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13 王の怒り(他者視点)



 「きゃああ!ドロシー!誰か来て、ドロシーがぁ!!」


 ランスロットは吐血して床に倒れこんだ侍女を呆然と見つめた。

 顔は紙のように白く、半開きの目に光はない。もはや手遅れなのは明白だった。

 

 建国祭の次の日のこと。

 思わぬ出会いをして心弾んでいたランスロットは、朝食を運んできた侍女のドロシーの様子がおかしいことに気づかなかった。ドロシーは男爵家の出身だが、フォースター侯爵家とは遠縁の子爵家に嫁いだ女性だ。しかし実家に借金があった彼女は設けた二人の子供を嫁ぎ先に預け、クレスウェル公爵家に十年以上住み込みで仕えている。ランスロットも幼いころから知っているので、その生真面目さと忠誠心は知っていた。

 テーブルに用意された食事を食べ始めたランスロットは、昨夜のサリサ妃との邂逅を思い起こしてぼんやりしていた。


 ―――サリサ様にもう一度会いたいなぁ。次は11月の豊穣の宴か…。五か月は長いな。


 12歳のランスロットは魅力的な女性に会って、完全に浮かれていたのだ。と、ランスロットは自分の後ろに誰かが立っていることに気が付いた。

 「…ドロシー?」

 後ろに控えていたはずのドロシーだった。彼女は無言のままランスロットに近づき、真後ろに立っている。同じく部屋にいた従者ともう一人の侍女も、ベテラン侍女のドロシーのまさかの行動にとっさに反応するのが遅れた。

 「ドロシー?」

 「…」

 すると彼女は、彼の目の前にあった紅茶のポットを荒々しく掴んだ。ランスロットたちが唖然としている間に、あろうことかポットの紅茶をそのまま飲み出したのだ。

 「ド、ドロシー?いったい何をしているのだ!?」

 「…ううぅ、ああああーーー!!」

 「ドロシー!!」

 ようやく我に返った従者がドロシーを制そうとするが、紅茶を半分ほど飲み干したドロシーは突然胸をかきむしり吐血した。あとは冒頭の通りだ。


 王宮に留まっていた父のイズラエルが飛んで帰ってきた。まずはランスロットが無事であることを確認して安堵していたが、ドロシーの持ち物を調べていた執事長の報告を聞いて、一瞬で硬い顔をした。ランスロットが真相を聞かされたのは二日後のことだ。

 ドロシーは脅されていた。あの日の朝のランスロットの食事に毒を盛るように指示された手紙と、子供のものらしき指が二本残されていたという。クレスウェル公爵家で働く使用人はそもそも家族を人質に取られて主を傷つけないよう、家族にもそれなりの保証が出る。ドロシーが死んだ後にすぐ彼女の嫁ぎ先に連絡したが、子供たちは何事もなく無事なことが分かった。手紙に添えられていた指は、死体置き場の遺体あたりから切り取ったのだろう。しかし、どうやら手紙は早朝の食糧の仕入れに紛れて手渡されたらしく、ドロシーは子供の安否を確かめる(すべ)も時間もなかった。

 せめてランスロットが異変に気付いてくれれば良かったのだが、その日に限ってランスロットは上の空。家族と忠誠心の板挟みになった彼女がとっさにとった行動が、自分から毒をあおるというものだった。


 「かわいそうに、ドロシー…」

 家族を残して逝ってしまった彼女の無念を思うとやりきれなかった。自分が毒に気づいていれば、ドロシーは毒を仕込んだ実行犯として拘束されるものの、情状酌量が認められたかもしれない。

 「手紙には犯人に繋がるものは見つけられなかった」

 「そうですか」

 ランスロットはせめてもの慰めだと思った。黒幕へ繋がる証拠がないということは、ドロシーの罪を公にしなくて済む。彼女を罪人ではなく、忠実な使用人として葬ることができるのだ。

 理由は何とでも取り繕える。イズラエルも同意見だったのか、グレーの瞳を伏せた。

 「お前は食事に毒を盛られたが…実行犯は不明だ。異変に気付いて毒見をした侍女が代わりに命を失った。家族には十分な見舞金を払おう」

 「そうですね。…ありがとうございます、父上」



 数日後、陰鬱な空気をまとったランスロットが王宮に呼び出されていた。あの毒殺騒ぎの日以来、初めての登城だ。

 国王が遣わした案内役とともに、従者を連れて回廊を歩いていると、正面から会いたくない人物が来るのが見えた。しかも二人揃っている。ベイトソン公爵と、彼の孫にあたるラトランド辺境伯子息パーシヴァルだった。パーシヴァルは父親のラトランド辺境伯ではなく、自分を甘やかしてくれるベイトソン公爵と一緒にいることが多い。

 ランスロット達は回廊の端に寄ると、頭を下げて二人が通り過ぎるのを待つ。しかし案の定というべきか、相手は足を止めてこちらに話しかけてきた。

 「誰かと思えばクレスウェルの小せがれではないか。あさましくも国王陛下に媚びを売りに来たのか?」

 「…公爵閣下、ご機嫌麗しく」

 「ご苦労なことだ。どんなに胡麻を擦ってもそなたに王位は転がり込んでこないぞ」


 貴族の品位も何もない言葉で蔑んできたのはベイトソン公爵の方だ。先々代国王の同母妹の子で、ゾロ王やランスロットにとっては従兄弟叔父にあたる。先々代は妹を溺愛しており、彼女がベイトソン公爵家に降嫁する際、豊かな土地を与えられた。その土地の管理は部下や息子に任せ、己は王都に入り浸っている。


 「まったく、どうして陛下はそなたのようなみすぼらしい子供を贔屓しているのだか…」

 「仕方がありませんよ、お爺様。あの成り上がり者の息子なのですから」

 パーシヴァルの声がしたが、ランスロットは顔を上げなかった。このくらいの嫌味は言われ慣れていて、相変わらず下品な思考だなと思ったくらいだ。


 ベイトソン公爵の次男ロードリックがラトランド辺境伯家に養子に入り、元王女メアリーアンと結婚して設けたのがパーシヴァルだ。王位継承位は、ランスロットに続く第四位となっていた。元王女を母に持つという点ではランスロットと同じで、常日頃からライバル視されてきた。歳も近いので帝王学の講義も一緒に受けたことがある。

 ランスロットの方が継承順位が高い理由は、一つ年上なことや家の爵位もあるが、大きいのは母方の祖母の身分が正式な後宮の妃だったか妾に過ぎなかったのかという点だった。メアリーアンの母はもともと後宮の女官で、娘を生むと王の寵愛を失って妾のまま止め置かれた。息子のロードリックに王女をあてがいたかったベイトソン公爵の強い要請で、王家はメアリーアンを王女として認めたうえでラトランド家へ嫁がせた。公爵は元王子だった自分の孫であるパーシヴァルが、ランスロットより継承順位が低いことが気に入らないらしい。

 

 そのままべらべらと唾を飛ばしながらランスロットとここにはいないイズラエルを罵倒すること数分、公爵はようやく満足して去って行った。パーシヴァルもそれに続こうとする気配を感じて、ランスロットは少し意外に思う。今日のパーシヴァルは少しおとなしかった。いつもは祖父を煽りに煽って嫌味を長引かせるというのに。

 疑問に思いながらも相手が立ち去るのを待っていると…。

 「悪運の強い奴だ」 

 抑えた声で、しかしはっきりとランスロットの耳に届くようにつぶやいた。はっとして顔を上げれば、パーシヴァルの顔は憎しみで醜く歪んでいた。


 こいつだ!

 こいつのせいでドロシーは…!! 

 

 ランスロットは怒ると同時に愕然とした。パーシヴァルのことは嫌いだったが、これまで憎んだことはないし、いなくなってほしいとも思ったことはなかった。ゾロ王に男児がない以上、自分かパーシヴァルのどちらかが王位を継ぐと聞かされても、現実的に受け取ったことはない。

 ところがいま目の前にいる、王位を継ぐかもしれないパーシヴァルを見て気づいたのだ。彼の性根は、ランスロットが思っていた以上に腐りきっていた。ランスロットを必要以上に憎み、害するために犠牲を厭わない。権力に、王位に執着している。こんな奴が国王になったらどうなるのか。

 ランスロットは初めて己の立場を顧み、王位継承位三位という重みを感じたのだった。




 通されたのは謁見の間ではなく、ゾロ王の執務室だった。父のイズラエルも先に到着している。

 「久しぶりだな、ランスロット…。大変だったと聞いた」

 「…陛下」

 顔色をなくしたランスロットを、ゾロ王は先日毒で殺されかけたためだと思ったようだ。それ以上クレスウェル家での騒ぎには触れなかった。


 「これは極秘の情報だ。…二年前にゾロ第一王子が殺された件の下手人が、こちらの手元にいる」

 「第一王子…。やはり殺されていたのですね」

 「拷問して吐かせたところ、ベイトソン公爵の名前が出た」

 「…」

 「驚かないな」

 「あの人ならやりかねません。しかし、よくその名前が出てきましたね」

 「今回はラトランド辺境伯が絡まず、公爵の独断だったようだ。証拠がボロボロ出てきた」

 ベイトソン公爵とパーシヴァルに挟まれたロードリック・ラトランド辺境伯。彼は感情的で問題ばかり起こす父親の手綱を良く握っていた。辺境伯としての仕事もきっちりこなしているし、パーシヴァルの教育を放棄しているという一点を除けば有能な人物だと言える。

 「証拠があるのなら、すぐにでもベイトソン公爵を逮捕した方がよろしいのでは?」

 小ゾロが亡くなった時のことは、ランスロットもよく覚えている。ガブリエラ王妃はもちろんのこと、普段は感情を表に出さないゾロ王も激しく嘆いていた。公務は二ヵ月滞ったものの、あまりの彼の落胆ぶりに誰も何も言えなかった。その仇を今こそ討てるかもしれないのだ。

 

 しかしイズラエルが首を振る。

 「あちら側はメイスン…例の下手人だが、こちらの手元にあることに気が付いた。てっきり探し出して処理しようとするかと思ったが、違う手を使ってきた」

 「…」

 「後宮…しかも王妃の館である『牡丹の館』で、陛下に毒が盛られた」

 「第二妃ではないのですか?」

 「毒が仕込まれたのは四回…しかも確実に陛下が狙われていた。第二妃の手の者ではありえない」

 確かに、子供のないオーガスタ妃がゾロ王を手にかけても何のメリットもない。

 「我が公爵家で起こった先日の事件もそうだが、どうやらロードリック・ラトランドが動いたようだ。父親の不始末を知り、我らを一網打尽にする作戦に切り替えたらしい」

 「あのラトランド辺境伯がですか?」

 にわかには信じられない。ベイトソン公爵とは違ってしっかりと現実を見ている男だ。いくら後がないからと言って、国王暗殺などという大それた真似をするだろうか。

 「ラトランド辺境伯が何を考えているのかは分からん。だがこれ以上ベイトソン公爵を野放しにはできぬし、間違ってもパーシヴァルが王位を継ぐことはあってはならぬ」

 「…ベイトソン公爵を逮捕すれば、パーシヴァルの王位継承に疑問を抱く者がでるでしょう。それでは駄目なのですか?」

 「駄目だ」

 ゾロ王はきっぱりと宣言した。

 「メイスンを使って証言させ、ベイトソンを処罰しても、ラトランド辺境伯とパーシヴァルに罪は及ばない。継承権を持っている以上、彼らを利用する者が必ず出てくるだろう」

 ならば、そうなる前に潰す。そう言ったゾロ王の緑の瞳には、ほの暗い黄色い炎が燃えていた。

 

 ランスロットはつい先刻抱いたパーシヴァルへの憤りを忘れ、周囲に翻弄されて誤った成長をした彼の身の上を哀れんだ。大切な一粒種を殺されたゾロ王は、その孫が王位を継ぐことを決して許さないのだと理解したからだ。

 そしてゾロ王の怒りが収まる方法は、一つしかない。



前話同様、ベイトソン公爵の出自を訂正しています。

グランディエ王国では女子は王位を継げませんが、女系が認められています。なのでゾロ王の従兄弟であるランスロットとパーシヴァルは公爵より王位継承順位が高いです。

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