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数えられるぐらいしか本を読んでないし

 あたしは五体満足で目覚めを迎えた。

 足はある。背骨は折れてない。首も無事。死んだと思った。いや死んでた。


 成人して、石をもらって。死んだのは初めての経験だった。あんなの何回も経験してる人がいるのかと思うとゾッとする。できれば二度と死にたくない。


 身体を起こすとベッドの足元のほうに凭れてトリスが眠っていた。トリスはちょっと綺麗すぎて、まるで天使みたいだ。ナイフを突き立てられた場所がじくっと痛む。新しい身体には傷なんてあるはずもないのに、どこかに痕が残ってるみたいだ。

 トリスの乱れた髪を後ろに撫でる。かすかに呻いてトリスが目を醒ました。そしてあたしを睨んだから、トリスの頭から手を退けた。


「助けてくれたんだ?」


 傷痕が痛い。でも、あたしがここにいるってことは、石だけはどうにか寺院まで持って帰れたってことで、だからつまりそういうことなんだ。


「――私はフィオナ(貴方のお姉さん)たちの手続きをしてくるから、あなたはカインを見てて」


 トリスはあたしの問いには答えない。なんかもうずっとそうだったから、それが当たり前になっていた。トリスは最小限の伝達事項だけ伝えると、あたしの答えも聞かずに立ち去った。


 カイン何某(なんとか)は、コカトリスとの戦闘中に出会って、そのまま行動をともにしている得体の知れない男だ。


 カインを見てろって言われても、彼は素晴らしく腕も立つし一人でなんでもできるのではないだろうか。けれど、トリスがわざわざそう言うってことは、カインが一人で勝手に行動しないよう監視しろという意味があるのだろう。


 溜息を吐く。


 トリスが使う言葉はときどき難しくて、きちんと理解できているのか不安になる。


   ◇


 カインの覚醒には、ずいぶん待たされた。

 蘇生にかかる時間に大差はないから、おそらく蘇生の開始に少しの時間差があったのだろうと思う。トリスが何故そうしたのかなんて考えない。彼女が考えることなんて分からない。


 目覚めたカインは、なぜかベッドの上に正座して掲げた毛布をじっと見つめて考え込んでいた。


「毛布はきちんと畳んで」

「はい!」


 声を掛けるとママに叱られた子供のように、カインはきちんと毛布を畳んだ。あれ? なんか随分イメージが違う。少し喋っていたら、その理由がわかる。ロストこそしていなかったもののカインの石もどこか壊れていたようで、記憶がほとんど失われていた。


 蘇生できるほど状態のよい石でそういうことが起きるのなら、寺院が返金に応じるのは当然だと思う。


   ◇


 カインと二人で遅めの昼食を取ったあと、トリスが修理に出していた武器と防具を回収しにいく。修理といっても血糊を拭いたり刃を研ぎ直したり毀れたところを埋めたりしてもらうようなごく簡単なものだ。

 姉貴たちのぶんもあるからトリスからカートを借りた。膨大な合札を照合して検品して代金を支払うと、路銀はかなり厳しいことになる。蘇生が多い冒険者は元が取れない。

 今回は返金のおかげで助かった。


 宿の階段に手間取りながらカートをあげて部屋の前まで戻ると、中から随分楽しそうに談笑する声がした。カインとトリスだった。なんとなく入り辛くて、あたしは扉の外で立っていた。


 トリスがあんなによく喋るなんて知らない。

 カインがあんな軽口をたたくなんて知らない。


   ◇


 カインが部屋から出て行く。扉の蝶番の向こう側にいたあたしには気付かなかったみたいだ。少しだけ時間を置いてから部屋に戻る。トリスは黙りこくって本を読んでいる。


「あいつ、どこにいったの?」

「お風呂」


 トリスは本から視線もあげない。それっきり喋ることもない。あたしはブラッドの仕事道具を調整することにした。ブラッドは自称、獄門講――盗賊ギルドの所属だけど、本当のことはわからない。ブラッドの言うことは嘘ばかりだったから。

 ブラッドは手先が器用で鍵開けや罠外しが得意だった。あたしも時間があるときに少しずつ教えてもらっていた。ベッドの上にブラッドのツールロールを広げて工具を1本1本ぐらついてないか確認して、調整していく。この作業はすぐに没頭できるし、時間潰しにもってこいだった。

 ……。

 沈黙がつらい。

 故郷で蘇生してるであろう姉貴に告げたい。早く戻ってきてほしい、と。


   ◇


 カインが戻ってくると少しだけ賑やかになってほっとする。二人の会話を聞いていて、ようやく理解する。トリスは本の話ならしてくれるんだ。


 だから、あたしも読んでみたいと言ってみたんだけど。

 トリスは絶対にあたしには貸そうとはしてくれなかった。カインには貸したのに。

 トリスがあたしと喋らないのは、話題が悪いせいじゃない。本の選択が悪いせいでもない。だってあたしが読むような本を読んでるって言った。だから、あたしが相手だからだ。


「もしかしてあたしをコケにするために読んでるの?」


 トリスが困ったような表情をして取り繕うようなことを言ってあたしの機嫌を取ろうとしたから、自分がかなり拗ねたことを言ったと自覚する。和やかに会話しようなんて間違ってたんだ。本ひとつ借りようとしただけで、こんなに苦しい。


 どこでこんな間違っちゃったんだろうと苦しくなって、会話を打ち切ることに決める。トリスの溜息ひとつで胸が痛む。


 そのあとカインがなんか言ってトリスと揉めていたけど、あんまりよく頭にはいってこなくて、ただあたしもあんなふうにトリスとじゃれ合えるようになればいいのに、と羨んだ。


   ◇


 そのあとのカインとトリスのと交わした会話でなんとなくトリスがあたしに冷たい理由を察したりもした。本か。そうかー。本かー。ちょっと盲点だったけれどトリスが本を好きなことは知っていたし、あれだけ本が好きなら、あたしみたいに本を適当に扱う人間なんてそれこそ野蛮人みたいなもんだよね。

 もう本を捨てるのはやめよう。

 少なくともトリスが見てるところで捨てるのはやめよう。

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