黒い小人
昔、石工の親子がおりました。
ある晴れた朝、石工がノミと金槌で仕事をしていると、息子がやってきて言いました。
「お父上」
ガコッ!
石工は金槌で息子を問答無用に殴りつけました。
「あうぅっ」
「気色悪い呼び方をするな!」
息子はこめかみのあたりを抑えながらなんとか立ち上がりました。
「お父様」
ドキャ!
「親父殿」
バキッ!
「と、父さん・・」
「なんか用か」
石工は不機嫌そうに息子を睨み付けました。石工の息子は血塗れになりながらも何とか立ち上がると、軽く髪を掻き上げ、手を腰に置いて右下斜め四十五度を見つめながらニヤリと歯を光らせました。
「私はこれから、運を試しに行こうと考えています」
「勝手に行け」
石工は仕事を続けました。
石工の息子はしばらくそのまま固まっていましたが、やがて口を開きました。
「お父上が・・」
ゴスッ!
「と、父さんが一人で寂しくなるのはよくわかりますが、私も男です。自分の運を信じて世に出たいと思っております」
息子は首をあらぬ方向にひん曲げたまま言いました。
石工は何も答えず、仕事を続けていました。
「石工の息子として生まれながら、この美貌。この頭脳。まるで世界が私を求めているかのようです。恐い。私は自分が恐い。このたぐい稀なる才能をどう使えばよいのだ! ああ、なぜ神は私にこのような徳を授けたのか」
石工は黙って立ち上がると息子に近寄り、散々殴りつけ、蹴りつけ、最後には家からたたき出しました。
「勝手に行けと言っているだろうが! もう戻って来るんじゃねぇ!」
石工の息子はしばらくの間、家の外で青い空を眺めることになりました。しかし、体の痛みが薄れるとさっと立ち上がり、再び髪を掻き上げました。
「実の父とはいえ、しょせん人間。我が息子の美貌をねたむこともあるのだろう」
その途端家の扉が開き、石切り道具を振りかざした石工が走ってきました。
石工の息子が大急ぎで家を後にしたのは、言うまでもありません。
石工の息子が暗い森の中を歩いていると、大きな木のそばに黒い服を着た頭のてっぺんから足の爪の先まで真っ黒な小人が座っていました。
石工の息子は黒い小人の前で立ち止まりました。
「そこの小人。私についてきなさい」
「は?」
小人は石工の息子をじっと見て、首を傾げました。
「何でおいらが、あんたについて行かなくちゃならねぇんで?」
すると石工の息子は口元に笑みを浮かべて言いました。
「なぜって、そう、それは私の美貌と才能が幸運を呼ぶからさ。君は私のために尽くすことを義務づけられているんだ」
黒い小人は唖然として目の前の男を凝視しましたが、「まぬけ」と一言言い残して木の裏に消えようとしました。
瞬間、小人の体に石切りノミが突き刺さり、小人を木に縫いつけました。
「な、な、何すんで・・」
「私達は真の友情で結ばれているんだ。恥ずかしがらなくてもいいんだよ」
「あ、あほ!」
小人は体のノミを抜き取ると、また逃げようとしました。すると今度は大きな金槌が小人の目の前で木に刺さりました。
「・・」
「さぁ行こう、友よ。私達はこれから世に出なくてはならない。休んでいる時間などないんだ!」
小人は首だけ回して、石工の息子を眺めました。
「ひ、一つ聞いていいけ?」
「いくらでも聞いてくれ、幸運を呼ぶ私の友よ。私たちの間に疑問は不要だ」
「さっきのノミやこの金槌でおいらが死んだら、どうするつもりだったんでぃ?」
すると石工の息子は再び髪を掻き上げて笑みを浮かべました。
「なんだ、そんなことか。私達の友情が、ノミや金槌なんかで壊されることはないのさ」
「友情じゃなくて、おいらの命だって」
「さぁ、行こう。世界が私を求めている。この美貌、才能を世の全ての人に示さなくてはならないのだ」
石工の息子はそのまま歩き出しました。
「なんだかなぁ」
黒い小人は首をすくめると、仕方が無く石工の息子についていきました。
さて、あるところにお姫さまがおりました。お姫さまが年頃になったので、王様は近隣の国から姫にふさわしい王子を何人も呼んできました。
が、どの王子が会いに来てもお姫さまは首を縦に振りませんでした。
「ほーっほっほっ。その顔で、その歳で、その体で、この私を射止めようとでもいうの。あなたには牛飼いの娘の方がお似合いよ!」
「姫・・」
「この妖精にも勝る美しさ、そして賢者にも勝る賢さ。どこをとっても、一介の王子なんかが出る幕じゃないのよ。この私の心を動かしたいのなら、来世で美しく生まれ変わってくることね!」
「姫」
「恨むなら神を恨むが良いわ。容姿端麗、頭脳明晰のこの私に見合う体を与えなかった神にね!」
「こら、姫!」
「でも、あまりくじけないで。本当はあなたのような人間が普通なのよ。ただ私が素晴らしすぎるだけ。そう、私が・・」
「やめんか、ばかもの!」
お姫さまはやっと隣で怒鳴っている王様に気づきました。
「あら、なぁに、お父様」
「もうとっくに、日の国の王子は帰ってしまったぞ!」
「まぁ、本当。やっと自分のいたらなさを知ったようね。これに懲りたら、もう二度と私のような華麗で美しい王女に声を掛けないことだわ」
王様は頭を抱えました。
「ただでさえ申し込み手がいないのに、お前はなんで片っ端からそれを断るんだ。日の国の王子だって騙して脅してやっとの事で来ていただいたのだぞ。近隣の王はお前のうわさを聞いて誰も王子を出そうとしない」
お姫さまは高笑いを始めました。
「ほーっほっほ。当然じゃなくって? 私の隣りに立てるほどの王子がこのあたりにいるわけがないでしょう。私に似合う男はまさに神に選ばれた者でしかあり得ないわね」
「だから!」
王様は疲れ切った顔で怒鳴りました。
「お前はこの国を潰すつもりか。お前が立派な王子と結婚して国を継いでくれなくては、誰がこの国を継いでくれるというのだ!」
お姫さまはあごを上げて王様を見下ろしました。
「ふっ、わかったわ。つまり私が自らの手で聡明かつ美しい、私の横に跪かせても目劣りしないような王子を選び出せばよいという事ね。素晴らしいわ。この私に選ばれる王子なんて、世界のすべての国を手に入れるよりも幸せよ」
王様は小さな声で答えました。
「わしなら、お前に選ばれるくらいなら世界のすべての国を手放した方がましだが。まぁよい。お前が結婚する気になってくれただけでも嬉しいことだ」
お姫さまは幸いにも王様の言葉など聞いていませんでした。
「だけど、この繊細な私がわざわざ自分の足で探すなんて馬鹿げているわね。そうよ、難問だわ。霊長グライフの羽根を取ってくるよりも難しい私の難問を解いた者にのみ、私と結婚できるという栄誉が授けられるのよ」
「候補者などおらんのだから、せめて水たまりの中に落とした指輪を探すといった程度の難問にしてもらいたいものだな」
王様はかなりまじめな顔で答えました。もちろんお姫さまは王様の言葉を聞いていませんでした。
お姫さまは少しの間考えて、やがて大声を張り上げました。
「決まったわ。難問とはこの私を笑わせること。やっぱり清楚可憐な王女に美しい笑顔を与えた者こそ国を得るにふさわしい王子なのだわ。なんて素晴らしい考え。そうは思わない、お父様。ほーっほっほっほ」
お姫さまは高らかに笑い声をあげました。
王様は少しの間、目を点にして口を開けていましたが、気を取り直すとすぐ家来たちを呼び、おふれを国中、世界中に回らせました。
以来お姫さまの国で冗談を言う者はなくなり、みんな押し黙って必要最小限の事務的な会話をするようになりました。事務的な話をするときですら、周りに目を配り、どこにもお姫さまがいないことを確認しました。
道で転ぶ人を見てお姫さまが笑うとも限らないので、道は石一つなく整備され、家の壁から落書きは消えました。
しかしそこまでしても、国から出て行く男達は後に堪えませんでした。
なぜならお姫さまは意味もなく町を歩き回り、意味もなく高笑いする癖があったからでした。
森で道に迷い、一年間一歩も外に出られなかった石工の息子が、小人の口を介してそのおふれを聞きました。
「ふっ、これこそ私に与えられた試練。おそらく姫は可憐で清楚、私の美貌に見合った美しい女性に違いない。いや、そうに決まっているのだ。しかし悪い魔女の呪いで笑うことが出来ずにいるのだろう。なんと不幸な姫だ。これを救える者は私しかいない。このたぐい稀なる美貌、知性。必ずや姫は一目で私を愛するようになるだろう」
「おいらが鳥の言葉を訳してやったのを聞いていなかったのけ? 婿の当てが全くない笑いっぱなしの王女が、自分を笑わせたものと結婚するなんて妙な無理難題をふれまわったせいで、町は墓場みたいに静まりかえっているって話だど」
しかし石工の息子は黒い小人を振り返り、自分の目の前にある鬱蒼とした森を指差しました。
「さぁ、今こそ道を教えてくれ。どうすればこの魔法の森を越えられるのだ。私は誰よりも早く姫の所に行かなくてはならない!」
小人はため息をつきました。
「一年前から道は教えてるど。お前がいうこと聞かずに歩き続けるから出られないんじゃないのけ。第一、ここに魔法なんて誰がかけたんで」
石工の息子は首を振りました。
「そんな些細なことは気にしなくてもよいのだよ。さぁ、君の力で私を森から運び出してくれ」
「さっきは道を教えてくれって・・」
「さぁ行こう!」
「そうやってまた勝手に歩く」
それから二人が森を抜けるまでに一年が費やされました。
お姫さまのおふれが出てとうとう一年以上が過ぎようとしていましたが、お姫さまはやはり結婚できずにいました。
「ほーっほっほ。そうそう、お父様、最近町の人が減ったみたいだけど、どうしたことなのかしらね。前なら私が町を歩けばどんな子供でも私を慕ってついてきたものだわ」
「お前に子供がついていってたのは慕っていたからじゃなくて、お前が鞄からお菓子を取るたびにそれ以上のお菓子を落としていたからだろう。だいたい、お前は町から人が減った理由を想像できんのか?」
王様が言うとお姫さまは胸を反り、腰に手を当て、口に手の甲を当てていいました。
「子供にすら憧憬の的になる私にわからないことなんてなくってよ。この町から人がいなくなった理由はただ一つしかないわ。女達は私の美貌に恥じて表を歩くことすら出来ないわけよ。男達は私の英知にかなわぬ事を恥じて町を出たのね。みんな身の程を知った結果といったところかしら」
王様は頭を激しく振りました。
「もういい。とにかくお前を笑わせる男が現れたら即、結婚させるからな」
王様が念を押すと、お姫さまも平然と答えました。
「そんなことが出来る男がそう現れるわけがないでしょう。この私の考えた難問を解ける者など、全世界を探しても一人いるかどうかよ。現にこの一年の間誰も私の前に現れていないわ。兵士達ですら私の難問に頭を抱えているみたいよ。ほーっほっほ」
お姫さまは相変わらず高笑いを続けました。
もちろんこの一年の間、町の女達は何度もおふれの取り消しを願って城に押し掛けていましたが、王様は男しか城に入ることを許さなかったので、諦めるしかありませんでした。男たちの中で城に押し掛ける勇気のあるものはいませんでした。
そこに黒い小人を連れた石工の息子が現れました。
「ああ、なんとすさんだ町なんだ。これでは愛しの姫も笑うことなど出来まい。やはりここは果報に溢れたこの私が、優れた知性と美貌で王女を手に入れねばなるまい」
「町は大喜びだろうで。そりゃ」
黒い小人は小さくつぶやくと石工の息子の後ろについて行きました。少し行くと一人の老女が近寄ってきました。
「これ、旅の人。そのように目立って歩いてはいけません。いつ姫の目に留まるかわかりはしませんからな」
石工の息子は立ち止まると大きく髪を掻き上げ、満面の笑顔で歯を光らせて流し目をしました。
「ふっ、私は命を恐れず難問を解きにやってきた美貌の男です。いかなる問題であろうと、この知性が救ってくれるでしょう」
そして石工の息子は自分の体を抱いて悲しそうな顔をしました。
「私は優秀すぎる自分が恐い。これこそ神の英知を受け継いだ者の試練であるはずなのに、私にはもう全てがわかってしまっている。私は必ず姫の難問を解き、姫を手に入れることでしょう。そして誰よりも優れた王になるでしょう」
老女が固まっていると、横から黒い小人がいいました。
「気にせんで。こういう奴やから。とにかくうちら城に行ってみっから。早くおいらも解放されたいしな」
「さぁ行こう、友よ。厳しい試練の時が迫っている」
石工の息子はひとしきり自分に満足すると道を歩き出しました。すでに慣れていた小人は大人しく石工の息子についていきました。
老女は先に消えていく旅人たちを見て小さくつぶやきました。
「そっちは城じゃないんじゃが」
翌日の昼、石工の息子が城の門を叩くと、門はすぐに開き、石工の息子は真っ直ぐ城に通されました。石工の息子は昨日から眠らず歩き続けていたので目を真っ赤にはらしていましたが、やはり流し目で、歯を光らせていました。
「町に入ってから、これだけ歩くとは思わかなったで」
黒い小人は後ろでぶつぶつ言いながら石工の息子に続きました。
いよいよ王様の前に石工の息子が立つと、それを見計らったかのように奥からお姫さまが現れました。石工の息子は王様の前だというのに真っ直ぐ立ち上がり、髪を掻き上げました。お姫さまは石工の息子と小人を見るなり声をはり上げました。
「何者が来たかと思えば小人を連れたみすぼらしい男とはね。そんなもので私を笑わせようなんて、アルラウネが土の中を泳ぐよりも難しいわよ。ほーっほっほっ」
お姫さまが背中を反らし、腰と口元に手を当てて高笑いをすると、周りの兵士達が叫び始めました。
「おお、素晴らしい。姫が笑ったぞ!」
「これで俺達は救われた」
「結婚だ。決まりだ。他の誰でもない。あいつが犠牲者だ!」
「やっと町に活気が戻る」
「あの男が姫を笑わせた。あの男だ、あの男が姫を笑わせたんだ」
王様も立ち上がりました。
「もう言い逃れは出来ぬぞ。姫よ。お前はこの男と結婚するのだ」
そこで初めてお姫さまは気がつき、目の前の石工の息子を見つめました。石工の息子は歯を光らせ、斜めからお姫さまに視線を送りました。
「なんてこと。この私を笑わせるなんて、よほどの運に恵まれているとしか思えないわ」
「ふっ、わかりますか。そう、私は運に恵まれ、美貌と教養を持ち、父親にすら妬まれたほどの知性の持ち主。確かに難問でしたが、私にとってはものの数ではありませんでしたね。何なら他に問題を出してみたらいかがです。このたぐい稀なる知性であっと言う間に解いて差し上げますよ」
言いながら石工の息子は指を左右に振りました。小人がつぶやきました。
「お前、今何かやったというのけ?」
お姫さまは石工の息子の言葉に目をつり上げると、いきなり指輪を抜き取って外に投げ捨てました。
「いいこと。難問は始めから一つじゃなくってよ。今の指輪を私の目の前に持ってきなさい。そうすればこの美貌に溢れた私との結婚を認めて上げるわ!」
「ふっ、そのような事・・」
お姫さまと石工の息子の会話が止まないうちに兵士達が動き出しました。
「おい、急いで指輪を探せ。必ず、必ず見つけるんだ」
「見つけたらあの男に渡せ、間違っても直接姫に渡すんじゃないぞ。結婚させられるぞ」
「バカだな。誰がそんな間違いするもんか」
兵士達の大半が出て行き、お姫さまの指輪を探し始めました。指輪は小さな水たまりの中に落ちており、兵士達はすぐに見つけることが出来ました。
「・・の知識を振り絞れば、自ずと答えは見つかってくるものです。神は私にありとあらゆる英知を授けて下さいま・・」
兵士は熱弁を振るう石工の息子にそっと近寄ると、その手の上に指輪を載せ、大急ぎで逃げていきました。
「・・おそらく私は普通の人間の子ではありますまい。十二人の妖精の祝福を・・、おや、これは指輪。ふっ、謎は解けました。これこそあなたの指輪でしょう!」
石工の息子は高らかに指輪をかかげて叫びました。それを見てお姫さまは歯をうち鳴らしました。
「きーっ、なんてことなの。この私の難問を二つまで解いてしまうなんて。こんなとはあってはいけないわ。私は誰にも触れることの許されない高貴で気高く美しい王女なのよ。薄汚い小人を連れた男が私の問題を解いていいなんてことはないわ!」
お姫さまは今度は真珠の首飾りを千切って床に投げ捨てました。
「いいこと、私の真珠を一粒残らず集めなさい。それが出来なければこの美しく可憐な私を得る事なんて出来なくってよ!」
石工の息子は髪を掻き上げて答えました。
「なるほど、先ほどよりも難しい問題ですね。おそらく真珠は何千粒もあるのでしょう。それが辺り一面に散らばってしまってはとても集める事なんて出来ない。しかし、私は・・」
後ろで小人がつぶやきました。
「首に掛かっていた真珠だで。何千もあるわけないだろ。それにもともと紐でくくられていた真珠みたいだし、散らばっても大したことないで。ほら」
その間にまたも兵士達が大急ぎで真珠を集めていました。
「安心しろ、俺がしっかり見ていた。バラバラに散ったのは六粒だけだ」
「どうせ姫だって全部で何個あったかなんて憶えていないぜ。一つ二つ見つからなくたって平気だ」
「よし、これで全部だ。絶対にほどけないように結んでおいたぞ」
石屋の息子はまだしゃべってました。
「・・真珠を探すにはその形を考えなくてはなりません。おそらく姫の真珠は丸かった。と言うことはそれはどこまででも転がっていくに違いありません。本来であれば世界中を歩き回って探す必要があるのです。もちろん私がそうする必要はありません。なぜなら宝石とは聡明で美しい人間へ渡り行く運命にあるのです。すなわち私が動くまでもなく・・、おや、わかりました。これこそが姫の真珠です!」
石屋の息子は兵士がそっと手渡した真珠を高らかにかかげました。それを見てお姫さまは愕然としました。
「な、なんてことなの。私の出す難問を全力を費やしたとはいえここまで解いたのはあなたが初めてよ。そう、どうやら見た目どおりの男ではなかったようね」
お姫さまはまた高笑いを始めました。
「ほーっほっほ。だけどそこまでよ。次の問題は今まで通りにはいかなくってよ。今度こそ絶対に解けないわ」
王様が横から小さな声で口を挟みました。
「取りあえずお前は笑ったんだから結婚するんだ。それ以降の問題は絶対に無効だぞ」
当然お姫さまは聞いていませんでした。お姫さまは真っ直ぐ城の外を指して言いました。
「いいこと、庭のお池を空っぽにしなさい。そうね、期限は明日までよ」
そのお姫さまの言葉に、兵士達が激しく動揺しました。
「おい、この城に池なんてあったのか?」
「俺もよく憶えていないが・・。そう言えばなんか干上がった窪みがあったような気はするな」
「誰も最近庭の手入れなんてしていなかったしなぁ。下手のことして姫様に見つかったら大変だし」
「取りあえずいってみよう。もし池なんてあったら大変なことだ」
兵士達はぞろぞろと城を出て行きました。
その間、石工の息子は珍しく厳しい顔をしていました。
「ふっ、やはりそう来ましたか。予想はしていましたが、これは大変な難問ですね。どうやら私の全知識が必要なようです」
「ほーっほっほ。どう、これを解いたら望み通り結婚してあげてもよくってよ。でも無駄ね。聡明で知的な私の出す問題が解けるわけなんてないのよ」
「これほどの難問。余程考えましたね。まずはさすが姫と言っておきましょう」
石工の息子は不敵に失礼極まりないことを言ってうなりました。しかしお姫さまも別段気を悪くした様子もなく続けました。
「あなたもなかなかやるけどここまでね。この問題に失敗したときはどうなるかわかっているのでしょう」
石工の息子は厳しい顔のまま答えました。
「私の友人の命は惜しいですが、やむを得ません。どうしてもダメなときは彼の命を捧げましょう」
「ちょっと待てい。どうしてそうなるんで」
黙って聞いていた黒い小人は抗議の声を上げました。当然石工の息子は気にしませんでした。
「まず水を抜くのに必要なものを考え、順番に推理を組み立てていく必要がありそうです。私の英知を総動員すると、答えは・・」
石工の息子は少しの間黙ると、いきなりニヤリと微笑み、髪を掻き上げました。お姫さまはそれを見て目をつり上げました。
「ふん、何か考えが浮かんだと言う顔ね。どうせダメでしょうけど」
「簡単なことでした。そう、順番に考えればいいわけです」
石工の息子は初めて背後の黒い小人を見ました。
「君の力で水を抜いてくれ、友よ」
「・・へ?」
呆然とする小人の前で石工の息子はまた髪を掻き上げました。
「わからないのかい。君はその為にここにいるのだよ。簡単なことだったのさ。順番に考えれば良かったんだ。まず私は旅に出てすぐに君と出会った。これはまさしくこの時のためだったんだ。君はこの城の池の水を抜くために私についてきたのさ」
「無茶言うなよ。おい!」
小人は金切り声を上げました。しかしお姫さまは小人以上の叫び声を上げました。
「な、なんてことなの!」
お姫さまは愕然と石工の息子を見ました。
「ただならない男とは思っていたけど、水抜き用の小人を連れてきていたなんて」
「み、水抜き用!! まさかおいらのことなのけ?」
お姫さまは聞いていません。ただ片手で頭を抑えて横に振りました。
「ああ、そうだったの。そんな道具を持っていたなんて。悔しいけど私の負けね。いいわ、あなたは私の第一信者として私の横で跪く権利を与えてあげる。この美貌を一生見つめていられるなんて、ドレイクの宝を得るよりも幸福よ。ほーっほっほ」
お姫さまは再び元気を取り戻して高笑いを始めました。
「ふっ、やはり姫も私の美しさに虜になりましたか。ああ、私の美しさは罪だ。全てのものが私を愛さずに入られない。恐い。これほどまでに恵まれた私が恐い。神はなぜ私のこれほどの運を授けたのだ」
石工の息子は自分の体を抱きしめて目を閉じました。
黒い小人は呆然と口を開けたまま、しばらくの間お姫さまと石工の息子を眺めていました。しかしどうやら自分がここには不必要らしいという事が理解できたので、黒い小人は肩をすくめて城を出ていました。
このあとこの国がどうなったのか誰も知りません。
さぁ、こんなほら話をしたのだから、私は大きなプリンをもらう資格があるね。