遺されたモノ
第21話 遺されたモノ
今、龍乃瀬一家が向かっている所は、富士の麓にあるという洞窟。
其処に行けば、安全に力や能力を増加する為の修行場があるらしい。
信康が聞いた説明によると、この時代の自分達と一緒に、使者だけではなく、全てのものから気付かれないよう、様々な仕掛けが施されているのだそうだ。
分かり易くいうと、陰陽師とかの話に出でくる結界みたいな感じだろうと、信康は解釈して説明してくれたのだ。
本当はもっと複雑で、理解出来そうにはないそうだ。
富士山は、現代でも有名なパワースポットや、神的霊的にまつわる事で知られていたから、勿論自分達も知っていた。
だからか、確かに富士の麓なら、力を磨ける気にもなるのだった。
たが、其処に向かう気力が無いのだ。
何故なら、重い荷物を抱えながら、徒歩で向かっているからだ。
しかも自分達が降り立った場所から、かなりの距離がある上に、険しい山道が続くからだ。
大きく見えたからといって、直ぐ近くだとは限らないのだと、そう思い知らされた気がする。
時折休憩をいれたりしたが、半日以上歩いている。
正直全員がヘトヘトになり、ついに足が止まってしまう。
「はぁ…はぁ…信康…張り切っているのに悪いが、今日はここ迄にしないか?…皆んなヘトヘトになって、とても動けそうにないよ…」
聖司が信康に、そう提案する。
信康も其う思っていた様で
「うん…そうしよう…実はね、僕も疲れてたんだけど、皆んなにハッパかけた本人が、先に疲れただなんて言いだせなかったんだよね…あぁ助かったぁ〜」
そんな信康の本音が聞けた一同は、ハハハっと笑いながら
「何だそうだったのか?見栄を張ってたのか…?」
聖司が言った直ぐに、阿沙華も
「見栄だけじゃなく、意地も強いもんね!其う言うの程々にしないと、付き合わされる方も、堪ったもんじゃないんだからね!」
と愚痴を言いながら、信康がよく無茶をしては体調を崩す事が心配なのだ。
「分かったよ阿沙華、今度から気を付けるよ。…っで、今日はここ迄にするとして、完全野宿確定なんだけど、皆んな大丈夫?出来そう?」
信康のその言葉にハッ!として、エェッ!?となる一同。
「えっ!?うそーっ!野宿〜!?」
阿沙華が嫌そうな顔をしている。
「あらあら…野宿なんですか…どうします貴方?」
弥夜が護都詞に意見を求める。
「野宿なぁ…流石にこの歳で、野宿はちょっと…辛いものがあるなぁ…」
と、この2人も否定的。
聖司と夕香は
「夕香、お前は野宿大丈夫そうか?出来そうか?」
「あら聖司さん、私は大丈夫ですよ〜!ちゃんと出来ますよ!」
任せてと言わんばかりに胸を張って答えた。
「本当か?元女優のお前がそう言うだなんて、へぇ〜そうなんだ、夕香も逞しいところも結構あるんだね!凄いよ!」
聖司が其う喜んで褒めたのだが
「野宿でしょ?そんなの簡単だわ!宿に泊まるだけですもの〜」
其の言葉に全員が“?”と“宿?”に“ハァ?”が、頭の中で出て来る文字だった。
また天然が発動したかと、信康が聞いてみた。
「ねぇ母さん…宿ってどういう事言ってるの?僕達、今日は野宿なんだけど…?」
其の質問を不思議そうな顔をして
「ええそうよ?だから宿に泊まるんでしょ?」
「いやだから野宿だって!」
「ええ、だから野宿なんでしょ?」
あっこれは天然では無く、ただの勘違いなのだと分かり、疲れるなぁ〜とも思いながら、優しく教える事にした信康。
「あのね母さん…野宿って、野に在る宿じゃないからね…建物の中ではなく、外の空の下で寝たり休んだりする事なんだよ…地面に横になってとか、木の上で寝るとかそういうのだから…」
「えっ?そうなの?…あら嫌だ…私ったらてっきり野原に、草や花とかで作られた、かまくらみたいなのを想像してたわ…だから野原に行くのだとばかり考えてたわ…」
やっぱりなと思うのだった。
幼い子供とかが、よくする勘違いをこの歳でするとは、天然で痛いどころか、学も無いのだろうかと心配してしまう、信康達だった。
一応その中に、権也も含まれている。
既に、何も言う気が失せてしまった一同。
其れでも聖司が
「夕香…そんな勘違いをする君も好きだよ…でももう少し、後もう少しだけでいいから、色々と学んでくれたら、君の事もっと好きになれるよ」
子供の前で言うのは、とても恥ずかしく躊躇ったのだが、その方が素直に聞き受け入れてくれる気がして、そう伝えた。
其れを聞いた夕香は
「えぇっ!?そうなんですか?…あらやだ、子供達の前で好きだなんて…ちょっと恥ずかしいけど嬉しいわ〜。私、もっと好きになって貰いたいから、頑張って色々学びますね!聖司さん♡」
読み通りに、受け入れてくれたみたいなので、良かったと安堵する。
これを機に、夕香の天然も少しはマシになってくれたならと、誰もが思った。
聖司が大きな木に、寄り掛かりながらフーッと大きく息を吐く。
自分達が住んでいた時代と、かなり違いがあるのだと、改めて感じた。
発展し、建造物や乗り物、行き交う人の多さ、雑踏や騒音、発達した先進医療、通信やライフラインの充実さ、その他諸々の物に溢れていて、豊かに暮らせる時代に対し、この時代は現代を知る者にとって、不便の一言で済まされる程、何も無いと思えた。
富士山までの移動も現代なら、車や電車にバスで移動すれば基本楽に行けるが、この時代にはまだ、そこまでの交通手段は無いので、基本徒歩か荷馬車、もしくは荷牛車にての移動になる。
人の行き交う所に出れば、時代劇に出て来る人力車や籠屋もあるだろうが、自分達がどの辺りに居るのかも分からないから、下手に探索しても時間の無駄使いになるので、使者に気付かれ追われる危険の事を考えると、今は徒歩で頑張るしかないのだ。
山は見えている。
あの大きな目印を目指している限り、迷う事はないだろう。
でもどう頑張っても、現代に慣れ切った今の自分達の運動能力を考えると、少なくとも10日は掛かりそうだ。
ウダウダ考えてもしょうがないと、もう一度大きく息を吸って吐く。
その時現代には無く、この時代にある物の1つが分かった。
空気がとても美味い事。
たまに森林浴をした時に、美味いと感じたりもしたが、それの比ではない程澄み切って、草木の香りも濃く感じ、瑞々しさに清涼感が加えられている様にも思えた。
「あぁ…とても空気が美味いな…」
其の呟きに護都詞も
「本当にそうだな…まぁこんな深い山の中だからかもしれんが、やはりあの時代とは違うな…」
「父さん…あぁ本当そうだね、ここまで色々違うと、どうすればいいのかも、よく分からなくなるよ。徒歩で向かうのは良いとしても、体を休める宿とか、食事に飲料水の確保もしなきゃだもんな…」
護都詞も同じ考えでいたのと、聖司に言わなければいけない事がある為に来たのだった。
「聖司よ、今一つ蒸し返すが、私の話をしっかり聞くのだぞ、いいか?」
「父さんの話を心に刻むから、あぁ俺からもお願いします」
護都詞が何を言うのか、既に分かっている。
信康と阿沙華の事だと。
「全部を言うつもりは無い、ただお前達夫婦の心の脆さと弱さが、私達の目的を成すのに支障となる事が、目に見えてる。特にお前だ聖司!お前はもっと心に芯を持っていて、強いと思っていたのだがな…立て続けに2度も同じ過ちをするなんて、とても信じられなかったよ…」
ほんの少し俯いて話す護都詞から、愁色さが濃く感じられた。
「私達の魂は、五千年前の魂とは別物なのかとも思ったよ。ほんの少ししか知る事が出来なかったが、あの時代の聖司は、何処までも自分を犠牲にして、私には本物の聖人か神かとも思えたんだ…それからこの時代の聖司にも、セルジと同じモノを感じたのだが、今のお前には、それが感じられないんだ…何故だろう…」
そこまで駄目な奴になっていたんだと聞かされて、呆れ果てていた聖司自身、気付くと涙が流れていた。
止まらない涙、止めようにも止め方が分からない。
ただただ泣くだけの聖司に、護都詞が
「今は泣きなさい…泣けるだけ泣いて、お前の中にある別のお前を出し切れるくらいに、泣き続けなさい。そんな聖司に1つ2つ教えておくぞ、向こうのほうで夕香さんが母さんに、お前と同じ様に諭されて泣いている事だろう…お前と同じ気持ちでな!後は子供達たが、お前達の子供は本当に凄い子達だ!今もお前達を気遣った上に、近くに民家や廃屋、寺などないか探しに行っているよ。本当は危ないからやめさせたかったが、凄いものだ、あの子達の方が力を上手に使って、迷う事なくこの辺り一体を探索し終えていたよ…」
其う聖司に伝えたい事を伝え
「泣き止む事が出来たなら、その時は今のお前より、もっともっと強くなっているだろうよ、だからその為にも今は沢山泣きなさい、それじゃ私達は待っているから!」
其う言い残して、聖司の所から離れて行く護都詞だった。
護都詞の言葉が心に刻まれていく。
父親の厳しい心と、優しい心に触れた気がして、父さんは、こんなにも偉大だったんだと知らされた事が、聖司の誇りとなるのだった。
涙が流れている間、何も考えられず、ただ無心になりながら空を見上げていた。
流れて行く紅く染まる雲、空の色も変わり始め薄暗くなり、夕焼けが綺麗に見えてきた。
其れをただボーッと眺めていたら
「こんなにも夕焼けが綺麗だと思えたのは、どれくらい振りだろう…俺達の時代じゃデカいビルとかで、ここまで広く見えなかったからなぁ〜、それにしても本当に綺麗だ…」
其う思えた時には、いつしか涙は止り、心がスッキリしているのを感じられていた。
さぁ心の整理も出来たから、皆んなの元へ行こうと、立ち上がろうとした時
「ここにいらっしゃったのね、ちょっと探しちゃいました…」
と、夕香がやって来た。
「夕香…?どうしたんだ?君がここに来るなんて…」
「あら駄目でしたか?…フフッ、私も聖司さんと少し話したくって来たのですけど…もう少しお一人の方が良かったかしら?」
ちょっとだけ、意地悪な言葉を入れてくる夕香に、聖司は慌てて
「いやいや全然!俺も夕香君と話したかったと思ってたら君の方から来たからさ、少し驚いたんだよ!ささっここに座って座って…」
聖司の慌てぶりを見て、クスクス笑いながら
「其れじゃ、お言葉に甘えて…」
と、聖司にピッタリとくっつく様に、横に座る夕香。
(驚いた…夕香があんな意地悪混じりの言葉を言うなんて、ちょっと意外だったな…何だか少し新鮮で可愛く思っちゃったよ〜)
聖司は、ピッタリくっついている夕香に、ドキマキしながら、夕香への想いが増すのだった。
そんな状態で、何も話し出せない聖司に、夕香が
「何もおっしゃらないのは、何故です?どうかされました?」
「えっいや、あの、その…」
「ウフフッ、少し意地悪しちゃいました♪ごめんなさい、聖司さん…」
ズキューン…ズダダダダー!と、夕香の意地悪に、初恋の時の様に、心ブチ撃ち抜かれる聖司。
夕香の小悪魔ぶりが、こんなにも攻撃力があるとは、思いもしなかった聖司。
やはり普段のおっとりとしてる上に、天然の破壊力に慣れてしまっていたからか、ギャップもプラスされた事で、聖司の中にまた1つ、今までに無かった趣向が生まれた。
(こんな夕香も魅力的だなぁ〜、素敵だ〜)
お前には、反省する気はあるのか!先程迄の反省は、何処にいったんだー!
と、言いたくなる。
ほんのり薄っすら恍惚の表情を浮かべていた事に、気付かない夕香が
「ねぇ聖司さん…私達…いえ私は、本当に駄目な母親だと、今回の件で、充分過ぎる程に思い知らされたわ…。お義母さんに諭されて、其れを強く思えたの。私、如何してこんなに弱いのかしら…あの子達に申し訳ないわ…」
悲痛な面持ちで、今にも消えそうな気がした聖司。
「夕香、それは俺も同じだよ…俺なんて、夕香以上に取り返しの付かない事をしたんだ…。どれだけ悔やんでも、どれだけ反省しても、償えない傷を与えてしまった事は、この先、もしまた転生して全てをやり直す事になったとしても、許されない、許されてはいけないんだ…。俺こそ駄目な父親だ…出来れば今直ぐ消えてしまいたいよ…」
「何を言っているの!?貴方、聖司さん!そんなのはダメよ!消えるなんて、考えても言ってもダメよ!」
激しく叱る夕香に
「夕香…」
其れ以上の言葉が出ない。
「貴方は良くやってるわ、誰にでも誇れる素晴らしい父親よ、子供達もそう思ってるから、あの時もあの子達が、私達を慰めてくれたのよ?其れを分かって、聖司さん!」
夕香の伝えたい気持ちが分かり、聖司も
「それを言うのなら、お前もだよ夕香…。君程素晴らしい母親なんて、何処にも居ないよ!子供達もそんな君だから、心から安心していられるんだ。何時もあの子達を守ってくれて、有難う。夕香、君は俺の誇りで全てだよ…」
聖司の言葉に、少し赤面しながら、目に涙が溢れそうになる。
「だからお互いに、これからしっかりとあの子達を守り抜いて、あの子達が誇ってくれる様な親にならないとな!」
「…其うですよね、聖司さん…」
お互いをじっと見つめていたが、聖司は素早く周囲に誰もいない事を確認し、今しかない!其れでは!
「夕香…愛してるよ…」
と、キメ顔で口付けをするのだった。
夕香はそのキスで、完全に赤面して俯いて仕舞う。
聖司は、久々の夕香とのキスで、天に昇りそうな幸福感を味わっていた…が
「チューしたチューした!今チューしたよね?ね?」
権也のその声に、心臓が止まりかけた2人。
「あっバカ!静かにしてなさいって言ったでしょ!気付かれちゃうじゃない!」
阿沙華の声もして、驚愕しながらゆっくりと声のする方に、顔を向ける。
「阿沙華、お前の声も大きいよ…もう既に気付かれてるから…」
信康が阿沙華にツッコむ。
「ハッハッハッ、な?良い物見れただろう?」
「えぇ其うですわね〜、出来ればその後の続きも気になりますね〜」
全員の覗き見の元凶は、護都詞だと判明する。
この状況になりそうだと、護都詞が予め予想していたみたいで、全員でこっそり覗き見決行しようと言った事に、誰も反対しなかった事が、団結力の為せる業。
夕香は完全に両手で顔を隠し、背を向け蹲って亀になる。
聖司は、口をずっとパクパクさせながら
「おぉぉぉ…お前達…父さん?母さん?…えっどうして…」
驚きと唖然とが混ざり、空いた口が塞がらない。
其れを護都詞が
「これは、お前達の罰だと思いなさい!」
「えっ何?…罰…?」
「其うだ、其う思って諦めなさい…」
[本当は楽しんでただけなんだがなぁ〜…]
と、小声で言う護都詞。
でも弥夜が
「貴方達の事、楽しませて見せてもらったわね!また楽しませて頂戴ね〜♡」
と、言わなくてもいい、トドメの言葉をしっかりと伝えたのです。
其の後直ぐ、聖司の
「ふざけるなぁーーー!!」
の叫びが、山彦と共に響くのだった…。
もうじき、完全に夜の暗闇になるというのに、その準備も出来ないままのこの者達。
夜の山を甘く見てはいけないのだが、大丈夫なのだろうか?
第21話 遺されたモノ 完
ここからが、第二章です。