前(ぜん)と現
第19話 前と現
聖司達がいた時代とは違い、街灯の無い夜は、とても暗い。
季節は初夏だと思われるが、それでもこの時代の夜は、こんなにも暗くなるのかと思った。
闇夜に慣れてない者なら、そこに異形なモノがいると言われれば、それを信じ恐れてしまうだろうと、聖司は思う。
タイムトラベルの空間から抜け出した龍乃瀬一家。
降り立ったのは、高い木々がうっそうと生い茂っている深い山の中だった。
聖司達は光の力により、昼間のようにハッキリとまではいかないが、それなりに周囲の状況を確認する事が出来ていた。
見渡す限り、木々が生い茂っているだけで、人が住むような民家など1つも無い。
降り立つ場所を間違えたんじゃないのかと、聖司は信康に聞く。
「なぁ信康、ここで間違いは無いのか?人が住んでいるような感じではないようだぞ?」
そう言われた信康も同じ事を思っていて
「何だか本当にそんな感じだよね?どうしてだろう?ちゃんと説明通りにしたんだけど、間違えたのかなぁ?本当は朝方に降り立つつもりだったんだけど、今、夜だもんね…?」
信康も、何が何だか分からない様子だった。
しばらくどうするかを検討しだした信康を横目で見ながら、本当に何も無いのかと辺りを観察していた時、少し離れた場所から、数人の人の声が聞こえてきた。
「信康、向こうから人の声がするぞ?」
聖司に言われ指差す方に意識を向けると、聖司の言った通りに、誰かが数人で争っているような喧騒が聞こえてくる。
「本当だ、向こうの方に誰かが数人、喧嘩か何かしているみたいだね…父さん、一応確認しに行ってみようよ」
そう信康に言われて
「そうだな、何なのかを確かめに行こう!」
聖司が了承する。
残りの家族に向けて、信康が
「皆んな!僕達と一緒に来て!向こうで誰かが居るみたい!…今離ればなれになっちゃうと、集合する時に使う、光へのアクセスをしちゃうと、即あいつにバレちゃうし、こんな所で離ればなれになったら、見つけて合流するのが難しいだろうから、皆んなも一緒に来て!」
聖司と信康は、集まった家族と共に、人の気配がする方へと足早に駆け寄る。
駆け寄るとそこに、薄く光る白い布地で出来た修験者の様な服を着た人達が居た。
その人達が居る場所は、少し開けた所で、その少し向こうに石で出来た祠があった。
どうやら何かと戦っているようだった。
動きが速過ぎて、目が慣れるまで時間がかかってしまう。
ようやく慣れた頃に、何と戦っていたのかが分かったのだ。
それは、物怪と呼ばれる類のものだと、知識が無いものでも分かるくらいに、姿はおぞましく、人の形をした獣だった。
聖司達は、本当にこの世にそんな化け物がいた事に驚き、そしてそれを退治する力を持った者が居た事にも驚きを隠せなかった。
その戦う者を見ていて、ある事に気付く。
子供が3人、夫婦と思われる者が2人に、老夫婦も2人、計7名の者が戦っていた。
仮面をしているので顔はわからないのだが、胸の辺りが熱くなり、鼓動が激しくなる。
その時既に、その者達が誰なのかなど聞かなくても理解する。
過去の自分達だと…。
そう思った時、護都詞が
「あれは私達なんだな…過去の私達…」
それに続いて弥夜も
「えぇ、そうですよ、何故か確信が持てます…」
そして夕香が
「私達の中にある魂に刻まれた記憶が、そう言ってますから…」
その夕香の言葉で、全員がこの胸に湧き立つものが、刻まれた記憶であり、同じ時の同じ場所にいることで、魂が共鳴しているんだと思えた。
それからは、過去の自分達をつぶさに観察する。
その為のトラベルでもあるのだが、ただ過去の自分から目が離せなかったのだ。
聖司達には無い力を過去の自分達が持ち、これほど凄い事を成している事に、ただ驚く事しか出来なかった。
権也だけは少し違い“過去の僕ってカッコイー!やるじゃん僕!”と、はしゃいでいるのだった。
少し冷静さが戻り、過去の自分達をよく観察していくと、それぞれに役割が有るのだと気が付いた。
子供達は、物怪を撹乱させる役目のようだ。
大きい男の子は、ナイフの様な物を手にし格闘している。
女の子は弓を引き、逃がさないように威嚇する。
小さい男の子は、太い糸の先に付けられた矢尻ののような物で束縛したりと物怪を翻弄している。
そして子供達は、同時進行で、強力な結界らしきものを創り、物怪の動きを止めるのだった。
大人の女性2人は、子供達が稼いだ時間を利用して、唄のように聞こえる声を発しながら舞い踊る。
その唄と舞は物怪を弱らせ、待機している男性の力を増幅しているようだ。
男性達は、刀を手にし、模様の描かれた布の上に鎮座し、瞑想している。
そして力が増幅して行くにつれ、体が光り輝くのだった。
その光が全身を覆うと、一気に持っていた刀で物怪を斬り、2人で呪文のような言葉を口にし、再度斬りつけるのだった。
その時、物怪が黒いモヤのような、煙のような状態になり、黒い色から金色に変化し消滅したのだった。
どうやら物怪退治は、完了したみたいだ。
完全に物怪の気配がない事を確認し、若い方の男性が
「今日も皆良くやった、ご苦労だった!」
と言いながら仮面を外す。
その顔は、紛れもなく聖司と瓜二つだった。
他の者も仮面を外し、素顔をみせる。
やはりそこにいるのは、龍乃瀬一家の者達と、瓜二つの者達だった。
セルジの時もそうだったが、転生しても姿形は同じなのだと、誰もが思ったのだ。
そして過去の聖司が皆んなに、労いの言葉をかける。
「今回の妖は、今までにない程強力なモノだったな…お前達3人にはキツかろう…?片付けは良いから、早く休むがいい。それと親父にお袋、今日が誕生日なのに、こんな日になってしまって誠済まない!戻ったら極上の酒を用意してあるから、早く帰ろう!」
と話していた。
その話を聞いた瞬間、信康と阿沙華を除く残りの者は、戦慄を覚える。
(父さんと母さんの誕生日?…まさか…そんな…)
そう、そのまさかなのである。
思わず“お前達逃げろ!”と言いかけたが、信康と阿沙華に止められてしまう。
そして次の瞬間、あの稲妻がそこに居る者全てを焼き尽くしてしまう。
本当に一瞬だった。
その一瞬で、黒く焼け焦げた屍が7体も作られたのだ。
目の前で起きた出来事が、既に終わっている過去の出来事なので、助けたくても助からない、助けられないのも分かっているのだが、それでも何か手は無かったのかと、聖司は思った。
何も出来ない事は分かっている。
それでも何かしてやりたかった、…せめてこの身を盾となって我が身を犠牲にしても良かったんじゃないのか?と…。
聖司は焼け焦げた者達を見ると、余りにも無惨で酷い光景に吐き気をもよおす。
聖司の中で様々な感情が渦巻き溢れ破裂しそうになっていく。
そして感情が破裂し、怒りという激情をつい、信康と阿沙華に
「馬鹿野郎!何故止めた!?もしかしたら助けられたかも知れないのに、お前達は頭がおかしくなったのか?何故俺を止めたんだ!!」
と罵声をあげ、更に
「お前達には、情はないのか!?よく平気でいられるな!?あぁそうだ…平気でいられるお前達は鬼だ!悪魔だ!!そんな奴など俺の子供じゃ無い!!」
言ってはいけない言葉を愛する我が子に向けて、言ってしまったのだ。
2人はその言葉を聞かされても無言で何も言えず、震えて泣く事しか出来なかった。
その泣く姿を見ても怒りは収まらず
「泣き顔見せても、心の中では死ねばいいと思っているんだろう!?そんな嘘泣きなんか通用しないからな!!」
そう言い切った時、頬に痛みが走る。
その痛みで我に帰る聖司。
その痛みは、妻の夕香に強く平手打ちをされたものだった。
夕香の目には涙が溢れ、とても真剣な顔をしていた。
そして更に聖司に対し、何発もの平手打ちをする。
それを見ていた信康と阿沙華が夕香を止めにはいり
「やめて母さん、僕たちの事はいいから、お願いだからやめて!」
「私達が悪いの…だからお父さんを叩くのはやめて…ね…」
と懇願するのだ。
聖司は自分がしてしまった事に、戸惑い酷く後悔する。
「俺はなんて事を…2人に…あんな酷い事を…」
酷く狼狽えながら2人の顔を見る事が出来ない聖司。
泣きながら夕香が
「そうよ貴方…謝っても許される事では無いわ!」
震えて泣きじゃくる2人を抱きしめながら、聖司を睨むように言い放つ。
確かにもう遅い。
してしまった事は、やり直す事も取り消す事も出来はしない。
2人に、心に深い傷を与えてしまった自分に、許しを乞う資格などない。
そう思いながらも、自分の犯した罪を真摯に謝罪する。
「2人に許されない事は、分かっている…だが、本当に済まない…心から謝罪する…本当に済まない事をした…」
と、2人の心が深く傷付きその痛みを想うと、自分への情けなさと愚かさに怒り、しゃがみ込むように泣きながら謝罪するのだった。
言ってはいけないとも分かっているのだが、今の聖司が言えるのは
「もしお前達の気が済むのなら、俺を殴りたいと思ったなら、お前達の気が済むなまで何発でも殴ってくれ!それで許されるとは思わ…」
パチィーン!
良い音を響かせ、平手打ちを喰らう聖司。
叩いたのは、また夕香だった。
無言で叩く夕香に、驚いた信康が
「か、母さん…?」
パチィーン!
阿沙華も
「えっ!?…お母さん?」
パチィーン!
2人が夕香を止めようとするが、聖司が
「いいんだ…夕香にも殴る…」
パチィーン!
「ゆ…夕香…?」
無言で続ける夕香の顔は無表情だった。
確かに殴る権利はあるが、話を遮ってまでの行動に、戸惑いを隠せない3人。
「ちょっ、ちょっとゆぅ…」
パチィーン!パチィーン!
「母さん!やめてよ!」
「そうよ!私達はもう平気だから!叩くのやめて!」
2人がやめさせようとするが、夕香は
「あらっ?そうなの?…だって聖司さんが自分から、気が晴れるまで何度でも殴れって言ってたから、聖司さんの気が晴れるまで殴らなきゃって、一生懸命叩いてたのよ?聖司さん、いつまでも気が晴れたと言わないから、まだ続けなきゃいけないのかなって、思ってたの…正直手が痛くなって、早くやめたかったわ…」
と、怒りに天然が合わさっての暴走だった。
しかも、2人に叩いていた経緯を説明している間も、良い音をリズム良く立てながら叩き続けていたのだ。
初めて知る、天然を怒らせたらどんな目に遭うのかを…
あの聖母のような、夕香の意外な一面を知り得たのは貴重だが、この一面は知りたくはなかったと、そこに居た者全てが思うのだった。
夕香に叩かれて、しっかり頬を赤く腫らす聖司。
頬は赤いが、顔色は青ざめなからしおらしく縮こまっていた。
魂になっても、顔は腫れるのだと知ったのも、ある意味貴重な体験だった。
この騒動後、しばらく経った時、焼け焦げた肉体から、光の粒が溢れてくる。
聖司は見た光景だったが、他のものにとって初めて見る現象に、驚き戸惑うのだ。
聖司が
「そのまま見てなさい、あんな感じで魂が作られて行くんだ…皆んなの時もこうやって、今の形になったんだよ」
と、柔らかな口調で少し威厳のある感じで言ってはみたが、腫れた顔で言うものだから、全く締まらない。
護都詞と弥夜は、家長の聖司を哀れにも思ったが、自業自得だとため息をつく。
そして光の粒は形を成して、この時代の聖司の魂が先に形を成し、上空へと昇る。
聖司達はそれを追うように、自分達も同じ高さまで昇るのだ。
同じ高さに到達した時、この時代の聖司がこっちを見ているのが分かった。
えっ?こっちを見ている?俺達に気付いてる?と、思った時、残りの家族の魂も形作られて昇ってくるのだった。
自分達の時とは、魂の形成時間は少し違ったのだが、それにはしっかりとした理由があった。
そしてこの時代の家族が揃うと、その家族全員がこっちを見るのだった。
聖司達は、やはり自分達の存在に気付かれていると感じた。
向こうの夕香が、指を口に当てて、黙っててというように微笑む。
この時代の聖司が、そっと上を指差す。
指す方を見上げてみると、先程まで感じられなかった使者の姿が浮かび上がっていた。
ゾッとする一同、使者の姿に感じられる、余りにもおぞましさと、強烈な殺意を放っていたからだ。
その殺意が強烈過ぎて、身動き出来ないでいる聖司達に、この時代の護都詞と弥夜が、自分の胸にトントンと手を当て、その手を今度は自分達の死体に向け指をさし、優しい顔をしながら1度頷く。
この時代の子供達は、使者に悟られぬように手を振るのだった。
大人達の仕草に、使者に気付かれぬよう、出来うる最大限のやり方で、何かを伝えようとしているのだと思えた。
そして手を振る子供達を見て、別れの時が近付いているのだと感じた。
そしてこの時代の自分達が、幾筋かの光の線になりながら、上へと消えて行くのだった。
全ての者達の魂が消え、皆切なさを感じていた。
その思いを掻き消すかの様に
「フハハハハハッ!やったぞ!…今回も楽しませて貰ったぞ!」
と、使者が喜びに満ちた高笑いをする。
その言葉に怒りに満ち、今直ぐ対峙したいのだが、使者が消え去るまで必死に堪えるのだった。
今対峙したとしても、容易に消されてしまう事など分かりきっていたのと、五千年前から続く自分達の魂やそれを見守ってきた光の主の事を想えば、愚行としか思えない行動など出来はしなかった。
使者に気付かれぬよう荒ぶる気持ちを何とか抑え、噛み締めた唇から、握りしめた手の平から血が流れていた。
早く立ち去れと思いながら、睨んでいたら
「今回は力を持つ奴らだったから、少々肝を冷やしたが、なんて事などなかったようだな…フフフッ…だか次の転生にあの力は必要無い!そうならない様にしなくてはな!…全く手間のかかる憎き者どもよ!」
使者の語る内容に、一瞬我慢の限界になりそうになるが、それ以上に、使者の恐ろしいまでの徹底した執念を感じて、なんとか冷静さを取り戻すのだった。
ただやはり、権也だけは感情のコントロールが難しく
「うん?…何だ?…この不快な気配は…」
思わず使者に気付かれそうになる。
慌てた信康が、使者に気付かれない程の弱い力を使い、権也を眠らせたのだ。
しばらく一帯を調べる使者。だが
「フンッ!気のせいだったか…まぁ今回の奴らに宿った力が強力だったからか、その残骸が未だ残ってるようだな…そうと分かれば、最早ここには要はない、先ずはあの力を削がなくてはな!」
そう言うなり、空間に作られた歪みに消えて行く。
それからしばらく、本当に去ったのか分かるまで、じっと待つ聖司達。
朝になっても使者の気配が感じられず、何とか一難去ったのだと安堵する。
そして信康が
「使者の脅威が無い今、ようやく僕達のするべき事を話せるよ…」
と、辛そうにしながら言うのだった。
それを見た弥夜が
「貴方は本当に良い子ね…自分の気持ちを押し殺して、私達に負担を掛けないよう、今まで黙ってたのでしょう?信康が話す内容は、お婆ちゃん何となく分かってるわ…分かっていながら、信康に何もしてあげられなくてごめんなさい…」
その言葉を聞く信康は
「えっ?お婆ちゃん…知ってたの…?」
その問いに、ふわっと笑いながら
「えぇ分かってたわ、信康が阿沙華に合図した時からね…」
それを聞いた阿沙華も
「お婆ちゃん、本当に?」
弥夜はコクっと頷き
「何年貴方達のお婆ちゃんやってると思ってるの?貴方達のだけじゃなく、家族の事なら誰よりも分かっているつもりよ…貴方達のお婆ちゃんなんだから、当たり前じゃない!」
その優しく力強い言葉に、信康と阿沙華が泣き出し
「お婆ちゃん…有難う…」
2人は弥夜に優しく抱きしめられた。
「こっちこそ、本当にごめんね…言い出せば、貴方達の想いを踏みにじると思ったから、言わないでいたけど、あんな辛い思いさせてしまって、とても後悔したわ…本当にごめんなさいね…」
弥夜も涙を流しながら、2人を強く抱きしめた。
「お婆ちゃん!」
泣きながら、弥夜を抱きしめ返す2人。
3人のやり取りを見ていた聖司達は、これから聞かされる話がどれほど過酷な内容なのか、不安を感じずにはいられなかった。
泣きやみ、心が落ち着いてきた信康が
「お婆ちゃんのおかげで、ちゃんと伝える覚悟が出来たよ…だから皆んなも、心乱さないで聞いて欲しいんだ!」
強い意志を持った目をした信康に言われ、強く頷く聖司達。
一呼吸いれ信康が説明を始めた。
「僕達は今からそこに在る、屍になった過去の自分達の体を使って、力の使い方や魂の強化をしなくちゃいけないんだ…」
それを聞いた夕香は
「そんな!いくら過去の私達だからといって、死者を冒涜する様な事、しなければいけないの!?」
「そうだ!このまま朽ち果てる前に、過去の自分達でも、しっかり埋葬してやるのが当たり前なんじゃないのか!?」
聖司も否定してくる。
更に夕香が
「私は嫌!本当に嫌!出来ない!出来ないわ!…そんな事までして玩具の様に扱うだなんて、そうしないとダメなの?そこまでして私は力を得ようとは思わないわ!あれほど辛い思いをしたのに、死んだからといって、更に辛い目に合わせるなんて、出来る訳はないわ!」
やはり危惧した通り、最初にパニックになったのは夕香だった。
聖司もこれ以上聞く耳を持たないと言わんばかりに
「俺も夕香に同意見だ!俺はやらないぞ!」
と、激しく拒否する。
絆が強い筈の家族なのに、ここにきてその絆が揺らぎ始めたのだろうか?
対立したまま、虚しい時が過ぎていく。
第19話 前と現 完
結局次に持ち越しになってしまいました。
長い文章だと読むのダレてしまうので、出来るだけ文字数減らしたいんですよね…。
でも、ついつい長くなってしまいます…。