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09 月夜の出会い


 シュルヴィ姫は、白い髪を持つ美しい姫。

 父王に愛され、兄弟に愛され、民に愛され、精霊に愛された。

 他国が侵略してきたとき、姫は白き鎧をまとい、国のために戦った。

 敵国は退けられ、皆は強く美しい姫を称えた。

 しかし再び侵略してきた敵国は毒矢で姫を射抜き、シュルヴィ姫は命を落としてしまった。

 皆は嘆いた。

 すると精霊王が現れ、姫を生き返らせた。

 人々は沸き、今度こそ敵国から祖国を守ろうと剣を取った。

 精霊に守られた国に敵国は太刀打ちできず、今度こそ彼らの国は守られた。

 しかし一度命を失ってしまったシュルヴィ姫は人の世界に帰ることは許されず、精霊王と共に去っていく。

 悲しみに暮れる父王は、戦の神の名にシュルヴィ姫を加える。

 シュルヴィ姫。

 シュルヴィ姫。

 その名を称えよ。



 音楽が終わった。

 舞い切ったサリサは窓の外の月を仰ぐ。

 白い光が柔らかく体を包んでいた。

 まるで物語のシュルヴィ姫が乗り移ったかのような陶酔感に、サリサは恍惚とする。

 不思議な感覚だった。

 しかし…。

 

 ぱちぱちぱち…。


 突然の拍手の音に、サリサはぎょっと身をすくませる。

 いつの間にいたのか、部屋のソファの上に12、3歳の少年が座っていた。

 「あ、あなた…いつから?」

 「最初からだよ。そっちが後から入って来たんだ」

 「…」

 「そんなことより、すごいね!今のは『シュルヴィ姫』の舞だろう?そんなに上手なのに、どうして君が舞わなかったの?」

 「…」

 少年は目をきらきらさせてこちらを見ている。

 仮にも異性なので気は抜けないが、悪意は感じなかった。

 「ここは王宮の客間でしょう。どうしてここに勝手に入ったの?」

 「なんだよ、質問してるのはこっちなのに」

 少年は頬を膨らませた。

 しかし看過はできない。

 誰も入り込めないはずだったからこそ、後宮の正式な妃であるサリサに宛がわれたのだ。

 かといってここで騒げば第二妃派に付け込まれ、あることないこと吹聴されてしまうだろう。

 慎重に行動しなくては。

 「よく王宮に来ているから、ここが空き部屋だってことは知ってたよ。一人になりたいときはここで昼寝しているんだ。今日も建国祭の儀式は始まるまで寝てようと思ったら寝過ごしちゃって…。そうしたらあなたたちが入ってくるもんだからとっさにクローゼットの中に隠れたんだよ。見つかったら怒られると思って」

 どうやら嘘ではないようだ。

 父親が王宮で職を得ている、侯爵以上の身分の子息なのだろう。

 伯爵以下の子息では、いくら父親が重職に就いていると言ってもなかなか王宮内を出入りできない。

 間諜でも暗殺者でもないただの貴族子息ならば、サリサに対する馴れ馴れしい態度も納得だ。

 「ねえねえ、お姉さんの名前は?」

 「まずは自分から名乗りなさい」

 少年は少し口を尖らせたが、いたずらを思いついたようにこちらへ歩み寄ってきた。

 サリサは一瞬身構えそうになるが、相手は武器などを所持している様子もないし何かを仕掛ける気配もない。

 そして少年は、サリサの前で紳士の礼を取った。

 「初めまして、レディ。クレスウェル公爵イズラエルが第一子、ランスロット・クレスウェルと申します。どうぞお見知りおきを」

 イズラエルの、息子!?


 イズラエルが既婚者だということは知っていた。

 相手が元王女で、男児を出産した直後に亡くなっていることも。

 よくよく見ればランスロット少年の目元がどことなくイズラエルに似ているような気がする。

 挨拶に固まっているサリサを見る、少し人を食ったような笑みもあの彼に重なった。

 それでも母親からの王家の血が濃いのか、髪や目の色はゾロ王と同じだ。


 「俺は名乗ったよ。あなたの名前は?」

 「…私たちの会話を聞いているのではなかったの?」

 「聞き取れなかった。あのクローゼットの扉って結構厚いから」

 「…サリサよ」

 「家名は?」

 「ないわ。だって私は後宮の妃だもの」

 「え…ええ?!」

 サリサはランスロットの口を慌てて塞いだ。

 「声が大きいわよ」

 「だって…」

 「あなたと私がここにいるところを誰かに見られたらどうなると思っているの?私は姦通罪。実家はもちろん潰されるし、あなたのお父様や公爵家だってただじゃすまないわ」

 「…」

 もうランスロットは口を開こうとせず、こくこくと首を縦に振るのみだ。

 さすが貴族の子息だけあって、醜聞に対する危機管理能力は高い。

 「もう一度クローゼットに隠れて。少し早いけど私は女官を呼んで着替えたらすぐにこの部屋を出るわ。あなたが出るときは必ず周囲に誰もいないか確認してね」

 「わ、分かった…分かりました」

 ランスロットはもう一度大きく頷くと、クローゼットの方へ戻っていく。

 と、急に足を止めて振り返った。

 「本当に素敵だったよ、あなたの舞」

 「ありがとう。頑張って練習した甲斐があったわ」

 にっこり笑えば、相手がはっと息を呑む気配がした。

 「…おやすみなさい、サリサ様」

 「おやすみ、ランスロット」

 未成年のランスロットはこの後行われる夜会には出ない。

 サリサも夜会の後は後宮に戻るので、会う機会はそうそう訪れないだろう。

 ランスロットがクローゼットの中に入るのを確認して、サリサはエイプリルを呼びに廊下に続く扉へと向かった。


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