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朽ちる世界の明日から  作者: 大山 たろう
一章 首都
3/6

線路

「ねぇ、どこを目指すか、決めた? ただ、だらだら進むってわけでもないんでしょう?」


 夕日の光が瓦礫と瓦礫の間をすり抜け、世界を、灰に染まった都市を明るく、赤く照らす。

 埃っぽい風は止み、世界が鮮明に映る。


 空は西が赤く染まり、上に行くにつれて鮮やかな水色へと変わり、東の空が藍に染まっていた。

 これ以上の空は見たことがない、と大げさに言うほど珍しい何かがあったわけではないが、これまでモノクロだった二年間の学校生活から解放されて、初めての空だった。世界に色が付いた。灰色が占領した世界での美しい自然の色だった。


「そうだな、首都でも目指すか?」


 そう、声を出した。消えゆく西日を目をすぼめながら見つめる。


「生存者を探すの?」


「いんや、朽ちた観光地を二人じめ、って楽しそうじゃあないか?」


 俺は笑う。ただただ明日に夢見て笑う。


「そうね。それじゃあ、行きましょうか」


 彼女は歩き始める。西に向かって。


 消えかかった太陽と、彼女の背が重なる。

 長い髪が影を作り、短い制服のスカートが風になびく。


 そのあとをついていき、そして横に立つ。


 そのまま、ゆっくりと、ゆっくりと、首都を目指す。



 日が完全にその姿を地平線へと隠した時、空に広がるのは無数の星空だった。


 遠くでかろうじて点滅しているたった一つの照明が完全にその役目を終えたとき、完全に都市は暗闇に覆われた。


 空に浮かんでいたのは、照明が消えてやっと本当の姿を見せたと言わんばかりにその光を優しく振りまく月だった。


 世界を優しい白い光が包みこんだ。


 灰色の海は陰りを見せ、表面は月の光を浴びて白く、儚く光る。


 月明かりが照らすのはもう終焉を迎えた後の都市。

 文化も流行も、知識も経験も何もかもが消え去った都市。


 空を見る。

 無数の星が、かすかに光る。

 近くに高い建物がないからだろう。どんどんとその暗い、しかし美しい夜空に吸い込まれていくようだった。


「ねぇ」


 隣から声が聞こえた。誰かを問う必要は、もうなくなってしまった。


「もし、私たちも、消えてしまったみんなみたいに、世界から切り取られるみたいにしてなくなったら、後悔するかな」


 その声はか細く、ただ、あるかもわからない明日に対する恐怖だけを抱いていた。


「さぁ。けど、来るよ」


「来るって?」


「明日は、きっと来るさ」


「ふふっ、そうだね」


 何かの確証があるわけではない。結局こうなっているのがなぜかなんて、皆目見当がつかない。

 けれど、明日が来ない世界だなんて、きっとない。


 太陽はいまだどこかの村を、街を、都市を、国を照らし続けているだろう。

 月が俺たちを照らしてくれているように。


 ならば、明日が来る直前に消える、だなんてシステム的な消滅が起きるほど、この世界は綺麗に整ってなんかいない。


 だから。だから、それを信じ続ける。きっとまた太陽は昇ってくると。きっとうざったいぐらいに熱を伝えてくる、あの太陽が。


「もう、寝よっか」


「そうだね」


 張っていたテントに入り、こうして朽ち果てた世界となってから、初めての夜を超えるのだった。






「はぁ」


 大きなあくびが漏れる。


「おはよ」


 どうやら彼女はすでに起きていたようだ。テントの外から起きたことを察したようで、声をかけてくれた。

 テントから出る。どうやら寝袋とはいえ、ごつごつした地面の上だと眠りが浅くなったようだ。

 まだ太陽は出ていない。けれど、どんどんと東の空が明るくなるのを確認できた。


 藍色の蚊帳が取り除かれるようにして、夜は西へ西へと引いていき、東から澄んだ水色が入れ替わりに広がっていく。


「ほら、言ったろ?」


「うん、ほんとだ」


 太陽が、大きな太陽が。か細い月の明かりと違って、どんと、しっかりとその存在を光と熱で伝えてくる。

 地平線から生えてくるようにして出てきた太陽を見て、その大きな太陽を見て、その偉大な光と熱を受けて、二人は生きている、と実感できた。やっと、生きていると体と心が感じ取った。


「よし、行くか」


「うん、そうしよう」


 張っていたテントを片付けて、リュックサックに荷物を詰める。


 そして二人は太陽を背に歩き出した。

 まず目指すのは、ここから歩いたら一週間ぐらいの首都だ。




 少し歩くと、都市、というよりは街、というほうが表現が正しい場所へと突入した。


 先ほどまでの大きく高い石と鉄の建物は姿を消し、大きくても三階建ての、小型の住居が立ち並ぶ地帯。遠くに先ほどの都市と引けを取らないほどの大きなマンションが見える。


「やっと住宅街ね」


「だね、駅付近は特にビルが多かったから、倒れてるのが多くて大変だったけど、こっちは大丈夫そうだ」


 先ほどとは違い、風化して崩れているところももちろんあるのだが、せいぜいブロック塀程度。家は形を保っているものが置かった。


 奥のマンションが、どうして倒れていないのか不思議なレベルである。


 ゆっくりと、ゆっくりと、足を進める。


 いつもよりも静かな住宅街。たまに通る車や、子供の遊び声が聞こえてきそうなものだが、一切聞こえない。


「こうしてさっきと違って形を保っている物が多いと、生存者とかいるんじゃないかと思っちゃうね」


「そうだね、けど、こっちのほうが地下とかないから少ないんだろうな」


 二人がいた地下。それがあの終焉の鍵だと思っているのだが、どうにもわからない。

 それに、正直なところ、食料の奪い合いはしたくないからできればでてきてほしくはない。

 薄情とは思うが、生き残るためだと割り切ってしまいたい。


 携帯を見る。時刻は午前九時三十二分。通知は無し、バッテリーはまだ八十九パーセント残っている。

 そして昨日確認していなかったこと。


 やはり、携帯は圏外となっていた。

 ラジオが聞こえなかった時点で、大体察していたと言えば察していた。

 ちなみにラジオは携帯の充電器も兼ね、発電までできるというものがあったのでありがたく拝借している。


 もう一度携帯を見る。

 通知は、やはりなかった。

 もう、会うことは叶わない、そう分かっていても、彼の声を、彼の通知をひたすらに求めてしまう自分がいる。

 きっとそうすぐに割り切れる物ではないだろう。家族だって、連絡が取れないのがもどかしいぐらいには、求めてしまっている。

 もう無理だと理性が訴えても、心がそれを拒む。


 きっと、この葛藤が、心をすり減らしていくんだろう。夜、考えないようにしていたけど、否が応でも考えさせられる家族の、友の安否。


「なぁ」


「どうしたの?」


 彼女は無表情で、しかしいちごんいっく聞き逃すまいといった姿勢で聞いてくれる。


「友達、家族。会いたいと思うか?」


 そう、言い放った。


「いいや、思わない」


 やはり反対の答えを言い残して。


「どうして?」


「だって、分かるでしょう。今は、もしかしたら生きている、って思えるけど、確かめに行ったら、もう終わってしまう。もう、この世界にはいないって、結論付けてしまう。けれど、確認しなければ、その事象は確定しない。シュレディンガーの猫、みたいね」


 そう、語った。

 どこか遠くを見ながら、彼女は。


「そうか」


「そうよ。アニメの最終回を見たら、その物語が終わってしまう、そうやって寂しさを感じるのと同じようなものよ」


「なるほど」


 その現象には確かに心当たりはあった。書き手があっての物語。いつか終わりが来るのはわかっている。

 けれど、その終末が決して納得のいくものかと言われたら、そうではないだろう。


 書き手あっての物語、か。それなら......


 書き手が消えてしまったこの朽ちゆく世界には、納得のいかない最後の物語があふれかえっているのか。


 朽ちるというのは、失うというのは、終わるというのは。

 それらはいつも悲しさを、寂しさを、喪失感をを残してどこかへと消えていく。


 この関係にも、いつか終わりは来るのだろう。


 考えを中断して、ただ、歩く。



 歩く、ただ歩く。

 足元に転がるコンクリート塀と、空でその存在をこれでもかと主張している太陽。そして建物から影が長く伸びていた。


「ねぇ、あとどれくらいかな」


「まだまだだろうよ」


 二人は、まだまだ歩く。




「あ、駅だ」


「そうだな、駅だ」


 そこにあったのは地上を走る駅。

 しかしそこには人の姿も電車の姿もなかった。

 塗装の剥げた柱が、妙にそこを歴史ある駅のように見せていた。

 改札をまたいで越えて、その奥へと向かう。

 駄菓子屋の前においてありそうな長椅子が、どこか寂しそうに、そこに鎮座していた。

 人っ子一人いない、寂れたホームだった。


「ねぇ、線路の上、歩いてもいい?」


「あぁ、そうだな、それも楽しそうだ」


 二人は駅のホームから飛び降りて、線路の上に立つ。


 普段はこの時点でアラームなりなんなりが俺たちを止めようとするのだろうが、もう電気が通ってないのだろう。止める物は何もなかった。


「それじゃ、いこっか」


「そうだな」


 少し高揚している様子の彼女。俺も彼女を追うようにして、線路の上を歩くのだった。


 ただ、まっすぐに伸びた線路。この奥はどこへとつながっているのだろうか。

 そんな思いが掻き立てられる。


 側面がさびた線路のレールに、焦げ茶色に染まった枕木。下に敷いてある石は、なんで敷いてあるのだろうか。

 倒れた電柱の根元や、線路の端っこのほうには、長い雑草があちらこちらに生えていた。あの雑草の名前は何なのだろうか。どんな花を咲かせるのだろうか。


 もう知ることのできない、人という種族の築いた英知。その知識がこうも容易く消えてしまったことに、悲しみを覚える。


 この長い、なぜか気分を掻き立てられるこの線路を。最初の一枚にしよう。


「何をしたの?」


「写真。最近、携帯のカメラって、すごく綺麗に風景を切り取るだろ? 思い出を見返すのだって、楽しいと思って」


「そう。それなら私も」


 そう言い、彼女も写真を一枚、撮っていた。


「ちょっと見せてよ」


「そっちもね」


 互いの写真を見る。


 俺の撮った写真は、線路を下に、空を上に、雑草を左右の端に映り込むようにして取った一枚だった。


 彼女はそれとは対照的というか、線路をただ、ただ線路だけを撮っていた。


「やっぱり」


「合わないな」


 やはり、二人の意見はどこまでも入れ違うのだろう。すれ違って、裏を返しあって、いろんなことを考えても、そのうえで入れ違う。


 けれど。

 同じ意見なんて、面白くないじゃない。


 違う意見があるからこそ、また世界が美しく見える。

 そう、再認識した一枚だった。

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