06 美貌の公爵
リベラ伯爵と面会してから五日後。
サリサは後宮の西に広がる中庭にいた。
あまり背の高い植物はなく、広く周囲を見渡せる。
「第五妃様、公爵様がいらっしゃいました」
案内をしてきた侍女の後ろに、背の高い男が立っていた。
侍女が後ろに下がると、サリサの前で膝をつく。
「お初にお目にかかります、第五妃様。クレスウェル家当主、イズラエルでございます」
「立ってちょうだい」
イズラエル・クレスウェル公爵。
確か今年37歳のはずだ。
近衛騎士団長を務めているが、ゾロ王の直接の護衛は彼の部下が勤めていたため、直接会ったのは初めてだった。
「美貌の騎士」と噂されていることはサリサも知っていたが、なるほど、顔立ちは確かに整っている。
切れ長の瞳の色は落ち着いた灰色で、肩までの髪は藍色だった。
何というか、年を重ねたからこその男の色気のようなものがある。
着やせするタイプなのかほっそりとした印象だが、軍服の下にはしっかり筋肉が付いているのだろう。
何せ彼はその美貌でも爵位でもなく、剣技の達人として有名なのだ。
近衛騎士団長の座は、実力で勝ち取ったものだということは周知の事実だった。
剣舞にも長けており、今回「シュルヴィ姫」の舞の鍛錬をしたいというサリサの指導者として後宮にやってきた。
今いる中庭は「赤の橋」同様、国王以外の男性が立ち入れる数少ない場所である。
「シュルヴィ姫」の舞のことを聞いたリベラ伯爵はクロックフォード侯爵に問い合わせ、クレスウェル公爵とサリサを堂々と面会させる口実を作ったのだ。
「ご迷惑をおかけしますわ、公爵様」
「とんでもございません。しばらくは退屈な謹慎の身ゆえ、仕事が頂けるのはありがたいことです」
サリサが後宮に入った直後のこと、王都のとある施設で公務をしていたゾロ王とガブリエラ王妃が男に切りかかられるという事件があった。
怪しげな男の動きに気づいたクレスウェル公爵は相手を一度拘束したにも関わらず、かなりの手練れだったのか逃げられたうえ打ち合いになった。
クレスウェル公爵は浅くはあったものの数か所を刺され、結局男は口に仕込んでいた毒で自殺した。
男を生かして拘束できなかったことで目的や依頼者を調べることはできず、クレスウェル公爵は責任を取る形で謹慎していた。
とはいえゾロ王に公爵を罰する気はなく、怪我をした彼を療養させるための名目である。
「お怪我の具合はいかがですか?」
「大した怪我ではありません。どうかお気になさらず」
「分かりました。気にしないことにいたしますわ。…では、早速ですがよろしくお願い致します」
「ひとまずは、顔合わせというだけです」
鋭い突きを繰り出したサリサの姿勢を凝視しながら、イズラエル・クレスウェル公爵は口を開いた。
周囲を侍女や女官が監視のために取り囲んでいるが、会話までは聞こえないだろう。
「では王妃様の実家から伝言も指示もありませんのね」
サリサはくるりと回転しながら剣を下から斜め上へ振り上げる。
びゅっ、と空気の切れる音がした。
「別案件で色々きな臭い動きはあるのですが、第五妃様のお耳を汚すほどでもないでしょう」
「そんなふうに言われれば余計気になります」
会話の合間にも、サリサは決まった型をなぞっていく。
傍目にはクレスウェル公爵が口頭で指導し、サリサがその通りに舞っているとしか見えないはずだ。
「…国王の命を狙う輩がいるようです」
「そんなもの、いつの時代だっているでしょう」
「ほう」
クレスウェル公爵は口の端を上げた。
「動じませんな」
「これくらいで動じる小娘ならば、父はさっさと婿を選んで私と結婚させ、領地に送り出していましたわ」
サリサは片足を上げて構えのポーズをとりながら、それで?と続けた。
「どこまで掴んでいるのですか?」
「首謀者の目星はついております。ただ誰にどこでどういった方法での殺しを依頼したのかはまだ…」
「ほとんど何も掴んでいないのと同じですね」
「お恥ずかしい限りです」
「第二妃派ではないのですよね?」
第二妃派は、オーガスタ妃を王妃の座につけたい。
しかしそれはゾロ王が健在であってこそなので、ガブリエラ王妃を排除する前に国王を狙うのは順番が違う。
サリサの問いに、クレスウェル公爵は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「分かりました。私が勝手に話します」
サリサの舞踊は続く。
「クレスウェル公爵様は、前から陛下を暗殺する輩を追っていらしたのですね。そして黒幕にたどり着いた。…しかし相手は爵位が高く、証拠なしでは捉えることができない。このままでは国王暗殺は止められず、国が乱れてしまう…。そこで王妃様のご実家クロックフォード侯爵様に協力を申し出られた。もし暗殺が行われるとしたら、近衛にしっかり守られている表ではなく、後宮の方が可能性は高いですから。どうやら私はガブリエラ王妃様だけではなく、陛下を守るために駆け回らなくてはならないようですね。…でも、敵を知らなければ守りようがないとは思われませんか?」
「第五妃様が陛下を守ると?」
「まさか直接肉の盾になるとは申しておりませんわ。ですが後宮の中で妃の権限でできることは多いですわよ」
「ふふっ、面白いお方だ」
「公爵様はへそ曲がりですねっ!」
サリサの舞踊が終わった。
舞い切ってポーズを取ったサリサに、周囲の者が拍手を送る。
見張りのはずの女官たちまで見入っていたようだ。
するとクレスウェル公爵はサリサのすぐ脇に立った。
「もう一度『構え』の型を」
「?…ええ、わかりました」
サリサは指示通り、足を上げて剣を眼前に掲げる。
片足で立っているにも関わらず、体はぴたりと安定していた。
「そのまま動かないように」
クレスウェル公爵がその剣の先を指でつまんだ。
そのままサリサの首のあたりまで引っ張る。
いくら何でもずれ過ぎでは?とサリサが不審に思った時だった。
ビィィッン!!
「!?」
衝撃があった。
押されるような感覚に、サリサは型を崩してよろめく。
しかし尻もちはつかず、クレスウェル公爵の力強い腕に抱きとめられていた。
「国王暗殺計画の黒幕はベイトソン家とラトランド家です」
「…え?」
サリサは振り返ろうとするが、次の瞬間、中庭に女官たちの悲鳴が響き渡った。
「第五妃様!!」
エイプリルが慌てて駆け寄ってくる。
クレスウェル公爵はサリサをさりげなくエスコートしながらエイプリルの元へと促す。
そして。
「どうか、二人きりの時はイズラエルとお呼びください。また、いずれ…」
サリサだけに聞こえるようにつぶやくと、そのまま手を離した。
「第五妃様、お怪我はありませんか?」
「何が…」
周囲を見渡すと、女官たちがあたふたと動き回っている。
「第五妃様が狙われた」「矢が飛んできた」「屋根の上を全て調べろ」など指示が飛んでいる。
女官の一人がイズラエルと共に地面を指さして何やら話しているが、そこには羽矢らしきものが落ちていた。
どうやらイズラエルがサリサの剣ではじいたのがその矢だったようだ。
サリサを狙ったのか、あるいはイズラエルを…?
まさか国王と王妃の命を心配していた矢先に自分が狙われようとは!
ようやく我に返ったサリサが状況を理解した時、イズラエルは報告と称して「赤い橋」へと歩み出していた。