待望のダンジョン!(入口でへたる)
ダンジョンは、どう見ても地下鉄の線路だった。
床、天井、壁、の三方がひび割れたコンクリートで固められ、床には鉄軌の痕がある。砕けつつあるコンクリート製の枕木の下には配電線が走っているが、被膜が剥がれ引きちぎられているものもあった。トンネルは暗く給電はされていないようだ。
そこを鎧を着て歩くのは至難の業だった。歩くたびに鉄靴が枕木に当たって大きな音を立てる。重い鎧は頻繁に枕木を踏み砕く。関節の可動領域は狭く歩みを妨げる。砂が鎧の中に入り込んでざらざらする。滴り落ちる汗を拭う術すらない。面頬をあげて手甲で拭おうとするも、鉄が汗で曇る。くそ。次は絶対タオルを持ってきてやる。肩と額に巻いて、腰からもぶらさげてやる。
なんだか悪い冗談みたいだった。墓場の奥に棺桶を装備して潜り込んでいくような気分だ。おれはどんどん不安になる。鉄の鎧とか心強いことこの上ないと思っていたんだけど、本当にこれで戦えるの……?
ドラゴンどころかコボルトでも死にそう。
◇
「配電、確保。ブレーカーあげるよ」
斥候として先行していたレベッカの声がして、ふいにトンネルじゅうがまばたきをするように二、三度チカチカして明るくなった。明るく、といっても地下街の明るさではなくて、地下鉄のトンネルの明るさだ。経路の先にオレンジ色の光が続き、何匹かの蝙蝠が羽ばたく音を聞く。明かりを避けて奥へと逃げたのかもしれない。
後ろでカートを引いていたトリスがおれの横に並ぶと、ハンドグリップからアンテナを伸ばす。
「それ、なに?」
「WiFi」
「はい?」
「失われた古代の超技術ってやつよね? 旧き者の力を借りるとか言って」
戻ってきたレベッカが得意気に言うが、トリスに軽く無視される。
「ただの通信規格では?」
「そう」
おれには答えてくれるので、レベッカはぐぬぬという表情をした。不憫だ。
失われた技術は魔法にしか見えないというやつだろうか。しかしWiFiってネットワークあってこそ、だろ。世界じゅうに接続された機器や提供されるサービスがあって初めて成立する。この世界にもあるのだろうかネットワーク。
「それでなにが出来るの?」
「スタンドアロンなら基地局を中心にして索敵、追尾、狙撃が出来る」
「起動はどうやって?」
「声紋を記録して、声で命令」
「それが外法の正体?」
「手順に則れば誰でも使えるものを秘匿し隠匿し手順を増やして神秘のベールに包んだものが外法。私が使っているのは単なるWiFi」
「同じもの?」
トリスは軽く肩を竦めて肯定した。
「いったんここで休憩にしてもいいか?」
ダンジョンわーい!と何も考えずに飛び込んでしまった己のアホさを呪いたい。出発前にすべきことだった。
「え、早くない? まだ最初の駅だよ?」
レベッカが無常なツッコミを入れる。
「恥ずかしい話だが、おれは慣れない鎧で疲れ切っている」
「は? なんで鎧なんて着てきたの?」
「そういうもんだって知らなかったんだよ……」
ほんとうに己のアホさを呪いたい……。