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03 「蓮華の館」でのお茶会


 「第二妃様、お招きありがとうございます。王太后様、ご機嫌麗しゅう」

 「蓮華の館」の一室に通され、サリサは主催者である第二妃オーガスタとラモーナ王太后にカーテシーをした。


 第二妃オーガスタ。

 元ホーソーン侯爵家の長女。

 母親はラモーナ王太后の妹で、王太后の姪にあたる。

 王太后のごり押しで当時王太子だったゾロ王の第二夫人となり、ゾロ王の即位と同時に第二妃となった。

 初めての顔合わせではプリンセスラインのドレス姿だったオーガスタ妃は、今日はピンク色の、これまたふわふわとしたドレスを纏っていた。

 なのにネックレスは大きなガーネットをあしらった年配の女性が好みそうなものを着けているのでアンバランスな装いになってしまっている。

 さらにせっかく整っている顔立ちを、しっかり引かれたアイラインと濃いアイシャドウの化粧で台無しにしていた。

 そしてゾロ王の生母・ラモーナ王太后。

 ケプロン公爵家の出身で、王妃時代には実父が宰相の座に付き大層権力をふるったらしい。

 しかしケプロン公爵家は十数年前に彼女の兄に引き継がれ、あまり出来が良くなかった新当主は次期宰相になるには至らなかった。

 そうして前王の崩御と共に彼女の権勢はゆっくりと衰えてきている。

 ゆえに現王妃を排除し、姪のオーガスタをその地位に挿げ替えようと必死だと言う。

 そんな王太后も、オーガスタ妃に負けず劣らずの装いだった。

 ドレスはさすがに五十代に相応しくゆったりしたものだが、生地の色味が目に痛い赤なのだ。

 アクセサリーはイヤリングもネックレスも大ぶりのもので、全て金が使われているのでぎらぎらとしている。

 さらに白髪を隠すためなのか結った髪も油を塗りたくったようにてかっていて、そこに埃やらなにやらがくっついていた。

 サリサは笑いを通り越して憐みすら感じ、そっと視線を窓の外にずらすのだった。


 「座ってちょうだい」

 サリサは指示された席に座る。

 タイミングを計ったかのように侍女がカップにお茶を注いだ。

 

 今日のサリサの装いは、黄緑色の袖がないドレスにラメ入りの白いショールを合わせた。

 アクセサリーも小ぶりのものでまとめ、目立ち過ぎないようにする。

 …とはいえ、どんな格好をしてもこの二人の派手さを超えることはできなかっただろうが。

 「来てくれて嬉しいわ。断られるかと思っていたのよ」

 扇子を弄びながらオーガスタ妃が口を開く。

 「第二妃様のお誘いをお断りするなどとんでもございません」

 「そうかしら?陛下に大層可愛がられているそうね。もう寵姫になったつもりのようだと専らの噂よ」

 来たぞ。

 サリサは微笑んだ。

 そんな噂などどこにも存在しないことは分かっているが、否定しても激高するだけだろう。

 「陛下は後宮に入ったばかりの私を気遣ってくださるだけですわ」

 「あら、そうなの?陛下は相変わらずお優しい方ね。あなたのような子供にまでお気を使われるなんて」

 サリサが余裕ぶっていることがオーガスタ妃は気に入らないようだ。

 まさか少し脅せば怯えて謝ってくるとでも思ったのだろうか。

 「もう二週間よ。そろそろ陛下を解放して差し上げたら?」

 「お義姉様、そんな意地悪なことをおっしゃらないで下さいな」

 「…何ですって?」

 お義姉様に反応したのか、あるいは意地悪に反応したのか、オーガスタ妃の目元が吊り上がる。

 しかしサリサは敢えて気づかないふりをした。

 「お義姉様のおっしゃる通り、私は体つきが未熟な子供です。陛下も私が後宮に慣れたと判断すれば、しばらくお渡りがなくなってしまいますわ。一ヵ月お渡りが続けば、実家の伯爵家の体面も保てましょう。どうかあと三週間ほどはお見逃しいただけませんか?」

 「まあ…」

 オーガスタ妃は絶句した。

 てっきり済ました顔で陛下のご意向には逆らえませんとでも言い返すと思っていたのだ。

 用意していた悪態を口にすることできず、扇子で引くつく口元を覆うしかなかった。

 「陛下は聡明なお方ですわ。後宮が穏やかであることが次代を育むために必要であると理解されておられます。おそらく妃も私で最後でしょう。私の立場が安定すれば、きっと後継者の母君という名誉を『真に』寵愛するお妃様に与えられますわ」

 それがあなたであるとは限らないのだけれど。

 にこにこと微笑むサリサに何も言わず、オーガスタ妃は扇子越しにラモーナ王太后にちらりと視線を寄越した。

 二人が目配せをし合うのをサリサは見逃さない。

 「侍女たちに指示し忘れたことがありましたわ。失礼」

 オーガスタ妃は立ち上がってテーブルを離れる。

 その場にはサリサとラモーナ王太后が残された。

 身分が下の自分から話しかけることはできないので、サリサは愛想のよい笑みだけラモーナ王太后に向けて紅茶を一口飲んだ。

 ラモーナ王太后はその様子をじっと眺めていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 「リベラ伯爵は健在のようじゃな」

 「はい。つつがなく過ごしておりますわ」

 「伯爵も鼻が高いことじゃろう。一人娘が陛下の寵姫となれば、王宮での地位も保証される。次期国王の祖父になることも夢ではあるまい」

 「父の思惑は分かりかねますわ。娘としては、伯爵という身分に相応しい野心で留めおいてほしいと思っております」

 「…ほう、そなたは陛下の子を産むために後宮にやってきたのであろう?」

 「もちろんでございます。女に生まれた以上、嫁いだ殿方の子を成すのは当然の義務ですわ」

 「それができぬ他の妃たちはさぞ役立たずに見えることであろうの」

 「…王妃様は以前、王子をお生みになったのでしたわね」

 「しかし体が弱すぎて儚くなった。すぐにわらわが育てていれば生き延びていたかもしれぬ。王妃が無能であるからあのようなことになったのじゃ」

 ラモーナ王太后は本当に悔しそうに言う。

 憎い王妃の腹から出た子でも、男孫は惜しかったようだ。

 サリサは目を細めた。

 この方は…どうやら第一王子の死には関与していないらしい。

 そして己の孫を殺めたのが可愛がっている第二妃の手の者だということも知らないだろう。

 サリサがそんなことを考えていることなど露ほども思っていないラモーナ王太后は、こちらを見ながら身を乗り出してきた。

 いよいよ本題のようだ。

 「もしそなたが王子を産んだら、いったい誰に預けるつもりじゃ?わらわか?それとも…王妃か?」

 己に付くのか。

 王妃に付くのか。

 第三妃と第四妃が後宮に来た時もそのような問いかけをしたのだろうか。

 「もちろん、自分の手で育てますわ」

 「ほう、第三勢力を作るつもりかえ?」

 どうしてそういった発想になるのだろうか。

 サリサは呆れつつ、よくわからないという体で首を傾げた。

 「王太后様に養育されるということは、その子が王太子になるということでございましょう?しかし私は伯爵家出身の、後宮では最下位の妃です。王太子は上位のお妃様の子であるべきですわ」

 「しかし王妃も第二妃も長いこと妊娠せぬ」

 「ですが陛下のお渡りがありますわ。それに失礼ですが、王太后様が第三王女殿下をご出産されたのは御年32の頃であらせられたはず。まだ可能性はございますでしょう」

 「…もうよい。わらわたちに付くつもりはないのじゃな?」

 「付くもなにも、私ごときが王太后様のご意向に背くことはございません」

 「はっきりせぬ物言いじゃな。ならば命令する。王妃の派閥に入ることは許さぬ」

 「かしこまりました」

 サリサは即答した。

 もとよりどちらの派閥に属するつもりはない。

 命令するのなら、王妃と会うなとか、王妃と手紙のやり取りをするなと言えばよかったのだ。

 サリサは言葉通り王太后の意向に背くことなく、けれども行動を制限することもない。

 嫁いでからずっと後宮だけが世界の全てだったラモーナ王太后を手玉に取るのもやり込めるのも難しくなさそうである。

 茶菓子を持った侍女を伴い戻って来たオーガスタ妃を見ながら、サリサはうっそりと笑った。

  

 出された茶菓子は、メレンゲをオーブンで焼いた簡単なお菓子だった。

 サリサは礼を言いながら菓子をつまむ。

 上品な甘みが口に広がった。

 オーガスタ妃はそんなサリサを見ながら、少し面白くなさそうにしていた。

 そんなにミミズ入りのケーキを食べさせたかのかしら?

 サリサとて後宮入りしてからゾロ王からの寵愛にただただ甘んじていたわけではない。

 腹心のエイプリルに命じて他の館の事情や噂を調べさせたり、何か変わったものが仕入れられたりしていないかを情報収集してもらっている。

 情報ルートはおもに下女や下級宦官などだ。

 そしてエイプリルが調べて来たのは、「蓮華の館」の厨房でミミズ入りのケーキが作られているらしいということだった。

 こうも簡単に情報が入ったのは、この変わり種ケーキが作られたのが初めてではなかったからだ。

 第三妃、そして第四妃が後宮に入った直後も、彼女たちを招いたお茶会にこのケーキが作られていたという。

 実際にケーキはテーブルに出されたのか、妃たちはケーキを食したのかまでは分からなかったが…。

 おそらく先ほどのオーガスタ妃との会話のやり取りで、サリサに脅しは通じないと思って出すのをやめたのだろう。

 あの目配せはそういうことだ。


 「そういえば、そろそろ建国祭の準備が始まるころじゃな」

 ラモーナ王太后の言葉にサリサとオーガスタ妃は頷く。

 一度後宮に入れば外に出られない妃たちにとって、外の人間と触れ合えるのは6月の建国祭と、11月の豊穣を祝う祭りだけだ。

 もう4月が終わるので、そろそろ建国祭の準備が本格化する。

 三日三晩かけて行われる建国祭の二日目の夜だけは、後宮の妃たちも条件付きで表の王宮に出ることができるのだ。

 王国を守護する精霊に感謝し、舞を奉納するのは後宮の妃たちの役目だった。

 「今年こそ、私が舞を披露しとうございますわ」

 「舞、ですか。今年は『シュルヴィ姫』ですわね。激しい武の姫の舞…」

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