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11 秘める想い



 建国祭の奉納の儀は終わり、参加者は夜会の会場へと移動した。

 紳士淑女たちの話題は、直前に行われた第二妃オーガスタの「シュルヴィ姫」の舞の件でもちきりだった。


 「まったく、実に素晴らしい舞いでしたなぁ」

 「ええ、ええ!本当に素晴らしかったですわ。ふふふ…」

 「くすくす…さすがは王太后様のお気に入りなだけありますわね」

 「あら、笑ったら失礼よ。衣装も下品…いえいえ、煌びやかで私は楽しめましたわ」

 「やれやれ、外国の賓客に我が国がどう思われることやら」

 「むしろ良かったのでは?後宮の行事はガブリエラ王妃でなければ仕切れないと示すことができたのだ」

 「本来は王妃様に指名された第五妃様が舞うはずだったのに、第二妃様が無理矢理割り込んだのでしたわね」

 「私は第五妃様が何者かに怪我を負わされて、降板せざるを得なかったと聞いたぞ」

 「まあ怖い!誰の仕業かしらね…」


 参加者が皆楽しそうだ。

 会場に遅れて着いたサリサが首を傾げていると、第三妃のエメラインがお付きの女官を伴って歩み寄ってきた。

 本来夜会では男女パートナーが基本だが、サリサたち王妃以外の妃はパートナーの代わりに女官を伴うルールになっている。

 当然サリサの傍らにいるのはエイプリルだ。

 「第五妃様、お加減はいかがですの?」

 「医師が処方してくれた薬のおかげでもう何ともありません。ところで…『シュルヴィ姫』はどうなりましたか?第二妃様の姿が見えないようですが」

 「うふふふ…。サリサ様も見ればよかったのに。とても楽しかったのですよ」

 「楽しい、ですか?」


 エメライン妃によると。

 舞を奉納する儀で登場したオーガスタ妃は、軽やかな舞を踊るとは思えない着飾った姿で現れたという。

 動きの激しい「シュルヴィ姫」では、裾や腰にビーズを付ける程度で手や足の動きを邪魔しないようにし、アクセサリーもサークレットや腕輪にとどめるものなのだが、オーガスタ妃はペンダントやイヤリングなどただでさえ邪魔になりそうなアクセサリーに重い宝石をはめ込んでいた。

 衣装もズボンではなく薄い生地を重ねたスカートで、羽衣に見立てたのか背中から長いマントが二本伸びて床まで垂れていた。

 「可愛らしい衣装でしてね、5歳くらいまでの幼子にとてもよく似合うデザインでしたわよ」

 この人もいい性格だな、とサリサは思った。

 オーガスタ妃はそんな衣装だったので、鼻にネックレスの宝石がぶつかってきたり、マントを踏んで盛大に転んだりと散々だったという。

 「とはいえ、仮に適切な衣装だったとしても本来の『シュルヴィ姫』の踊りに程遠かったですわ。アヒルのダンスの方がまだ切れがあってよ」

 暗にへっぴり腰だったと言っている。

 大好きな夜会に出てこないのは、いい酒の肴になることを察したからなのか。


 「いいえ、ケロッとしていましたよ、あの方。さすがに王太后様がお怒りになって館での謹慎を申し渡されていました」

 オーガスタ妃が王太后の肝いりなのは周知の事実。

 それがあのざまでは彼女の顔に泥を塗ったと同じ事だ。

 恥をかいたことにも気づいていない彼女が夜会に出れば碌なことにならないとさすがの王太后も察したのだろう。

 おそらくオーガスタ妃のことだから、この夜会のために豪華絢爛なドレスで出席するはずだったに違いない。

 いい気味だと思いつつも、壊滅的なセンスのドレスも見てみたかった。

 いつもの大人しい雰囲気とは違う、饒舌なエメライン妃の話に相槌を打っていると、こちらに近づいていくる女性に気が付いた。

 「あら、第四妃様」

 「ごきげんよう」

 「ごきげんよう、第三妃様、第五妃様…」

 やはり女官を伴って来たのは第四妃パンジーだった。


 今日も淡い緑を基調とした落ち着いたドレスに、小ぶりのアクセサリーを付けている。

 若い彼女には少し地味と思える装いだが、髪が桃色なので全体的に見ればちょうどよい甘さのコーディネートだった。

 相変わらずきつい眼差しでサリサを睨んでいた。

 先日挑発してやったから無理もないが。

 「体調を崩されたと聞きましたが…」

 「ええ。ご心配をおかけしました」

 「あら、本当でしたの?てっきり舞い手の座を取られたことが悔しくて逃げたのだと思いましたわ」

 好戦的な言い方に、エメライン妃があらあらと扇子で口元を隠した。

 「取られたのではなくお譲りしたのですわ。足を痛めてしまいまして」

 「先ほどから見ていましたが、足を引きずっているようには見えませんでしたわ。都合の良い怪我ですのね」

 「歩く分には問題ありませんしワルツくらいなら踊れますわ。けれど『シュルヴィ姫』は激しい踊りですから、失敗して奉納の宴を台無しにしては申し訳ないと思い、辞退しました」

 「夜会では足も体調も元に戻られるのね。せっかく大好きな殿方と触れ合う機会ですのにお引止めして申し訳なかったわ。踊りに行ってらしたら?」

 今日のパンジー妃は特に攻撃的だ。

 オーガスタ妃がいないせいなのか、舌が水を得た魚のように滑らかに動いている。

 そんなことを思っていると、周囲から熱気のようなものを感じた。

 目線は向けないが、この会話を耳にしていた貴族の男たちがこちらを注視しているのだと分かる。

 このままパンジー妃に言われっ放しでは、股の緩い男好きだという噂を立てられそうだ。

 「あら、第四妃様。もしかしてこの夜会で殿方としか踊らないつもりですの?」

 「…は?」

 その場を辞そうとしていたパンジー妃が目を丸くした。

 夜会でダンスをするといったら、普通は異性と踊るものだ。

 何を世迷言をと思っているのだろう。

 「親睦を深めるのならば、私は第四妃様と踊ってみたいですわ。ご心配なく、私男性のパートも踊れますのよ?」

 「え?いや、その…私は…」

 パンジー妃はおろおろしながら、助けを求めるようにエメライン妃へと視線を向けた。

 しかしエメライン妃は気づかないふりをする。

 「いいわね。私と第五妃様はもうとても仲がいい義姉妹だから気にすることはないわ。遠慮せず、パンジー様と踊ってらっしゃいな」

 「ではパンジーおねえさま、参りましょう」

 ちょうど音楽が切り替わった。

 サリサは唖然としているパンジー妃の手を取ると、ぱっとダンスフロアへと誘う。

 あまりに鮮やか過ぎて、パンジー妃のお付きの女官も引き留める間がなかった。

  

 人目があるダンスフロアまで連れられては逃げられず、パンジー妃は結局サリサに付き合わされた。

 よほど動揺していたのか何度かステップを間違えていたが、サリサがうまくフォローする。

 そして一曲が終わると、顔を真っ赤にして、女官を連れて逃げるように人ごみの中に入って行ってしまった。

 「お疲れ様です、第五妃様」

 サリサもダンスフロアから降り、待っていたエイプリルの手を取る。

 「パンジー様ったら、可愛いわよねぇ」

 「年上に言う言葉ではないと思いますが…」

 箱入りのパンジー妃をからかうのが楽しいのか、今日一番にこにこしているサリサに、エイプリルは呆れ顔だ。


 と、そんな間にも第五妃のサリサの元には様々な貴族が近寄ってくる。

 皆新しく後宮入りした幼い妃を一目見ようと、あわよくばよしみを通じようとしているのだ。

 かといって、サリサの方から声をかけなければ誰も話すことはできないルールだ。

 さて、どうしたものか。

 と、サリサは見知った色を見つけて瞳を瞬いた。

 相手もサリサと目が合うと、優雅な足取りでこちらへ近づいてくる。

 それに気づいた他の貴族たちはさっと道を開けた。

 「ごきげんよう、クレスウェル公爵様」

 イズラエルが立ち止まったのを見計らってから声をかけた。

 イズラエルが紳士の礼をする。

 貴族の礼服をまとっていて、騎士団長ではなくクレスウェル公爵として参加しているようだった。

 「お久しぶりです、第五妃様」

 周囲からひそひそと声が漏れる。

 サリサとイズラエルが顔見知りだったことで色んな憶測が流れているはずだ。

 「先日はご苦労でした。おかげで後宮の警備も強固になりましたわ」

 「それはようございました。王家の血を繋ぐため、これからも後宮の安全には気を配ってまいります」

 サリサが後宮で狙撃され、それを間一髪でイズラエルが防いだことを知る者は僅かだ。

 ここでそのことを不用意に暴露すれば、皆が面白おかしく脚色してあっという間に醜聞になってしまうだろう。

 簡単に不義密通ができない仕組みがあるからこその王家の後宮なのだが、それを知らない無知な貴族も多い。

 彼らにとって後宮とは、王宮の奥にある娼館くらいのイメージしかないはずだ。

 貴族たちが聞き耳を立てているところでは当たり障りのないことしか言えないと思ったサリサは、イズラエルに向かって手を差し出した。

 「一曲踊ってくださるかしら?とても上手だとお聞きしましてよ」


 「第五妃様の方から誘うなど大胆なことをなさりますね」

 「お褒めいただいて光栄です」

 イズラエルのリードでサリサはワルツを踊っていた。

 他にも何組か踊っている者たちがいるが、サリサとイズラエルは断然注目を浴びている。

 「…ああ、先ほどの第四妃様とのワルツは良い余興でしたよ。貴族たちの反応を見ていましたが、おおむね好意的でした」

 「大したことはしていませんのに。そんなに珍しかったかしら?」

 「後宮の妃同士ですからね…。それに先刻の第二妃の酷い舞を揶揄しているのはごく一部で、皆は儀式が汚されたと苦々しく思っているのです」

 「その第二妃様は、去年の建国祭で様々な殿方と踊っていたそうですわ。…なんでも友好を深めるためだとか」

 「奔放な方ですからね。思ったことを実行し、周囲にも実行させる。…そして、自分のために邪魔な人間が排除されるのが当然だと思っている」

 イズラエルはサリサをターンさせた。

 ふわりと優雅に回ったサリサは、イズラエルを上目に見やる。

 「あの時は助けて下さって、ありがとう」

 「…」

 「直接お礼が言いたかったのよ」

 「…可愛らしい方だ」

 イズラエルのグレーの瞳が、これまで以上にしっかりとサリサを見つめ返してきた。

 サリサは心臓が高鳴っていることに気づく。

 先ほどの化粧直しで白粉を塗りなおしたのは正解だった…きっと頬は赤く染まっていることだろう。


 ―――ああ、やっぱり。


 彼をダンスに誘ったのは、もちろん礼を言うためというのもある。

 だがどうしても確かめたかったのだ。


 ―――私は陛下ではなくこの男に惹かれている…。


 イズラエルに出会ったその日から、明けても暮れても彼の顔がちらついた。

 ゾロ王と体を重ねている時でさえ、イズラエルの面影を追った。

 どうして彼なのだろう。

 自分より一回り以上年上の男だ。

 先ほど邂逅した彼の息子…ランスロットの方がずっと年が近い。

 再婚していないということは、亡くなった正妻をまだ愛しているのだろうか。

 いつか彼が誰かと再婚した時、自分は笑顔で祝福できるのだろうか。

 様々な思いが胸に去来するが、サリサは今でもこれからも決してそれを口に出すことはしない。

 己が王の妃だからとか、人道に外れているからだとか、そういった理由ではない。

 イズラエルに惹かれたからといって、その激情に身を任せるのはサリサの生き方ではないからだ。

 だから想いは胸に秘める。

 かといって悲嘆にくれることもない。

 それがサリサだ。


 

 第五妃とクレスウェル公爵の夜会でのダンスはしばらく貴族たちの話題に上った。

 直前の彼らの会話からどうも親密な仲らしいと口にする者はいたが、ただならぬ関係だと邪推する者は少なかった。

 二人が一曲しか踊らなかったことや年齢差、これまで浮いた話がなかったクレスウェル公爵の人となり等が、まだ15歳のサリサとの不義には結びつかなかったのだろう。

 またサリサは直前に第四妃と踊っているので、むしろこちらの組み合わせにあれこれと考えを巡らせる者が多かった。

 そしてそれも数日すると、貴族たちは別の話題に飛びついてしまった。

 これまでずっと結託してきたラモーナ王太后と第二妃オーガスタの仲が、建国祭以来険悪になっているというのだ。

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