02 ベイトソン公爵の思惑
「クレスウェル家嫡子、ランスロットと申します。第五妃様、お見知りおき下さいませ」
「初めまして、ランスロット様。第五妃のサリサですわ」
ランスロット・クレスウェルから「初めての」挨拶を受ける。にこにこと笑うランスロットに、サリサも負けじと満面の笑みを返した。明るい場所で見れば、ランスロットはなかなかの美形だった。しかし父イズラエルのように色気のある美貌ではなく、きりりとした目元の男らしいイケメンだ。
今日からサリサは王妃代理としてゾロ王とともに公務に赴く。その際、同行者としてランスロットを紹介されていた。表の公務に慣れないサリサを補佐するという名目だ。本来の目的についてはサリサはリベラ伯爵から前もって聞かされていた。ランスロットとゾロ王を同時に騎士団が護衛するためだ。
ランスロットは現在王位継承順位第三位だが、一位と二位は老齢の大公で、しかも男児がいない。ゾロ王の身に何かあった際、最も王位に近いのは先々王の外孫であるランスロット・クレスウェルだった。ちなみにゾロ王には妹が二人いるが、一人は夭折し、一人は嫁いだものの女児を産んですぐに儚くなった。イズラエルはゾロ王とランスロットを同時に行動させて騎士団の負担を減らしつつ、相手が始末したい二人がまとめて消せるチャンスだと思わせて短期決着を図ることにしたのだ。
初日の公務は新しく設立された学習施設の開業式だった。
「学習施設は、かつてこの国にいた異邦人が提案したものでしたよね」
ランスロットの質問に、ゾロ王が頷く。彼らが話しているのは王族専用の馬車の中で、ゾロ王の傍らにはサリサがいた。
「王都に学習施設がいくつか建ち、平民の識字率がかなり上がった」
「この施設は他より広いですね。それに食事をする場所があると聞きましたが…」
「リベラ伯爵の提案で、貴賤関係なく子供たちに食事を提供することにしたのだ。まだ子供を労働力と考えて働かせる親がいるからな」
「『給食』はエイプリルの案ですわ」
「ああ、エイプリル嬢も異邦人でしたね。今度話を聞いてみたいな」
今回の施設への訪問は、エイプリルという新たにやってきた異邦人を保護しているリベラ家が積極的にかかわった。王妃の代理としてリベラ家出身のサリサが選ばれたのは、傍から見れば違和感のない人選に思えるだろう。馬車は何の問題もなく施設に到着し、王族の仕事が始まった。
開業式は滞りなく済んだ。
施設長の挨拶を受け、派手ではないが簡単な立食パーティーが開かれる。パーティーの会場は食堂となる予定の一階のフロアで行われ、小さい庭が面していた。出資をした貴族も何人か立ち会っており、サリサの父であるリベラ伯爵もいる。サリサは王妃代理としてゾロ王にエスコートされていた。
「国王陛下、第五妃様、この度は足を運んでいただきありがとうございます」
「ご苦労だな、リベラ伯爵」
なんてことのない挨拶のようだが、周囲は聞き耳を立てている。
「ところで王妃様のお加減はいかがでございましょうか?体調不良と聞き及びましたが…」
「おそらく暑気あたりだろう。侍医は心配ないと言っていたが、念のため休ませた」
「さようでございましたか。大事でないのならば安心いたしました」
王妃は体調不良で欠席ということになっているが、色々と勘繰る者もいる。あえて周囲に聞かせるためにした会話だった。
リベラ伯爵を皮切りに、国王のもとへ貴族たちが挨拶に訪れる。本来貴族の方から国主である国王に話しかけてはならないので、本当に頭を下げるだけだ。リベラ伯爵の時のように挨拶をして、国王が話しかけて初めて会話を続けることが許されるのだ。それでも彼らには国王に間近で拝謁したという栄誉が手に入るので、挨拶はしばらくやむことはなかった。
「ここでは何も起きないのかしらね」
ようやく貴族たちから解放され、サリサは果実酒で喉を潤していた。エスコートしてくれていたゾロ王は、サリサをエイプリルに預けて会場を一時退出している。直前にイズラエルが何やら耳打ちしていたので、何か不測の事態が起こったのかもしれない。
すると一通り貴族と挨拶を終えたらしいランスロットが歩み寄ってきた。
「第五妃様、庭に出ませんか?」
「…ええと」
「そこのポーチまでですよ。奥まで入りません」
会場が面している庭は狭いが、際の塀まで行けば会場からは見えづらくなる。しかし会場と庭をつなぐ屋根付きのポーチまでならば不自然さはなく、天気も良いので気持ちもよさそうだ。サリサは一瞬迷ったが、手持無沙汰だったこともありランスロットの手を取った。エイプリルを待機させ、二人でポーチへ出ると外の空気を吸い込む。
「サリサ様、またお話できる機会に恵まれて嬉しいです」
「未だに客間に潜り込んでいるのかしら?」
「ははっ。さすがにあれからはやっていません。その暇もなかったですしね」
「王位継承順位が高いと大変でしょう」
「…ええ、やはり狙われているとなると気分はよくないです」
「何かあったの?」
「はい、まあ。毒を仕込まれたくらいです。口にする前に毒見役が気が付いて被害はありませんでしたが」
いくら貴族といえども、毒見役を傍らに置くことはあまりない。
ランスロットは公爵子息でありながら、王族と同じ危険にさらされているのだ。
「犯人は?」
「不明です」
「…そう」
痛みをこらえるようなランスロットに、サリサは何も言えなくなる。その毒見役とやらが亡くなったのかもしれない。
「黒幕は…ラトランド辺境伯だと思っているのね?」
「父は確信しているようでした。動機もありますしね」
「辺境伯の子息があなたのすぐ下の王位継承者よね。確か…」
「ラトランド辺境伯の子息、パーシヴァルです。母親が先々代国王の王女メアリーアンで、私の母エリザベスの異母姉妹です」
今のラトランド辺境伯ロードリックはベイトソン公爵の次男で、後継ぎのいなかった辺境伯家に養子入りした。パーシヴァル少年は、家名こそ違うがベイトソン公爵の内孫ということになる。
パーシヴァル少年の継承順位がランスロットより低いのは、メアリーアンとエリザベスの身分が大きくかかわっている。メアリーアンの母…つまりパーシヴァルの母方の祖母は王宮に侍女として入っていた準男爵家出身で、妊娠して初めて妾となった。対してエリザベスは王妃腹で先代国王の同腹の妹であるので、ランスロットの方が継承順位は高いのだ。
「ベイトソン公爵とは挨拶くらいしかしたことがないわね」
現在のベイトソン公爵は、七十代の老人だ。この国ではだいたい後継ぎが結婚して子供ができるのを見届けてすぐ引退することが多いので、七十を超えた当主というのは珍しい。口ひげを蓄え、気難しそうな印象の小柄な老人だった記憶がある。尊大な態度な割に仕事ができず、ろくな役職も与えられていないと聞いた。それでも家柄だけでなんとか威張っていられるが、年々王室との距離が開いている。
父方の公爵家も王妃を輩出できるほどの家柄ではあるのだが、先代当代の国王と歳が合う女児に恵まれなかった。
ところが養子に出していた次男と、先々代の妾腹である元王女の間に運よく男児が誕生した。
「国王の外戚となるチャンスを、ただ黙して待つほど無欲な人ではありません」
「上昇志向の強いお方みたいね。…肝心のパーシヴァル様はどんな方なの?会ったことがあるのでしょう?」
「ええ、一つしか年が違いませんから、一緒に帝王学の講義を受けたりしました」
「辺境伯」とは。
エイプリルのいた世界の「国境を防衛する貴族」とは違う。国の軍事を担う一族を便宜上そう呼んでいるだけで、領地は持たず、基本的には王都に居を構えていることが多い。パーシヴァル少年も王都で生まれ育ち、王位継承権が高い子息として高度な教育を受けてきたのだろう。
「一言でいえば、祖父…ベイトソン公爵の分身です」
「あらまあ」
つまり、身分は高いが有能ではない。選民意識が強く上昇志向の塊…といったところだろうか。
「おや…!噂をすれば」
ランスロットが視線で会場内を示す。ポーチにいたので分かりづらかったが、会場内の貴族たちは思わぬ客人に騒めいていたようだ。入口から進み出てきたのは、煌びやかな出で立ちの父子と思われる二人。
どうやら彼らこそが、ラトランド辺境伯ロードリックと息子のパーシヴァルらしかった。




