最後かもしれないから、全部聞いておきたいそうだ
「おっしゃー!」
バットを振るように両手剣をフルスイングすると、ズバーンとコボルトの首が飛ぶ。
『咒』で調整された鎧は驚くほど調子がいい。
まず涼しい。鎧の隙間をそよ風が巡回してるみたいだ。身体を動かしても清涼感が続くし、動きを止めても寒くなりすぎるようなこともないし、実に快適。
それから軽い。実際は重いものを軽いように感じるだけにしたのかと思ったら、枕木を蹴る音も軽くなったし踏み砕くこともなく、物理的に軽くなっていた。
「快調ぉっと!」
もう一体!
トリスは首が飛んだコボルトから手早く石を回収してガラスの瓶に入れる。石は頸窩、鎖骨と鎖骨の中央にあるくぼみにおさまっている。それは人間も魔獣も変わらない。人間の石は、その『行』によって色が決まる。グリーン、オレンジ、セピア、イエロー、ブルーの5つだ。魔獣は例外なくブラック。
これを回収して寺院にもっていくと金になるし冒険者としての段位があがる。おお。ゲームっぽい。ブラック以外の石は寺院まで持っていけば本人負担の蘇生料金の2割が持ってきた冒険者に支払われる。世知辛い。
ライトふたつ先行していたレベッカの戦果も上々だった。カラカラと渇いた音を立ててレベッカの回収してきた魔石もトリスの瓶に加わる。その瓶をトンネルの灯りにかざしてトリスが溜息を吐いた。
「少ない」
「そっか。じゃ、もう少し頑張ろうか」
そうじゃなくて、とトリスが首を振る。
「魔獣の数がかなり減ってる」
「それって悪いこと? いいこと?」
「わからない」
「じゃ、気にしても仕方ないじゃん」
あっさり言って先に進もうとするレベッカの腕をトリスが掴む。レベッカがぎょっとしたようにトリスを見る。
「私から離れないで」
「なんで」
「今日は三人しかいないんだから斥候に戦力を割けない。この先には大物もいるし、私の目が届く範囲にいて」
「トリスがそう言うなら、そうするけど」
トリスが腕を離すと、レベッカは平気な顔してスタスタと先に進む。一瞬、トリスの話を聞いてた? と思ったけれど、レベッカは次のライトで足を止めておれたちを待つ。トリスの言葉を文字通り、視界の中にいる範囲なら先行してもよいと解釈したようだ。
「私が先に索敵してから進んでって。そこまで噛み砕かなきゃ伝わらないの?」
めずらしく苛ついてるトリスの呟きは、レベッカには届かなかった。
トリスのいう『私』とはカートを指す。搭載されているのはWiFiや補給物資だけではなく攻性・防性の様々魔術式が施され、ジャミングや索敵やジャイロによるマッピングなどなんでもござれ。なんと線路痕を利用して自律走行もできる小さな要塞だ。トリスの仰る通り、ベースに近ければ近いほど安全なわけ。
このパーティの過去を知らないが、レベッカはずっと先鋒を務めていたのだろう。おれは宥めるようにトリスの肩をぽんと軽く叩いた。
レベッカみたいな脳筋には理屈を説いて判断させるより、もっと簡単に『心配だから先行しないで』とか『怖いからそばにいて』とか、とって欲しい行動を具体的に伝えたほうがいいと思う。
◇
戦闘を進めながら気付いたことがある。
なんとなく魔獣がいそうだと思った方向には、必ず魔獣がいる。コボルトっぽい、とか、オーガっぽいとか、狼っぽいとか、種類まで分かる。気が立ってるとか怯えてるとか、そんな感じも伝わる。
おれは敵意があって戦闘が避けられない魔獣だけを相手にすることにした。怯えた魔獣は見逃したし、敵意がなくて強すぎる敵は避けれるだけ避けた。
トリスがたまに空中に投影する地図を見て、おれは魔獣が少なくもっとも楽だと思われる経路を提案した。トリスはレベッカの提案は秒で却下するが、おれの提案には特に異論もなく従った。
調子よく魔獣を倒せているのは、鎧のおかげばかりではないようだ。
◇
「気持ち悪いぐらい順調なんだけど」
「はっはっは。おれのおかげだ。感謝したまえ」
「うっざ」
驚くべき速さで、おれたちは最奥の間へ到達しようとしていた。最後のプラットホームで最終決戦への準備を整える。こんなところにまで寺院印の武器屋と道具屋が出店してるのはなんなの。目眩まし用の発光弾と発煙筒を購入できて助かったが。
「前回はここまで来るのに3日かかったんだよ? ヒュドラやコカトリスで姉貴もグスタフもブラッドもロストしたんだよ? 今回はコボルトぐらいしか出ないって、ありえなくない?」
「まさかあんなところに抜け道があるなんて……確かに地図では空白だったから何かあったとしても不思議じゃないし、プラットホームに補給するなら無いほうが不自然……ということは寺院が情報を隠匿……?」
こんなに順調にいったのにレベッカもトリスもおれに感謝してくれるでもなく、物思いに耽りすぎというか、軽い興奮状態で自分の頭の中にあることを吐き出してるというか。
二人が落ち着くのを待つあいだ、おれは先ほど仕入れたばかりの寺院印の発煙筒の山を三つに仕分けする。レベッカがそれを見て、んんん? という表情になる。
「……発光弾は分かるけど、なんで発煙筒?」
「竜にはピットがあるだろ」
「ピット?」
「赤外線を見る第二の眼。暗闇でも熱源を感知して行動できる」
「それを煙で誤魔化すの?」
「いや。赤外線は煙があっても見える。煙が立つあいだ筒が温かくなることが重要なんだ。発光で目を潰してから発煙筒をばら撒けば、周囲に突然熱源が沢山できて竜は混乱するだろうし、おれたちはそれに紛れることができる」
「え、頭いい」
「はっはっは。苦しゅうない。もっと褒めろ」
「ベーコンあげる」
レベッカがささっと自分の皿に乗った厚切りベーコンを一切れくれた。おれは自分のパンをナイフで横半分に切り開いてベーコンを挟んで頬張った。最後の晩餐だ。いや最後にするつもりはないが。
ところでおれがなんでピット器官のことを知ってるのかというと、ひとえに竜だった頃の経験がものを言ってる。案外便利なんだよな、あれ。
「その作戦だと私たちが煙に巻かれるのでは?」
トリスが痛いところを突いてきた。
「う……正直その可能性はあると思ってました……どうにかできませんかね?」
「ある程度なら。時間があれば」
トリスがチラッとレベッカを見る。『咒』だけで対策するのは難しいってことか。
「まかせる」
「あ、そうだ。あたしトリスにずっと聞きたいことあったんだけどさ、」
レベッカがピクルスを挟んだサンドイッチを頬張りながら口を開く。
「あたしってなんで殺されたのかな?」
昨日のご飯なんだったっけ、ぐらいの軽い口調で。え? なんで今ここで聞くの? 今までもずっと聞くチャンスあったよね? フラグ? 何フラグ?
「殺したよね、あたしのこと。なんかさ、やっぱちょっとずっと気になってて。今回本当にロストしちゃったらもうわかんなくなるじゃん? 謝らなきゃいけないことがあったら、謝るし……ていうか、いま謝るし。ごめん」
トリスはこんなときになにを言ってるんだこいつは、みたいな表情でレベッカを見た。それから深いため息を吐く。
「意識があったなんて思ってなかったわ。もう死んでると思ったから石を回収した。謝罪される覚えもない」
「ほんとに?」
「ええ」
レベッカは気懸りが無くなったのか、かなりほっとしたような表情で食事を再開する。筋は通っている。だが、トリスの表情はまったくのがらんどうだった。