自動書記
俺は霊能力者だ。嘘ではない。本当のことだ。自動書記という素晴らしい霊能力を使えるのだ。自動書記とは、霊を自分自身に憑依させて、憑依させた霊に筆記をさせることだ。
「本当ですか」
目の前に立つ女性が喜色に満ちた声でそう言った。どうやら、彼女の望みを叶えてくれそうなことが書かれているようだ。俺は自分で書いた覚えのない文が載っている紙の文字を読む。なるほど、確かに彼女が言った望みを叶えてくれるだろう。
「先生、ありがとうございました」
女性はお礼を言いながら、お金を手渡してきた。そう、彼女は歴としたお客様なのである。俺は占いを生業としている。自分で占い屋を持って商売しているんだ。
「先生、私は恋愛のことを占って欲しいんですけど」
「分かりました」
次のお客様の求めに俺はにこやかに答える。そして、俺は内心で霊にコンタクトをとる。憑依して、紙に書け。以前に見たことがある霊が頭に浮かんできた。
「よお、久しぶりだな」
その幽霊は親しげに話しかけてきた。
「というか、俺とお前って仲良かったっけ?」
ちなみに、俺の台詞は頭の中での会話なので、お客様には聞こえていない。
「仲良いてか、お前が無理やり文字を書かせてんだろうが」
「俺は無理やりやらせてるつもりはないんだけど」
「お前にその気はなくても、俺や他の霊は嫌でも文字を書かされるんだよ」
「なるほど。じゃあ、俺とお前は仲良くないんだな」
「悪くはないぜ。ま、俺は仲良いと思ってるけど」
親しげだったから、そうだろうと思ったよ。
「というか、実質無理やりお前らを使役していることになるが、お前は俺を嫌いにならないのか?」
「お前本人は嫌いになれないな。無理やり書かせるのは勘弁してくれよって感じだが」
「いや、仕事だから、それはできないな」
「そうだろな。お前の占いは百発百中ですげえ人気がある上に、すげえ稼いでるもんな」
「ありがとうな」
「んまあ、半分褒めて、半分皮肉なんだけど」
半分皮肉なのか。複雑だな。
「てか、百発百中はお前の力じゃなくて、俺ら幽霊の力なんだけど」
「多くの普通の人達は俺の力だと思っているんだから、それは仕方ないだろう。まあ、やらせだと思っている人もいるだろうが」
「やらせだと思ってる人間も俺から見ると、それはそれで嫌だなあ」
わがままだなあと思った。
「まあ、やらせだとお前ら幽霊の存在を否定しているようなものかもしれないから、気持ちは分かる」
「お、分かってくれるのか?」
「気持ちはな。というか、このままだと俺が長時間黙っているようにお客様から見えるから、早くやれ」
「分かったよ」
そうして、俺の意識はなくなった。
翌日。当然この日も仕事だ。だから、霊とコンタクトを取る。ちなみに、自動書記を行っている時は意識はなくなるが、そのまま死ぬなんてことは一度もない。一度でもあったら、俺はこの世にいないからな。あの世という概念があるかどうかは分からんが、今現在は科学的に証明されていない。霊能力者ではあるが、俺は科学を重視する。つまり、俺は霊に殺されるというヘマはしないということだ。
「何の用よ。大体予想つくけど」
霊が言った。今回の霊はどうやら女の霊のようだ。こいつも以前に見たことがあるな。
「前にも会ったよな?」
「そうよ。ちなみに、私の名前はさやかよ」
それがこいつの名前のようだ。
「そうか。ところで、お前は俺を嫌ってたりするか?」
「嫌ってるわけないでしょう」
「お前もか」
「他の幽霊も嫌ってないのかしら?」
「少なくとも、1人の幽霊は嫌ってないな」
他の幽霊は知らないけれども。
「ふーん。それは良いけど、本題に入ってくれない?」
「ああ。今から自動書記をするから」
この一言で彼女はこれからやることで確信したようだ。
「やっぱりね」
「やってくれるか?」
「やりたくなくても、やらせるでしょう」
「そうだな。じゃあ、さっそく仕事だ。憑依して書け」
「はいはい」
さやかの適当な返事を耳にした。
休日。俺の占いは年中無休ではない。
「あのお菓子がすごく美味しいのよ」
目の前には幽霊のさやかが楽しげに語る。
「いまさらだけど、聞いて良いか?」
「何よ」
ちなみに、俺は憑依させなくても、幽霊と会話できたりする。じゃあ、自動書記をする必要がないと思われるだろうが、実は世間的に俺が霊と普通に会話できることを知らないのだ。今さら、占いの路線を変更するのもどうかと俺自身は思ったから、世間にこのことを公表するつもりはない。それに誰もいないところで会話しているように見えるよりは、自動書記の方がまだ信ぴょう性があるかもしれないからな。
「なんで俺の家で寛いでんの? 自動書記を頼んだわけでもないのに」
「悪い?」
「この場合の普通は知らないが、恐らく普通は幽霊と自宅で過ごすのは良くないかも」
「幽霊と過ごすこと自体が普通じゃないと思うけど」
「だから、この場合の普通は知らないって前置きしただろ」
「まあ、いいでしょ」
微笑みながら、さやかが言った。
「てか、お前は成仏する気はないのか?」
俺は気になったので、尋ねてみる。不躾だったかもしれない。
「特に考えてないわ」
彼女は気にしていないようで、普段の声色で答えた。
「というか、もし全ての幽霊が成仏したら、あなたが困るんじゃないの?」
さやかの言ったことに、俺はなんとも言えない気持ちになった。確かに、俺の今の商売ができなくなるから、困る。しかし、幽霊というのは未練や恨みによって、現世にさ迷っているイメージがあるので、成仏して欲しいという気持ちもある。
「困るけど、成仏して欲しいって気持ちもある。矛盾してるよな」
「よく分からないけど、人間の感情って矛盾してることも結構あると思うわ」
「お前も元人間だから、分かると思うが」
「そうね」
さやかは複雑な表情で肯定した。
「ねえねえ、私と付き合わない?」
休日で休んでいると、突然現れた幽霊がそう言った。
「さやか、またお前か。で、どういうつもりだ?」
「貴方のことが好きなの。だから、付き合ってくれない?」
「嫌だ」
俺が拒否すると、彼女は不服そうな顔をした。
「なんでよ」
「お前幽霊だろ」
「幽霊と人間が男女交際してはいけないって法律はないわよ」
「そりゃあ、そんな法律ないだろ」
「じゃあ、いいでしょ。付き合ってよ」
諦める気配のないさやかの言葉に俺はため息を吐いた。
「いいか。俺は幽霊ではなく、人間と付き合いたいんだよ」
「不公平よ」
「不公平も何もないだろ。で、俺は恋した女性と交際したい」
「付き合った後で好きになるかもしれないでしょう」
そういう話もよく聞く。しかし、やはり、俺はそういう恋愛をしたくない。青いと言われるかもだが、そうしたいんだから、仕方ない。
「でも、嫌なんだよ」
「どうしても、嫌なの?」
「ああ、嫌だ」
俺がきっぱり否定すると、彼女は仕方なさげに息を吐いた。
「じゃあ、しばらくはアタックしないことにするわ」
「諦めるって発想にはならないのか」
「ないわよ」
真顔ではっきりと肯定するさやかに俺は無駄だと知りつつも、諭してみることにする。
「それは受け手によってはストーカーになるかもしれないぞ。法律に詳しくないから知ったかぶりになってしまうかもだが」
「幽霊にストーカーも何もないわよ」
「そうだよな」
やっぱり無駄だった。
ある日のこと。俺は仕事をしている。
「では、先生。お願いします」
「はい」
お客様の要望に俺は承諾の返事をして、自動書記の作業に取りかかる。霊とコンタクトをとる。霊が頭に浮かぶ。こいつは初めて見る霊だ。何かいつもの霊と感覚的なものが違うような気がする。うーん。まあ、良いか。さあ、憑依して書け。
しかし、霊が憑依して書こうとしない。さらに、俺に語りかけてもこない。
「おい、聞こえなかったのか? 早く、憑依して書けと言ってる」
俺は苛立ちながらも再度指示する。やはり、やろうとしない。
「おい、いい加減にしろ」
俺の叱責に反抗するかのように、霊が語りかけてくる。
「死ね」
その台詞とともに、俺の胸が苦しくなり始めた。さらに、頭も割れるように痛み出した。
「う、ぐ」
俺は霊とのコンタクトを中断して、口から苦悶の声を出して倒れた。
「きゃあー」
お客様が叫び出した。突然俺が倒れて苦しみ出したからだろう。だが、俺はそちらに気を向ける余裕はなかった。
「あ、ぐ」
「先生。大丈夫ですか?」
「誰か救急車」
俺の心配をする人や救急車を求める声を耳にしながら、俺は苦痛や恐怖を感じていた。死ぬのか。俺は死ぬのか。憑依させようとした霊に殺されるのか。カッコ悪い。いや、カッコ悪いとかそんな場合ではない。苦しい。し、死ぬ。
死ぬ。