遺されたモノ
第24話 遺されたモノ その4
この時期の朝は早い。
山中の木が生い茂っているにも関わらず、空が明らんできたのが分かる。
木々の間を縫うように、爽やかな風が朝露と共に訪れる。
都会に慣れた者にすれば、とても贅沢な体験なのだが、それを愉しむ余裕のない男性2人が、コクリコクリと船を漕いでいる。
「貴方、大丈夫ですか?少し休まれては…」
弥夜が船を漕ぐ護都詞に、心配そうに話し掛ける。
「信康、貴方もお義父さんと休みなさい、後は私達が見てるから…さぁほら」
と、夕香も2人を気遣って声を掛ける。
「あぁありがとう、でも大丈夫だよ…それよりお前達は、しっかり休めたのか?疲れてるなら、まだ休んでてもいいのだぞ?」
「そうだよ!僕もまだ平気だから、寝ててくれても大丈夫だよ」
護都詞と信康が、逆に気遣って言うのだ。
「私達はゆっくり休めたわよ、おかげで疲れもとれてますよ」
「ええそうですよ、お義父さん信康。だからほんの少しでも休んでくれます?」
2人にそう言われた護都詞と信康は、分かったと交代するなり、直ぐさま眠りに落ちる。
それを見て
「あらあら、だから早く休んでと言ったのに、本当素直じゃないんだから…」
「フフフッそうですねお義母さん、でもそのおかげでゆっくり休めましたわ」
「そうね、私も野宿だというのに、ぐっすり眠れたわ」
「私もです、そんな自分に少し驚きました。案外図太いのかもしれませんね」
「お互いそうなのでしょうね」
笑いながらの2人の会話は続く。
しばらくして阿沙華が目を覚まし、2人の会話の中に入るのだった。
女性3人の会話は終わる事なく、気付けば太陽がかなり昇っていた。
日が高くなるにつれ、暑さが増してくる。
その暑さにようやく目を覚ます権也。
続いて護都詞と信康も、まだ眠そうにしながら起き始める。
阿沙華が
「権也、やっと起きたの?最初に寝たのに、よく寝てたね。お爺ちゃんと信兄ちゃんは、もう少し寝てても良かったのに、起きるの?」
夕香も
「そうですよお義父さん、信康ももう少し休んで下さい。休んでからまだ2時間も経ってない筈ですよ?それじゃ体が持ちませんよ?」
2人を気遣うのだが、護都詞と信康は
「いや大丈夫だよ、体も楽になってるよ」
「僕もそう、短い時間でも寝る事に集中したら、スッキリしてる感じになるんだね、体も軽くなった感じ!面白いね、こんな体験初めてだよ!でもそれよりも、とてもお腹が空いたよ」
2人共、気を遣って言っているのではなく、本当にスッキリしている様だ。
疲れはとれたのだと理解出来た女性陣は、この時代の自分達が遺してくれた食糧を使い、遅めの朝食の支度に掛かる。
だが今後の食糧の為に、どれだけ残すかも考えなくてはいけない。
富士迄の道のりや、辿り着いた先での生活に必要な分は、手持ちの量では足りない事は分かっている。
毎回、順に誰かが食べずにいたとしても、直ぐに底を尽きるし、それをしようとは思わない。
何故なら、権也にそれを我慢させられそうもない事と、体力を使うのにそんな事をすれば、富士に辿り着くのも難しくなるからだ。
そう考えていた女性陣に、信康が
「ねぇこれ使えるかな?食べられそうなの有りそう?」
と、布に包まれた様々なキノコや山菜らしき物を出して来たのだ。
「あらまぁ!信康、これどうしたの?」
弥夜が驚きながら尋ねると
「夜のうちにね、お爺ちゃんと交代で、この辺りにあったのを取って来たんだ」
「夜の散策、なかなかスリルがあって、良い眠気覚ましだったよ」
と、護都詞も微笑んで言う。
それを聞いた夕香が
「なんて無茶な事を!そんな事、明るくなってからすればいい事です!」
「そうですよ!特に貴方!自分の歳を分かってますの?」
と、きつく叱咤する。
「ごめん…でも出来るうちにしないと、父さんがこんな状態だし、早く移動する為に、力をある程度使わないといけないから、力の練習も兼ねて、お爺ちゃんにやり方教えてやってたんだ。だからそれ程危なくは無かったよ」
「それでもです!いくら危なく無くても、駄目なモノは駄目!」
夕香が本気で2人を叱り付ける。
夕香が本気で怒る事で、他の2人はもっとキツく言いたいのに言えない。
「済まない…」
「ごめんなさい、今後気を付けます…」
と、謝る2人。
そこで初めて、阿沙華が
「2人共、権也のよくやる無茶なところと、余り変わらないのね…」
その言葉に、かなり凹む2人と、何故ここで僕まで巻き添えになるのだと、納得のいかない権也。
「でもありがとう、2人共私達を気遣ってしてくれたんでしょ?危険な事は、私達女性と無茶しかねない権也にはさせられないと思って。本当ありがとうね」
流石阿沙華、夜中に護都詞と信康が、相談した事をそのまま言い当てたのだった。
「でもこれからは、私達も戦力にならないといけないんだから、そういうの無しでお願いよね!いい!?」
最後にキツく釘を刺され、素直に了承する2人だった。
2人が取ってきた物は、全て食べられる物で、それを使い、少し豪華な朝食が出来上がる。
種類多く調味料があるわけでは無いのだが、キノコと山菜の吸い物は、とても美味しく思えた。
聖司にも手渡すと、心を閉ざしながらも、1人無言でしっかり食べ終えてくれる。
護都詞と弥夜以外は、介護する様に食べさせるつもりだったのだが、それをしなくても、心を閉ざしているだけで、それ以外は1人で出来ると説明されていた。
それが本当だと、昨夜には分かっていたのだが、今回もちゃんと出来ている事を見て、その事に関して安心するのだった。
後は、出来るだけ早く、心を開いてくれる事だけだと、心を開いてもらう為のキッカケを見付けなくてはと、皆んなが思うのだ。
遅めの朝食も済み、食後の休憩をした後、信康から提案が示された。
「皆んなに今後の事で提案があるんだけれど、聞いてくれるかな?」
「提案ってどんな事なの?信兄ちゃんの提案って、結構ムチャクチャ驚く事多いから、余りムチャじゃない事だといいのだけれど…」
何かピンと来た阿沙華が、不安そうに聞き返す。
「本当に良く分かるね、流石阿沙華だよ…ムチャだと言えばムチャなんだけどね」
あぁやっぱりと思う阿沙華とは、違う反応をする残りの家族達。
どんなムチャなのか想像出来ないので、どうリアクションしていいのか分からないのだ。
「で、今度はどうするの?何をしようと考えてるの?信兄ちゃん…」
少し言いにくそうに
「今日はこの場で1日ある練習をしようと思ってるんだ、それに慣れれば、富士迄1日も掛からずに到着出来るようになる筈だから」
また突拍子のない事を言う。
それにも少し慣れてはきたが、やはり信康の考える事など分かる訳がなく、誰が聞くのかとそれぞれ顔を見合わせ、結局代表として阿沙華が聞く事になる。
「で、信兄ちゃん…今度はどんな事すればいいの?次元を迂回して向こうにとか、テレポートみたいな事するとか言うんじゃないでしょうね…そんな超能力みたいな力はまだないし、そんな事すれば、あいつに気付かれちゃうんじゃない?」
阿沙華からの鋭い疑問は最もなのだが、信康の考えている提案は
「そんな事しないよ、超能力だなんて、あの時言ったのは比喩だったし、異空間に行こうにも父さんがこの様子だと、連れて行く事は難しいから無理だしね。勿論あいつの事もあるから、ちょっとでも強く力を使えない事も分かってるよ。だから微量な力でも出来る事、他に無いかと記憶を調べてみたんだ、そうしたらさ、1つだけあったんだよ!」
少し驚いた感じで言う信康に
「えっ本当?信兄ちゃんが驚く様な感じで言うって事は、相当凄いものなの?」
阿沙華が思ったように、誰もがそう感じたのだ。
「そうなんだよ!凄いってのは、慣れてくれれば力をほぼ使わずに、ここからの距離なら1日で到着出来るんだ。だからこれに賭けてみようと思ってるんだけれどね、どんな力というと、僕達が自然と一体化する事なんだ」
突拍子も無いどころではなかった。
「はいぃぃーーー!!??」
護都詞と阿沙華の反応。
「えぇっ!?」
弥夜と夕香の反応。
「…信兄ちゃん、頭大丈夫?」
権也の反応。
バシィン…!
権也の言葉にだけ反応して、頭を叩く信康。
「いったぁ〜、何で僕だけ叩かれるのさ!お父さんもだったけど!」
「分からないのなら、分かるまで叩いてもいいんだぞ?賢いお前なら分かっているよな?」
眼光鋭く睨まれて
「分かってる!分かってるよ!だから打たないで!」
慌てて謝る権也に
「うん、賢くて良かった!分かってくれたんだね!」
賢くて嬉しいよみたいに笑って言うが、目は笑っていない。
また少し、サイコパスの片鱗を見せ始めた事で、気が気じゃ無くなってフォローに入る阿沙華。
「信兄ちゃん、権也のバカは置いといて、私やお母さんに、お爺ちゃん達も、信兄ちゃんの頭が良過ぎて、ついていけないよ…もっと分かり易く噛み砕いて欲しいんだけれど?」
頭が良過ぎると阿沙華に言われた事が嬉しくて、分かり易く顔が歓喜の表情になる。
阿沙華のフォローに、サイコパスの片鱗は何処かに消え去った。
阿沙華は、単純で良かったと思った。
その代わり、権也は顰めっ面になっていた。
気分が良い信康は、嬉しそうに説明を始めた。
「僕達が使おうと思ってる力は、自然に溶け込むものなんだ。もともとあいつから、カモフラージュしてる機能を少しばかり強力にした感じだと思って。溶け込む自然のものとは、風なんだ〜」
「風?」
皆んな一斉に聞き返す。
「そう風!風ならここからなら、早ければ1時間も掛からないかもしれないけど、何せ本当に風まかせだから、ある程度コントロール出来ても、微風だと1日掛かるんじゃないかな?」
「いやいや、そんな事聞き直したんじゃなくってな、どうやって風になるのか、それを聞き返したんだが、皆んなもそうだよな?」
護都詞が皆んなの思った事を代弁し、それに頷く一同。
「あっ、そっちか…えっとそれはね、僕達が手に入れた力って5000年前の自然の力だったよね?だからある程度、簡単になれる筈なんだよね。ただやっぱりコントロールが、今の僕達には難しいから、その為の練習をしないといけないんだ」
なる程と思う一同なのだが、阿沙華が
「でもそれじゃ、お父さんはどうするの?今の状態だと、まず大概の事は無理だよね?」
今の聖司には、どんな事も出来そうに無いとハッキリ述べるのだ。
勿論信康も、その事は分かっている。
だからこそ一晩中、火の番や山菜取りをしながらも、記憶の説明を見直して、最適解を導き出したのだ。
阿沙華もそうだろうとは思ってはいるが、今の聖司に無理矢理やらせても出来るとは思えないし、無理強いすれば更に心を閉ざしてしまう可能性があるようにも思えていた。
だから信康にだけでは無く、皆んなに理解して欲しくて、ハッキリと言い切ったのだった。
でも信康は、多分阿沙華がそう聞くだろうと、予め答えを用意していたのだ。
「阿沙華が言いたい事は、僕も重々承知なんだ。だから僕を含めて、阿沙華とお爺ちゃんにサポートをして欲しいんだ。かなり大変なサポートになると思うけど、2人なら何とかこなせると思ってるよ!」
阿沙華だけではなく、護都詞もサポートして欲しいと申し出る信康に、護都詞が
「ちょいちょい、サポートってどんな事をするんだ?それにやり方も聞いてないのに、サポート頼まれても快諾出来る訳がないじゃないか…」
「うん、だからこれから説明を兼ねて、僕が実践してみようと思ってる!その後に、ちゃんとやり方の説明もするから、それを踏まえて僕の案、するかしないかを答えてよ」
自ら実践をすると言うので、誰も反対はしない。
信康の言う通りに、自分の目で確かめてから、やるやらないを決める事になった。
「それじゃ見てて、初めてするから上手くいかないかも知れないけど、それを含めて決めてね!それじゃぁ…」
信康は目を閉じ、力をコントロールする為に、意識を集中する。
すると信康の体に変化が起きる。
陽炎の様に、ユラユラとボヤけ始め、信康の姿が薄れ消えていく。
そして、目の前にいた筈の信康が、完全に消えてしまい、気配も無くなるのだった。
「キャァッ!…え…本当に消えちゃった…えっ?信兄ちゃん?何処にいるの!?」
阿沙華が驚きながら、信康を探す。
他の者も、信康が消えた事に驚愕し、慌てて信康を探すのだ。
その時、ブワァっと強い風が吹き、風から声が聞こえてくる。
[今の風僕だよ〜!何とか上手くいったみたい…]
風でボヤけてはいるが、ハッキリと信康の声が聞こえるのだった。
それに1番反応したのは、言うまでも無く権也だった。
「えっ?今の信兄ちゃん?…すっごーい!僕も僕も早く風になりたい!信兄ちゃん早く教えてよ!」
興奮しながら言う権也を見て、護都詞と阿沙華は反対出来なくなっていた。
弥夜と夕香は、元から反対する気はなかったので、信康の案は、満場一致で確定されたのだ。
[ごめん、ちょっと待ってて…元に戻るの…慣れてないから…直ぐに戻れないみたい…]
信康のその言葉に、もし戻れなかったならと、戦慄が走る阿沙華と護都詞。
せっかくやる気になったのに、先に恐怖を植え付けないで欲しいと思った。
何とか元に戻った信康が
「ね!簡単でしょ?」
それにキレる阿沙華。
「バッッカじゃない!?なにが簡単なのよ!最後のところで恐怖を植え付けないでよ!信兄のバカー!!」
護都詞も
「私も阿沙華に同意見〜!…信康…本気で怖いと思ったぞ…」
信康をなるべく傷つけないように、少しおどけて言うのだが、目は笑ってはいない。
サポート役を指名された2人だけ、気が重いと感じるのだった。
「ごめん、本当にごめん!ぶっつけ本番だったから、最後だけ失敗しちゃったんだよ〜、だから練習しないと思って言ったんだ…」
平謝りの信康に、阿沙華が
「ちなみに1つ聞くけど、最初から失敗してたらどうなってたの?ねぇ!」
「いや…あのぉ…」
「サッサと言う!」
「風と一体化したままになります!」
女帝阿沙華の言葉に怯える信康。
自分に言われてないのに、護都詞と権也もビクビクしてしまう。
「やっぱり思った通りだったわ…リスクがある事、先に言いなさいよ!」
「本当ごめん!」
「…ったく、でもこれしか方法はないんでしょ?」
「いや有るには有るけど、更にリスクが高い事と、あいつに気付かれる可能性が跳ね上がるから、今分かってる中で、これが1番マシなんだよね…」
「そうなんでしょうね…しょうがない…やるわよ!だから早くやり方教えてよね…」
何だかんだと、最後は気を遣ってくれるのだ。
「ありがとう、それじゃやり方説明するから、皆んなも本当にいい?」
信康の問いに、了承したと頷き伝える。
「それじゃ、先ずは雑念を捨てて、自分の中に有る力に意識を向けて、力の中の風を感じられたら、そのまま大気の風に意識を集中してみて。それが最初のステップだから、皆んな頑張ってね!」
信康に言われ通りに、各々が力に意識を集中する。
すると自分の中に風が感じられて、これの事かと理解し、そのまま大気の風に意識を向ける。
すると僅かだが、風と一体化した感覚がするのだった。
「おお、これか!これは凄いな…」
護都詞が感心し、他の皆んなも、それぞれ驚きと興奮を味わうのだった。
「皆んな1発で、コツを理解したみたいだね!凄いよ!後はこの練習を1日掛けて、しっかり身に付けてね!僕も頑張るから!」
信康の指示のもと、初めて自分自身で力を発動させる事が出来た一同は、とても嬉しく思えていた。
初めて自分自身の力を使う事に、興奮し感動をするのだが、その力は危ういリスクもある事を忘れてはいけない。
そのリスクを少しでも減らす為に、今はただ修得する事に、専念するしかないのだった。
少しでも早く、先へと進む為に…。
第24話 遺されたモノ その4 完
次で、サブタイトル残されたモノが、完了すると思います。
信康の活躍が目立ってますね…。
次話も、信康が大活躍しそうです。
では次話にて。




