弥夜とシルバ編
第57話 真夜中の理不尽
弥夜は灯りの無い夜の道を迷う事も無く進んで行く。
少し前に体験した、富士の麓に向かう山で過ごした時や、明かりが一切無い富士の洞窟内を歩いた時よりも、月の光や星の光を遮るモノが無い分、辺りがしっかりと見えるからでも有った。
使者の呪いによって死んだ後、自分の…いや自分達の宿命を知ってからは、禍の元凶である使者を倒す為、ピカさんが与えてくれた五千年も前の莫大な自然エネルギー。
其の莫大な自然エネルギーを魂に取り込んでからは、どんな暗闇でもハッキリと周りを見る事が出来る様になっていた。
だから尚更月明かりの下、普通に進む事が出来るのだった。
今弥夜が向かっている先は、パワースポットでも有名なストーンヘンジ。
其処の何処かにシルバの本体が在ると言う。
弥夜は、早くシルバを見付け出して、本来の姿に戻してやりたいと歩を速めるのだ。
其の場所へとシルバが力を使って飛行すれば早いのだが、其れをする事によって、普通の者には見えない魂の状態でも、僅かながら光を発してしまうからと、弥夜が断ったのだった。
風と一体化して向かうにしろ、向かう先へと吹く風では無かった為、其れも断念しての事だった。
しばらく歩いていたら、辺りから漂う人々の怯えた思いが弥夜に伝わり、足を止めてしまう。
(如何されましたか?弥夜様)
「あっごめんなさい…。早く貴方を見付けなきゃいけないのに、足を止めてしまって…」
(いえ、其れは構いません…。ですが何か弥夜様から伝わる痛みがございましたもので、如何されたのかと…。何処か負傷でもなさっておいででしょうか?…)
「あらウフフッ…怪我はしてないわよ?」
(其れなら良かったです…。では一体…)
「…声がね…」
(声?)
「声…と言うのかしら、思いの強さが声の様に聞こえるって言えば良いのか分からないのだけれど…此処に居る人達の辛い思いが聞こえて来てね、とても悲しくなってしまったのよ…」
(弥夜様…)
「私には何も出来ない…如何する事も出来ない…」
胸に当てた手をギュッと握り締めて
「したくても、歴史を変える事になるから、私が介入してはいけない事も分かってるの…。だから尚更歯痒くてね…」
今弥夜の居る時代は、第二次世界大戦真っ只中のイギリス。
世界各地で昼夜問わず、襲撃や紛争地帯が日に日に拡大していた。
このストーンヘンジ周辺も例外では無く、人々は怯えて暮らしていたのだ。
今この時代に、安全な場所は皆無と言っていい程、最悪な時代だとも言えるだろう…。
其れを分かっていても尚、人々の恐怖と怯えを実際に感じてしまうと、これ程にも無力な自分の存在が許せない弥夜だったのだ。
今の自分には、少なくとも此処の人達を助ける力は有るのに、弥夜の権能である威嚇と服従は、理不尽や暴力に対し弥夜が許せないのだと強く思う事で、正義感が増せば増す程其の威力は増大するモノなのだ。
其れを分かっている弥夜だからこそ尚更、世界各国のトップに向けて今直ぐ権能を使えば、このくだらなく意味の無い戦争は終わるのかも知れない…。
だが既に、歴史として刻まれてしまっている事を変えてしまっては、今此処に居る自分だけでは無く、其の他の重要な出来事も全て存在しなくなってしまう。
そんな愚行は犯せないし犯さない…。
だからこそ今の自分には力が有るのに、何も出来ない自分は何て非力なのだと、そう思ってしまう弥夜だった…。
「分かってはいるのだけれど、何も出来ない自分に対して、こんなにも歯痒く感じる事は無いわ…」
(弥夜様…。申し訳ありません…私がこの時代に存在したばかりに、弥夜様を苦しめる事になってしまいました…)
「!!」
(如何お詫びをしたら良いのか…)
「止めてシルバ!お願いだから自分を責めないで…。貴方に罪は無いのに、私が勝手に抱いた思いなのだから…。だから貴方を責める気は無いし、貴方も自分を責めないでくれる?本当軽率な事を言ってしまったわ…ごめんなさいシルバ…」
弥夜は心の底から自分が発した言葉で、大切なモノを傷付けた事を恥じるのだった。
また其れを痛い程理解してしまうシルバ。
お互いがお互いに対して、とても大切な存在なのだと、同時に感じた瞬間でもあった。
(感謝します、弥夜様…。ただ私達宝具達は、創造主によって創られてから五千年前のあの時迄、主人の助けを出来ずにいたのです…)
「えっ?…其れって如何いう事なのかしら…?確かシルバ達は、王族の助けになる為に創られたのよね?」
(そうです弥夜様…。私達は創造主により、何時か訪れるかも知れない王族の危機を救う為、手助けとなる為に創られました。1つを創るのに100年を掛けて、12もの宝具を創られました…)
「1つを100年も掛けて12個も!?」
(はい…)
「其れじゃ、貴方達以外の残りの5個は如何なったの…?」
(最初に創られた其の5つは、“意志”をもってしまい、自らが王になる事を選択したのです…)
「自らが王に!?」
(えぇ…ですから創造主は怒り悲しみ、其の5つの“意志”を剥奪して、別の役目を与えました。天地火風水の守護と司るモノとして、五大幻想柱神となり、自然エネルギーと其れを使う者達の調停者となったのです。自然エネルギーが枯渇しない為の調整や、独占せし者と道徳に反する者を罰し、規律を守る存在として…。其の後に、私達が創られました。“意志”では無く“意思”と使命を持たされて…)
シルバが語った内容は弥夜にとって、正に神々の話の様に聞こえたのだった。
「そうやって貴方達が創られたのね…。だから“意志”では無く“意思”にこだわった訳なのね」
(そうなのです…。其れと本来なら、"意志"を持つかもしれないと、名を付ける事は禁じられてましたが、私は弥夜様に名を付けて頂き、とても幸福感に満たされています)
「そう、其れなら良かったわ♪…でも幾つか聞いても良いかしら?」
(何なりと…)
「シルバ、貴方達が創られてから五千年前のあの日迄に、其の後も五千年間、王族の助けにならなかったって言ってたけれど、後半の五千年間は分かるとして、其の前は何故なの?」
(至って単純な事なのです)
「至って単純?」
(はい、とても単純な事です…。王族の方達が優秀過ぎたのです。其の為、私達の助けなど必要とされていませんでした…あの日迄は…)
「そう其処!其処がとても気になったのよ」
(あの時、私達は既に遣われないモノとして、王の居城から離れた宝物殿に封印されていたのです。ですから私達は、助けになりたくてもなれなかったのです…完全に外界との情報が遮断されてましたから…)
「そんな!其れは本当なの!?」
(えぇ事実です…)
「事実だなんて、如何いう事なの!?何の為に貴方達をこの世に創らさせたのよ!王族の助けになる為なのでしょう?其の封印をしたのは一体誰!?」
(創造主と、創造主に命を受けた宝具です…。今は神音と名前を付けられています)
「神音?…其れは誰の宝具?」
(聖司様です。少し前に私達の力が増したでしょう?其の時に聖司様が神音と名付け、更に絆が強まり、私達の力も増す事が出来ました)
「あの時に聖司が名前を付けたのね…。其れで其の神音が創造主と一緒に封印したのね?」
(左様です弥夜様…。封印された後私達の意識は深く眠りに付き、あれ程の大惨事が起きたと言うのに、あるモノ以外、誰もが知る事が有りませんでした。彼の者に宝物殿迄破壊されて、初めてあの大惨事を知る事が出来ました…)
弥夜は、其の時に自分達の存在意義に対して、怒りと疑問、そして虚脱感と悲しみを苦しい程味わったのだろうと思った。
其の理不尽さに、怒りと宝具達への哀れみで胸が締め付けられ、涙を流しながら其の場に崩れる様に座り込む。
(弥夜様!?突然涙を流しながら座り込まれて!?何処かお体に不調でも来たされましたか?)
「うぅん違うの…体は何とも無いわ。ただ貴方達の無念さを思うと、とても辛くてやるせなくてね、最初の私達にも怒りを感じてしまうわ…」
(弥夜様…)
「ごめんなさい…過去の私がした貴方達への仕打ちを今更だけれど、心から謝らせて貰えないかしら…」
(其の様な事はなさらないで下さい!永い時でしたが、こうやってお役に立てる日がやって来たのですから…。永かった分、お仕え出来る喜びの方が優っているのです。ですから如何かご自分の事を卑下しないで下さい、お願いします…)
弥夜を気遣うシルバの思いに、これ以上懺悔し続けていたら、かえってシルバを悲しませる事になると、弥夜は謝る事を止めるのだった。
そして
「ありがとうシルバ…」
と少し悲しそうでは有るが、とても柔らかく、安らぎと穏やかさを重ねた笑顔で感謝した。
「所でちょっと気になったのだけれど、貴方達が封印されたのは、あの惨劇からどれくらい前だったの?」
(四千年程前ですね…。私が創られて程なくしてでしたから…)
「そんなにも永く!?…何て事…。でも封印されていたのに、良く四千年もの時が経ったって分かったわね?」
(其れはですね、封印の儀が千年毎に行われていましたから…)
「封印の儀?」
(はい、どれだけ強力な力であっても綻びが生じ、封印の効力が弱まるからです。其れが千年だったのです)
「そうなのね。後聞きたいって思ったのはね、其の創造主の事なのだけれど、全部の宝具を創った年数は、少なくとも千二百年よね?人が其れ程永く生きられるとは思えないのだけれど…」
(あの方は特別でした。あの時代の人々は元々長寿だったのですが、其の中でも飛び抜けて力をお持ちの方でしたので、誰よりも若く、不老不死と迄言われていた方でした。私達が目覚めた時には、お姿を見る事は無かったのですが、もしかしたら今も生きておいでなのかも知れませんね…)
「ええっ!?…何とまぁ…俄には信じられないけれど、貴方達を創る程の人なら、有り得るのかも知れないわね…」
(まぁ例えばなのですがね…。現時点であの方の存在は感じられませんから…)
シルバは例えばと言うのだが、弥夜は何故か例えでは無く、今も存在している様な気がしていた。
シルバから創造主の事やこれ迄の経緯を聞いた弥夜は、其の内容の中で腑に落ちない所が有った。
其の事をシルバに尋ねたいと思ったのだが、また要らぬ事迄聞いてしまって、シルバを傷付けないかと悩んでいた。
でもやはりコレだけは聞いておかなければ、多分前に進む事は出来ないのでは無いのだろうかと、シルバに声を掛けようと
「シルバ…もう1つだけ聞きた…」
ドドドドドーーーン!!
ドカァーーーーーン!!
ガシャァーーーーン!!
ダダダダダダダダダダダダダダダッ……
ウゥーーゥ…ウゥーーゥ…ウゥーーゥ…ウゥーーゥ…ウゥーーゥ……
カランカランカラン…カランカランカラン…
突然の出来事に、何が起こったのか理解出来なかった…。
ただ、今は大分離れてしまった街が、空襲を受けていたのだった。
爆撃されて家屋や建物は破壊され、深夜だと言うのに、燃え盛る炎で朝焼けの様に明るくなり、至る所から煙と人々の悲鳴が立ち昇る…。
カランカランカラン…カランカランカラン…
空襲を知らせるサイレンと、鐘の音がまた響く。
呆然と見ていた弥夜が、其の音でやっと気付くのだった。
「イヤァァーーーーッ!!何故!!如何して!?止めてぇぇーーー!!」
目の前に広がる殺戮の惨事に、弥夜は悲鳴の様な声を上げるのだった。
其の声は何処迄も響き、激しく鳴り響く轟音をも打ち消す程だった。
シルバも被害を最小限に抑える為に、火を消したり傷を負った者達の簡易治療を施す。
だが余りにも数が多過ぎて、今のシルバでは全てを助ける事が出来なかった。
時空移動に弥夜を守る為の警戒、其れに此処に来てから感じた不安な気配を探る為に、かなりの力を使っていたシルバ。
其処に今起きた惨劇で、弥夜が心を砕かれてしまわない様にと、勿論シルバ自身も自分の意思で、人々を助けていたのだが、急速に失われて行くシルバの力。
其れは弥夜から見ても、分かる程だったのだ。
「止めてシルバ!其れ以上貴方が持たない!お願いだからこれ以上力を使わないで!…」
(ですが…)
「…貴方の気持ちは、とても分かるわ…。私も同じ…。でも介入してしまってはダメ…ダメなのよ…。あぁ口惜しい!悔しい!何もしてはいけない事が、これ程辛いだなんて…。何て…何て無力なのよ…」
悔しさの余り噛み締めた唇から血を流す弥夜…。
其の光景を瞬きもせず焼き付けた眼からは、大量に涙が溢れて止まらない…。
「ごめんなさい…何も出来なくて…。何も出来ない私を許さないで…」
目の前で消えて行く命と、力が尽きそうになる迄懸命に助けるシルバに、弥夜はそう呟いた…。
其の時、上空から近付く1機の戦闘機から
「ギャハハハハハ!良いぞ!良いぞ!思惑通りだぁ!ギャッハハハハハハハー!」
耳にするには耐え難い、気持ちの悪い声が聞こえて来た。
其の声のモノが、戦闘機の操縦者に張り付いている。
如何やら、操縦者を操っているみたいだった。
「ギャハハハハハ!この時代は良い!死と悪意に満ちていて実に良い!おかげで労する事も無くあの者を追い詰める事が出来たわ。ギャハハ!オレの予想通りに力を使い果たしてくれたみたいだ、ギャッハハハハハハハ!」
不快な笑い声を上げる其のモノは、見た事の無いモノだったのだが、何モノなのかは直ぐに分かった。
「ねぇシルバ、アレは使者が創り出した怪物で有ってるわよね?…」
(はい)
「あんな姿や自分の意志を持っている怪物は、私は見た事無いのだけれど…本当に使者が創った怪物なのかしら…」
(其れは間違い無い筈です…)
「おい貴様!何を1人ゴチャゴチャ言っている!?」
弥夜とシルバのやり取りを分かっていない新たな怪物。
其の怪物に
「貴方はあの使者に創られたモノなの!?」
弥夜が問うと
「何を言っている、そんな事は当たり前だろう」
「今迄の怪物は意志を持っては無かったわ!?貴方は違うみたいだけど何故!?」
「オレは特別に創られたのだ!オレを創って下さったあの方が、手を焼いた者を葬る為にな!低俗なモノと一緒にして貰っては困るわ!」
如何やら使者は、弥夜の権能に対抗する為、改良を施した怪物を創ったみたいだった。
其れ程迄に、弥夜の権能を危険視していたとも言える。
「もう1つ答えなさい!貴方さっき労せずに追い詰める事が出来たって言ってたけれど、もしかして其の為だけに人を操り、この惨劇を起こしたの!?」
「そんなの当たり前じゃないか。悪意に満ちた者達を操るのは、とても容易かったわ…ギャッハハハハハハハ」
其の言葉に、頭の中が真っ白になる弥夜。
意味も無く殺されて行く人達は、自分が此処に居たせいなのだと知って…。
そして、平気で其れを行える新たな怪物に、弥夜はブチ切れてしまうのだった。
「ィイヤアァァァァァーーー!!許せない!許せないわ!何て非道な事をこうも簡単に出来るの!?私は絶対許さない!貴方を許してなるものですか!!」
怒りの余り、涙を流しながら弥夜は吼えた。
「黙れババァ!今直ぐお前を始末してやるわ!」
新たな怪物が、弥夜を煽るのだった。
其の言葉が弥夜を更に激怒させる。
其れと同時に開戦の言葉となった。
阿沙華や権也の時とは違い、意志を持ち、自分で好きに行動出来る新たな怪物の出現により、引き起こされた惨劇。
激昂する弥夜なのだが、力をほぼ使い果たしたシルバは焦りを感じていた。
弥夜の権能と、今備わっている力だけでは太刀打ち出来ない程、新たな怪物は、今迄の怪物よりも遥かに強いと分かっていたからだった。
だが弥夜と、新たな怪物の戦いは始まってしまい、如何する事も出来なくなった。
シルバは弥夜の無事を願う…。
弥夜と新たな怪物の戦いの顛末は、如何なるのかは終わってみないと分からない…。
第57話 真夜中の理不尽 完
今話から弥夜とシルバ編がスタートです。
如何でしたか?
此方も、キューと僕の思い出日記の様に、イラストを描いています。
話のタイミングに合わせて、未だ先にはなりますが…。
では次話をお待ち下さい。




