椿
馬車で旅する恋人たちは、森の中でふいに広場に出たので、馬を休ませることにしました。
不思議なことに、ここだけ四角く整えられた庭園のような空間で。
「あれは、白い薔薇かしら」
「しかし香りがしないような。これは……椿だね」
それは、薔薇のように立派な八重咲きの白椿でした。
「白はケルマによく似合うよ」
バーチは抱えたケルマの金髪に、白椿をそっと差してやりました。
「ありがとう愛しいあなた。ねぇ、白椿の花言葉をご存じ?」
「なんだろうね、美しい人」
「崇拝、よ。この白椿を植えた人は、誰かを崇拝しているのかしら。それとも何かを、かしら」
二人で白椿の庭を歩いていると、出口らしき切れ目にたどり着きました。
「あら、やっぱり」
ケルマがそういう通り、この先にあった池は白椿がいくつも浮いていました。来訪者を察してなのか、風もないのに水面にさざ波が現れて、白椿をかるく揺らします。
「愛しいバーチ、私にくれたこの花を池に捧げてちょうだいな」
「わかったよ、ケルマの言う通りに」
池の端にしゃがみこんだバーチは、ゆれる水面に映る自分と一瞬目が合いました。腕に抱えた恋人の、なんときれいなことでしょう。朝結い上げた金髪をくずさないように、そうっと白椿をはずして、水面に捧げました。
「どなたか存じ上げませんが、お邪魔いたしました」
返事のように、またゆらゆらと水面が揺れました。