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04 リベラ伯爵の思惑


 グランディエ王国は、建国180年の浮島国家だ。

 現国王ゾロ・グランディエは八代目の王に当たる。

 グランディエ王国の二代目国王の時に爵位が整理され、十男爵、十子爵、七伯爵、四侯爵、四公爵が上限とされた。

 例外は大公位だが、数に制限こそないが一代限りとされている。

 さらに七伯爵のうち三家は「辺境伯」と呼ばれ、代々軍事を担当していた。


 リベラ伯爵家は七伯爵のうち、「辺境伯」には当たらない伯爵位の家である。

 他の貴族同様王都に拠点を置きつつ浮島の中の領地の一つを割り当てられ、運営していた。

 現在の当主はレオボルト・リベラ。

 亡妻ジョージアとの間にできた子はサリサ一人で、以降は妻を娶っていない。

 190に届く背丈にがっしりとした体格、気難しそうな厳つい顔に立派な髭を蓄えている。

 おそらく貴族の礼服よりも、軍服の方が似合うだろう。

 可憐な美貌の娘とは、瞳の色以外は似ても似つかない。

 

 そんなレオボルトが王宮と後宮を繋ぐ「赤の橋」に現れたのは、サリサが後宮入りしてから一ヵ月が経とうという頃だった。

 「赤の橋」は名前の通りの橋ではなく、れっきとした館である。

 館の間取りは中心に応接室のみが置かれ、その周りを広い回廊が取り囲んでいる。

 万が一訪問者と後宮の妃が不埒な行為を行わないように監視するためで、回廊には幾人もの門番が配置されていた。

 「第五妃様」

 「お父様、…いいえリベラ伯爵様、お久しぶりです」

 リベラ伯爵は赤の橋にやってきたサリサを膝をついて出迎えた。

 五番目とはいえサリサは国王と正式に婚姻した妃であり、リベラ伯爵の方が身分が下になっている。

 リベラ伯爵はサリサを応接室へと促した。

 中には女官エイプリルのみが同席する。

 「つつがなくお過ごしですか?」

 「はい。昨日も陛下のお慈悲がありました。まだ懐妊の兆候はありませんが…」

 「焦ることはありません」

 サリサは頷いた。

 後宮へ送り出される前も、「子供を焦る必要はない」と言われた。

 それはサリサがまだ15歳と幼く、出産が危険だと言うのも理由にあったが、もう一つ別の目的があった。

 「他の妃たちへの挨拶は済まされましたか?」

 「はい。案の定、第二妃と王太后からは派閥に入るように圧力がありましたわ」

 「そうですか。…王妃からは?」

 「特に何も。私たちの『目的』はぎりぎりまで黙っていようと思います。もしものことがありますので」

 リベラ伯爵は鷹揚に頷いた。

 サリサたちの「目的」。

 それは…。



 そもそもレオボルト・リベラ伯爵は、サリサを後宮に入れるつもりはなかった。

 彼は一人娘のサリサに婿を取ってリベラ家を継がせるつもりで、そのための婿候補の選定も進めていた。

 ところが八ヶ月前、ガブリエラ王妃の実家であるクロックフォード侯爵家の使者が内々にリベラ伯爵を訪ねてきた。

 クロックフォード侯爵はサリサの美しさと聡明さを耳にし、是非後宮の妃の一人になってほしいと言ってきたのだ。

 リベラ伯爵は当然断った。

 いくら王妃の実家とはいえ妃の選定は国事であり、侯爵といえど口を挟むべきでない。

 クロックフォード侯爵の話は、身の程をわきまえぬたわごとにしか聞こえなかったのだ。

 しかしクロックフォード侯爵はあきらめずに使者を送り続け、やがて両家の当主はとある夜会の席で密談に及んだ。

 そこでリベラ伯爵が聞かされたのは、驚くべき、しかしどこでもありがちな事実。

 ―――第二妃が、王の子を手にかけている。

 第二妃といえば苛烈な性格で、ガブリエラ王妃を追い落として己がその座を得ようとしていることは後宮内外で有名な話だ。

 ガブリエラ王妃の子は夭折した第一王子と、現在4歳のジェマ第一王女の二人のみとされているが、実は知られていないだけで王妃は他に三度も妊娠していた。

 しかし三度とも流産しており、毎回毒か堕胎薬を仕込まれていたということが突き止められている。

 さらに夭折した第一王子の死も疑問があり、やはり暗殺の線が濃い。

 ジェマ王女だけが生き残っているのは、ひとえに運の良さと女児であったためだろう。

 後宮の主はガブリエラ王妃とされているが、未だ前王妃のラモーナ王太后の影響も強く、すべての攻撃を防ぎきれなかったようだ。

 そしてクロックフォード侯爵がリベラ伯爵に最初に使者を使わせた時、ガブリエラ王妃は三度目の流産を経験したところだった。

 信用していた医師が家族を盾に脅され、処方薬に毒を混ぜたらしい。

 ガブリエラ王妃は助かったものの、三ヶ月になろうとしていた胎児は助からなかった。

 医師は首を吊り、彼の家族も王都の外で遺体になって発見された。

 その事実を知ったリベラ伯爵は、娘を後宮に入れることに同意したのだった。


 半年前。

 リベラ伯爵が後宮入りの打診をしたことを知らされたサリサは、彼から全てを聞かされた。

 「―――つまり、私は第二妃様と王太后様の悪事を暴けばよいのですか?」

 「馬鹿を言うな。それは我々の仕事だ。そなたごときに第二妃と王太后を断罪できるか。下手に深入りしようとするなよ?」

 「それではただ、第二妃から王妃様の御子を守ればよいのですか?」

 「いや、それだけではない」

 「というと?」

 「陛下は未だご壮健だ。第三妃、第四妃も若いからそのうち懐妊する可能性は大いにある。妃が懐妊したら、第二妃は必ず御子の命を狙ってくる。その攻撃を躱しながら腹の御子を守るのもそなたの仕事だ」

 「それはクロックフォード侯爵様がおっしゃられたのですか?」

 「当然だ。ガブリエラ王妃が生んだ子が王位に付くのが最善だが、なにより優先するのは陛下の直系の男児を後宮で生み育てることだ。それが成ってこそガブリエラ王妃の面目が立つ」

 「第二妃が懐妊したらどうするのです?」

 「陛下の種であればたとえ腹が第二妃のものでも守る必要がある。…まあ、普段から怪しげな薬を使っているから妊娠できる体かどうかは怪しいものだが」

 「かしこまりました。第二妃と王太后の周辺を調べつつ、他のお妃様たちと陛下の御子を守ればよいのですね」

 「そなたもだ」

 「はい?」

 「そなたも妃の一人になるのだぞ。さすがにすぐに妊娠しては本来の目的がおろそかになるし、なにより若すぎる出産は母体も胎児も危険だ。しかし二、三年すれば問題あるまい。そなたも陛下の御慈悲を受け、王族の子女を増やすのだ」

 「私がですか?想像がつきませんね」

 「今はまだそうだろう。しかし陛下と契りを結べば、案外すぐに自覚するだろうよ」


 父の言った通りだったとサリサはしみじみ思う。

 半年前後宮入りの話を聞かされた時も、どこか物語の探偵気分でうきうきしていた。

 しかしこの一ヵ月で夫から女の部分を暴き出された。

 そして未だ平らな腹に意識をやってしまうことが増えた。

 孕んですらいない自分でさえこれなのだから、妊娠していたガブリエラ王妃はさぞ苦しかったことだろう。

 そして子を殺された時は激しく絶望したはずだ…それも三度も。

 サリサは改めて己の使命を成さんと決意を新たにするのだった。




 「―――伯爵様の方はいかがですの?」

 サリサは後宮内で第二妃と王太后を、リベラ伯爵はクロックフォード侯爵と協力して第二妃と王太后の実家を調べていた。

 「残念ながら証拠は期待できません。彼奴らは思いのほか慎重に証拠を消しています。…そちらは何か分かりましたか?」

 「あくまで勘ですが、ラモーナ王太后は関与していないかと」

 「確かに…嫌っている王妃の腹とはいえ、子供は王太后にとって孫。そうではないかと思っていましたが…」

 「ケプロン公爵家は捜査の対象から外しても問題ないのでは?」

 「いいや、ケプロン家が直接第二妃と繋がっている可能性は捨てきれません」

 「ですが、公爵家をあまり深く探るのは危険かと」

 ケプロン公爵家はラモーナ王太后の実家だ。

 ラモーナ王太后の兄である先代ケプロン公爵は凡庸な人物だったが、二年前に爵位を引き継いだ現公爵は切れ者らしい。

 あまりに深入りし過ぎて敵視されると伯爵位に過ぎないリベラ家はひとたまりもない。

 それにサリサが後宮入りした以上、あちらもリベラ家に探りをいれていると考えて間違いないだろう。

 サリサの心配はもっともなものだった。

 「分かっております。クロックフォード侯爵に第五妃様の見解を話し、当面はホーソーン家を重点的に監視するとしましょう」

 サリサは頷いた。

 そのあたりのさじ加減は父とクロックフォード侯爵の腕を信じるしかない。

 「そういえばもうすぐ建国祭ですな。後宮の人の出入りも激しくなる」

 「クロックフォード侯爵のことですから、ぬかりないのでしょうね。…そういえば、今年の舞の舞い手はやはり王妃様の侍女なのでしょうか?」

 「舞い手がどうかしましたか?」

 「大したことではありませんが…。第二妃が、今年こそ建国祭の舞姫の役を己が担うのだと意気込んでおられたので」

 「ほう。今年は確か…」

 「『シュルヴィ姫』ですわ」

 「舞には詳しくありませんが、かなり激しい動きで難しいとされる舞だったのでは?」

 

 建国祭の第二夜では、精霊に舞を捧げる儀式がある。

 毎年捧げる舞は違い、物語に添った十二の舞が存在した。

 十二の舞の名目は全て女体の精霊や女性の王族が主人公のもので、代々後宮の主…つまり王妃がその儀式を執り行ってきたのだ。

 舞い手は妃が担うこともあるが、大抵はあらかじめ優れた舞い手を「侍女」の名目で儀式のためだけに高給で囲っている。

 今年の舞の名目は「シュルヴィ姫」。

 剣技に長けた王族の姫であるとされ、進行してきた他国から祖国を守るために戦った。

 戦いの中一度は命を失うも、精霊王の力によって復活し、国を勝利に導いた戦の神の一人だ。

 そのシュルヴィ姫を題材にした舞は剣を小道具に使った舞踊で、激しく切れのある動きが特徴だ。

 サリサも淑女教育の一環として一度舞ったことがあるが、完璧に舞うには鍛錬を必要とする舞だった。


 「第二妃が優れた舞い手だったという話は聞いたことがないが…。ですが望んでいるというのなら、今年の舞い手は第二妃になるやもしれませんな」

 サリサは首を傾げ、どういうことかと問うた。

 「これまで陛下ですら知らない王妃様の懐妊の情報が第二妃に漏れていましたからね。今回の第五妃様の後宮入りのどさくさに紛れて、クロックフォード侯爵は侍女を全て入れ替えたのですよ」

 「そうでしたか」

 確かに発表すらされていない妊娠の情報が漏れたのなら、怪しいのは女官と侍女だろう。

 筆頭女官だけはガブリエラ王妃の元乳母で現在は天涯孤独の身だというから対象にならなかったようだが、身の回りの世話をする侍女は古参であっても全て入れ替えられた。

 当然舞い手として雇っていた侍女も後宮を出ている。

 

 「第五妃様が舞われては?」

 「私ですか?」

 「舞は得意でしょう」

 サリサは聡明なだけでなく運動神経が良かったので舞も得意だった。

 「それでも『シュルヴィ姫』はかなり練習しないと…。お父…伯爵様、何を企んでいらっしゃるのです?」

 不審げに見つめ返すサリサに対し、リベラ伯爵は不敵な微笑を浮かべるのだった。




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