旅
国境の兵士は、久しぶりに見る顔を見つけました。
「お願いいたします」
「やぁしばらくだなバーチ。公爵家の婚礼も近いし、顔出すと思ってたんだよ」
「ええ、そうですね」
差し出された通行許可書は、王城への出入りまでを許される、商人の最高ランクの青。
間違いなく旧知の商人バーチです。
「向こうで良いものあったかい、なんだっけ、貴重な香木があるとかはりきってたよなぁ」
「ええ、まぁ」
一年ぶりだというのに、いやにそっけない返事です。これは上の空だなぁと兵士は世間話を切り上げました。なにか大きな仕事が控えているに違いありません。第一王子と公爵令嬢の結婚式が間近で、国は大にぎわいなので便乗しに来たに決まっています。
「許可書の確認が出来ましたので、荷物を改めさせていただきます。いつもどおり軽く見せてもらうよ」
「はい、どうぞ」
荷馬車の中は、花の香りで満たされていました。色とりどりの花が大きなビンに浸けられています。バーチお得意の香水です。
「やけに香水の仕込みが多いんだな。たしかクルサ公爵令嬢がバラ好きだったっけ」
バーチは黙って隅に立っています。隣には大事そうに黒い布が掛かった箱がひとつ。
「そっちの箱は? 王家に持ち込むなら申請がいるけど」
「ああ、これは売り物ではないのです」
「お前のことだから違法薬物とかじゃないだろうけど、一応確認はさせてもらうよ」
バーチは一瞬固まったように見えました。
「青は王家に近づけるからなぁ、それが武器だったら俺の首も飛んじまうよ」
無言で布が外され、黒い木に白い文字の装飾が目立つ箱が開かれました。
それは人形のようでした。
星のように光る金髪と、銀色のティアラの中央には大きな翡翠。透明度が低いものの、翡翠だけで相当に高価な代物です。
「これはこれは、貴族の特注品か? 首だけ別に仕立てるとは、気合いの入って、る……」
人形の首は、ゆっくり動いていました。
見開かれた目は、エメラルドグリーンに輝いて、兵士と目線を合わせました。
「もういいでしょう」
「お前、これ……いや武器ではない、呪いの類いでもないんだろう?」
「もちろん」
バーチはさっと箱を閉じて、やさしく箱を撫でています。
友人の馬車を見送っても、勤務時間が終わっても、兵士は箱の中の首のことを考え続けていました。
考えるのを止められませんでした。
きっと貴族のお屋敷の、美しい部屋に飾られる。
豪華に仕立てられた緑のドレスを着て、ガラスのケースに納まって、ほほえみ続ける。
そうに違いないのに、何回考えても、それは間違っているように思えるのです。
「休み、とるか」
最近働き詰めだったので、休暇をもらおう。そうしよう。兵士は酒に頼って忘れようと、酒場に向かうことにしました。