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ダンジョンと寺院にまつわるエトセトラ

 この洞窟は、通路ならぬ線路を進むと一定間隔で『駅』が出現する。

 『駅』は寺院が整備している。モンスター避けの常夜灯が設けられ、冒険者が休息を取りやすいよう整備されたプラットホームがあり、駅によっては常駐の僧侶がいて入用なものを販売してくれたり、回復してくれたりなど非常に商売っ気があ――便宜を図ってくださっている。


 さすがに最初の駅までは魔物も僧侶もいない。

 ここで地上や地下街に接続していないものかとうろついてみたが、改札まで繋がっている階段はひとつもなかった。だいたいは途中で崩落した階段だったり、エレベーターの残骸が上まで繋がってなかったりするわけだが、わざと塞いだような痕もある。


「塞がないとモンスターが地上に溢れるのよ。こうやって塞いでおけば入口は寺院が押さえてる場所だけになるから管理が楽にできるってわけ。疲れてるんでしょ? 座れば?」


 うろうろしてる隙にカートを中心にバーベキューセットみたいな椅子やテーブルが組み立てられて、簡易ストーブでお湯まで沸かされていた。普通に素敵では?

 鎧が邪魔なんで、テーブルと一体化したベンチによっこいしょと後ろ向きに腰掛けると、レベッカが言った。


「脱いで」

「えっち」

「死ね」


 レベッカが有無を言わさずおれの鎧を解く。胴体を締め付けていた革ベルトが外れると風も通ってかなり楽になる。


「汗くさ…」

「す、好きで汗くさくなったんじゃないんだからね! 制汗デオドラントも汗ふきパッドもないのが悪いんだからね! ほんと泣きそう……」

「いや、ごめんね。責めたわけじゃなくて……これでも使って」


 レベッカが荷物の中からふっかふかなタオルを投げてくれる。地獄に仏! 顔じゅうにびっしょりと浮き出た汗を拭ってぱたぱたと仰ぐ。かなりマシになってきた。


「やっぱりだ。咒が剥げてる。書ける?」


 レベッカがトリスに言うと、トリスは心底面倒くさそうな表情をした。


   ◇


 おれがテーブルによっかかって紅茶をすすってる間。背中側を大きく開げた鎧の内側に、トリスが面相筆でさらさらとなにかを書き付けていく。墨の匂いがする。


「これ、なにしてんの?」

「ここは寺院の管理下にあるから、咒の力がかなり強いのね。で、その咒が剥げていたからトリスに上書きしてもらってんの」

「ただの墨書だよね?」

「墨はただの墨かな? よくわかんない。あたしには咒は効かないから」

「なんで?」

「漢字がわかんないから」


 ふむ?

 レベッカ曰く、咒というものは漢字をよく知っているものが無限大に強く、そしてまた最大限に弱くなるのだそうだ。漢字という象徴術式のバリエーションを知れば知るほど使いこなせるし、かつ強い影響を受けるのだという。


 漢字というのは魔術的に言うなら『象徴』の塊である。漢字は一文字で様々な象徴を担う。無数にある漢字の組み合わせで新たな魔術式が発動する。


 たとえば、『周』という言葉がある。この言葉は田が整ってびっしりと作物が生えている象形である。ひいて『あまねく』『ゆきわたる』『めぐる』『ととのう』という意味を持ち、転じて細やかで行き届く意味を持つ。この言葉と『涼』を組み合わせれば簡易クーラーの出来上がりだ。『冷』や『凍』だと冷蔵庫が出来上がってしまうから注意したい。


 しかしそれは意味を知るものにしか使えないし効かない。例えばレベッカの鎧に同じ咒を書いたとして、おれとレベッカとでは効きが違うのだという。おれは漢字を知っていて、レベッカは漢字がわからないから。


「理屈がよくわからないんだが」

「つまり術式を完成させるのは咒のターゲットである貴方ってこと。文字は術式の起動トリガーで貴方の魔力を引き出して方向付けをしてるだけ。ここが寺院の管理している場所だから起動しやすくなっているの」


 トリスが引き取って説明する。ふんわりとはわかったような気がするものの。なんだか騙されてる感じが拭えない。詐欺師の言葉に騙されてるような……でも魔術って基本は呪文すなわち言葉で成立しているわけだし、そんなものなのかもしれない。


「まぁ、だからあたしの鎧はこういう感じなんだけどね。咒が効かないからとにかく軽く、機動性を重視したの」


 レベッカが胸を張る。非常に、というか異常に軽装だ。鉄製ではあるのだが、肩当と胸当てと腰当と手甲とブーツしかなく皮膚が剥き出しになっている。アメコミの女戦士というかドラクエのビキニアーマーというか、あんな感じだといえば伝わるだろうか。胸もさることながら、あまりにも魅惑的な腰のくびれが目について仕方ない。


「正直言って、なにも守ってないように見えるんだが」

「ドラゴンにぶっとばされれば何着てても一緒だし、当たんなきゃいいのよ」

「潔すぎだろ。コボルトみたいなどうでもいい敵で死ぬぞ」

「当たんなきゃ死なないって」

「当たれば死ぬって言ってるんだが」


 レベッカはまるで自分だけは死なないと思ってるかのように、へらへら笑う。いやもうそんな付けてるかどうか分からないような鎧を付けるぐらいなら、いっそ全裸でダンジョン入ればいいんじゃないの、とおれは投げやりに思う。なまじ付けてるから余計にいやらしいんだ。全裸なら……全裸はもっとやばいな。前かがみになっちゃうな。想像しちゃったが、これはけしからんな。気持ちを逸らそう。


「……死ぬって言えば、蘇生とかロストについてきちんと教えて欲しいんだが」

「いまはむり」


 いやまぁトリスはそうでしょうね。無理な態勢での墨書に忙しいもんね。なんかごめんね! 君でもいいんだけど、とレベッカを見る。


「う。なんか間違ったこと言うかもしれないけど」

「なにも知らんよりマシだろ」

「これ」


 トリスは胸元から壊れた石を取り出した。オレンジ色で半透明の、手のひらの窪みに調度おさまるぐらいの、石。いやどこから出したの今。せっかく気持ちを逸らそうとしてるのに何してくれてんの。


「あたしの姉貴の石なんだけど、割れてるでしょ? これがロスト。もう蘇生できない」

「えっ」


 さらっとすごいこと言われたような気がする!


「それは……このたびはご愁傷さまでした……?」

「あ、いや、ロストしても冒険者登録をした寺院にオリジナルの石があるから、これまでの経験がなくなって最初からやり直しになるだけで、べつに死んだとかそういうわけじゃないんだけど」


 紛らわしいな!


「俗に寺院のことを、ゆりかごから墓場までって言うじゃん?」

「北欧の社会保障とは違う意味かな」

「ほくおー? しゃかいほしょー?」

「気にしないで続けて続けて」

「ええと、まず人間って寺院で生まれて寺院で死ぬわけじゃん?」

「わけじゃんって言われても……そうなんです?」

「それで割礼のときに石を貰うじゃない?」

「割礼とは? 石とは?」

「割礼っていうのは成人式のときに性器をこう――ええと。説明が難しいな」

「不妊処置のことよ」


 トリスが会話に割り込んだ。ファンタジーの割にえげつない設定割り込ませるな?! 


「わたしたちは次代を残せない代わりに永遠を手に入れたの」


 トリスが平坦な声で言った。詩的な表現だけど、なにを言ってるのかさっぱりわかんない!


   ◇


 要領を得ないレベッカの話と、端的過ぎるトリスの話をまとめよう。

 この世界では人は寺院から授かる。

 両親からではない。寺院から、だ。

 授かった子供たちは寺院が育てる。

 稀に、レベッカのような貴族――貴族だと?!――は、おれがよく知ってるように家族を持ったり、血を分けた『自分の子供』を持つこともできる。

(それって貴族以外の寺院で授かる子供たちのルーツは不詳だということを暗示してないだろうか)

 この地域では自然分娩は基本ないが、寺院の勢力が弱く割礼を行わない地域ではその限りではない。

 寺院から生まれた子供たちにも、生殖能力はある。しかし成人の通過儀礼として不妊処置を施される。トリスもレベッカも16歳を越えて成人してるので、処置済だ。


 で、その成人の通過儀礼で『(ディスク)』を貰い、これまで生きてきたすべてのことが刻まれる。

 石は二つ渡され、ひとつは寺院に預け、もうひとつは身体のなかに埋め込まれる。

 この石がある限り、人は死なない。たとえ死んだとしても、身体から石を取りだして寺院にいけば、その石に刻まれた情報から記憶と肉体が再生される。これを蘇生という。


 もっとも回復可能なのは怪我や感染症ぐらいで本来の寿命を延ばすことは出来ない。例えばおれに50歳になったら癌が発症するなんて因子があれば、それは避けることはできない。だから蘇生ができても寿命は来る。


「頭がクラクラすることを知ってしまった」

「そう? そういうものだと思えばそういうものかなって思うし」


 レベッカ、君はもっと頭を使って生きようよ。


「成人の男は全員去勢済みって、じゃ、この世界の恋愛ってどういうことになってんの」

「行為自体はできるから、楽しもうと思えば普通に楽しめるよ」


 それ恋愛の話じゃないですよね! セックスの話ですよね! レベッカはもうちょっと恥じらいを持ってもいいんじゃないの。サバサバし過ぎじゃないの。それともおれが乙女すぎるの。


「じゃLGBTQとかどうなってんの。一対一なの乱交ありなのスワッピングとかそのへんのとこどうなんですか。結婚とか貞操観念とか普通ないですよねこんな感じだと!」

「え、ごめん何を言ってんのかよくわかんない」


 レベッカがちょっと引いた。


「一対の男女で伴侶になる、というのがスタンダードで例外はあまりないから、伝統的な恋愛観を踏襲してるんじゃないかしら。結婚も、しておくとなにかと都合のいいこともあるから制度としては廃れてないわ。寺院で式も挙げられるしね」


 際限なく湧いてきたおれの疑問を、トリスがあっさり整頓してくれた。おれが現代を生きる人間ではなくかなりの過去に生きた人間だと知ってるかのように説明してくれるのは、気のせいではなさそうだ。

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