行き先 その3
第14話 行き先 その3
聖司が光の壁から流れ込んでくる記憶に、何とか耐えている。
それは、光の主の力を得る為に、信康が光のローブを採取する為だった。
気の遠くなる様な長い時間に思われたのだが、聖司の前に体験している護都詞と権也の様子を思い出すと、ほんの僅かな時間しか経っていない事を思い出し、信康の作業時間を少しでも長く確保させようと、巡る記憶を何周もさせていた。
そのおかげで
「父さん!成功したよ!だからもう手を離しても良いから!父さん!」
声は聞こえるのだが、記憶の一部になり始めていた聖司だった。
だから手を離そうにも離せない。
それを理解した信康は、今得た力で聖司を引き剥がす。
引き剥がされた聖司は、ヒューヒューと、細い笛の音の様な息をしていた。
虫の息の聖司に、家族全員が涙を流しながら名を呼び続ける。
聖司は薄れゆく意識の中で、家族の姿を目に焼き付け、家族達の温かい心に触れ、なんて幸せ者なんだと思いながら、薄っすらと微笑みを浮かべて、深く深く眠りにつくのだった。
護都詞は何故自分がその役目をしなかったのかと、無理矢理にでも自分がするべきだったと悔やむ。
信康は、自分が発案した事を恥じていた。
信康の中では、もう少し安易なものだろうと、たかを括っていたからだった。
阿沙華も、信康と同じ気持ちで、もっと注意深くしておけば、こんな事にはならなかったのではと、そう思ってしまうのだった。
権也は、ただ泣いていた。
何故こんな事になったのか、理解したくても出来ないからだ。
弥夜は、立ち上がる事が出来ずに、ただこの現状を悲観して涙する。
自分に出来た事が、無かったのかと。
その中でただ1人、凛として笑顔で聖司を抱き、涙一粒も流さずにいる夕香。
その夕香が
「大丈夫ですよ、私達はここに居ます。ですから今はゆっくり休んで下さいね、聖司さん…」
そう言うなり、子供をあやす様に、歌を歌い出す。
その姿は、聖母そのものに思える程だった。
─────
暗い闇の中にただ1人、ポツンと漂う聖司がいる。
死しても尚、死が訪れるのだなと、そう思いながら。
残して来た家族の事が気にかかるのだが、今の自分では、何も出来そうにない。
因果を打ち消す為に、覚悟も決めたというのに、何も出来ないまま、早々と脱落した自分が恨めしい。
始まりとなったセルジ達への思いと、残して来た家族への思いが、これ程にまでキツくのし掛かるとは、思いもしなかった。
それならば、せめてもう少しでも、役に立ってから脱落したかったと悔やまれてしょうがない。
そう思っていた時、暗闇が加速度を上げて、眩い光の粒で満たされていく。
その光の粒は、今までの聖司の魂に刻まれた、聖司自身の光の粒だった。
光の粒が言う。
お前は未だ大丈夫だと、使命を全う出来るのだと。
今は休め、使命を全う出来るよう、力を蓄える為に、今は休めと。
そして聖司の体をグングン押し上げて言う。
お前の大切な者達が待っていると。
その者達の元へ戻れと、そこへ聖司を導くのだった。
導きのままに漂い進んでいくと、何処からか声がする。
そして、懐かしく優しい歌が聴こえる。
その優しい調べに身を委ね、今は休もう…。
─────
「父さん!お父さん!」
「おお聖司!」
「聖司…良かった…」
自分を呼ぶ声に、そっと目を開ける。
「良かったー!お父さん戻ってきた!」
「本当に良かった…お父さん…」
自分を呼ぶ声に、何処か嬉しそうに聞こえてくる。
俺はどうしてたんだ?
そんな事をボンヤリ思いながら
(そうか、…俺は記憶の力に飲まれそうになって、また死にかけたんだな…魂になっても"死"とは、…フフッ笑えるなぁ…)
何処となく、他人事の様にも思えるけれど、決してそう思ってはいけないと、家族の安堵した泣き顔を見て、強く思うのだ。
そんな聖司に
「お帰りなさい聖司さん、ゆっくり休めましたか?」
と、夕香が優しく微笑んで聞く。
「あぁただいま…ゆっくり休めたよ。何だかそういう気がするよ…」
「あらそうですか、本当にとても良かったですね貴方…」
本当に良かったと、心から思って作られた満面の笑顔に、何度目かの惚れ直しをする聖司。
「愛してるよ夕香…俺の全てだ…」
その言葉を聞いた夕香は、顔から火が出るかと思う程赤面し
「私もですわ、貴方…聖司さん。ずっと愛してます」
と、ポロポロ涙を流しながら答えるのだった。
その涙は、嬉しさからだけではなく、周りの皆んなが泣いている中でも気丈に振る舞って、涙一粒も流さずにいる夕香の張り詰めた糸が切れ、安堵した涙でもあった。
ポロポロ零れ落ちる涙に
「泣かないでおくれよ…愛しの君よ…」
「…はい聖司さん、もぅ大丈夫ですよ…」
そんなやり取りに残された家族は
「うわぁもう、詩人じゃん!」
と阿沙華。
「ちょっと生で親の愛の語らいって、結構キツいよね…」
思春期真っ只中の信康の反応。
「子供の前でお前達って奴は…」
「あら、素敵じゃないですか!私達もよくしてますよ?」
と、護都詞と弥夜。
「ねぇチューするの?チュー!」
思春期にはまだ程遠い権也の野次。
権也のチューするの?の野次により、やっと意識がしっかりしてきて、そこで初めて家族の目の前で、自分達がどんな事をしてたのかを理解する聖司。
朦朧としてたからとはいえ、とても恥ずかしいものを見せてしまった事に、やらかしたー!と、両手で顔を隠すのだった。
「忘れてくれ!皆んな!頼むから、お願いだから忘れて下さい!何卒何卒ー!!」
そう懇願する聖司だが
「忘れろって言われてもねぇ…ムリッ!ですよ、父上…」
「ですよね、お兄様。諦めになってお父様…」
2人揃って口調を変え弄り出す。
「過去は変えられないよ」
「そうですよ、聖司」
諦めろと両親が言う。
そして
「チューはまだなの?しないの〜チュー!」
トドメの権也の一言に
「クォゥラァー!いい加減にしろー!お前達ー!!」
ってな感じで、怒り心頭するのだが、半分以上は恥ずかしさの照れ隠しだった。
「ほらもぅ!権也のせいよ!」
「本当お前って奴は、懲りないよな…」
「え〜〜、僕だけ〜?本当は見たいんでしょ〜?チューするところ〜」
「このーっ、権也ー!」
「ほら!」
「ごめんなさーい!」
そう言いながら、バタバタと逃げて行く3人。
いつもなら、追いかけて懲らしめるのだが、今回は未だ動けない事もあり、怒鳴るだけに留めた聖司。
それでも、この明るい3人がいるおかげで、どれだけ辛くても、踏ん張れるのだ。
そして夕香の膝枕で休んでいる聖司に、顔を近付けて
「私は聖司さんの愛の言葉を聞いて、本当に幸せ者だと思いましたわ。また囁いて下さいね貴方♡」
それを聞いて更に赤面するが
「あぁ、そうするよ。でもあいつ達のいない時にさせてくれよ、またこうなりそうだから…」
「えぇそうしましょうね!」
「有難う、俺もとても幸せだよ…夕香…」
お互いの愛の絆を感じながら、時が過ぎて行くのだった。
一連の騒動があって、聖司だけではなく、護都詞や信康も、休息を必要としていた。
護都詞は、やはり歳のせいなのだろうか、聖司よりも先に受けた光の記憶のダメージが、未だ回復しきってない。
信康はというと、光のローブを手にする為に少々手間取り、その時に受けたダメージと、ローブを手にし、ローブの機能を調べる為にと行った行為が、かなりの精神エネルギーを消費したからだった。
聖司はというと、実はかなり前から完全回復していたのだが、嘘をついてまで夕香の膝枕を心行くまで、堪能したいという下心だったのだ。
その下心を阿沙華は見抜いていたのだが、2人が幸せそうなら良いかと、今回は許そうとも思いながら、白い目で聖司を直視していた。
阿沙華の無言で圧力を掛けるその目に、耐えきれず冷や汗が止まらない聖司は
「有難う夕香、おかげでかなり楽になったよ!」
「あらそう?何だか汗が凄いですけど、本当に大丈夫ですの?まだ横になってらっしゃっても良いのですよ?」
「いや本当もう大丈夫だよ!汗はきっと、ここがちょっと暑く感じるからかな?…ハハッ…」
そのやり取りに“フッ!”と、鼻を鳴らす阿沙華だった。
居た堪れなくなった聖司は、信康に話をふる。
「なぁ信康、ところでそのローブは、ちゃんと機能しているのかい?」
そう聞かれて
「うん何とか使えそう…ただあの光の主程のローブじゃないから、余り強い力とか使えなさそうだし、使用限度もありそうなんだよね…」
「ほ〜ぅそうなのか…それじゃここぞって時以外は、使わない方がいいようだな…」
「そうだね、何せローブというより、薄手のジャケットって感じだからね…」
「それはまぁ仕方ないか…今は翻訳出来ればいいだけだから、それで充分だと思う事にしよう」
聖司はこれでやっと、本当の意味で、スタートラインに立てるのだと思った。
大体の準備が整った事で、またもやぶっつけ本番なのだが、光の記憶の翻訳に取り掛かろうとしていた。
その時
「ちょっと待ってくれないか?」
と、護都詞がストップをかける。
「どうしたの?お爺ちゃん…」
不思議そうに、信康が聞くと
「そのローブの使い方さえ分かれば、誰でも使えるんだよな?」
「そうだけど…それがどうしたの?」
「いや何、ちょっと思ったのだが、誰でも出来るなら、私がやろうかとな…」
またもや自らやるのだと、言うのだ。
その思いには、今回は下心は無く、阿沙華も突然どうしたのかと、不思議がっていた。
「貴方、また突然そんな事言って、今度は如何されたんですか?」
少し険しい顔をして、護都詞に問いただす弥夜。
だが護都詞は平然として
「あの記憶の体験をしたのは、私と聖司に、権也だけだろう?翻訳機能を付けるのなら、体験した者がやる方が失敗する確率も減るだろう?」
と答える。
「ならば体験した者から選出するのがベストじゃないか。もちろん権也にはさせるつもりは無い。残るは私と聖司だけだが、聖司には、信康と一緒に得た情報を最善のものなのかチェックして確かめて欲しいんだ。だから私がその役目をするのが1番良いと思ってな…」
そこまで考えての事なので、護都詞の申し出を断る理由はなかった。
そう決まってから、早速信康にレクチャーを受けて、準備万端になった護都詞が
「それじゃ頑張ってくるよ」
と、良い笑顔で光の壁に手を当てる。
また一気に流れ込む記憶に怯む事なく、信康に教わった通りに術を施す。
だが思いの外、案外すんなりと完了してしまう。
あれだけ意気込んだのに、余りにも呆気なさ過ぎて、えっ?これだけ?と、光の壁に向かって呆けるのだった。
ただその姿のまま動かないので、護都詞にまた何かあったのかと、全員が駆け寄って
「大丈夫お爺ちゃん!?」
「父さん、平気か!?」
「貴方、やはり無理をするから!大丈夫なの!?」
と、心配されてしまうのだった。
(あっこの状況、なんとも無かったって分かったら、メチャクチャ搾られるパターンだな…何とか上手く取り繕わなければ…)
身の危険を回避する為に、少しフラついてみてから
「あぁ大丈夫!2回目ともなれば、まだ余裕があるよ。ただちょっと意識が飛んだだけだから…心配してくれて有難うな、皆んな!」
ここでタラシスマイルを発動させ、何とか上手く乗り切った護都詞は、心の中でガッツポーズをする。
後は、鋭い阿沙華に見破られません様にと、願うのだった。
呆気なく終わった護都詞のおかげ(?)で、聖司と信康がヒントとなる光の記憶に着手する。
光のローブのおかげで、聖司が知りたい部分だけをコピーして、信康がそれを一通りチェックする。
そして信康の思った通り、自分達の時代に、これからするべき内容が残されていた。
これでいよいよ本格的に、自分達のやるべき事を知り、実行に移せると、皆んながそう思い喜ぶのだった。
だか安心していてはいけない。
油断も禁物なのだ。
やっとスタートラインに立てると思っている者にとって、また厄災が近付けてくる…。
あれはしつこいのだ…異常な程に…。
…コ───ン…コ───ン…
第14話 行き先 その3 完
実はまだ序章のつもりで書いてます。
そろそろこの僕的序章も完了出来そうです。