遺されたモノ
第25話 遺されたモノ その5
日が沈むのが、遅くなっているこの時期。
同じ夕暮れでも、時間はおそらく午後7時近くになっていると、思われる。
時計がない為、正確な時間は分からないのだが、時間に関して、かなり正確な体内時計を持つ護都詞が
「そろそろ晩の7時頃だよ…皆んな、ここまでにして、夕食食べよう…正直、私はヘトヘトだよ…」
護都詞はワザとそう言う。
その理由は、子供達が夢中になり過ぎていて、力のコントロールの練習をしていたからだ。
とうに限界を超えて続ける練習をやめさせたかったのだ。
「えっ?もうそんな時間なの?」
信康が聞く。
「お爺ちゃんの体内時計って正確だもんね、そっかぁ…もう7時なんだ〜」
阿沙華が納得していた。
何故護都詞が、正確な体内時計を持っているのかというと、タラシたる者、落とした者とのデートなどの、約束時間厳守の為、待ち合わせ時間をまもらなくては、タラシをしてはいけないと確固たる信念を持ち、自分ルールを課しているからなのだ。
それを家族皆分かっているので、護都詞の体内時計を信用している。
「取り敢えず、今日はここ迄にして、ご飯を食べよう。先ずは食べないと、体が持たない…後は信康が、これからの指示を出せばいいだろう…」
護都詞がそう取り決めるのだった。
今の聖司に、指揮を任せられないのと、何時迄も信康ばかりに負担を掛けさせたくないからだった。
信康には、指示だけ出させて、今後は自分が先導しなければと、心に決めていた。
「お母さ〜ん、僕お腹ペコペコ…喉も乾いちゃった…まだ飲み物残ってる?」
権也が夕香にご飯と飲み物をねだる。
「そう言えば権也、お前にしては珍しくさ、根も上げないで頑張ってたよね!凄いよ!」
信康が、権也の頑張りに感心して褒めるのだった。
「えっ凄い?本当?」
「本当本当!しかも休み無しで、この時間まで続けるなんて、驚いたよ」
「エヘヘェ〜、だって面白いんだもん!コントロールするのは難しいけどね、風と一体化出来るようになってからはさ、いろんな音や声が聞こえてきてさ、もっと長く一体化してたいなぁって思ったんだ〜。後ね、少しでも上手になればさ、皆んなを助けてあげられるでしょ?」
逞しい事を言う権也に、信康だけではなく、皆同じ歓喜の気持ちになる。
「お前がそんな事考えてたなんて、とても嬉しいよ!出来たら父さんにも聞いて欲しいから、記録に残しておくね。それとちょっと気になる事言ってたけど、いろんな声とか音とか聞こえたって、どんな感じだった?」
「ねぇ信兄ちゃん、それよりもっと気になる事、今言ったよね?記録に残すって何?どういう事?」
阿沙華が2人のやり取りに、割って入ってきた。
「えっいやその、そのまんまだよ…録画とかみたいな感じのやつ…」
「何それ!?そんな事聞いてないんだけど、そんな事も出来てたの?ちなみに、記録はいつからしてたのよ?」
「あれっ?言ってなかったけ?」
「聞いてない!」
「父さんが心閉ざした時から、必要だと思える部分だけ、光の球に記録してたんだ。後で心開いた時に見てもらう為にね」
「ふ〜ん、そうなんだ…お父さんの為にね、うん分かった。それは良いとして、そんな機能も有るんだったら、ちゃんと前もって教えといてよ!私も色々残したいもの有るんだから…」
「分かったよ、ごめんな…で、話は戻すけど、権也がどんなのを聞こえたのか教えてくれる?」
信康と阿沙華のやり取りに、本当、頭の回転が早いものだと思う護都詞達。
そのテンポについていけない権也は、いきなり質問に切り替わったものだから、プチパニックになる。
「あぁぁえっと…えっとね…音はね、なんかさぁ…優しい音楽みたいな綺麗な音色だったよ。それとね、声はなんていうのかな…楽しそうに囁かれてる感じ?言葉は分からなかったけど、そんな風に聞こえたよ…」
権也の答えた内容に、何か思い当たる節があるようで、黙って考え込む信康だった。
考え込んだその時に、夕香が
「皆んな〜、ご飯出来たわよ〜。それと権也…喉乾いたって言ってたけど、もう余り残りが無いのよね…少しで悪いけれど、我慢してくれる?」
「そうなの?…うん分かった、僕だけ我儘言ってられないもんね〜」
いつもと違う権也に、何処か少し、成長した様にも思えて、胸が熱くなる夕香達。
「それじゃ食べましょう、沢山食べていいからね」
夕香は、とても嬉しそうに食事を配る。
朝と同じ、キノコと山菜の汁物なのだが、疲れと空腹も手伝ってか、とても美味しくて、何度もお代わりをする権也と信康。
満足したのか、権也は食べ終えた途端、眠気が襲ってきたらしく、頭と体を揺らし始めた。
「あら、余程疲れてたのね…貴方はもう寝なさい…さぁほら…」
夕香のその言葉に頷きながら
「僕…今日お父さんと一緒に寝るね…いいでしょ?」
「ええいいわよ、お父さんももう寝そうだから、一緒に寝てあげてね」
「うん!それじゃお父さんが、良い夢一緒に見られるように、一緒に寝るね…お休みなさ〜い…」
権也の前向きな心からくるその優しさは、どんな辛い事も吹き飛ばしてくれそうに思えた。
「はいお休み…良い夢見させてあげてね…」
夕香が、聖司と権也に布団代わりの布を掛け、2人寝息をたてるのを見届けて、護都詞達の元へ戻る。
戻って来た夕香を見るなり、弥夜が
「2人共眠ってくれた?」
「ええお義母さん、あの子、聖司さんをギュッと抱きしめる感じで、ピッタリくっついて直ぐ寝てしまいましたわ、まるで守る様に。聖司さんも心閉ざしていても、やはり我が子で安心するのか、権也を抱きしめた途端、スヤスヤと寝てしまいました」
「今日のあの子、本当に偉かったわ…いつも幼い子供のようでも、優しさと逞しさを感じて、子供の成長はこんなにも早いのだと、改めて思いましたよ…」
「本当にそうですね…」
弥夜と夕香は、しみじみ思うのだった。
護都詞も同じ気持ちでいたが、今はこれからの事を話し合わなければと
「権也は、本当に良い子に育ったな。あの明るさが、私達を照らしてくれるだろうよ。…さて、感慨にふけてしまう前に、今後の事をどうするか決めなくてはな…信康、今日1日の習練で、どうするか決まっているのかな?」
護都詞が信康に、どうなのかと尋ねた事で、その場にいる者達の気構えが変わる。
先程迄の和やかな雰囲気から、一気に張り詰めた空気が漂うのだ。
それ程迄に、今日1日掛けて習練したのだが、皆満足のいく仕上がりになってないと、分かっていたのだ。
その雰囲気に少し尻込みをする信康なのだが、何時迄も黙ったままでは何もならないので、気は重いが、自分が感じた事を素直に話し始める。
「正直僕の見通しが甘かったみたい…僕を含め、まだ全然使い物にならないと思う。それが僕が感じた感想だよ…」
その言葉にやはりと思うのと、たった1日だが、あれだけ精神と肉体を酷使したのにと、悔しさが入り混じり込み上げてくる。
「まだまだとは、どれ程なんだい?仕上がりは、信康の見立てで何%程か分かれば、それも素直に話してくれないかな?それによって、今の自分達の力量が分かるから」
護都詞の質問は、誰もが思った事であり、ごく当たり前の質問だった。
その質問にも、信康は答え辛そうになるのだが
「素直に言うよ、2・30%って感じだよ…中でもお婆ちゃんが低い感じで、20%ってとこ、お爺ちゃんは30そこそこかな?…阿沙華はもう少し有るけれど、そんなに変わらない。僕は大体30ちょっとくらいなんだ、母さんは40近くあるんだよね。ただ飛び抜けて凄いのが、何故か権也なんだ。あいつ僕の見立てで、60くらい有ると思うよ…そんな感じ…」
分析力に長けてる信康の見立てなので、自分の数値がハッキリ分かった事により、どれだけコントロールが難しいのかを理解する。
「そんなに出来てないんだ…でも何故権也がそんなに数値高いの?」
阿沙華が不思議に思い、そう聞くのだ。
「多分なんだけど、あいつの直感力が関係してると思うんだ。ほら権也言ってたでしょ?風の声とか…多分それって、自然の力の声とかじゃないかなって思ってる」
その説明に夕香が
「あの子、いつのまにそんな事出来るようになったのかしら?…素直な子だから、精霊さんとかとお友達になったのかしら?」
天然発想なのだか、今回は何故かその天然が的を得ていた。
「きっとそうなんだと思うよ!知らずのうちに、自然の力の音や声が聞こえてたんじゃないかな?」
それに驚いた護都詞が
「なんと…精霊の声か…そう聞くと、自然の力の声とかは、精霊なのかもしれないな…それなら何となく納得いく気がするよ」
阿沙華も
「そうなのか…なる程ねぇ…それじゃ私達も、今度はその声に集中すれば、もっと上達出来るんじゃない?」
「多分そうなんだろうけど、そこに達するには、権也みたいにもっと楽しんだり、純粋にならないと難しいかも知れない…。あいつは直感力が有ったから、尚更だったんだと思うけど、僕達の中で、あいつ程の純粋さになれるのは、母さんだけなんじゃないかな?」
その言葉に、夕香以外がそうだろうと思うのだ。
「でもキッカケが分かったのですから、私達にも出来るようにはなるわよね?」
弥夜が確認する。
「うん、きっと大丈夫だと思うよ。素直に精霊の声が聞きたいと思えば聞けると思うよ」
そう言うのだが、何故かまだ憂鬱そうな顔をしている信康だった。
それに気付いた夕香が
「どうしたの、信康?まだ辛そうな感じの顔をしてるけれど、キノコにあたっちゃった?…それだったら大変!お薬とか有るのかしら…」
一気に疲れが襲ってくる信康。
ここにきて、まさかの夕香炸裂するとは思わず、ツッコミたいけどツッコめない、それ程精神的にキツくて項垂れてしまう。
それが分かった弥夜が
「夕香さん、相変わらず貴方って人は…その天然を何とかしないと、子供達に愛想つかれてしまうわよ?信康はお腹が痛いとかじゃないみたいだから、それは安心してあげてね…」
「えっ?…お義母さん、私また勘違いしてましたの?あぁ本当嫌だわ〜!ごめんなさいね信康…でもそうなの?お腹は大丈夫なんですね?…それなら本当に良かったわぁ!」
本気で心配していた夕香に、精神ダメージを喰らいはしたものの、自分達の事を本気で案じてくれてる事に有り難さを感じ、躊躇っていた事を話す勇気を得たのだった。
「僕が今日1日って言ったのには理由があってね、タイムリミットが近いんだ…だから今日1日に掛けるって言ったんだよ」
護都詞が、険しく不可解そうな面持ちで
「タイムリミット?信康、それはどう言う事だい?何に対してのタイムリミットなのか、分かるように説明しておくれよ」
「隠すつもりは無かったんだ。ただ僕の記憶が失いつつあるんだ…それともう間も無く、あいつに気付かれ始めそうなのと…」
話の続きを聞く前に、阿沙華が
「お兄ちゃん!?それどう言う事なの!記憶が失いつつって、何があったのよ!?先ずはそれを説明してよ!」
護都詞も弥夜、夕香もそう思った言葉だっただけに、阿沙華が困惑し凄い剣幕で、信康に疑問を先に言われて、それ以上言えなくなったのだ。
「ごめん…この事も前から言おうとしてたんだけど、ただの物忘れかもと思ってたのと、言おうと思う事も忘れたりしてて、言えなかったんだ…だから、それも含めて記録してたんだよ…」
「信兄ちゃん、それっていつからなの?結構前…?」
「うん…かなり前だったと思うよ…多分、僕達がまだ生きてた頃からかな?」
「「「!!!!????」」」
衝撃な説明に、言葉を無くす。
そんなに前だったなんて、今でも信じられない気持ちで皆、気が動転してしまい何も出来なくなった。
「その事も記録してあるからさ、僕に何かあった時に、その記録を確認してみてね。だからこのまま僕の説明が終わるまで、何も聞かずにいて欲しいんだ…」
申し訳なさそうに言う信康の表情は、とても優しく穏やかな笑顔をしていた。
そんな顔をされたら、誰も何も言えないじゃないかと、それを聞かされた者皆、黙って頷くのだ。
「ありがとうね、皆んな。えっと何処迄話したっけ…そうそう、僕達のこの体には使用限度があるんだ。だからね、早く富士の洞窟に行って、使用限度を遅らせながら力の使い方を覚えなくちゃいけないんだ。同じ魂でも、僕達の本当の体じゃないから、光の球の力で一時的に蘇生してるだけなんだ。だから早く行かないといけないのと、この時代の僕達の肉体に刻まれた記憶が、僕らの魂に侵食してきてね、記憶を蝕むみたい。だから今の僕の記憶が加速度を増して、失っているんだ。本当は、あいつが消えた後にこの時代に来る予定だったのに、何故かあの時に着いたから、使用限度が早まってきてるんだ…更に父さんがあの状態だから、一刻も早く行かないとって焦ってさ、一応異空間に、あいつが近付いた時のセンサーみたいなの、仕掛けてあるんだけどね、あいつ、僕達の転生してない事に気付いた感じで、異空間で僕達の事探してるみたいなんだ」
一気に説明して話疲れたのと、少し理解してもらう為に、一旦間を開ける。
「だから本当に焦ってしまって、あいつにバレない微量な力で移動しようって提案したんだけど、思いのほか、僕含め、かなり強い力を何度も発生させちゃったから、あいつに怪しまれてるっぽいんだ。だから1日で、出来るだけコントロールを身に付けたかったんだけど、今の状況じゃ無理そうなんだ…。それに、何時迄も同じ場所に集まっていたら、直ぐバレちゃうから、移動も3組でバラバラに向かいたかったんだ。お爺ちゃんの組みと、阿沙華の組み、そして僕の組みに分けて、別行動しようと思ってた。取り敢えず、今必要な説明は、こんなとこかな?」
多分まだ説明する事はあるのだろうが、記憶の事も聞かされてるので、今はそれだけで充分と、それぞれ信康に言うのだった。
そして阿沙華が
「信兄ちゃん、信兄ちゃんの事だから、下手に気を遣われたく無いのよね?でも私は、気を遣うから覚悟しといてよ?タァ〜プリ気を遣ってあげるからね〜」
「いや、やめて…お前の気遣い、ちょっと怖いよ…だから覚悟なんてしないから!」
「ム〜リで〜す!もぅ決めちゃったもん!諦めて〜」
「うぁぁ、本当勘弁!お願ーい!頼むよー…」
阿沙華が気遣う宣言をしたのには、信康に"今、気を遣われてるな、申し訳ないな"と思わせたくないからだ。
それに、上手く弄ぶ器用さを持っていると、信康に思われてるのは自分だからと、阿沙華自ら宣言すれば、信康も、下手に申し訳ないと思う事も減るだろうと、そう思っての発言だった。
事実、そのおかげで今、先程迄の重苦しい感じが無くなり、ワイワイと楽しく話せる様になった。
「で、信兄ちゃんを揶揄うのは一旦やめといて」
「一旦かよ!」
「無視!…信兄ちゃんが言ってたグループ分けって、どんなグループにするつもりなの?」
「…もういいや…えっとね、お爺ちゃんの組は、お婆ちゃんと母さん。阿沙華は権也、僕は父さんって考えてる」
それを聞いた弥夜が
「どうして、その分け方になったの?それにも理由が有るの?」
と聞くので
「うん勿論そう。お爺ちゃん、何度も力を使ってるから、お婆ちゃんと母さんのバランスを把握しながら、サポート出来ると思ったのと、阿沙華に権也を任せたのには、あいつ調子に乗ったら暴走しそうだから、その諌め役として、阿沙華が適任だと思ってなんだ。僕が父さんと一緒なのは、父さんに光のローブを使って、強制的に風と一体化させようと思ってて、僕が1番光のローブのコントロールが出来るから、僕が父さんと一緒に行こうと思ってる」
ここ迄しっかり考えての振り分けなのだと思うと、流石信康だと感心してしまう。
だがそれ以上に、記憶を失いつつある信康に、夕香が
「それぞれの振り分けは理解したわ。でもその場合だと、貴方の負担がとても大きいんじゃないの?お父さんを強制的に、風と一体化させるんでしょ?それは貴方じゃなければダメなの?」
それは、護都詞や弥夜に、阿沙華も思う事だった。
夕香の問いに、とても穏やかで澄んだ面持ちで
「ダメじゃないけど、やっぱり僕以外は難しいと思うよ。それに1つ試したい事もあるから、それを同時にするには、僕じゃなきゃダメだし、誰にもさせるつもりは無いよ」
阿沙華が
「試したい事って何…?」
「…父さんの心にアクセスして、呼びかける事…」
「それは、私にも出来るんでしょ?だったら何故?」
「心にアクセスした時に、僕の記憶を父さんに渡すからだよ…」
それを聞いた護都詞が
「何を馬鹿な事を言ってるんだ!そんな事をしたら、お前はどうなる!?ただでさえ記憶が無くなってきてるんだろう?そんな無茶な事するんじゃない!」
溺愛してる子供達に向かって、声を張り上げた事など無い護都詞が、今回ばかりは別だと怒鳴ってしまう。
それでも怯まず
「お爺ちゃん!皆んなも!…どうか僕の決意を揺るがさないで…お願い…覚悟決めたんだよ…だからこれだけは譲れない!」
強い意志なのだと分かり、それ以上は踏み躙る事になると、悲痛な思いになりながら黙るしかなかった。
まだ14歳の子供が決められる覚悟では無いと、信康の自己犠牲の精神に対し、余りにも健気に思い涙し、それぞれが信康を抱きしめるのだった。
「ありがとう皆んな…僕の我儘を許してくれて…」
その一言に、更に涙が止まらなくなるのだった。
信康の覚悟を知った者達は、信康がここ迄強固たる信念を持って臨んでいたのに、それに応える程の努力をしていない自分に、自責の念にとらわれている。
だがその覚悟が成就出来るかは、今の実力では難しいだろう。
それも分かっている信康だった…。
第25話 遺されたモノ その5 完
今回、信康の為の話に的をしぼりました。
いかがでしたでしょうか?
次話で書かれる信康のその後ですが、信康がどうなったのか、是非予想してみて下さい。




