どこかであなたを殺した
コカトリスを殲滅した直後にエンカウントしたヒュドラを倒し、ブラッドの死を確認したあと、カイル・ブルーブラッドはこう言った。
「この剣はおれが貰う」
カイルはグスタフとフィオナの遺体から装備を剥ぎ取っていた。
「この剣の価値がわかるの?」
「勿論だ。噂に名高いベラウの魔剣だろう?」
「『咒』は使えて?」
「嗜む程度には」
「それなら、ご自由にどうぞ」
「トリス。勝手なことをしないで。それはグスタフの――」
レベッカが抗議の声をあげるのを無視する。
「使える人が持たないと意味がないわ。だから、あなたが使って」
レベッカは『咒』が使えない。彼女では魔剣の威力が半減する。魔剣の切っ先には凝血させない薬品が塗られ、切れ味を鋭く威力を増す『咒』が施されている。
「悪いね、おれが有能すぎて」
カインは人が悪そうな笑みを浮かべて剣を鞘へと仕舞った。そしてそのベルトを肩に掛ける。最初からこの剣を狙って私たちに近付いてきたのかもしれない。
レベッカは唇を噛んだ。
◇
カインは一旦戻って態勢を立て直すべきだと主張した。お言葉はごもっともだが、そのまま剣だけを持ち逃げする気だろう。
だから絶対に表しか出ないコインに命運を賭けてもらった。
勝算は、ある。ベラウの魔剣は、当てさえすれば致命傷になる。爆薬や攻性の外法を仕込んだドローンも、竜討伐隊がほぼ壊滅してくれたおかげで余力がある。
問題があるとすれば、竜を倒したあと。
カインをどう排除するかだけだ。
◇
「トリス、どうしてあんなやつを信じるの?」
「信じてない」
「え?」
「苗字は偽名だし査証も持ってない。あなたもフィオナも彼に名乗るなら苗字を伝えないか偽名を名乗るべきね」
「どういうこと?」
「帝国から密入国してるって言ったのよ」
「どうしてわかるの?」
「ブルーブラッドなんて自称してるんだもの、帝国でしょ。本人もそう言ったわ」
「なら、なおさらどうしてグスタフの剣を渡したの?」
「彼が持ってるほうが私たちの生存率があがるからよ」
「――そういうこと、もっときちんと説明して欲しい」
だから、カインを排除してもあなたが罪悪感を感じることがないように伝えるべきことは伝えたはずだ。
「私がフィオナなら、あなたも何も言わずに信じたんでしょうけどね」
レベッカはなにも言いかえさなかった。そんな言葉を最後の会話にしたくはなかった。もっとなにか心温まるような、そういう言葉を交わすべきだった。
生き残ってしまった私のために。
◇
広間に入るなり、援護するふりで雷電を放って竜を臨戦態勢にする。
大理石だかミカゲ石だかの四角い石が敷き詰められた空間に、竜は鎮座していた。
長い首を巡らせて私たちを睥睨し、咆哮をあげた。重低音が広間に響く。
カインが走り出す。一歩遅れてレベッカも竜の背後を狙って走り出した。
私は入口に踏みとどまって、詠唱を唱える。主にカインの援護だ。『咒』で彼の行動を補佐する。レベッカにはドローンを数台貼り付けた。
カインは一気に竜との間合いを詰め、魔剣を振りかざした。
ガリッ。
竜がなにかを噛み砕いた。
カインの動きに一瞬の躊躇いが出る。
火炎だ。炎を吹こうとしている。
対応しようと詠唱を変える。変えようとする――
背後から竜に切りかかったレベッカが、竜の尾に弾き飛ばされる。下半身が有り得ない方向に捻じれ、壁に叩きつけられる。
「――」
部屋の温度があがったので、灼熱の息がカインに吹き付けられたのだろうと思う。
私はレベッカのほうに向かって走り出す。
絶対に失いたくなかった。ロストだけはさせたくない。それだけは嫌だ。
ナイフを取り出す。
なにがあっても絶対にレベッカの『石』だけは持ちかえらないといけない。それが最優先だ。カインが竜を倒せなかったら、竜はもう諦める。
駆け寄る私の姿を見て、レベッカが微笑んだ。心臓が潰れそうになる。レベッカは瀕死だった。背骨が折れ、足が潰れ、腹部からは何かが突き出てる。こんな結末を望んでいたわけではない。私は取り返しのつかないことをしている。
掲げたナイフをレベッカの頸窩へと突き立てる。そこにある『石』に決して傷がついたりしないように慎重に。
レベッカが渾身の力で私の背を強く掴む。突き立てられた指が皮膚に食い込む。痛みは快感にも似ていた。そんなに激しくレベッカに触れられたことはない。永遠に続けばいいと願ったのに、力はすぐに抜けて二度と戻らなかった。
手にした『石』はフィオナのものと同じオレンジ色だった。レベッカの血に塗れたそれに口付け、丁寧にハンカチに包んだ。
しばらくぼんやりとその場にしゃがみ込んで――思い出して視線を彷徨わせると、竜が死んでいた。
◇
カインの『石』と竜の『石』を回収するのには時間がかかった。
主に私の気力の問題で。
竜の石は無色で、カインの石は黄色だった。