遺されたモノ
第23話 遺されたモノ その3
聖司の辛い過去の出来事を知り、悲しみと憤りで気が変になりそうな妻の夕香と、長男信康に、長女の阿沙華。
直感力の優れた末っ子の権也は、聞かない方がいいと、どんな内容なのかは知らずにいるのだが、その直感力が故、とても酷く聞くに堪えられない内容なのだと分かっていた。
過去に2度心を閉ざし、今回が3度目。
話す護都詞と弥夜も、とても辛い思いで語る。
それ程辛いのに、語り聞かされているのは、護都詞と弥夜の両親に、聖司自身から、未来の妻とその間に産まれてくる子供達がいたのなら、同じ事が起きた時に、自分に何があったのかを話して欲しいとお願いされていたからだった。
聖司の心を壊し、閉ざさせた者が許せなく、何としてでも再起不能にしてやりたいと思うのだが、その者達は今いる過去にはいない。
その為手出しが出来ない。
今持っている力を使えば、現代にいるその者達を呪う事も出来るのだが、それをして仕舞えば、あの使者に気付かれる恐れと、聖司が喜ぶ筈がないと、グッと堪えていた。
そんな思いでいる中、阿沙華が
「ねぇお爺ちゃんお婆ちゃん、どうしてお父さん、私達に聞かせたいと思ったのかな…やっぱりちょっと腑に落ちないの…」
その事は先程話したのに、また何で聞き返したのだろうと
「阿沙華…また聞き返すとは、先程話したのにどうして聞くんだ?」
と護都詞が逆に聞き返す。
「だって…その内容…余りにも酷くて残酷なんだもの…私なら死ぬまで言えないよ…。いくら大切な者達だからだといって、簡単に話せるものじゃないでしよ?特に、大切だと尚更言えないと思うの…。だからこそ、お父さんが私達に聞いてもらいたいって、思ったには、また別の理由があるんじゃないのかな?って…」
やはり阿沙華、洞察力に長けている。
勿論信康もそう感じていた。
2人に弥夜が
「聖司を裏切った親友からの手紙まで話したわよね?その事に関係しているの…その手紙が、聖司の心を開くキッカケにもなったの。もう少しだけ話を聞いてて頂戴ね…」
弥夜が言った手紙に、どんな事が書かれていたのかを護都詞が語る。
「あの手紙が届いた事を聖司に伝えたら、驚くほど暴れたんだ、正直心底驚いたよ…。まぁ当たり前なんだけれどもな…心を閉ざすキッカケの、親友だったと思っていた裏切り者からの手紙と聞かされて、激昂するのも仕方ない…。だが私達は先に内容を読んで知っていたから、伝えなくてはいけないと、やっとの思いで聖司を落ち着かせたんだ…」
思い出すだけでも大変だったと思わせる様な、2人共憔悴した表情になっていた。
それだけでも、聖司が激怒した時の破壊力の凄まじさを感じ取れたのだ。
聖司の過去の話をしているうちに、すっかり日は暮れてしまい、山の中という事もあるからか、闇が濃くなってくる。
「話は一旦止めて、取り敢えず暖をとるための火をおこそう。それぞれの休む場所も準備しないとな…」
護都詞の指示に従い、各々が薪用の枯れ枝を拾う権也と信康、少しでも快適に眠れる様にする弥夜、夕食の準備をする夕香と阿沙華、火をおこして火の守りをする護都詞。
初めてのサバイバルなのに手際の良いのは、この時代の自分達の記憶が、教えてくれていたからだ。
食事を済ませ、物言わぬ聖司と眠気にウトウトした権也を寝かせ、2人が寝るのを確認してから、話の続きを始める。
「では続きを話そうか…あの手紙には親友の名前と一緒に、その者の母親の名前も書いてあったんだ。私は直ぐ破いて捨てようと思ったが、弥夜がそれに気付いて止めたんだ。親の名前が書かれているからと言ってな、私にすれば、だからそれがどうした!と思ったよ…」
弥夜が
「あの時、親の名前が書かれてるなんて、普通は有り得ない事ですもの…傷付けた本人だけならいざ知らず、親の名前があるなんて、何か重要な事が書かれているのかと、直感的に思ったのよね…。それが正解だと、内容を見て思ったわ…」
護都詞と弥夜が顔を見合わせ、そうだったよなと頷き合うのだった。
護都詞が頷き合ってから
「手紙の内容には、謝罪と親友の死が書かれていた」
それを聞いた3人の反応は
「えっ!死?」
信康は困惑。
「謝罪と死って、謝罪は何を今更?だから何っ?て感じなんだけど!死んじゃった事なんて、別に知りたくも無いよ!」
阿沙華が憤る。
それに対して夕香は
「阿沙華、私はそうは思えないわね…どちらかと言うと、その手紙を書いたの、母親だと思うの…だから、余程罪の意識が有ったんじゃ無いのかって、そう思っているわ…」
許す事とは別にして、その者の母親の心境を感じ取るのだった。
そう言われて阿沙華は、黙るしかなかったのだ。
護都詞が
「夕香さんの言う通りだったんだ。その手紙は、その者の母親が書いたもので、本人の遺書と一緒に送られてきたものだった。その遺書を読んだ私達は、私達夫婦にも原因があった事を知り、このまま聖司に、黙ったままではいけないと話す事にしたんだ。手紙の内容はこうだった…」
ーーー
拝啓 龍乃瀬 聖司様、この度は私達の息子渢斗が貴方様に 多大なご迷惑をお掛けしてしまったことの心からのお詫びと 大変身勝手だと重々承知しておりますが ご報告を申し上げたく手紙を出させて頂きました。本来なら直接お会いして謝罪と報告するのが当たり前だと思ったのですが 手紙にて失礼させて頂きたいと思います。私どもからの突然の手紙で驚かれ 更にはお怒りで心乱されていることでしょう。許して頂こうとは思っておりません ですが同封させて頂いてる渢斗の遺書に 貴方様へのお詫びと
それに至った経緯が書き残されており それをお伝えしなくてはと 今更ながら私達が出来る最後の事と 筆をとったしだいです。本当に身勝手な事と思いますが 何卒息子の渢斗から貴方様への遺言を お読み下さいますよう 何卒宜しくお頼み申し上げます。 蝦夷倉 渢斗 未紀
ーーー
そして、元親友であった渢斗が遺した遺言には、こう書かれていた。
ーーー
母さん、先立つ不幸を許してください。
僕は人として、やってはいけない事をしてしまいました。
親友と思っていてくれた友の聖司に、酷く辛い事をしてしまいました。
それは許されるものではありません。
僕がどう償っても、許される事などありはしません。
それ程の事を僕はしてしまいました。
聖司がせめて少しでも気が楽になるのならと、僕の存在を消そうと思います。
それでも何の慰めにもならないと思いますが。
出来れば僕の死を聖司に、母さんから伝えてくれたら嬉しいです。
僕の存在はもうないからと。
あと出来たら、聖司宛に書いた手紙も届けてくれたなら嬉しいです。
母さん1人だけになるけれど、許してください。
ごめんなさい。
聖司へ
僕がした事は、どれだけ謝っても許されるとは思っていません。
でもやはり一言言わせてください。
ごめんなさい。
僕、本当に聖司の事を親友と思っていました。
でも高校入学式の時に、初めて僕の母さんが、君の両親を見て震えていた時に、何故震えているのか気になり、無理矢理母さんを問い詰めて聞いたんだ。その内容を聞き、僕の父さんの死の原因がなんだったのかを知り、それが許せられなくなってしまい、あんな愚行を犯してしまいました。
父さんは、汚職で捕まった国会議員の秘書をしてて、汚職で捕まった議員と一緒に、不正をした罪で逮捕されたんだ。
父さんはしてないのに、冤罪だと訴えても認められなくて、嘆いたまま留置所で首をくくって自殺したんだ。
その後に冤罪だったと判り、罪は無かったと認められたけれど、死んでからじゃ遅過ぎたと嘆いたよ。
父さんの冤罪を証明するために、母さんは必死で証拠を集めてたんだ。
その時知ったのが、君の両親が裏で手引きしてたらしいということ。
確証はなかったけど、母さんは確信してたんだ。
父さんが死んでから、僕たちは逃げるように引越しして、そして君に出会ったんだ。
初めは、本当に何も知らない僕は、君と仲良くなって友達になれて、嬉しかったよ。
ずっと一緒に大人になって、その先も友達でいられると、思っていたのは本当なんだ。
でも、父さんの死の原因が君の両親だったならと思ううちに、何としてでも復讐してやりたいと考えるようになってたんだ。
そしてあの日、貯めたお金を使って、奴らに君を痛めつけてもらう事にしたんだ。
ただ殴られて終わるだけの筈が、あいつらがまさかドラックを仕込むなんて思ってもいなかったんだ。
君が奴らに暴力を振るわれてた時、僕もドラックを仕込まれていて、ただ見てるしか出来なかったんだ。
殴られる以上の事されてた時、復讐なんてどうでもよくなって、助けに行きたかった、本気で思った。
でも朦朧として動けなかったんだ。
自分から仕向けたのに、後悔と懺悔しか残らなかったよ。
本当にごめん。
ごめんなさい。
あの事件後に、転校先でばったり会った時は、とても驚いたけど、君が怒りに満ちてるの分かってたから、わざと傷つけるように罵ったんだ。
そうしないと、君は絶対本気で殴らないだろ?
君の怒りを少しでも減らして欲しくて、あんな事言ったんだ。
でもその後に、君が心を閉じてしまったと噂に聞いて、僕はどこまでも傷つけるだけしか出来ないんだと、自分自身が許せなくなったよ。
だから、せめて僕の存在が無くなれば、君を煩わせる者はいないから、僕はこの世から消えるよ。
だからもう心を閉ざさないで欲しいんだ。
身勝手だと思うけど、最後に僕が出来る事をするよ。
出来れば親友として終わらせてもらえたら嬉しいな。
来世があるなら、今度こそ本当の親友になりたい。
聖司、君は嫌かな。
嫌じゃなければ、また僕と親友になって欲しい。
それじゃ僕は消えるね。
聖司、どうかお元気で。 渢斗
ーーー
そして手紙の裏には
君は強い人だから大丈夫!
僕の分まで生きてくれよ!
本当にごめん
大好きだよ聖司 友達になってくれてありがとう
と書いてあった。
「こんな内容の手紙だった。初めは読もうとしないから、私が読んで聞かせていたんだ…」
護都詞がそう説明し、弥夜が
「でも途中から手紙を奪って、1人部屋の片隅で読んでたわ…。背中を丸めて咽び泣く姿は、今も忘れられないわ…」
そう言って、2人涙を浮かべている。
涙を堪えながら、護都詞が
「あの日、約5年振りに、聖司は感情を出したんだ…大きな声で泣いて泣きまくってたなぁ…」
「あの時は、渢斗君達には申し訳なく思えたけれど、心を閉ざした聖司に、泣くという感情が戻ってきて、とても嬉しく思たわ…ただ…」
言いよどむ弥夜。
それに気付いた信康は、ある疑問と一緒に
「お婆ちゃん…大丈夫?お爺ちゃんも…。話してくれてありがとう。でも気になった事がいくつかあるんだ…聞いてもいいかな?」
「何かしら、隠す事のないものですから、私達の事なら気にしないで聞いて頂戴…」
と、弥夜が承諾する。
「あのさ、その手紙って、その渢斗って人が亡くなってから直ぐに届いたの?それと、そのお母さんの私達が最後に出来る事と書いてあったんだよね?そこが気になって…」
「私もそう思ったよ信兄ちゃん…」
阿沙華も同じ様に、手紙の違和感を感じていた。
「やはりお前達は凄いな…何も言わなくても分かっているんじゃないのかい?」
護都詞が聞き返すと
「…うん…何となく分かってる…でも間違ってると思いたくて、聞いてみたんだ…。多分、手紙の届くずっと前に、命を絶ったんだよね…?そしてお母さんも…」
「私も思った…」
2人は素直に感じた事を答えた。
護都詞と弥夜は、この2人の鋭さに驚愕し、更に危惧するのだった。
何故ならこの先、その鋭さにより、知らなくてもいい事も全て知り、それによって心が傷付いてしまい、聖司の様になる事を恐れたからだ。
だが…
「お爺ちゃんお婆ちゃん、僕達は大丈夫だからね。今もきっと、心を読まれてるって感じてると思うけど、僕達はそれを見越して、その先へと考えを巡らせてるから、いくらでも対処出来るから心配しないでね…」
と、信康が2人の心配する思いに、言われる先に伝えるのだ。
阿沙華も
「私は信兄ちゃん程ではないけど、将来女帝になるつもりだから平気よ!だからねお婆ちゃん、色々と教えてね〜」
阿沙華の女帝宣言に、護都詞と信康は
(お願いだから、女帝にならないで下さい!)
と、心から思うのだ。
「あらまぁそうなのね!分かったわ任せなさい!」
と弥夜が、ニッコリ笑いながら答えた。
(本当に勘弁してほしい…)
と、絶望する護都詞と信康だった。
阿沙華の女帝確定に絶望しながら、護都詞が
「2人が思ったままで合ってるよ…ただ彼が亡くなったのはあの事件後、2ヶ月経った頃だったみたいなんだよ…それから約5年近く経ってから、母親から送られてきたんだ。私達にも、手紙の内容に違和感があったから、聖司に伝えた後直ぐ、彼の家に向かったんだ…」
護都詞が弥夜を見て、話の続きを催促する。
弥夜は分かったと頷き
「私達も、“出来る最後の”って文章に違和感を覚えて、出来る限り早く向かったの、早まらないで、と…でも遅かったの…母親の未紀さんも、既に1年前に自殺して亡くなってたのよ…それを知った時に、手紙を日時指定で届けられる事を知ったわ…」
弥夜のその説明に、ずっと押し黙って聞いていた夕香が、今回初めて思いの丈を述べる。
「夫を亡くし、更に息子まで亡くなった彼女の心情はどれ程のものだったのか、私には分かりません…例え理解しても、本当の気持ちは本人にしか分かる筈もありませんから…。それでも同じ妻として、親として、同じ事があったのなら、私には堪えられません…堪えられる自信は無いでしょう…。きっと息子さんの手紙も出すのも辛かったでしょうね…出せるまでに、4年も掛かったのですから…」
唇を噛みしめながら、そう述べた夕香の表情は、苦悶に満ちていた。
「その上哀しい事に…一家全員が自死で終えるなんて…私達よりも辛く哀しい家族があるだなんて、何処まで不公平なんでしょう…誰もが幸せになるべきな筈なのに、何故?…私は、誰もが幸せになって欲しいのに、それは無理なの…?」
夕香の気持ちは痛いほど分かるが、その想いに明確な答えを出せる者などいない…。
しばし沈黙が続き、夜空の星を見上げ軽く息を吐き、夕香に向けて弥夜が語りかけるのだ。
「夕香さん、貴方の気持ちは良く分かったわ…同じ母親なのに、妻なのに、私にはその想いに至る事が出来なかったわ…。駄目ね…こんな親で妻の私は、自分自身が恥ずかしいわ…」
「何をおっしゃるの!?お義母さん!そんな事は無いわ!お義母さんは立派な方です!」
夕香に続き、信康と阿沙華も
「そうだよお婆ちゃん!」
「私はお婆ちゃんが凄い人だって、今も前もずっと思ってるよ!」
2人も弥夜は駄目じゃ無いんだと、強く言い切る。
「ありがとう…でもね、蝦夷倉一家を死に追いやったのは、私なのよ…?」
それを聞いた護都詞は
「ちょっと待て母さん!母さんだけが追いやったとは、思わんでくれ!私も一因なんだぞ!?」
「お義母さん、私がその時のお義母さんだったなら、私も同じ事をしてたと思います。お義母さん程上手には出来ませんが…だからご自分を責めるのは、この先はお止めになって下さい」
夕香の意見に賛同する3人。
この時点で、誰も責める者がいないという事になるのだった。
「ありがとう皆んな…」
涙が溢れそうになる。
涙を堪え
「そうそうあの子がね、立ち直れた話、してなかったわね。分かっていると思うけど、手紙の裏に書かれていた彼の言葉に、負けず嫌いで勝ち気な聖司だから、負けてたまるかと、奮起してくれたのよ…」
護都詞も
「あの言葉があったおかげで、立ち直ってくれて、命を懸けてくれた彼に感謝したよ。今も私達2人は、月に1度、感謝と詫びを言いに墓参りに行っているんだ。だがそれも今は出来なくなったがね…」
申し訳なさそうに言う護都詞だった。
話し込んでいるうちに夜もふけ、山中のせいか、もうじき夏だというのに、肌寒く感じてくる。
闇が増すにつれ、夜鳥や獣の鳴き声が響き出す。
火の番を怠れば、獣に襲われる危険もある。
今は体を休めつつ、早く朝がくるのを待つだけなのだが、気力と体力が持つのかと、心配になる護都詞だった。
第23話 遺されたモノ その3 完
2話続けて暗い話になりました。
でも書きたかった話なので、僕はスッキリしてます。
では次話をお待ち下さい。