新説! 劉邦伝-7-
「いかがにございますか?」
書名を”劉邦伝”として、司馬は改めて三人に粗筋を述べた。
夏侯嬰は今回の書にほとんど登場しないため職務に戻っている。
「結構でございます」
「結構かと思います」
張良、蕭何はその出来に満足して何度も頷いた。
一方で劉邦は不満げである。
「儂だけひどくなっておらんか?」
「敢えて、でございますよ」
脚色では張良を神機妙算の策略家としての面が強調され、蕭何については手抜かりなく内政を掌る堅実な臣として描かれていた。
反対に劉邦は素行が悪く道楽的で、良いも悪いも部下の進言を素直に受け入れる半端者という人物像ができあがっている。
「この大酒呑みのろくでなしの穀潰しの遊冶郎の放蕩者が如何にして項羽を破ったのか? そこにはのちに漢王となる劉邦の不思議な魅力と人望、そして彼を支える傑人たちの活躍があった! ”劉邦伝 上の巻”、ここに堂々の上梓!」
司馬は両手を広げて演説よろしく語ったあと、
「……漢王朝公認」
最後にぼそりと付け足した。
「うむむ……!」
劉邦は言葉に詰まった。
彼が読んでもたしかに面白かったのだ。
司馬が言うように物語には起伏と緩急があって、魔術がかかったみたいに次へ次へと読み進めたくなる。
なるほど、これなら巷間で流行しそうだ、と劉邦は唸った。
――自分が驚くほどだらしなく描かれている点を除けば。
「漢王様は慈悲の心を持って民を慰撫する政治を施されております。そのことはたとえ漢王様のお顔やお名前も知らなくとも民は分かっております。ならば必要なのは親しみやすさです」
「………………」
「これを読んだ民は漢王様に親しみを覚えましょう。彼らは徳を讃え、その偉業はたとえ書が残らず燃え尽きてしまっても口碑として永遠に語り継がれましょう」
「そういうものなのか……?」
「そういうものなのです」
司馬の眼差しはただ真っ直ぐに。
若年特有の澄んだ瞳に他意は一切なかった。
「――よし」
今さら何を言っても変わるまい、となかば開きなおった劉邦は書の頒布を認めた。
どうせ作るからには、と大々的に国中に布告し、”劉邦伝”は大いに市井の注目を集めた。
司馬の筆力はたしかなものであり、書の評判は瞬く間に漢中に広まることとなる。
読み書きの苦手な者のために音読を生業とする職が生まれ、漢中の子どもたちに紙芝居を披露する者も現れた。
またその軽妙洒脱な文章は演劇にも向いていたため、芝居小屋を建てて楚漢の戦いを上演する一団も急増した。
こうして劉邦の存在は人口に膾炙することとなった。
王でありながら黎元と変わらぬ俗っぽさをも併せ持っていることが受け、その人気は鰻上りである。
同時にその善政についても巷間に知れ渡ることとなり、殷の紂王や夏の桀王と比較して稀代の仁君として民の心は劉邦に靡いた。
口碑……言い伝え、伝説
軽妙洒脱……軽やかでしゃれていること、俗っぽくなく洗練されて巧みなこと
黎元……庶民