記憶のもと
第29話 記憶のもと
少し痛い思いをしたのだが、その痛みを忘れるくらいに驚いている。
あの小さな箱の中に、これ程広大な空間が創られてたなんて、思いもしなかったからだ。
「凄い…何という広さなんだ…」
あの歪な異空間とは違うのは、山や川に、空も有るのだ。
そして7つの建物が離れて点在して有り、その中心に一際目立つ社が建っていた。
「お父さん、ここが修行場なの。そしてあの中心に建ってる建物に、先ずは行かないとダメなの」
阿沙華がそう説明する。
「あの建物に行って、修行をするのか?」
「それは今はまだ違うの…けど、信兄ちゃんを元に戻すのには、あそこの建物でないと出来ないのよ…。やり方は分かってるけど、成功させるには皆んなの協力も必要だし、あの建物に有る力が無いと成功出来ないから、直ぐにでも行かないと…」
「なら直ぐに行こう!やり方は向こうに着いてから、詳しく教えてくれよ!」
「うん!それじゃ早く行きましょ!」
そうやり取りして、中心に有る社へと向かう。
中心の社に到着すると、そこには先程迄無かった分厚く高い門が出現する。
「何これ!?デッカーい!突然出て来たよ!!」
と、権也が驚きの声を出す。
「この門を開いて通れというのか…?これまたどうやって開ければいいんだ…」
と護都詞が困惑しながら言う。
護都詞の疑問に、阿沙華が
「これも、お父さんの中の言葉が必要なの」
そう言われた聖司が
「えっ?って事は、また痛い思いして、血が必要なのか?」
「ううん、今回は言葉だけ。だから安心して、だけ…」
「そうなのか、それならカームカーマ」
………
「開かないぞ?」
「今違うと言おうとしたのに、話を最後迄聞いてよね!ったく、おかげで痛い目に遭わなくちゃいけなくなったじゃない!」
「はあぁ!?それ、どう言う事なんだよ?」
「あのね、カームカーマってのは、あの箱を呼び出す言葉なの。今回は門を開ける言葉が必要だったのよ!1度お父さんの血で出現したから、其々に適した言葉を言えば良いだけだったの!既にお父さんの血で此処に居るのだから。でもね、ただ此処に居るからと言って、部外者も居た場合に備えて、各建物に、こんな風な門が用意されてて、其々の門を開けるのは、その門に選ばれた人が、門専用の言葉を言わないとダメなの。それを言わないで、違う事言った場合、セキュリティが働いてまた血が必要になるのよ。しかも、全ての門に其々の人達の血が要るのよ…」
「はぁ〜?なんて面倒くさい創りなんだ…それならもっと早く言ってくれたら…」
「だから最後迄聞いてって言ったでしょ!?話の途中で聞かなかったお父さんが悪い!おかげで、私達も血を流さないといけなくなったのよ!?此処の門と、後1つはお父さんの言葉じゃ無いとダメなの。他は各建物に1人1人が割り当てられてるのよ」
「……ごめん…」
女帝阿沙華に怯える聖司。
「まぁ済んでしまった事は、しょうが無いから、ほら早く!言葉を聞き取ってよね!」
「…はい…」
娘に怒られるとは情け無いなぁと思いながらも、また肉体にアクセスしてみる。
先程の要領で、アクセスは簡単だった。
「チィージィンゼア…」
「お父さん、そのまま手を門に付けて!さっきの切った所から血が出てるから、そのままで大丈夫だから!」
阿沙華に言われるまま、門に手を付けると、ギィィィーーと、音を立てて門が開く。
「これで門が開いたから、早速中に入りましょ!」
阿沙華の号令に従い、社の中に入る。
中に入ると、室内の中心に円形の広場が有り、それを囲む様に7つの祭壇が有った。
円形の広場には、何やら文字が書かれた床が有って
「お父さん、皆んなも、文字の書かれたあの広場の中に集まって」
と阿沙華が言う。
言われた通りに集まると、パチパチッと音が鳴り、其々の体から別々の色の、光の膜が発せられた。
その光の膜が発せられたと同時に、7つの祭壇も呼応するかの様に、其々と同じ色で光るのだった。
「この光が、私達の其々の魂の色の光なの。そして同じ色で光る7つの祭壇が、其々の祭壇で、外にある7つの建物とリンクしてるの。その祭壇を通して其々が、外にある建物で習練する事になってると、説明にあったわ」
簡潔な説明をした阿沙華に、権也が
「それじゃ皆んな別々に、習練するの?一緒じゃないの?」
続いて護都詞も
「確か信康が、合体技とかそんな事言ってたが、それだとその合体技とかの習練はどうするんだね?」
と疑問を提示する。
「それは、この場所でするの。それ迄各自、其々の建物での習練で、力のコントロールや技を習得しないといけないの。それに…う〜ん、これは後に説明するわ、今知っても意味が無いし…」
気になる事を含ませて言い終える阿沙華。
「凄く気になるじゃないか?最後迄説明してくれよ!」
と、聖司が言うと
「今知ってもしょうがないのよ、それよりも信兄ちゃんを早く元に戻さないと!だから説明は後にさせて貰えないかな?」
阿沙華がそう答えた。
「そうか、分かった!信康を元に戻す事が、何よりも先行しないとな!で、元に戻すやり方を教えてくれないか?」
聖司が、阿沙華に説明を求める。
「それじゃ信兄ちゃんを真ん中に寝かせてくれる?それから皆んなは、信兄ちゃんを囲む様に、円になって座って欲しいの」
今度もまた、阿沙華の言われた通りにする。
信康を寝かせ、信康を中心に囲む様に座ると、阿沙華は信康の体の少し上に、玉ちゃんを固定させるのだった。
「今から信兄ちゃんを元に戻すやり方を説明するね、だから、出来れば分からないところは、説明の後に聞いて欲しいの」
「分かった、それじゃ説明お願いするよ」
聖司がそう言うと、他の者も頷く。
「じゃぁ説明するね。…信兄ちゃんを元に戻す為に、この玉ちゃんに記録されている情報をダウンロードするの」
それを聞いた護都詞が思わず
「記録をダウンロード?それじゃ、それだけで元に戻れるんじゃないのかい?」
と。
「お爺ちゃん!最後迄聞いてからって言ったでしょ!怒るわよ!未だ説明の最中!」
「あぁぁ、済まん…」
既に怒ってるよね?と言いたかったが、言えばどうなるか分かってるので、黙る護都詞。
「ただダウンロードするだけじゃダメなの、信兄ちゃんがその記録に対して、その時の感じた事、思った事、その他の事を信兄ちゃん自身で思い出してもらわないと、元に戻った事にならないの。玉ちゃんの記録は、五千年前から全ての私達の記録が有るから、当然信兄ちゃんの産まれてからの記録も有るのだけど、さっきも言った通り、信兄ちゃん自身が感じた事などを一緒に思い出してもらわないといけなくて、その為に、私達の想いを一緒に、信兄ちゃんの魂に刻まなければいけないんだよね。それと、完全に戻らないって言ったのは、同じ魂でも、肉体の持ち主が違うから、この時代の信兄ちゃんの記憶が残ってる肉体の侵食で、別の記憶が上書きされる恐れが有ったの。だから、一刻も早く元に戻したかったの…温泉に入る迄、信兄ちゃんの魂が衰えてたから、尚更焦ってたけど、温泉のおかげでそれも何とかなったし、今なら上手くすれば、元の信兄ちゃんに戻せる確率は高くなったと思うわ。でもそれは全て終わってからじゃないと、どうなったのかは、分からないのだけれどね…」
阿沙華は、信康を見ながら更に説明を続ける。
「だから、信兄ちゃんが産まれたところから、お父さん達の気持ちも乗せてダウンロードして欲しいの。また1から信兄ちゃんを育てるつもりで。私と権也は、信兄ちゃんをお兄ちゃんとして、どう想ったかを素直に伝えるつもり。大体こんな感じなんだけど、質問とか分からない事有る?」
阿沙華の説明で、自分が何をすべきなのかを理解した聖司達。
「だからか…それ程の事をするには、余程の力が必要だものな…。使者に気付かれない此処じゃなきゃ出来ないよな…」
聖司が理解を示し、その後阿沙華に問う。
「なぁ阿沙華、それをすれば、信康は元に戻るんだよな?」
「…うん、そうだと思う。絶対とは言い切れないけど、今の状態なら、魂も安定しているし、肉体からの記憶の侵食も無さそうだから、大丈夫だと思うけど…」
「やっぱり未だ何か、必要な事有るんだよな?それは俺がしなければいけない事なんだよな?そうだろ?」
何故かそう確信していた聖司だった。
「…そうなの…お父さん、信兄ちゃんから記憶貰ったでしょ?だからお父さんに有る、信兄ちゃんの記憶をほぼ全部、返さないといけないの…。でもそうすると、せっかく戻ったお父さんの心が閉じてしまわないか、そんな恐れも有るから、その手段は最後の手段で置いといて欲しいの。もし、その最後の手段を使う事になったら、今度はお父さんをお爺ちゃん達でダウンロードしながらって事になるから、お父さんの方が、完全なお父さんにならない可能性が高いのよ…」
「…心配してくれてありがとう阿沙華。でも大丈夫!もし俺に渡された信康の記憶を全て渡したとしても、絶対に心閉じる事はしないよ!それだけは断言する!何故ならば、信康に誓ったからな…!」
「そうなの?それなら安心だね!でもやっぱり、それは最後の手段として残しといて欲しいの。記憶を失いだした信兄ちゃんじゃ無く、本来の信兄ちゃんになっていて欲しいから…。それに、あいつのやった事を確認する為にも、記憶を失ってる信兄ちゃんではダメだから…」
「あいつ?…もしかして、使者の事か?」
「うんそう、どうやら私達に、何か仕掛けをしてたらしいの、信兄ちゃんの記憶が失っていったのも、あいつのせいかもしれないのよ…」
「何だって!?それが本当なら、とても許せないな!元々完全な信康に戻ってもらうつもりだったが、何がなんでも完全な信康に戻ってもらおう!その為なら何でもするから、遠慮なく教えてくれないか?」
この苦しみの原因があいつの仕業だったなら、絶対に許さない!
他の皆んなも同じ気持ちの様だ。
正直俺の心の何処かで、使者の事を哀れに思って同情していたところがあったのだが、それも此処までだ!
俺や俺達を此処まで怒らせたのだから、一片の慈悲もくれてやるつもりは無い!
必ず力を身に付けて、この世から消滅させてやる!
「阿沙華、早く頼む!」
聖司の気迫に圧倒されながらも、阿沙華は玉ちゃんに手を添え
「今から玉ちゃんの記録を皆んなにアクセスする為の光の線を繋げるね」
そう言って、光の線を其々に繋げるのだった。
「先ずは皆んなに、信兄ちゃんの記録を見てもらって、その時にどう思ってたのか、感じてたのかを私が別に作った記録装置に残すね。その全てを記録し終えたら、信兄ちゃんにアクセスしてダウンロードさせるから。だから嘘偽りのない想いを強く込めて欲しいの…。その為にも、今抱いている怒りを1度捨てて、信兄ちゃんの事だけ考えてくれる?」
本当は阿沙華自身も、怒りに満ちている筈なのに、それではダメだと諭してくれるのだった。
全ては信康の為だけに、想いを1つにするのだと。
「…分かったよ、信康を無事元に戻す為なら、今しばらくは忘れておこう…それじゃ阿沙華、頼んだぞ!」
聖司が強い意志の眼差しで、阿沙華にそう頼むのだった。
他の皆んなも、1度大きく深呼吸して気持ちを切り替える。
「それじゃ、先ずはお父さん達から見せるね。いくよ?」
と言った瞬間に、聖司達の頭の中に、信康が産まれる少し前からの記録が映し出されてきた。
聖司と夕香にとって、初めての子供。
護都詞と弥夜にとっても、初の孫が出来た事に、歓喜していた約15年前の日。
とても祝福されて、泣いて喜ぶ護都詞と弥夜に、夕香も聖司迄嬉しくて笑いながら泣いたあの日。
時は流れ、待ちに待った出産の日。
それ迄も、とても幸せな日々だったが、それを上回る感動と歓喜に満ちた日。
誰もが信康の誕生を心から喜んで、涙を流した日。
信じる心を持つ、穏やかな者になって欲しいと願いを込めて、信康と名付けた。
すくすく育つ信康は、時にはヤンチャもしたが、親の願い通りに純粋で、幼いながらも人を惹きつける魅力を持った少年へと成長する。
妹の阿沙華と弟の権也が産まれ、とても嬉しく思えた。
そしてその心は、強い兄にならなくてはと、2人を守るのだと決め、勉強もスポーツも頑張って、2人に教えてあげられる様に、ひたすら努力を重ねた。
おかけで、常に成績はトップで、聖司と夕香の子供だからか、3兄妹とも容姿端麗の為か、学校1の人気者でもあった。
煩わしく思う事もあったが、持ち前の頭の回転の速さで、上手く世渡りも出来ていた、優れた人材だった。
それが信康の、これ迄の記録だった。
聖司達は懐かしく思い、信康を誇らしく、愛すべき者だと強く想いを込めて、阿沙華に気持ちを渡すのだ。
阿沙華と権也も、信康が自分達の為に、努力を重ねた事を知り、そんな信康の事を大好きだと強く想い、それを記録に残すのだった。
全ての想いが集められ、信康の記録と共に、信康へとダウンロードさせる。
ダウンロードされた信康は、記録から記憶を受け、そして皆んなの気持ちも受け、魂が少しづつ、信康を形作っていく。
幼い頃の記憶から、自我が芽生え始めた頃から、信康自身がどう思ったのか、感じたのかをゆっくりと、ゆっくりと心の形をなし、新しく信康が誕生していくのだった。
全ての記憶と想いが移されて、繋がれた光の線が消えて行く。
気が付けば、信康に覆われていた、光のローブも玉ちゃんに吸収されていた。
後は元の信康に戻ったのか確認するだけだった。
固唾を飲んで、信康の意識が戻るのを待つ一同。
そして、ゆっくりと瞼を開く信康。
目を覚ました事に、驚きながらも一斉に覗き込む。
信康は、目覚めたばかりの目で、一通り皆んなの顔を見るなり
「ねぇ…皆んな誰…?」
その一言で、記憶は戻らなかったのかと、愕然としてしまうのだった。
「…信康…元に戻せなかったのか…チクショウ…」
震えながら失望していく聖司に
「あっごめんなさい!冗談です!ちょっとこのシーンやってみたかっただけなんだ、本当ごめんなさい!」
と、明るく言う信康。
「……………」
プチッ!…ガツン!
「イッタ〜〜ッ!」
「痛いじゃない!本気で心配したんだぞ!」
激怒しゲンコツをお見舞いする聖司に続き、阿沙華も
「このバーカ兄!本当悪ふざけやめてよね!…もぅ…知らない!…うぅぅ…ふぅぅぅ…」
泣きながら言う。
護都詞も弥夜も
「こんな悪ふざけ、これ迄にしときなさい!本当に心配したのだから…」
「そうですよ!ああっ!でも本当…良かった…ああぁあぁぁ……」
叱りながらも、嬉しくて泣き崩れていく。
夕香は
「貴方って子は、本当に…ああっ…良かった…信康…信康…良かった…あぁぁ…信康、良かった…元に戻って…」
と、安堵して泣くのだった。
「信兄ちゃん、良かったね!僕分かってたから心配してなかったよ。だからこのお菓子、一緒に食べよ!」
と、信康が残したお菓子を渡す権也の目にも涙が溢れていた。
「皆んな…」
皆んなの気持ちに触れて、罪悪感を覚えた信康に、聖司が
「信康」
と言って、信康を抱きしめるのだった。
「殴ったのは、本当心配したからだぞ!」
「うん、ごめんなさい…」
「もぅ謝らなくていいよ、大丈夫だから。俺はお前に感謝の気持ちしかないんだ。本当ありがとう!こんな父親なのに、お前の全てを俺にくれて、本当ありがとう、信康!ああっーぅわあぁぁぁー、信康…良かった…助かってくれて本当に良かったぁー…うわぁぁぁぁぁぁ…あぁぁぁぁぁ…」
泣きながら感謝の気持ちを伝え、強く抱きしめてるのだった。
皆んなの鳴き声が、社の中を響かせていた。
落ち着きが取り戻った頃、阿沙華が信康に質問する。
「ねぇバカ兄!確認したいのだけど、ちゃんと答えてくれるんでしょうね!?」
「バ…バカ兄…って…」
「もぅあんな事ばかりするのなら、バカ兄で充分よ!」
「本当ごめんて、許してよ…」
「ダ〜メ!しばらくは許さないから!」
「阿沙華〜、本当ごめんよ〜」
ひた謝りの信康だが、当分は許して貰えそうにない。
身から出た錆だとはいえ、誰も信康を庇う者は居なかった。
少しは反省しろと、“バカ康”と護都詞と弥夜までもが言うのだった。
「阿沙華、お前の確認したい事って、あいつに関する事だろ?それか、本当に記憶が戻った事確認するだけ?」
と、目覚め1発目から出てくるとは、聖司達だけでは無く、阿沙華も驚くのだった。
「バカ兄ちゃん、本当凄いね…バカなのに、何でそんなに頭の回転が早いのよ!」
「本当ごめんて、許してよ…。バカな事しないから、バカ兄呼びやバカ康はやめて下さい、お願いします。っで、どっちが聞きたいの?それとも両方?」
「分かったわよ、許してあげるわよ。取り敢えずその両方聞かせてくれる?」
「ありがとう…それじゃ記憶から話そうか…」
そう言って、信康は自分自身の事を話すのだった。
それも嬉しそうに。
なにせ、大好きな家族がそこに居てくれるのだから。
一同は、本当の記憶が戻ったかを確かめる為に、真剣に話を聞く。
そして、阿沙華が疑問に思ってた事を信康に確認したいのだが、今は先ず、皆んなの信康なのかを確かめるのが先決なのだ。
第29話 記憶のもと 完
信康の記憶が戻った今回の話。
次話からは、其々の力を使うシーンが少しずつ多くなって行きます。
ダラダラと、何も身に付けない家族達でしたが、次話以降、本格的に力を使う様になります。
では次話をお待ち下さい。