プロローグ ~どこかで竜が死んだ~
深い深い闇の中で。微睡むおれの硬い肌を切り裂いたのは雷電だった。
おれはぐぐっと長い首を伸ばして、ゆっくり入口へと巡らせる。
ついでに腹の底にたまったすべての空気を吐き出して、咆哮をあげる。
重低音が洞窟じゅうに響く。
三人の不作法な侵入者を視界に捉える。彼らは素早く散開していた。
右翼を担うのはグラマラスな肢体をセクシーすぎる鎧に包んだ赤い髪の女剣士。
長剣を携えて、おれの背後から迫ってくる。
正気を疑う格好だが、やばいカッコよくて目が離せない。
思わず、おれの中の乙女がキャー! こっちを見て! あたしを斬って! なんて全力で団扇を振ってしまいそう。
白いローブの魔術師は入口にとどまったまま、樫の杖を高く掲げ詠唱を始めている。
フードを目深にかぶった姿では男か女かさえも分からない。うん、放置。
左翼を担うのは黒い髪の戦士。
銀色の重厚な鎧姿でも軽々とした足取りで、正面からおれに向かってくる。
兜はなく、薄汚れてはいても眉目秀麗な顔立ちを晒している。
大きく間合いを詰め、重量のありそうな両手剣を背後に振りかぶった。
咽喉の奥に仕舞い込んだ火炎石を舌の上に転がす。
奥歯でカリッと噛む。
硫黄のいい香りが漂う。
これから起きることを察したイケメンの顔が恐怖に歪む。
いい勘だ。
背後から斬りかかってきた女剣士を尻尾で軽く弾き飛ばし、正面のイケメンには炎の息をくれてやる。白炎に包まれたイケメンのタンパク質が炭素に変わる。この匂いは食欲をそそる。
ざんっ。
おれの下顎から咽喉にかけて、平たいなにかが通り過ぎた。すうっと風がはいる。切られた咽喉の皮膚がぶわぶわはためく。炎が消えて、燃え残った火炎石の欠片が地面にこぼれる。
しくじった。
イケメンが死ぬ間際に放った斬撃が、俺の喉笛を切り裂いたのだ。
ごぼっと咽喉が鳴り、血が気管へと絡みつく。
息ができない。
どおんっ、と地響きをたてて倒れ込む。
気分だけはさっぱりしていた。
やっと竜が終わる。
もう飽きた。
おれはあまりに長い時間、最強として君臨しすぎたんだ。
ぼやけはじめた視界に白いローブの女が映る。
おれが吹っ飛ばした女剣士に駆け寄って、ひざまずく。
ふんわりめくれたフードから、長い金色の髪がこぼれ落ちる。
女は懐から何かを取りだしてひらりと振りかざす。
そして、ためらう素振りもなく女剣士へと振り下ろす。
白いローブが一瞬で深紅に染め上げられる。
はあああああ? おれの推しちゃんに何してくれてんの? おれもしたけど、それはそれとして! ちょっと待って。今のとこくわしく! よく見えなかったからもう1回再生して!!
いや、もう無理。視界が暗くなってきた。次は明るい場所を、青空の下をお願いします――。
◇
むかしむかしの話をしよう。
おれはとあるハードウェアベンダーが開発中のシステムの試運転に参加していた。
ゲームのハードウェアとして『脳』を使うシステムのテストだって聞いた。
セーブするのに外部メディアもハードディスクも使わず、脳に保存できたら紛失も消失もしない。それどころか脳にゲームをインストールすればいつでも遊べる。なんて便利なんだ! と思ったんだよね、安直にも。
しかし実験はハードで、思っていたのとはずいぶん違った。おれは寝てるだけ。寝てる間にゲームの夢を見ている。それらのデータはぜんぶぶっこ抜かれてる。
寝てるだけなんだが、とにかくしんどいのなんの。
複雑なゲームは脳の理解がおいつかなくて辻褄が合わなくなる。抽象的なゲームは収拾がつかなくなる。雑なゲームは頭がおかしくなる。ゲームもめまぐるしくガチャガチャ切り替わる。夢だからゲームをしてるって感覚もなくなってきて、現実と混ざってくる。徹夜が何日も続いたら夢が現実に混ざってくるだろ。あんな感じ。
ガチャ――おれは傭兵。ナパームで吹っ飛んだ。
ガチャ――おれは海賊。海に沈んだ。
ガチャ――おれは宇宙の戦士。昆虫に食われた。
ガチャ――おれは猫。名前はまだない。
ガチャ――おれは――
ゲームのなかで繰り返し、おれは死ぬ。何度となく死ぬ。死んで甦ってはまた死ぬ。そしておれは竜になり――永遠かと思うほどずっと竜で――また死んだ。
殺し合うゲームが多すぎた。