私が生きる道
私はまもなく自分の生に幕を下ろそうとしている。ベッド周りが騒がしくなってきた。
「お母さん!」「まさみ!まさみ!」
と声が聞こえてくる。不思議なことに、瀕死の状態でもみんなの声はちゃんと届いているのだ。人生100年時代というけれど、40年しか生きられないと最初からわかってたら、40年間をどう生きようか考えたのにな。みんなごめんね。早くに死んじゃってごめんね。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
あーうるさいなぁ!うーーん眩しい。私は重い瞼をゆっくり開けた。ベッドの真横にあるカーテンから眩しい陽の光が入ってくる。ここは…?天国?
「ちょっと!まさみ。早く目覚まし時計止めなさいよ」
ドン!勢いよくドアが開く音がした。
「あんた、早く起きないと遅刻よ」
部屋に入ってきてベッドのそばにある目覚まし時計を止めたのは姉の香澄だった。私の病室の心停止のモニターの音かと思ったが、それは見覚えのあるネコが付いたハート型の目覚まし時計だった。私はガバッと起き上がり、手足や自分の体が動くことを確かめた。
「これはいったい…?」
中学生時代の制服を着た姉が怖い顔で、早く起きろと言わんばかりにこっちを見ている。
「お姉ちゃん…なの?」
「は?寝ぼけてるの?下でお母さんが朝ごはん食べないなら片づけるよって言ってたわよ。アタシ、もう学校行くから」
バタン!勢いよく部屋のドアが閉まり、私はこの状況が全くわからなかったけど、ここは私の実家、私の部屋。それだけはわかった。
カレンダーに目をやると、1992年10月になっている。私が小学6年生の年だ。部屋の鏡の前までゆっくり立ち上がり移動する。全身を映したら、まさかと思ったけど本当に小学生の自分がいた。ハハハ…夢だよね?それとも死ぬ前の走馬灯ってやつ?
ダンダンダン!
今度は何?と思っていたら、階段を勢いよく上がってくる誰かの足音だった。
「まさみ!なんだ、起きてるじゃない。早く着替えて。走らないと遅刻よ」
「お、お母さん?お母さん!」
私は若い頃のお母さんを見て思わず抱きついた。
「ちょっと何よ。怖い夢でも見た?」
お母さんは困った顔をしている。怖い夢?死ぬ前は怖かったけど、今はすごくいい夢を見てる。でもなんで私小学生なの?
「お母さん!私、今いい夢見てるの」
「は?今日は算数と国語のテストの日よ。夢から覚めたなら早く学校行って」
わけがわからないけど、私はすぐに着替えをし、学校へ走って向かった。懐かしい通学路を走っている私。
パタパタパタ
後ろから足音が聞こえる。
「珍しいな。まさみが遅刻寸前?じゃ、おっ先~」
「え~今の直也?うそ~?」
直也…あなたは私の将来の結婚相手。私達は2人の子宝に恵まれる。私が早くに死んじゃうから、この先あなたが大変な思いをする。それをすごく心配しています。もしも私と結婚しなければあなたは…。
学校に着いて教室に入ると、しばらくみんなの顔をマジマジと見てしまった。みんな昔は子供だったんだ。
「まさみ!遅かったね」
聞き覚えのある懐かしい声がした。私は振り返った。
「か、かな?かななの?」
「え?毎日会ってんじゃん。何言ってんの?」
「あ、ごめん。寝ぼけてて。アハハハハ」
いけない。私は今6年生なんだから戻ったつもりで振舞わなきゃ。でもリアルすぎない?この夢。ま、いっか。今日は楽しんじゃお。由美もいるいる。かなと由美。私の小学時代からの親友。大人になってからは、かなは海外にお嫁に行っちゃったし、由美は旦那さんの実家の旅館手伝うようになってから最近は全然会えてなかった。あ、山川先生。昔のまんま。私の前の席は直也だね。私達、付き合い始めたのは成人式で再会してからだったね。小学生の頃は、お調子者でうるさくて私の苦手なタイプの男の子だったんだよ。大人になって随分落ち着いてまじめになったから、今の小学生の直也に教えてあげたいぐらいだよ。私は昔のことをしみじみ思い出しながら、これが現実であったらいいなと願った。
学校が終わって、かなと由美と遊ぶ約束をしながら急いで家に帰った。
「ただいまー」
「おかえり。今日のテストどうだった?」
お母さん、ちゃんといる。また会えた。
「テスト、楽勝だったよ」
「そう?よかったわ」
本当にリアルな会話をしている。
「かなと由美と公園で遊ぶ約束してるから行ってくるね」
お母さんは笑顔で私を送り出してくれた。このまま小学生のままでいられたらいいのに。お母さん…私40歳で死んじゃうんだ。お母さんよりも早くにだよ。親不孝でごめんね。私は涙を流しながら公園まで急いだ。今日はかなと由美といっぱい遊びたい。
公園に着くと、先に2人は来ていた。私達は当時流行っていたセーラームーンのごっこ遊びをすることにした。私は主人公のセーラームーン、かなはセーラーマーキュリー、由美はセーラーマーズ。悪い奴と戦うわよ!なんだか恥ずかしいけど、すごく懐かしくて楽しくて、昔は3人でよくやってたな。
「ごっこ遊びなんてダッセー」
そこへやって来たのは直也だった。
「もう何よ。うるさいわね」
かなが怒った。直也の手にはゲームボーイ。
「懐かしーい!そういえば直也、昔ゲームボーイ持ってたね」
あ…しまった。私は口に両手をあて慌てた。
「昔?最近買ったばっかだぜ」
直也はいつも私達の遊びをバカにしていたけど、仲間に入れてほしそうだったな。
「じゃあ直也はタキシード仮面の役ね」
私はそう言って4人で仲良く遊んだ。子供の頃の私は、早く大人になりたいと思っていたけど、今だけはどうかこのままで…時よ過ぎないで…と願ってしまった。
「ただいまー」
「あ、まさみ!あんたアタシの靴、勝手に履いて行ったでしょ?お気に入りの靴なのに砂まみれじゃない!」
「え?これお姉ちゃんの靴?」
「は?何言ってんの?とぼけないで」
いけない、これは本当にお姉ちゃんの靴だった。私達は靴のサイズがほぼ一緒だったのを忘れていた。
「ごめんなさーい」
夜になって夕ごはんの支度を手伝い、最期の晩餐になるであろう食事を楽しんだ。お父さんが仕事中の事故で亡くなってから、3人で協力しながら生きてきた。その私も早くに死んじゃうんだな。このまま醒めなきゃいいのに。
私は今晩、お母さんとお姉ちゃんと一緒に川の字で寝たくてお願いしたら、2人は嫌がらずにあっさりオッケイしてくれた。明日には本当にあの世かな。
「お母さんお姉ちゃん、今までありがとうね」
既に寝入ってしまっている2人にお礼を言った。病室でも言ったけど、お母さん泣いていた。お姉ちゃんも。私は涙を流しながら12歳の姿で布団を被ってわんわん泣いた。もうお別れだね。
「いったーい!」
私は痛くて目が覚めた。お姉ちゃんの足が私の首にドロップキックしている。
「え?まだ小学生?」
「おはようまさみ、今日は遅刻しないですみそうね」
お母さんが朝ごはんを作りながら私に声をかけた。いったいいつまでこのままなんだろう。夢にしてはリアルすぎるし、タイムスリップしちゃったのかな…学校へ行く準備をして、昨日と同じように登校することにした。
教室に入ると、ざわざわしていて、由美が驚いた表情で私のところに駆け寄ってきたのだ。
「まさみ!大変よ。直也が転校しちゃったんだって」
「えぇ!うそ?昨日そんなこと言ってた?」
私の記憶では、直也とは中学卒業まで一緒で、高校から直也は全寮制の学校へ。20歳の成人式で再会し交際、私達は25歳で結婚。転校ってどういうこと?何だか寂しい。直也とはいつか再会するのだろうか。いや、再会しない方がいい。だって私は40歳で死ぬのだから。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
何の音?目の前が急に暗くなってきた。あ、だめ…私たおれそう。
あれ…?意識ある。私は瞼をそっと開けて、ここをどこか確認しようとした。天井はシンプルな白色に蛍光灯。病院…だな。戻ってきたんだ。目の前に直也の顔が見えた。大人の顔の直也だ。私を覗きこんで何か言ってる。
「まさみ…まさみ!よかった。わかるか?」
「な…直也?私…」
「もう大丈夫だ。峠は越えたって」
私は交通事故で生死を彷徨っていたらしい。
一カ月後、無事退院することになった私は、直也と子供達とお母さんとお姉ちゃんに付き添われて帰宅。今でもあの時見たのは夢なのかわからないリアルな子供時代のことを思い出していた。そして直也に聞いてみることにした。
「ねぇ、直也って小6の時に転校したんだっけ?」
「あぁ、小6の時に親が離婚したから、母ちゃんについて行ったんだよ。お別れなんてガラじゃないし、みんなには黙ってたんだ…って昔話したよな?なんだ?事故の影響で忘れちゃったか?」
嘘…直也のお父さんとお母さんは離婚なんてしていない。何かおかしい。ちょっと待って。私は確か…交通事故じゃなく病気で入院していたはず。これは現実…?私は本当に過去にタイムスリップしていたの?それともここは別世界?
「まさみ?どうかした?」
「え、ううんなんでもない」
でも、私は今確かに生きている。あの時、死んでしまう運命だったのに、私は今、生きているのだ!
最後までお読みいただきありがとうございました。パラレルワールドのような世界を想像した時に書いてみたくなりました。難しいです。