基本大丈夫らしい。
「姫様もうすぐ祝賀会です、そろそろお向かいください、ワインは私が持っていきます、右端の列が通常品です」
扉がノックされ、レイラの声が聞こえてきた。
「分かったわ、でもあなたがやることないのに」
「これは私が望んだことでもあります、それより、早くお向かいください」
足早に部屋を出て、祝賀会会場の部屋へと向かう、午前中は余裕なつもりだったが、直前になるとやはり緊張する。
動きが不自然になっていないだろうか、もしかしたらもうバレてるんじゃないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
がやがやとした人々の騒音が聞こえてくる。すぐ逃げるように気構えとこう。
扉が開き、笑顔で語らう高貴そうな服装の人々、それに夢中で食べ物を口に運ぶ勇者の姿が見える。
「あっアリクレシア様、やっと来たんですか〜」
「はい、せっかくですので参加させていただきました」
実行役は私でなくとも、私はここにいるべきだろう。
「そういえばパーティーの皆さんはどこにいかれたのですか」
「なんか、王都に魔族の襲撃があってるらしくてそっちに向かってるって、俺も行きたかったんだけど王城の守りをしろだってさ」
「でも、大丈夫なんですか、マサヒコ様の仲間とは言え、たった二人で」
「大丈夫だろ、何ならさっき伝書鳩が届いたし」
そう言って、受け取ったらしい手紙を手渡してきた。
作戦は順調にいっているようだ、この手紙が送られてきたということはあの僧侶は無事サユキに拘束されたようだ。
あの子のことだから、聖女は殺されちゃったかもなぁ。
「なら大丈夫ですね、祝賀会、楽しみましょ」
いつもより少し明るい雰囲気を作り、舞い上がっているように見せる、おそらく自分が思っているよりかは、舞い上がっているように見えないだろうがこうしていないと不安で走り出しそうだ。
「おっ、ワインがくばられてるぞ、ちょっと取ってくる」
想像していたよりもよっぽど都合よく動いてくれる、レイラにワインを2つ受け取りこちらに歩いてくる。
レイラ、それ両方とも毒入りじゃん、確実に殺すためには必要だけどさ。
「はい、これ」
「すみません、私はアルコールは飲めなくて」
「そう、じゃあ両方とも飲む」
グラス二杯を一気に飲み切る。一杯だけでも十分だと言うのに、これは確実に殺せたな。
これだけうまくいくと逆になんだか罪悪感が湧いてくる。
「ありがとうこざいます、王国を、世界を救ってくれて」
「まぁ、他人事じゃないし、何にもできなかった僕にも誰かを救えると思うとなんだか嬉しくてね」
照れくさそうに頭をかいている。
「でも、すみません、こっちの世界の問題に勝手に巻き込ませてしまって」
「謝ることではないよ、僕も結構楽しかったし」
謁見室では随分変わったかのように思えていたが、話してみると昔とあまり変わっていない、そんな感じもする。
「むしろあの世界から脱出させてくれたお礼を言いたいくらいだよ」
「そうですか…まぁ今日を楽しみましょ」
私はすぐ、祝賀会を抜けて自室へと戻った、あの場にいたらどうかしてしまいそうだった。
勇者以外の誰も、祝賀会を楽しんではいない、あそこにいるのは貴族ではなく、諜報員だ。そんな中で一人だけ何も知らずにいる勇者の姿を見てはいられなかった。
明日になったらすべてが終わってる、このまま寝よう、そうしたらもう何も考えなくてすむ。
頭痛がひどく、眠れる気がしなかった。
早朝、私は大きな爆発音で目が覚めた。
そうだった、魔族の仕業にするために、爆弾を使う予定なのだった。
「アリクレシア、これは君の役目のはずだろ、まったく、お疲れ様」
サユキだった、昨日はだいたい寝ているだけだと言うのに、寝坊するほど疲れることなんてしてないのに。
「最後の仕事、やってくれたんだ、ありがとう」
成功してくれたのだろうか。
「いいよ、でも本当に大変なのはこれからじゃないの」
そうだ、これからは国民に対して嘘をつき続けなければならない、そのたびに罪悪感に苛まれるだろう。
「大丈夫よ、あなたがいてくれるもの」
「はずかしい事言わないでよ」
サユキの顔が、真っ赤になっている、私の顔も、そうなっているかもしれない。
「そ、そういえばあの僧侶はどうしたの、生かしてるの?」
「今後誰とも合うことはないと思うよ」
「そう…」
報告によれば、サユキと僧侶は友人だったはずだ、これは悪いことしたな。
「ほら、逃げるよ」
「うん」
サユキに抱えられ、窓から飛び出す。
不安はない、むしろこれからのことを楽しみにしている自分がいる。
落下中に見た城は半壊していた。
私の人生はここからはじまるのだ。