前(ぜん)と現
第20話 前と現 その2
「お願いだから、話を聞いてよ!」
そう信康が言うが、夕香は
「聞きたくないわ!」
と、聞く耳をもたない。
阿沙華が
「そんな事言わないで、お願いだから…」
最後まで言わせない聖司
「それ以上話すんじゃない!聞きたくは無いと言っているだろ!」
そんなやり取りで、全く話が進まない。
お互いのやり取りは、平行線を辿っている。
そこに護都詞が行動をとる。
聖司に近付き、聖司の肩に手を置く。
「何だ?父さ…」
言い切る前に護都詞により、強い力で上空から地上に叩き落とされた。
その後夕香へと向かい
「ふぅ…夕香さん…」
「お義父さん!?…何を?聖司さんをどうして…」
また言い切る前に、聖司の時と同じように叩き落とすのだった。
その時の護都詞の顔は、いつものタラシの顔ではなく激憤した表情をしていた。
「それじや私達も地上に降りようか」
と、とても静かな声で弥夜と子供達に言う。
子供達は、初めて見る護都詞の真剣に怒る表情を見て、驚きを隠せないでいる。
それもその筈、溺愛している孫に、一切怒った処を見せた事がないからだ。
何故なら、孫に嫌われたくないから。
だが、息子夫婦はまた別なのだ。
地上に降りると
「突然何するんだ、父さん!」
「そうですよお義父さん…何故私達をこんな目にされたのです!?」
2人は、険しい顔をして護都詞に詰め寄ろうとした。
だが体が地面に縫い付けられたかのように、動く事が出来ないのだ。
「あれっ?どうした!?動けない!」
聖司と夕香は動こうともがくが、やはり動けないのだった。
「さては父さん、何かしたのか!?」
聖司が睨むような目をしながら問い尋ねる。
「あぁしたさ、少し力を使ってな!…信康済まないなぁ、あやつに見つかるかもしれんのに、少し力を使ってしまったよ…気付かれたその時は、私が何とかするから、皆んなは直ぐに逃げるのだよ…」
信康にそう伝えた後
「私は情けない!使者じゃないが、出来るなら今直ぐお前達を消してやりたいくらいだ!!本当に情けない!!」
護都詞が叱責するのだが、聖司は
「父さん、一体何が情けないんだ!?何がいけないんだ!?」
と、言い返してくるのだ。
その言葉に弥夜が、プチッと音をたてて
「いい加減にさらさんかぁー!ちったぁ我で考えんかい!お誰ら!!」
と鬼弥夜モードになる。
このまま鬼弥夜モードを続行するのかと思ったが、護都詞が弥夜の肩を軽く叩き、鬼弥夜モード強制終了させたのだった。
終了させた護都詞は
「私達は、親のお前達がこれ程自己中心的で、覚悟したと言いながらも口だけで、全く覚悟が出来ていなかっただけじゃなく、相手の心情を理解しない事に、情けなさと憤りを感じているのだ!」
何も言えなくなる2人に、更に護都詞は続けて言う。
「聖司、お前は先程の一件もそうだったが、今回もこれ程気構えが脆弱だとは、思いもしなかった…夕香さん貴方もだ!2人共、親の資格は無い!…そう思える程に、私は情けなくなったよ…」
何だと!?と、言い返すつもりだったが、言い返す言葉が出て来ない聖司と、ただ黙ったままの夕香。
護都詞はため息を吐き
「お前達は、信康との約束を忘れたのか?心を強く持てと言われ、それを了承したんじゃ無かったのか?それなのに、信康の説明に不満をぶち撒け、その上最後まで信康の説明も聞こうとはしない…よっぽど子供達の方が、まだしっかりとした大人だと思えたぞ!その親が揃ってなんて様なんだ!!」
ここまで言われて、やっと自分達の愚かさを思い知る聖司と夕香。
だが更に弥夜からの言葉で
「信康と勘のいい阿沙華は、こうなる事を分かっていたから、タイムトラベルの時から黙っていたのよ!少しでも短く、辛い気持ちを持たさないようにと…特に夕香さん、貴方の事を気遣って…この子達も貴方達と同じ、本当はこんな事したくはないのよ…でもやらなきゃいけない事だから、必死に挫けそうになるのを耐えていたの!信康なんて、皆んなに伝える嫌な役目もしているのよ?どれだけ辛かったか分かる?信康の気持ち、阿沙華の想い。それを気付もしないでいる貴方達には、本当ガッカリさせられたわ…」
護都詞に言われた事と、弥夜から聞かされた信康と阿沙華の心情を知り、本当にその通りだと2人は思ったのだった。
聖司は先程の、信康と阿沙華を罵った事を後悔したのに、同じ事をまた繰り返したのかと、自分が本当にダメな父親どころか、人として終わっていると思い、夕香は、自分の感情がこれ程までに剥き出しで、その激しさをコントロール出来ない事を知り、自分の弱さに憤りを感じるのだった。
2人は、自分達の不甲斐なさを痛感し、我が子を傷付けた愚かさに自分を許せなく、たかぶる自分への怒りに涙目になるのだが、泣いて赦されようとしてはダメだと必死に泣くのを堪え、深く頭を下げ
「またお前達に、してはいけない事をしてしまって、深く傷つけてしまった…」
聖司に続き夕香も
「本当に何も言えないわ…どんな言葉を繕っても、貴方達の傷は消えないのですから…我が子をここまで傷付けるようなダメな親はいないわ、こんなダメな親の元に産まれさせてしまって、ごめんなさい…」
悲痛な表情で、土下座の様な体制で頭を下げ続ける2人。
それを見ていた護都詞と弥夜が、“そんな意味のない事を”と言おうかとした時
「もう良いよ、父さん母さん…過ぎた事なんだから…」
「私達、こうなる事分かってたから…それなりに心構えしてたから…だから大丈夫…」
信康と阿沙華が、自分達は平気だと言って2人を気遣うのだった。
本当はそんな筈は無いのに、いくら家族だといえど、ここまで心に深い傷を付けられもしたら、許す事など出来ないのが普通だ。それでも失態をおかし続ける2人に、寛大な心で許し、その上2人がこれ以上辛い気持ちのままでいて欲しくは無いからと、平気だと大丈夫だと、まだ子供なのに優しい嘘を付ける2人の器の大きさに触れ、聖司と弥夜だけではなく、護都詞と弥夜も声を上げて泣いてしまう。
聖司と夕香は、感謝と罪悪感で…。
護都詞と弥夜は、大人でも真似できそうにない、その純粋な心と自己犠牲の精神が、とてもいじらしくも思え、まだ遊び盛りの子供なのに、心身共にムリを強いられながらも、気丈に振る舞う2人が不憫に思えるのに、何かしてあげたくてもあげられないと、深謝して涙する。
大の大人4人の号泣に戸惑いもするのだが、もう泣かないでと言う事しか出来なかった信康と阿沙華。
その振る舞いにまた泣けてくる4人だったが、少しずつ気持ちも落ち着き、ようやく普通に会話が出来るようになった。
ずっと蚊帳の外だった権也は、権也なりに気を遣っていて、会話が出来るようになるのを確認し、家族全員にハグをしていく。
「これで皆んな仲直り!」
元気よく、屈託のない笑顔をしながら言う権也に、全員が一瞬で心癒されるのだった。
阿沙華が
「そうね!仲直りだね!」
と嬉しそうに答え、護都詞が権也を抱きしめ頬擦りして、頭をわしゃわしゃと撫でるのだ。
家族の誰もが、権也の素直さに心癒され感謝する。
特に聖司と夕香は、素晴らしい子供達に恵まれ、それを命の限り守り続けるのだと、心に誓うのだった。
それから少しの間、談話を楽しんでから
「そろそろ残りの説明をしても大丈夫かな?」
信康が尋ねると、全員が頷き
「今度はしっかり聞くから、宜しく頼むよ」
「私からもお願いするわね」
と、聖司と夕香が真剣な眼差しで頼むのだった。
その表情を見て、聞く覚悟が出来た事に、良かったと安堵する信康。
「する事は、とてもシンプルなんだ。ただ過去の自分に重なるだけで、後はそこに焼け焦げた肉体に、僕達の魂が定着するのを待つだけなんだけど、その時に、この時代の僕達が残した何かを聞かされる事になっているんだって…そう説明にあったんだ」
ここまでの説明に、聖司が
「本当にそれだけで良いのか?かなりシンプルだけど、それで力の使い方とかが身に付くのか?」
と、問うと
「実はね、光の主が長年のうちに、毎回転生直前の魂に抵抗する為の力を与えてたんだって…その集大成がこの時代の僕達だったらしく、転生した過去の僕達は、あの霊力で光の主の存在に気付いてたみたい。そして光の主と密かにやり取りしてたらしく、使者に気付かれないよう注意しながら、抗う為の力を残し、次からの転生で強い魂に出会えた時に、その力を託せるように、この時代の僕達は、捨て駒になる事を取り決めたようだよ…」
そんな事が、過去の自分達と光の主の間にあった事に、驚きながら聖司は
「自分で言うのも何だが、この時代の俺達の覚悟は、相当なものだったんだな…」
「本当にそうだな…過去の私達に、感服し頭が上がらないよ…」
と、護都詞も賛同する。
「でも、使者が言い残した言葉…覚えている?この力は要らない、使えなくする為、魂に細工をしようみたいな事言ってたでしょ?」
信康の話で、確かに言っていた事を思い出す。
「使者からしたら、余りにも不都合な能力だったから、その能力を引き継いで転生されたら焦るもんね…でね、その事も分かっていた…というか、そうするだろうと予測していて、この時代の僕達と光の主が、予めその対策をしていたみたい」
信康の説明は分かり易く、権也ですら直ぐに理解した。
その権也が珍しく、質問をする。
「ねぇねぇ信兄ちゃん、その対策ってどんなのか分かってるの?後それとね、あの使者はさ、この時代の僕達に力が有る事知ってたなら、僕らが産まれてくる時に殺したりしなかったのかな?」
権也にしては、かなり的を得た質問だった。
だが信康には、それを正確に答えられる説明を光の記憶から受けておらず、しばし熟考する。
熟考した後、信康が
「実はね、使者が殺さずにいたってヤツ、その事に関しての説明が無かったんだよね…だから憶測なんだけどさ、それでも良いかな?」
「良いよー!」
権也の質問に答える為に、熟考までした信康の問いに、何も考える事なく、簡単に即答する権也。
信康は、この権也の軽さに
「…権也お前さぁ、少しは配慮とか無いの?…お前ってさ、本当〜自由で能天気だよな!…本来ならさ、自分の為に考えてくれた人に、感謝した言葉とか述べてから返事しないと、自己中って烙印押されるぞ?気を付けないと!」
信康は少しの不満を込めて、兄から弟へのアドバイスをしてあげるのだ。
それを素直に“は〜い、気を付けます”と聞く権也。
「それじゃ先ずは対策から説明するよ。対策の1つはこれから体験するから、それまで楽しみにしてて!って事で内緒にします。もう1つは、この時代の霊能力を犠牲…生贄?にして、その代わりにそれぞれの才能を特出させたみたい」
その説明に、今度は阿沙華が
「それって何?…あっもしかしてあれかな?…権也の…」
余り自信はなく、言いかけてやめたのだが
「そうそれ!正解!合ってるよ、阿沙華!」
流石と言わんばかりに信康が答え、驚く阿沙華が
「えぇーっ!本当に!?わぁそうなんだ〜」
2人だけで盛り上がる内容に、置いてけぼりの残り組は、唖然としていた。
堪らず聖司が
「ちょっ、ちょっと…お前達だけで完結しないで、俺達にも教えてくれないか?」
あっそうだよねと、信康が
「あっごめん、つい阿沙華の感の良さが嬉しくて、はしゃいじゃった。…えっとね、今まで感じた事のある能力、権也で説明すると、権也って直感力が凄く良いでしょ?阿沙華は、観察力や洞察力。そんな感じのもので、他人を凌駕するくらい優れてたりするでしょ?そういったのに特出するよう、使者の呪いの力を逆利用したらしいよ!」
それを聞いて、過去の自分達と光の主の抜け目なさとと凄さに、感服するのだった。
「それじゃ俺達にもあるのか!?」
聖司が興奮気味で聞き、護都詞が目を輝かせ
「それが本当なら、私はどんな能力なのかい?」
ワクワクしながら聞く
「えっお爺ちゃんの?お爺ちゃんはねタラシだよ!」
嬉しそうに答えた信康に対し、タラシと言い切られて石と化す護都詞だった。
残りの家族は、力により変換されて身に付いた能力ではなく、元々素でタラシなのだと誰もが思うのだ。
護都詞の自爆を見て、あぁはなりたく無いと聞く事を自粛する聖司達。
石像の護都詞は放っておいて、憶測だがと信康が説明をつづける。
「使者が何故殺さずにいたかは、きっと霊能力の存在を理解していなかったんじゃないかな?と、思うんだよね。五千年前の力とは別物な訳だから、あいつにしたらママゴトみたいに思えたんじゃないかな?」
憶測ながら、多分そうなのだろうと全員が思う。
それ以外にも理由があったにせよ、これ以上の詮索は無駄で無益なので、それで良しとした。
いつまでも石像のままの護都詞を弥夜が叩き起こし、ようやく、そこに有る過去の自分達の遺体に、魂をかさねる準備に取り掛かるのだった。
信康の指示のもと、それぞれが過去の自分達の前に立ち、別次元から呼び寄せた8つめの光の球の力を借りて、魂はゆっくりと焼け焦げた肉体に溶け込んでいく。
肉体に溶け込んだ瞬間、共鳴と肉体を得た快感が全身を巡り、それと同時に流れ込んでくる過去の自分の意思と、その力と使い方を知るのだった。
これが過去の自分が残した想い、未来の俺達に託した意思…これは自分から自分への魂の遺言なんだな…。
過去の自分に感謝し、そっと目を開けた。
魂の時には感じられなかった、光の温もりや風の心地よさに、草木の匂いと感触を感じる。
その事に気付き思わず飛び起きると、そこには焼け焦げや傷は無く、生命力に溢れた生きた家族が目に飛び込んできた。
それぞれがそれぞれを確認し、本当に生き返った事を大いに喜んだ。
だが焼かれてしまっていたので、全員が素っ裸なのだ。
このままじゃ、男性陣は何とか出来ても、女性陣は流石にムリだと思っていたら、流石過去の自分達、その事を予測して、少し離れた場所に衣類などを残してくれていたのだ。
有難いと感謝し安心したと同時に、急激にお腹が空くのだ。
魂の時には感じられなかったのに、肉体を得た今、しっかり腹が減るのを感じ、お腹が減る事がこんなにも幸せなものなのかと、更に生きている事を実感出来たのだった。
準備の良い過去の自分達、ちゃんと食べ物も用意してくれていた。
皆んなは遠慮なく食べ、談話をしながら食べる事の幸せや、満たされていく事に感謝するのだった。
しばらく休憩をした後、信康が言う。
「ここにこのまま居たら、あいつに気付かれてしまうから、安全な場所まで移動するよ皆んな!」
その号令に各自テキパキと、過去の自分達が遺してくれていた道具などを片付けながら、聖司が聞く。
「安全な場所って…そんな所、何処に有るんだ?」
当然の質問に、信康は
「この時代の僕達全員と、光の主がサポートして作られた所だよ。そこならあいつに気付かれる心配なく、力を磨ける様にされてるって言ってた。でその場所は、ここから見えるあの山の麓の洞窟!」
信康が指差す山を見た一同は、とても驚いてしまう。
何故ならその山は、誰もが知っている超有名な高い山だったからだ。
「ふ、富士山!?」
「そう!あの山富士山の麓の洞窟だよ!」
思わず声に出した聖司に、笑顔で答えた信康。
今から富士山に行くのかと、唖然となる家族達。
「さぁ皆んな!張り切って行くよー!もたもたしている時間は無いからね〜!それじゃレッツゴー!!」
1人元気な信康に対し
「…オォーッ!…」
と、か弱い声で返答する一同。
これからあの富士まで、無事に辿り着くのか不安な家族達。
それでも信康に引っ張られながら、富士山へと進むのだ。
肉体と力を得た龍乃瀬一家。
何もなく、無事富士山に有る安全な場所に、辿り着く事が出来るのだろうか?
辿り着けても、本当に安全を確保されて、力を磨き上げられるのだろうか?
今はただ、果てしなく遠く険しい道のりを進むだけなのだった。
第20話 前と現 その2 完
これで一応、第一章が終りました。
システムの都合上、2話程投稿の後に、第二章のタイトルを載せます。
なので、しばらくは第一章になってますが、次の話から第二章が始まります。
では第一章の感想など、良ければ頂けたら嬉しいです。
宜しくお願いします!