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考えることが苦手なあたしにだって納得できないことはあるわけで

 前回の失態を挽回しようと、あたしは焦っていたと思う。


 何度もトリスに前に出るなと注意され、注意されるたびにあたしは自分の居場所がなくなっていくような気分に襲われた。


 倒したコボルトから手早く石を剥がす。石はコインみたいに平べったい円盤だ。それをトリスの持つ瓶にいれるのは、なんだか貯金でもしてるみだいだ。


「少ない」

「そっか。じゃ、もう少し頑張ろうか」


 トリスの言葉にカインが応える。カインはすっかりあたしたちに馴染んでいて、まるでグスタフみたいだ。グスタフは、あたしたちの中で一番年長で、面倒見が良かった。

 初対面のときのカインは血の匂いをさせていて、禍々しささえあったのに。


   ◇


 あたしが騒ぎに気付いたときには、すべて終わっていた。


 数匹のコカトリスが地面に倒れ伏して異臭を放っている。ブラッドが洞窟の壁に背を預けて、ぼうっとして荒い息を吐いている。黒い鎧の騎士は、無造作にコカトリスから石を回収している。


 トリスは、あたしに姉貴の形見だと言って壊れた石をくれた。


 姉貴がやられるなんて考えたことすらなかった。

 あたしが知る限り、姉貴は最強だった。長い戦斧を軽々と振り回し、オーガや熊を優雅に仕留める。そのくせ『咒』にも秀でていた。あたしには必要ないから絶対に触れるな学ぶなと言っていたのに、姉貴はトリスよりも使いこなしていた。

 あたしが機動力に全振りした鎧を選んだときも、ニカッと笑って、いいじゃん似合うよ、と背中を押してくれたっけ。グスタフとトリスには散々止められたけど、あたしは結局姉貴のお墨付きの鎧を選んでいた。

 だいたいのことは姉貴が笑い飛ばしてくれた。

 あたしは姉貴の石を握りしめる。

 世界で一番最後に死ぬ人だと思っていたのに、死ぬなんてほんと有り得ない。


「いらないなら、おれが全部もらうからな」


 銀の鎧の騎士が――カインが石を掲げて冷淡に言う。あたしは――あたしもブラッドも本当にそれどころじゃなくて反応できない。


「どうぞ」


 トリスが応える。ブラッドは物言いたげな目で二人を見ていた。

 彼が何を見たのか聞く機会は、永遠に訪れなかった。


   ◇


「私から離れないで」


 物思いに沈んでいたら突然トリスがあたしの腕を掴んだので、ぎょっとする。彼女は自分から誰か(あたし)に触れることはない。他人(あたし)から触れられるのもひどく嫌う。


「なんで」


 トリスが理由を説明するけど、よく理解できない。トリスの声は耳触りが良すぎた。とても綺麗な声だ。もっと聞いていたいとさえ思う。でも言っていることはよくわからない。いつだってあたしにはトリスの言うことは理解できない。

 ただ、あたしの行動が間違っていると詰られているのだろうなと、ぼんやり思う。


「トリスがそう言うなら、そうするけど」


 そう会話を打ち切って、逃げるように先に進んだ。

 なにかもっと、役に立つことをしなくてはいけない。


   ◇


 あたしは前回にも増して役に立っていないのに行程はいやになるほど順調で、いつのまにか最後のプラットホームに到着していた。


 寺院の露店で消耗品を補給したり武器を整備したり食材を購入したりする。ときどき寺院の人は毎日家に帰ってるのか、安全に往復できるのか、などなど疑問に思うのだけれど、たぶんどうにかしてるのだろう。


 トリスと二人でカートからテーブルを組みながら、話し合う。否。一方的に言いたいことを言いあって会話にならない会話をする。あたしはトリスの話を聞いてないし、トリスもそう。死にそう。


 手早く食事を用意する。

 炙ったベーコン。パン。ピクルス。ドライフルーツ。ベーコンのカケラと野菜クズを入れただけのお湯。

 決戦に挑む前に腹拵えだ。カインは発煙筒を使った竜対策を披露する。聞く限り、有効そうだ。

 もしかしたら今度はあたしも生きて帰れるのかもしれない。

 トリスは今回だって危なげなく生き残るだろう。前回のように。


「……あたしトリスにずっと聞きたいことあったんだけどさ、あたしってなんで殺されたのかな?」


 思い切って切り出してみる。できるだけ軽い口調で聞こうと思ったのに、二人がこちらを見ると途端に息苦しくなる。あたしは二人から視線を逸らす。


「殺したよね、あたしのこと」


 二人が何も口を挟まずにあたしを見ているから、とにかくあたしは話し続ける。だんだん自分が何をしゃべってんのか分からなくなってくる。


「謝らなきゃいけないことがあったら、謝るし……」


 違う。あったら、じゃない。あるんだ。きちんと謝らなきゃ。あたしは目をつぶって頭を下げる。


「ていうか、いま謝るし。ごめん」


 トリスの溜息が聞こえた。


「意識があったなんて思ってなかったわ。もう死んでると思ったから石を回収した。謝罪される覚えもない」


 謝罪される覚えもない?


「ほんとに?」

「ええ」


 顔をあげて、まったくなんの表情も浮かべてないトリスを見た。トリスに許されないようなことは、何もしてないんだ? それはすごくほっとする事実だった。


 あのナイフも――石を回収しようとしていたのなら――たぶんなんでもなくて――首筋がズキリと痛む。だから――


 だから?


 よくわからないけど、あたしの心のどこかに穴がぽっかりあいていて、とても埋まりそうにないみたいだ。どこか納得できないことがある。


 だって、トリスがナイフを振り下ろす前、あたしは確かにトリスと目が合ったのだ。

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