語られるもの、語る者 その6
第10話 語られる者、語る者 その6
とても長く感じられた1日も、月が高い位置に昇った頃には、夜独特の静かさが漂う。
昼過ぎに起きた事など、無かったかの様に…。
ある都市の居城の謁見の間に、各地の王族達と、居城に住まう王族が集っていた。
誰もが、今迄体験した事のない出来事に、未だ困惑し、疲弊していた。
それもそうだろ…、今居るこの場所で、つい先程迄続いていた惨劇に、誰もが戦慄と恐怖を覚えたのだから…。
各都市の王族達は、自分がいつの間にか傀儡として操られていた事と、操られていたからだとしても、この都市の王族に牙を向けていた事に、自分達の不甲斐無さと王への背徳を感じ、そしてもし、この都市の王に逆らえばどうなるのかを心に刻まれ、恥と恐怖で何も言えないままでいる。
それもその筈、たった1人で都市を消滅させたのだから、この王に太刀打ち出来る者など、今は誰1人としていないのだから。
それでもこの王には、畏敬の念を感じずにはいられない。
何故なら、自分や家族の事よりも先に、各都市の王族達の身を心配し、アフターケアに奔走しているのだ。
更に各都市に、兵や医療に長けた者を派遣し、全ての都市の安全を確認させ、迅速な対応を施す手腕に、王である者、こうでなくてはならないと、どの王族もそう思うのだ。
この都市の王セルジは、各都市の王族達を一通りチェックしては、誰もが傀儡の状態から完全に解放されているのを確かめ、仕方の無い事だといえ、戦闘による傷の手当てもしていく。
昼間の戦闘でセルジが使った力は、莫大なエネルギーを消費し疲弊しきっているのにと、誰もが思うのだが、顔色一つ変えず何食わぬ顔で、惜しみなく王族達のケアに力を注ぐ姿に、王族達の中から1人また1人と、跪き祈りを捧げる様に両手を合わせ
「貴方は神に等しいお方だ、どうか我らの主君となって頂けないだろうか?そして我らを導き指導して頂きたい…」
と、願い出る者が出てくる。
そんな申し出に、セルジは
「何を申される!…そんな事など、皆様方を差し置いて、とてもじゃないが我には出来ぬよ!自分の都市を護るだけで精一杯な者が、そんな大それた役目なぞ出来様筈もないですぞ!…それにそれ程の器ではありませぬので…」
と断るのだが、その言葉を聞いて、ここに集った王族全てが跪き
「いや、貴方しかおりませぬ。全ての都市を1つにまとめ上げ、導ける方は!」
「そうです!貴方の他に、一体誰が出来ようと仰るのですか?」
「今日ここに集まる王族全てが皆、貴方様に敬服しているのです。あれだけの事がありながら、自分の事など顧みず、ここに居る王族だけでは無く、全ての都市の民の事も気にかけ、迅速な行動力で被害を最小限に出来たのも、全て貴方の器量なのです。そこ迄の事を貴方はなさった。恥ずかしながら私を含め、他の王族もそこ迄出来る者はおりません…」
「左様ですよ、謙遜なされては、此方が堪りませぬな!」
などと、各王族達が褒め称えるのだった。
褒められるのは嬉しい事なのだが、正直気が重い申し出に、困り果てるセルジなのだ。
断るにしても、それをさせない雰囲気が漂い、しょうがないので
「その申し出は、また次の機会に語りましょう…。皆様方も今日はお疲れでしょう…、取り敢えずゆっくり体を休まれては如何かな?」
と、上手くはぐらかすのだ。
はぐらかされたと思いはするが、1番疲れているのはセルジ本人だと理解しているので、その本人にまた気を使わせてはならないと、了承を得られないのは残念ではあるが、素直に聞き入れる事にする王族達。
用意された来客用の部屋に、各王族が案内され謁見の間を後にする。
ようやくセルジの家族のみとなった時、張り詰めていた気が抜けて、どっと倒れ込む様に玉座に座り込む。
「大変でしたね…お疲れ様です貴方…」
そう労う王妃。
「あぁ本当に疲れたよ…、皆も本当に有難う…疲れただろう?済まない事をした…今日は助けられた感謝する…」
本当に、自分の事など差し置いて、他人の事ばかり気に掛けるセルジの姿に
「父上、貴方は素晴らしい!僕の誇りです!貴方の息子に生まれてきて、本当に良かったと思います。でも少しは自分の事も、労って下さい!」
長兄がそう言うと
「そうよお父様!もっと自分を大切にして!」
長女もそう続く。
「僕からもお願いするから、無理しないで…」
と末弟が懇願する。
「だそうだ、どうするセルジ?」
先王の父が聞くと続けて先王妃が
「子供の願いは叶えるものですよ、それが親の勤めなのですからね」
と、優しく語るのだった。
あぁなんて素晴らしく、かけがえのない家族なんだと、胸を熱くするセルジなのだ。
家族からの言葉だけで、こんなにも癒されるなんて、自分はなんて幸せ者なのだろうと、思うのだ。
「有難う皆んな、皆んなの言う通りに我も休もうとしよう…では悪いが先に休ませて貰う。後の事は宜しく頼んだぞ…」
そう言い残して、自分の寝室に向かう。
風の布に包まれた水の寝具は、優しく体を包み、疲れた体を癒してくれる。
いつもなら、この心地よい寝具に横になれば、瞬く間に眠りに落ちるのに、今日はなかなか眠れないでいた。
怒涛の1日だった事もそうなのだが、寝付けない1番の理由は、あの使者の言葉だった。
あの言葉が頭から離れなく、胸に深く突き刺さったままなのだ。
生まれてから今日まで、他人を敬う事はあっても、人を殺した事など1度も無い。
やむを得ずに、人を傷付けた事はあるものの、人を殺すなど、ラバンからの攻撃を受けていた時でさえない筈なのに、あの者は何故、我の事を殺人者と言ったのだろうか?
あの者が言った戯れで虐殺するなんて、自分の信念に反する行いだ。
だから間違いなく、我はあの者の家族を殺害してはいない。
なのに何故、あの者は我の事を人殺しと言い切ったのだろう…
それとも本当に、無自覚で殺めてしまったのだろうか?
それが本当なら、あの者の言葉が正しい事になる。
だがやはり、自分の記憶には無い。
今一度、幼かった頃からの記憶を辿ってみたのだが、無いものは無いという結論に至る。
もしかして、我を陥れる方便だったのかも知れない。
─────
分からない…幾ら考えても同じ考えが、ぐるぐると巡るだけだった。
今となっては、真相を知る術が無い。
知ろうにも、あの者を我が手で消滅させたのだから…
眠れぬまま、とうとう朝が訪れた。
今はその事を置いておこう。
大事なのは、今するべき事を今成さなければ…
それが片付いてから、真相を解き明かす手立てを考えれば良い…
たとえどれだけの時間を費やしてでも、必ず真相を見つけ出し、あの者の供らいをしよう…
そうセルジは、心に誓うのだ。
───それから数日が経った。
誓いをたてた後、眠れないせいもあり、未だ疲れが取れてないセルジに、どっと押し寄せ詰め寄る王族達。
その全員が、セルジに我らの主君となって欲しいと懇願する。
それをアレやコレやの理由を付けて、断りつづけるセルジだったが、王族達も知恵を絞り、“我が主人セルジ様”と話をする度に、ひたすら言い続けられてしまい、結局根負けして、全ての都市を統べる王となった。
都市を統合するに至って、決めなければいけない事の1つ、統合後の都市名を決めなければいけないのだ。
だが散らばって存在している各都市全てが、同じ名前になると、何処の地域の者などの説明や証明する手間が掛かる為、都市名をそのまま地域名に、そして統一された都市を改め、国にする事と決定する。
あのラバンも、幾つもの都市を統合し国となった経緯があり、それを真似ての事なのだ。
そして国家名は“タツゼラ”と決定された。
その新国家誕生により、今迄以上に忙しくなり、セルジは休む暇もなく奔走しているのだった。
そんな慌しく忙しい日々を過ごし、月日は移り過ぎて行く。
気が付けば、あの事件から2年が過ぎた。
その間に、あの者の言っていた事の真相を探る手立てを考え調べてはみるのだが、これといった成果が無く、どうすればと思い悩む日々が続いていた。
未だ幾つか調べる術はあるのだが、それをするにはハイリスクな手段であり、最後の手段として残していたものだ。
1つは、あの者の一家が殺害された日に、魂だけを飛ばして、過去の出来事を見に行くというもの。
もう1つは、大地に残された記憶をすくい上げ、その記憶の中から知りたい情報を探し当てるというもの。
どちらもハイリスクな手段なのは何故かというと、その手段は、使えば死ぬ確率が高い事や、過去からの歴史が変わってしまう恐れがあるからだった。
魂だけを過去に飛ばす手段は、小規模な都市一つ分のエネルギーを消費する割に、魂が過去に囚われて戻れなくなる恐れがあるのだ。
囚われてしまうと、魂は戻る事が出来ないまま消滅してしまうのだ。
もう1つは、これも莫大なエネルギーを使用する割に、大地の記憶を奪う行為になるので、自分の記憶の一部を大地の記憶に補填する為に、捧げなくてはいけない。
これをするにあたって、自分の記憶を抜き取られる時、大地がランダムに記憶を抜き取るので、運が悪ければ、過去の自分の記憶がなくなり、それに携わった者達の記憶も一緒に消されて、それ以降の自分に関する出来事が消え去ってしまうのだ。
例えば、自分が生まれた日の記憶が抜き取られれば、生まれた事自体無いものとされ、今の自分も消滅し、違う歴史が作られてしまうのだ。
どちらにせよ、リスクだけが高い手段であり、セルジも最後の手段として残していたのだ。
だがもう残された手段は、その2つくらいしか無く、他に手立てが思い付かないのも確かなのだ。
大いに悩んだセルジは覚悟を決め、その1つを試す事にした。
選んだのは、大地の記憶を読み取る手段。
魂を過去に飛ばす手段は、囚われてしまえばそこで終わりだが、大地の手段は、数ある記憶の中から、運が良ければ助かる見込みがあるからだ。
この2年間で、あの者の調査は終えていた。
住んでいた場所や生い立ち等、色々調べてみたものの、分かるものは余り多くは無かった。
だからこそ、残った手段を使わざる得なくなったのだ。
「身に覚えのない事だとは言え、あの者があれだけ我の事を憎んでいたのだ…これであの者の魂が、少しでも安らぐのなら、やる価値は有ろう…」
そう呟いて、ラバンの地へと向かう。
高速飛行で早々に到着し、ラバンの地に降り立ち、あの者が住んでいたであろうと、目星を付けていた地へ歩き出す。
自分がした事とは言え、セルジの都市に引けを取らないラバンの都市の成れの果てを見て、その光景を胸に刻むのだった。
物思いにふけながら、いつしか目的の地に着く。
「ここだな…では始めるとしようか…」
セルジは、自分を中心に、半径5m程の光の円を描き、両手を真横に伸ばし瞑想する。
膨大なエネルギーを自身に蓄える為に。
光の円に吸い寄せられる自然のエネルギーが、セルジの体内に、掌から入って来る。
そうやって、膨大なエネルギーを収集するのだが、余りにも膨大過ぎて、セルジの体に負荷が掛かり血を吐き、目から血の涙が流れ落ちる。
既に限界を超えているのだが、それでも未だ足りない。
何とか耐え、必要なエネルギーが蓄えられた。
心身共にギリギリの状態で、大地に手をつけ
「この地に刻まれた記憶よ、我にその記憶を与え賜え。その対価に我の記憶を差し出そう」
そう言った瞬間に、光の円の中の大地から、眩い光の柱が聳え立つ。
するとセルジの頭の中に、大地の記憶が流れ込んでくる。
幾千もの時の記憶、膨大な量の記憶がセルジの中に駆け巡るのだが、知りたいあの者の記憶が見つからない…。
ここまでして失敗したのかと、怒りを感じられずにはいられない。
リスクを負う覚悟をし、身の負担も顧みずにした事が無駄に終わるなんて、とても納得する事など出来る訳などないと、セルジは落胆と怒りに満ち溢れていた。
その時大地に向け、セルジの中から、セルジの形をした影のようなものが、吸い込まれて行く。
それは大地に、セルジの記憶の一部が補填された瞬間だった。
しばしの間呆けていたセルジは、自分の記憶が抜き取られた事は理解するのだが、どの記憶が抜き取られたのかが分からないのだが、今の所別段変化が無いので、記憶の修正を確かめる為にも一度居城に戻る事にした。
(我はあの後、何をしていた…)
そう考えながら、大地の記憶を読み取る手段は失敗に終わった事で、最後の手段に着手しなければならないのだなと、少し気が重くなるのだった。
だがそれをするには、今のこの状態の体では無理だ。
先ずは体を癒し、万全の状態に戻す事に専念する事にしようと思うセルジ。
分かってはいたが、居城に戻ったセルジの姿に驚き、なんて無茶な事をしたのだと、家族一同に責められ、万全の状態になるまで大人しくする様、キツく言い渡される。
言われなくても分かっているよと思うのだが、素直にそれを受け入れて、その指示に従うセルジだった。
それから更に2年近くが経とうとしていた。
2年近く経っても未だ万全の状態には程遠く、日々の務めをこなすのに精一杯だった。
平和で穏やかな日々が続いて、誰もがあの惨劇の日の事など、忘れてはいないが記憶から薄らいでいた。
だが今また、あれ以上の悲劇が起きようとしていた。
突然の出来事だった。
巨大な稲妻が各都市に降り注ぎ、次々と都市を消滅させていく。
驚き、何が起きたのかと理解しようとするが、余りにも突然過ぎた事や、降り注ぐ巨大稲妻の途切れる事のない数の多さに、対応が遅れてしまうセルジや各都市の王族達。
抗う事さえ出来ないまま消されて行く都市もあれば、どうにか耐え凌ぐ都市が、セルジに応援要請してくるのだが、万全ではない今のセルジには、自分の都市を護るので精一杯なのだった。
それでも出来るだけ要請に応じるのだが、それも虚しく、1つまた1つと滅ぼされていく。
そして残されたのはセルジの都市のみとなった。
セルジ達もかなり疲弊し、最早これまでかと思い始めたその時、黒く澱んだ巨大な影が空中に浮かび上がる。
その影の中に人の姿があった。
セルジ達は目を疑うのだった。
何故なら、その影の人物があの使者だったからだ。
「!?──ばっ馬鹿な!…お主は確かに…消滅した筈…それが何故?!」
驚きの余り、そう叫ぶセルジに
「フフフッ私を誰だと思っている?…私を甘く見るなよ、この殺戮者め!」
その声を聞くだけで、弱い者は死んでしまう程の力が込められていた。
セルジ達はこれまでの猛攻撃に力尽き、その力に成す術を見出せそうにないのだった。
思いもしない者からの容赦の無い攻めは、まだ続くのだった。
第10話 語られる者、語る者 その6 完
一応サブタイトル語られる編は、これで完了ですが、次の話も語られる編の続きなので、サブタイトルは変わりますが、基本語られる編だと思っていて下さい。