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始源の竜とロマンス小説と私

 『始源の竜(ドラゴン・ゼロ)』に関する書籍は『寺院』が禁書に指定していると推定される。そのため一般には無名の存在だ。


 『寺院』が無垢なる子供たちに授けている一般的な史観はこうだ。

 地上には退廃が溢れた。堕落した人類の姿は神の怒りに触れ『羽化(イクロージャン)』が起きた。人類は一掃され、静寂が訪れた地上に蔓延ったのは『魔物』だった。

 しかし『寺院』の功徳で人類は失ったものすべての代わりに『石』という奇跡を手に入れ『魔物』と拮抗する力を得た。そして今に至る。


 寺院は『羽化(イクロージャン)』前後の資料を、とりわけ『石』『魔物』に関する資料を焚書にしている。数年ごとに行われる書籍狩りから危惧を強めている書痴系の講は多い。


   ◇


「あぶない」


 背後から飛んできた槍を素手で叩き落して、レベッカが言った。

 古典的なブービートラップだった。

 私はうっかり踏んでしまった床のスイッチから足が動かせない。


「ちょっと待って。まだ踵をあげないで」


 スイッチを手で押さえ込もうとしゃがみこんだレベッカが言う。


「どうする気?」

「あたしが押さえていたら、足を動かせるでしょ?」

「あなたはどうするの?」

「あ」


 レベッカはてへっと――私の心臓を潰す気に違いない――照れ笑いを浮かべて、そっと私の背中を押した。バランスを崩して数歩よろめく。槍は飛ばない。


「向こうの仕掛けは解除したってブラッドが言ってたから、そっちに行って」

「あなたの持ち場は前衛でしょう?」

「姉貴がトリスのとこ行けって言うから。さすが姉貴だよね、トリスのピンチは分かっちゃうのかな。さ、早く早く。そろそろ手が滑っちゃいそう」


 罠部屋を抜けて振り向いたら、私の安全を確信したレベッカが仕掛け床から手を離して逆立ちから跳ね起きた。そのまま身体を回転させて足や腕で投げつけられる武器を避けたり払ったりしながら部屋を横断する曲芸を見せた。率直に言って美しい以外のなにものでもなかった。


 ――姉貴がトリスのとこ行けって――


 フィオナは明かに私の感情に認知錯誤を起こそうとしている。見え見えすぎて吐き気がする。


   ◇


 博識講(エリュダイト)など書籍・知識にまつわる講では、『始源の竜(ドラゴン・ゼロ)』に関する情報は共有されていて、関連の蔵書が廃棄されても無数の複製(クローン)により、壊滅的な被害を受けることのない体制を取っている。


 『始源の竜(ドラゴン・ゼロ)』に関する我々が持つ情報は、『寺院』の伝える『歴史』とは全く違うものであり謂わば異端そのものである。



 もともと地上には『魔物(モンスター)』は存在していなかった。『羽化(イクロージャン)』以前の人類が娯楽として『魔物』を造ったのだという。その技術に関しては膨大な資料が残っているものの散逸も多く、私の陣営では完全な理解には至っていない。だが、その前提は間違いないものと推定されている。


 その娯楽において、『魔物(モンスター)』と『(ディスク)』は一対を成す。


 生命の設計図(DNA)記憶(ストレージ)をデータ化して刻んだものが『(ディスク)』だ。

 その娯楽のプレイヤーは好みの外見にカスタマイズした自分の化身(アバター)を操る。その外見データと思考パターンは(ディスク)に記録される。

 また別のデータが刻まれた『石』を古今東西の創造上の怪物たちを模した筐体に入れれば『魔物』の完成だ。魔物はプレイヤーと同レベルの知性をもって戦闘に興じられるようになる。


 (おそらくはそれ故に魔物も我々同様に『石』を持つのだろう)


   ◇


「トリスが手に入るなら妹の一人や二人、安いもんだよね」

「……自分を差し出そうという考えは?」

「え? 欲しいならあげることにも吝かではないけれど、欲しくないものを差し出しても困らない? いるなら今夜にでも夜這いに行くけど、どう?」

「いらない」


 レベッカは斥候なのでこの場にいない。

 そしてフィオナは二人になればチャンスとばかりやたらウザ絡みしてくる。本当にウザいのでいつか死んでほしい。


 竜討伐隊という名のぬるい竜探索の旅で、私は偽装することだけ上手くなった。

 レベッカとの会話は素っ気なく。なるべく目で追ったりしないように。触れたりしないように。フィオナに何の言質も取られないように。


「アンタら喧嘩でもしてるの? そういうの面倒だからほどほどに仲良くしてくれよ」


 ブラッドにそう言われるぐらいには上手くやっていたと思う。


   ◇


 『始源の竜』は最初に作られた『魔物』で、すべての『魔物』の元だ。


 これは概念上の存在だというのが定説だった。しかし学究所が所有するベラウの魔導図書館の蔵書の中に『始源の竜』の所在に触れたものが複数発見された。


 この大ニュースは『寺院』に悟られないように密やかに広まった。私は学究所の所属だしエリュダイトでもあるので、当然その手の情報はまっさきに回ってくる。

 エヴォリュシオンは大の寺院嫌いで知られるから、フィオナが知ったのは反寺院のルートだろう。


「寺院が嫌うもんなんて、そんなん手にいれたいに決まってるよね!」


 と、フィオナも言ってたし、それには私も同感だ。本を――即ち歴史を、人類が積み上げてきたものを――燃やす団体など、万死に値する。


   ◇


「本を読んでる……」


 茫然として呟くとブラッドがんん? と私の視線の先を見た。

 ブラッドとは後衛として行動をともにすることが多く、そこそこ気軽に会話するようになっていた。


「そりゃレベッカお嬢ちゃんだって本ぐらい読むこともあるでしょうよ」


 レベッカがベンチの上に胡坐をかいて、ずいぶんラフな姿勢で本を読んでいた。頁をめくる手は遅く、時折戻ったりもする。眉間に軽く皺を寄せたり頬をかすかに弛ませたり微妙に変わる百面相をして、妙に可愛らしい。


「まともに何かを読んでるところなんて今まで一度も見たことないのよ」

「俺だって野外で読むほどの本好きなんざアンタ以外に見たこたありませんがね」

「え、なになに気になる? 気になるの? なに読んでるのか聞いてきてあげよっか」

「いいえ」


 フィオナが話に割り込んできたので、早々に話を切り上げようとする。

 が、もちろんフィオナは人の話など聞かずにやりたいことをやる。


「へいへいレベッカなに読んでるのー」

「んーこれー」


 レベッカがひらっと本を振る。ごく薄いペーパーバックで、見るからに低俗なロマンス小説だった。フィオナはレベッカの背中にのしかかって、背後から本を取ろうとする。


「面白い? ね、面白い?」

「すごく面白いよ――ちょっ、待って、まだ読んでるんだから取らないでよ」

「えーなになに『「この月に僕らの愛を誓おう」「ああ、月はよして。ひと月ごとに変わりゆく気まぐれな月のように貴方の気持ちも変わってしまうわ」』――ロミオとジュリエットかなー……」

「タイトル違うけど」

「思ってたよりつまんないもの読んでるね、君」

「なんで! 面白いよ?! 敵味方に分かれた二人が恋に落ちるんだけど、」

「知ってる知ってる。ロミオとジュリエットだそれ」

「だからタイトル違うってば」

「ものすごく昔のね、超有名な戯曲のパクりだって言ってるんだけど」

「そんなの知らないし」

「最後それ二人とも死ぬよ」

「別の話だもん」

「トリスはどう思う?」


 姉妹で楽しげにじゃれあっていたくせに、いきなり私に話を振らないで欲しい。ロミオとジュリエットについて思うところは何もない。オマージュについても私は寛容だ。なのにこう口走ってしまった。


「そんなもの読む人の気がしれないわ」

「お嬢ちゃんキッツイな……」


 ブラッドが即座に言った。ロマンス小説なんて主人公の恋が成就するかしないかの二択しかない。どちらに転んでもどうでもいい。よって読む必要性を感じない。それだけの話だ。


 それだけの話なんだけれど。


「だよねー」

「読んでみたら面白いんだってば! 騙されたと思ってみんなも読もうよ!」

「いやでもあたしが読んだ範囲はすごくつまらなかったよ」

「みんなって俺もかい? ご冗談を」

「そんなぁ」


 そんな見え見えの筋で安易に書かれた三文小説を。

 まとめて捨てられたときに拾って、あまつさえ何度も繰り返し読んでいるなんて。レベッカがなにを思って読んでいたのかに思いを馳せて夢想に耽っているだなんて。


 フィオナにだけは知られたくない。

■用語解説(知らなくても特に問題なく本編をお楽しみ頂けるはずです…はずなんです…)


羽化(イクロージャン)』…21世紀末荒廃した地球を捨て、人類の大半が宇宙に飛び去った時代。政局は混迷を極め、局地的な壊滅を伴う戦乱も起きたため、歴史に大きな断絶がある。これ以前は読者諸兄も知る現在の地球だった。これ以降は、この話の舞台となるファンタジーじみた未来の地球の時代となる。


講…『寺院』が奪った家族制度の代わりに自然発生的に、あるいは意図的に出来たギルド化した疑似家族的な集合体。講を作る唯一の条件は、石の色が同じであること。石には色によってそれぞれ象徴するものがあり、その石を持つものはその象徴することに才能がある、とされる。ゆっるーい講や、エリュダイトのように継承する者がほぼ1人となってしまった講もあるが、規律が厳しい講では私財を認められず財産は講の共有物となったりもする。所属すると苗字が名乗れたり講のリソースが使えるなどメリットもあるが、デメリットもそれなりにあるため、破門といって講を抜けることも後を絶たない。

(※貴族の場合は血縁による『家』ですが、同様に苗字を名乗っているため『講』と区別がつけずらい向きもある。弱小貴族もいれば大派閥化した講もあるわけで、その関係は中世の領主貴族と商人にも似ている)

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