ドラゴンスレイヤーの英雄伝説(おれもそのなかに入りますか?)
ゆらめく蝋燭の灯りの下、ひとつの部屋にイケメンと美少女と美女。何も起きるはずがなく――気付くと朝だった。あれえ? いつの間に寝てた?!
あんな話を聞けたのに眠っちゃうっておれ有り得なくね?! だって始源の竜っておれのことだよね?! いや自分でも最強だとは思っていたよ? でも二つ名があるのって、めっちゃ格好いいじゃん!
すでに身支度を済ませていたらしいレベッカとトリスは、おれがのそっと起き上がるのを見るなりさっさと朝食へと行ってしまう。待って。おれの話を聞いて。おれも慌てて跳ね起きて手櫛で軽く髪を整えただけで二人のあとを追う。
階段を降りればすぐに酒場だ。朝から活気にあふれていた。あちらこちらでこれから探索に向かうであろう冒険者たちがテーブルを囲み、朝食がてらに地図を広げて今日の計画を練っている。
「よう、ドラゴンスレイヤー」
二人を探して周囲を見渡してると、顎髭を蓄えたおっさんから声を掛けられた。
「おれのこと?」
「いろいろ噂は聞いてるぜ」
なるほど。
始源の竜を倒すようなやつらの一人なんだから、当然このおれもドラゴンスレイヤーというわけか。
おれは会話できるモブは片っ端から聞いてまわる芸風だ。カウンターで朝食をゲットしたおれは、おっさんの前に座る。さて、ゆっくりじっくりおれの噂とやらを聞かせてもらおうじゃないか。おっさんは怯んだように、そうくるとは思わなかったと呟いた。
「どういう噂が流れてるのかって気になってさ」
「ベラウで三つ首の竜を倒してその身体を裂いて鋼も貫く魔剣を手に入れたって噂は本当なのかい?」
うん、知らない。
「あのときは……そうだな……」
「あの赤毛のお嬢ちゃんたち、べらぼうに強えよなあ」
え、そっちの話してたの? おれの話だと思った! 恥ずかしいなおれ!
「そうそうめちゃめちゃ強いんですよ! ハハハ! 知らんけど!」
いやでも、おれも竜を倒してるわけだし、ドラゴンスレイヤーと言えなくもないよね? まぁ倒された竜もおれだけど! おれと竜でわけがわからないぞ。
とまれ勢いで乗り切ってドラゴンスレイヤーたちの情報を聞く。
おっさんは東の辺境では最強にして最凶といわれる人食いドラゴンを仕留め、国境付近で起きた小競り合いを防衛しながら南下してドラゴンを中心とした大物を仕留めながらここまで辿りついたという屈強な五人組の英雄譚を語る。赤毛のお嬢ちゃんと白いローブの外法使いはレベッカとトリスのことだろ。外法ってなんだ。咒じゃないのか。それと流浪の騎士、シーフ、あとなんだっけ?
「俺が聞いた話では――」
「いやいやそんなの尾鰭がついてるだけだろ」
「マジだって、俺も聞いたことが――」
気付くと酒場じゅうの野郎どもがこぞって話に加わり出して、ドラゴンスレイヤーたちの英雄譚は収拾がつかなくなった。曰く小さな国を滅ぼしたことがある。曰くどこかの国の高貴な血筋が流れている。曰く旅先で出会った辻占いに呪われている。曰く――
多すぎて覚えきれない!
ついでに『始源の竜』について聞いてもみたんだけど、そちらについてはこわいぐらい誰も何も知らなかった。
あれ? なんかすごい竜じゃなかったの?
◇
「あれ、ほんと?」
食事を終えてその場を離れ、カウンターへと食器を返すついでに飲み物を貰って、ようやくおれは壁際にいたレベッカとトリスのテーブルに辿り着いた。RPGで目的地が見えてるのに無駄に村人たちに話を聞きまくるような真似をしてしまった。
気楽にやっちゃったけど、現実ではあまりやらないほうがいいな。無駄に疲れる上に仲間の機嫌が悪くなる。レベッカの機嫌ちょう悪い。
「半分以上でたらめ」
「半分は本当なのかよ。どれだよ」
「そんなことより今日の予定の話なんだけど」
「そうやって質問スルーするの、よくないと思うよ」
「黙れ。あんたがだらだら無駄話してなきゃ、とっくに出発できてんのよ」
「え、なに? どこか行くの? ダンジョン? ダンジョンだよね?」
冒険か。歓迎だとも。それしか能がないしな。食い気味のおれに、レベッカは溜息を吐いた。
「今日こそ始源の竜を狩るから」
それ、おれ!
もう狩られてますよね?! しっかり死にましたよ?! 復活まで済ませてますからね?!
疑問の視線をトリスに向けると、トリスは黙って視線を逸らせた。んん?
「トリスも同じ意見?」
「私からは特に」
おれはイケメンと相討ちになった。カインはおれが焼き殺した。レベッカはおれが致命傷を与えてトリスに殺された。レベッカの周囲ってレベッカに酷いことした奴しかいないな。可哀そう。
それはさておき、あの中でトリスだけが生き残った。
すっとぼける気だろうか。なんのために?
「おれの記憶では、始源の竜はすでに討伐されたはずだけど、違った?」
トリスの目が細められる。
「ぜんぶ忘れたんじゃないの? なんでそこだけ覚えてるの? おかしくない?」
「ちょっと待ってレベッカ、君は黙っていて。いま大事な話をしてるからね?」
レベッカは、知っててもイケメンが焼き殺されたあたりまでだろ。いや、死んでいくおれがレベッカが殺される瞬間を見てるわけで、もしかしたらレベッカにもギリ記憶はあるのか?
「……確かにあたし、速攻で竜にやられたから何も見てないけどさあ……」
レベッカがいじけだした。見てないんかい。
「始源の竜は、存在している」
トリスは微妙な表現で言い切った。すこし引っかかるが、うまく言語化できない。
「……ほーん。じゃ、すぐ出るか。準備は出来てる?」
「もちろん」
トリスの狙いがどこにあるのか分からないが、まぁどうにかなるんじゃないかと、そのときのおれは軽く考えていた。まぁ、ダンジョンに行きたかったしね? ちょっとぐらい雑になっても仕方ないと思うんだよね。
間違いだった。
この会話でおれは敵とも味方ともしれないやつに無防備に自分の正体を晒していたんだ。もっともそんなことを自覚したのは、ずっと後のことだった。
◇
部屋に戻ってわくわく鎧を装備しようとしたんだが。
「え? 着るの? 今?」
レベッカのひくわー、みたいな態度からして、宿から鎧を着て出発するのは、家からコスプレして即売会場に直行する程度には非常識な行為だったらしい。
「え? じゃどうすんのコレ?」
「なんのためのカートだと思ってたの」
「そのため? なるほど……」
「で、その鎧は脱がないの?」
「え、いや、装備の仕方がイマイチよくわからんから練習しとこうかと思って」
そもそも鎧の構造がおかしい。シャツのように下からズボッと着るの? それともどこかガバッと開いたりするの? ていうかこれ直に着るの服の上から着るの? パンツ一丁になったほうがいいの? それとも――
「蒸!着! ……? 変!身! ……?」
「装備の呪文なんてないから」
「マジか」
「こっちの台詞なんだけど。あたしが装備させてあげるから、早く荷物積んでよ」
「あ! 薬草とかポーションとかエリクサーとか」
「応急手当キットなら積んでる」
「なにそれ……絆創膏とか包帯とか風邪薬とかが入ってそうな響き……」
「針と糸もあるから安心して。ほら、さっさと歩く」
「え、自分で縫うの? 風呂は咒でパパッなのに?!」
「『御堂』に行けば大概の怪我は治してもらえるわよ」
うそ……このゲーム、バランス悪すぎ……。いやこれゲームなのかな? おれもう竜を300年ぐらいやっていたような気もするし現実だって言われても、えーうそーやだー、ぐらいで終わるけどさ。
これがゲームではなく現実だとしたら、おれがカイン・ブルーブラッドなる男になりかわっているのもよくわからない。本物のカインはどこにいったんだろうか? 正直どこにいってもどうでもいいんだが……気持ちが悪い。もっとも本物のカインは、乗っ取ったおれなんかに気持ち悪いなんて言われたくないだろうけど。
ところでおれは今、ずっとレベッカと会話してるわけだけど、トリスは私は関係ないですよね? みたいに知らん顔してやがる。
レベッカは右も左もわからないおれに言葉遣いこそ悪いけどなんだかんだ親切だけど、トリスはなんなの。
ちょっとレベッカを小突いてこそっと囁く。
「ねえ、なんでトリスしゃべんないの? おれ嫌われてる? なんか変なことした?」
「まさかでしょ。嫌われてるならあたしのほうだって」
「うっそー。二人なかよく朝食キメてたじゃん?」
「会話ゼロだったけど?」
「仲悪いな?!」
「仲は悪くないと思うけど! 普通ぐらいなんじゃないかなって思うけど!」
レベッカのそういう悪意のない控えめなとこ、いいと思います。
いやほらさ、殺し殺される仲なわけじゃん? やっぱ普通に仲悪いのかなーって思うじゃん? それが殺された方が仲悪い説を即否定だからね? 心温まるじゃん? じゃん?
……いやこの解釈で合ってるのかな。なんだろうなこれ。
「むしろあんたこそ、昨日めっちゃ仲良く喋ってたじゃない? トリスがあんなに沢山しゃべるの初めて見たんだけど」
「マジで? あれが通常だと思ってたんだけど」
「内緒話するなら、聞こえないようにやってね?」
トリスがにっこり会話に加わったので、レベッカは黙り込んだ。どうしてそんなに簡単に心が折れちゃうの。黙り込まないで喋り続ければいいのに。
「ねえ、さっきから喋らないのはなんで?」
空気を読まずにトリスに聞くと、レベッカはえ、なんでそれ本人に聞いちゃうの、みたいな表情をした。いいじゃないか、聞いたって。
「三人いて二人が喋っていたら、私が会話に加わる必要性って限りなく薄くないかしら」
「つまり?」
「面倒なのでサボッてました」
「え、そんなしょーもない理由だったの?! もうちょっときちんとコミュニケーション取ろうよ?! 仲間なんだし!」
思わずレベッカが言う。そうか。気にしてたんだなー、なんとなく態度おかしかったもんなー、と微笑ましく見てると。
あ、態度おかしいってのはレベッカのほうな。がんばってトリスと仲良くなろうとしていたよね? 本借りようとしたりしてさ。
「え、仲間?」
「え、違うの?」
トリスが微妙な反応をしたのでレベッカが焦る。そんなレベッカを見てトリスは曖昧に微笑んだ。
「そうね。仲間だものね」
言い方になんか含みがある。レベッカが腑に落ちないという表情になる。おれは温かい目で見守っていた。いやだってトリスがレベッカに好意があるのは見え見えじゃん? 本人はなぜか必死に隠そうとしているけどまるで意味ないし、レベッカ本人は度重なるトリスの素っ気ない態度ですっかり打たれ弱くなっちゃってよく見えてないみたいだけど、火を見るよりも明らかじゃん。
後から思えば、おれもレベッカ並に甘かったと言わざるを得ない。
トリスは自分の目的のためなら手段を選ばない人間だった。最初からずっとそうだった。おれはその瞬間を、トリスがレベッカを殺害するところを目の当たりにしていたのに、まるで見えていなかった。
◇
洞窟の入口は寺院の奥にあった。寺院の中には洞窟に入る前に装備を整えることが出来る露店がいくつか並んでいたし、出発前に祈祷を受けることも出来た。
パーツを当ててはひとつひとつ革ベルトで締め付けては、緩すぎないかキツ過ぎないかと微調整していきながら、レベッカがおれに鎧を手際よく着せていく。
「誂えたかのように便利な場所だな」
「まぁね。魔物がいる洞窟には必ず寺院があるから便利よね」
「必ず?」
「あたしの知る限りは」
「ってことは、寺院があるから魔物が出るのか、魔物がいるから寺院を建てるのか、どっちなんだ?」
「魔物がいるから、でしょ。頭良さげにバカ言ってないで、早く一人で着れるようになれ」
「痛い痛い痛い」
「だいたいなんで手を遊ばせてんのよ時間ないんだから手甲でも付けてろバカ」
どのパーツがどの部位なのかさっぱりわからんが、これ自分でやるの無理に近くないか? テプラなんかでパーツの名前と着る順番を貼り付けておくかyoutubeで鎧の着脱の動画でも見ながらじゃないと100パー無理だぞ。
「前者なのよね」
ボソッとトリスが呟く。白いローブを着るだけのトリスの装備って何なの。それ防御力あんの。ぐったり見上げるとトリスは唇の前に人差し指を立てた。
「寺院があるから魔物が出るの」