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02 アリアンロッドという世界


 この世界の名はアリアンロッドという。

 世界といっても大地と海のある惑星ではなく、雲が泳ぐ空だけの空間だ。

 その空の下には黒い霧に覆われた「海」が渦巻いていて、異空間と繋がっていると言われていた。

 空の空間には巨大な浮島がいくつか存在し、人々はそこに国家を形成しているのだ。


 エイプリルが初めてこの世界に流れて来た時、グランディエ王国を外側から見た。

 ゲームの中のファンタジー世界のように、空に浮かぶ巨大な島。

 目を凝らすと、その島には緑も建物も、人の影もあった。

 後から聞けば、この浮島国家には四万人ほどの王国民が居住しているらしい。

 浮島の内側にも人の居住区があり、農作物や家畜も飼っているという。

 そして同じような国家が他にもいくつか存在しているというのだ。

 「チキュウ」の「二ホン」で生まれ育ったエイプリルにとって、これまでの常識が全く通じない世界であった。




 エイプリルの朝は早い。

 「桜の館」に国王が泊まった日は、朝食の準備などにもひと手間が加わる。

 基本的に朝はスープやリゾットなど軽いものしか口にしないサリサだが、ゾロ王は朝から肉を挟んだサンドイッチや軽く酒も口にする。

 係りの者に毒見をさせるとそのあとに手を加えられないよう封印を施し、王と妃の起床を待つ。

 大抵朝が強いゾロ王が先に起きて食事を始め、サリサはゾロ王が食べ終わった頃に起きてくる。


 「おはようございます、国王陛下」

 「ああ」

 「お食事の用意はできております。第五妃様は…」

 「かまわぬ。昨夜も無理をさせた。寝かせてやってくれ」

 「かしこまりました」

 今朝もサリサはベッドから起き上がれないようだった。

 彼女が後宮入りしてから二週間が経つが、ゾロ王は三日と空けずサリサの元を訪れていた。

 まだ少女と言っても差し支えない15歳の少女に性交はかなり負担になっており、サリサはここ数日「桜の館」からほとんど外に出ていない。

 王都の貴族の間では、国王が幼い妃を寵愛していると噂になり始めているようだ。

 そろそろ嫉妬深いという第二妃や、サリサをライバル視している第四妃が動く頃合いかとエイプリルが思っていると、ゾロ王がふと顔を上げてこちらを見た。

 「サリサから聞いたのだが…そなたは異邦人らしいな」

 「はい、陛下」

 「エイプリルというのも、サリサが与えた名前だとか」

 「その通りでございます」

 「元の名前は何というのだ?」

 「ハラダ・ナギコです。ハラダがファミリーネームで、ナギコがこちらでいうファーストネームです」

 

 原田凪子は「チキュウ」という惑星の「二ホン」という国からやってきた。

 六年前に流れて来た時は21歳。

 元は高卒の社会人三年目だった。

 嵐の日に会社に向かう途中、突然周囲の景色が暗くなったと思ったらすでにアリアンロッドの「海」に降り立っていた。

 訳が分からないまま近くの小さな浮島に掴まって這い上がると、近くを偵察していたグランディエ王国の兵に発見されてそのまま保護された。

 そしてこの世界と国について説明を受けた。

 これまでに何度も、何らかの拍子に別の世界の人間がアリアンロッドに流れてきていること。

 彼らは知能が高いことから保護対象となっており、グランディエ王国にも十年から三十年に一度の周期で保護されていること。

 元の世界に戻る方法は、少なくともグランディエ王国では発見されていないこと。

 凪子はその事実を受け入れ、グランディエ王国で生きていくこととなった。 

 両親は幼いころに離婚し今はどちらも新しい家庭を持っていたので、高校を卒業してからは疎遠だった。

 恋人もいなかったため元の世界に戻れないと聞いた時も凪子にはさほど未練はなかったのだ。

 あの嵐の日の数日前、勤めていた工場が経営難で倒産すると聞かされたのも理由の一つだ。

 正直原田凪子としての生に軽く絶望していたところだった。

 心残りがあるとすれば、連載していた漫画の続きが気になるなとか、スマホが使えなくなるのは不便だなという程度だ。

 元の世界に未練がなく、積極的にグランディエ王国のことを受け入れた凪子の引き取り先はすぐ見つかった。

 四年前、凪子はリベラ伯爵家の使用人としてこの国から籍を与えられることになったのだ。

 リベラ伯爵はいずれ後宮入りするだろう一人娘の腹心の女官となりうる勤勉な女性を探しており、凪子はそのお眼鏡にかなったらしい。

 

 初めてサリサと会った時、凪子は純粋に美しい少女だな、と思った。

 「私がサリサ・リベラよ。あなたが異邦人の方ね、お名前を教えて下さる?」

 「ハラダ・ナギコです」

 「ナギコね。どんな意味なの?」

 「『なぎ』は海で風が吹かない状態のことです。人名に付けば穏やかな人格の人だという印象を受ける人もいるようですが、私はあまり好きではありません。…無風の『無』の印象が強すぎて」

 「なら私が新しい名前を付けてあげましょうか?」

 「そうしていただけますか?施設の方にも、戸籍を作る際はなるべくこの国風の名前で登録した方がいいと言われました」

 「そうね…。マリア、エラ、クリスティ…うーん、あ!今は4月だから『エイプリル』というのはどうかしら?」

 こうして原田凪子はエイプリルとして生まれ変わった。

 それから四年間、ひたすら女官としての仕事を覚え、いざという時の護身術も体得し、貴族や王族の情報も頭に叩き入れた。

 リベラ伯爵の期待に応え、サリサの腹心となったのである。


 「いずれかの国のことを聞かせてくれ」

 「恐れながら、私の知識はこれまで流されてきた方々が持っていたものと大差ありません」

 「サリサが言うには、そなたの生まれ故郷は『ニホン』というそうだな。グランディエ王国がこれまで保護した異邦人の中に『ニホン』出身の者はいない」

 「それはそうですが…」

 「そなたの前の異邦人がやってきてからもう五十年が経っている。いつか異邦人から直接かの国の話を聞きたいと思っていた。…どうだ?」

 「お望みとあらば。ご期待に添えるかは分かりかねますが…」

 「楽しみにしている」

 ゾロ王は食事を平らげると椅子から立ち上がった。

 その背を見送り、エイプリルは下女たちに片づけを命じる。

 すると下女たちが片付けながらもちらちらとこちらを覗き見ていた。

 サリサの身の回りを世話する侍女はリベラ家から連れてきているが、そのほかの細々とした仕事を請け負う下女は後宮から派遣されているので、エイプリルが異邦人だということは知らなかったはずだ。

 この世界では髪や瞳の色が千差万別であるように、顔つきも欧米風だったり東南アジア風だったりと色々で、もちろん東洋風の容姿の者も多い。

 だから見た目だけではエイプリルがグランディエ王国の外から来た人間だということは分からないのだ。

 この後宮に入る際に身元調査が行われるので、ガブリエラ王妃と彼女に近い女官や侍女たちはエイプリルの身元を知っているだろうが、この様子だと明日には他の妃たちやその部下たちにも広まることだろう。

 グランディエ王国では異邦人だからと貶められることはないが、侍女たちの様子を見るに珍獣を見るような眼差しである。

 エイプリルは朝から気が重くなるのだった。


 ゾロ王が「桜の館」を後にしてからしばらくて、ようやくサリサはベッドから体を起こした。

 「おはようございます、第五妃様。お水でございます」

 「ありがとう」

 ベルを鳴らしてやって来た侍女から水を受け取り喉を潤す。

 昨晩もゾロ王から情熱的に愛され、気絶するように寝入ってしまった。

 理知的だと思っていた王の思わぬ一面に最初は驚き、怯えすら感じたものだ。

 しかし一週間もすれば体が慣れてくる。

 そして王と夜を過ごす日を重ねるにつれ、その痛みすら女としての自信に変わっていった。

 

 侍女に手伝ってもらいながら湯あみをしていると、エイプリルが浴室を訪れた。

 「おはようございます、第五妃様」

 「おはよう、エイプリル。陛下を見送ってくれたのね」

 「はい。つつがなく」

 「どうもありがとう。今日の予定は?」

 「14時より、第二妃様の『蓮華の館』にてお茶会に参加することになっております」

 「…そうだったわね。他の妃たちは招かれているの?」

 「いいえ。ただ、ラモーナ王太后様がご参加される予定とのことです」

 「あら怖い。陛下の寵愛を独り占めするなと責められるのかしら?」

 サリサはエイプリルと侍女に手を貸してもらい、ゆっくりと湯船から立ち上がる。

 「妃たちの出方を見る、良い機会ね」

 サリサが第二妃オーガスタのお茶会に参加すれば、他の妃たちは何らかの反応を示すだろう。

 準備期間は終わった。

 そろそろ打って出るタイミングだということだ。


 全ては己に課せられた使命を果たすために。

 サリサは強い意志の炎を、その瞳の奥で燃やすのだった。

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